小さな寝息を立てながら私の膝の上で眠っている彼は、まるでやんちゃ小僧の様にあどけない。
普段、悪霊相手に戦っている時の様な緊張した表情でもなく、時折見せる憂いを帯びた表情でもなく、可笑しな事で笑っている表情でもない、この表情――寝顔が――私はとても大好きだ。
時折、何故だろうと自問はするけど、答えは決まって唯一つ。
――この時の彼を独占しているのが、私だからだ。
彼と初めて会ったのは雪山でだけれども、今思い出しても、あの出会い方は散々だったと思う。
なんせ私は、彼を殺そうとしたのだから。
しかも、私は幽霊だったのだ。
なのに、彼や美神さんは私の事を怖がらずに助けてくれたばかりか、ずっと傍においてくれた。
そんな私が、今では人間として、こうして彼に膝枕をしている。
おかしな人生だと思う。でも、私は幸せだった。
いろんな人達に出会って、その人達に支えられて、そうして、ここに私がいる。
何よりも――。
――貴方に、会えたから。
何時頃から彼の事が好きになったのかは、よく分からない。
でも、気がついたら、自然と彼の事を目で追っていた。
彼に話しかける時はドキドキしたし、話しかけられると、幸せな気分になった。
一緒にお買い物に行ったり、お留守番をしたり、テレビを見たり……。
ただ、それだけで幸せだった。
笑っていてくれる事が。
傍にいてくれる事が。
料理を食べてくれる事が。
予定調和な、そんな毎日が幸せだった。
――でも、そんな日々は戻らない。
彼が、時折物思いに耽る様になった原因を作った女性――ルシオラさんが、今もまだ彼の心を占めているから。
すっと、彼女は彼の隣に自然に居座ってしまった。
最初は敵同士だったのに、何時の間にか彼に惹かれて、恋に落ちて、私達の傍にいる様になった。
彼女と一緒にいた時の彼の笑顔が、忘れられない。
……悔しいなぁ。
ルシオラさんは、もう私達が対抗出来ない場所に行ってしまった。
まだ、彼女が生きているのなら、私だって、と思えるのに。
でも、彼女は死んでしまった。彼を生かす為に、その身を犠牲にして――。
もしも私が、あの時ルシオラさんの立場だったら、同じことが出来ただろうか。
できた、と思いたい。
私だって、ずっとずっと、彼の事が好きだったから……でも、彼の隣には立てなかった。彼の傍にいられなかった。
あの時、あの場所で、彼の隣にいたのは、間違いなくルシオラさんで――私じゃない。
もっと、私に勇気があったら。
たった一言、彼に言えたら。
未来は、変わってたかな。
私が、彼の隣にいられたかな。
彼の笑顔を、独り占めできたかな。
――無理、なんだろうなぁ。
きっと、私は過去に行く事が出来ても、彼に想いを伝えられないだろう。
別に、いじらしい訳じゃない。
別に、彼の幸せを願っているわけじゃない。
ただ、私が臆病だから。
あの笑顔が、私に向けられない事が怖いから。
彼が、彼女と出会って、そちらに行ってしまうのが恐ろしいから。
だから、言えない。
得られるか分からない彼の笑顔よりは、友達の笑みの方が良い。
いなくなってしまうよりは、同僚として隣にいたい。
彼の隣に立てなくても、友達として彼の傍にずっといたい。
そんな私は、臆病者だ。
何よりも、傷つく事が恐ろしい。
それでも、望んでしまう。
私に微笑みかけてくれるのを。
私の傍にずっといてくれるのを。
私の事を抱きしめてくれるのを。
私と一緒に歩んでくれるのを。
ポツリポツリと、彼の寝顔に雫が落ちる。
こんな事、考えちゃ駄目なのに。
彼が幸せならって、あの時諦めようと思ったのに。
笑っていてくれればよかった。
幸せだったら、良かったのに。
例え、ルシオラさんが隣にいたとしても、貴方が笑っていてくれれば、諦める事もできたのに。
幸せを願う事も出来たのに。
笑いかける事も出来たのに。
ルシオラさん……貴方が悪いんです。
貴方が死んでしまうから。
彼を置いて行ってしまうから。
なのに、今でも彼を独占しているから。
――ねえ、私は我侭ですか。
――ねえ、私は欲張りですか。
……ねえ、私じゃ駄目ですか。
私じゃ、貴方の隣に立てませんか。
泣いたって、何も変わらない。
そんな事、ずっと前から分かってたのに。
どうしよう、涙が止まらない。
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