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眉唾

美神令子の腕の中にいるひのめちゃんがとんでもない事を口にした。
「おっぱい」
と。
無垢な瞳を姉に向け、両手を合掌の形、美神令子自身を拝むような仕草をしている。
その様子は『私はお腹が空いたのよ』と身振りで伝えているようだ。
「なっ・・・?」
美神令子の思考は停止状態にある。
ほんの数日前まではひのめちゃん『あー』とか『うー』とかぐらいしか語彙が無く、
精々が鸚鵡の如くに誰かが口にした単語を復唱するだけに過ぎなかったのである。
それが今、何をして欲しいのか言葉を使用して伝えたのである。
ただ問題が一つある。
伝えた相手が、母親ではなくて姉であった事だ。
もう一度、ひのめちゃんはとんでもない事を口にする。
「おっぱい」
と。

「え、えっとひのめ。偉いわねー、言葉を覚え始めたんだー」
とりあえずひのめの小さな頭を撫でる姉である。
ひのめちゃん、手の温もりがよかったのかにぱっとした笑顔を見せたが、
そんなんじゃ騙されない、私はお腹が空いたのと・。と言われた気がする美神令子。
はぁ、とため息をついてから。
「・・・あのね。私も大きいのは持ってるけど出来ないの、出来る身体じゃないのよ」
そう、あかちゃんの求めるおっぱいとはお乳、母乳である。
同様の牛のお乳、牛乳と似たような物ではあるが、味は比べ物にならない程薄い。
味云々よりも母親からの『抗体摂取』が本来の目的である。
そして女性が母乳を体で形成するには一人では不可能で・・・。
「わーわーわー!」
突然に大声を出す美神令子である。
どうやら妙な方向に思考がいってしまったようだ。
そんな様子を目前にしてもひのめちゃんは妙に大人しいのである。
「・・うぅ。ひのめ、なんでそんなにもよい子なのよぅ」
ここでひのめちゃんが癇癪でも起こせばこちらも張り合う形で『ダメ』を突きつける真似も出来よう。
しかし前述のとおりおとなしいのである。
唯々、大きい眼で懇願するような瞳色でじっと見つめている。
さながら神に祈るような、そんな神聖さすら感じてしまう。
「・・しゃぶるだけしか出来ないのよ?」
『うー』
「それでも良いって・・・」
先ほどの『うー』がそれでも良いと理解出来たのは姉妹の絆であるらしい。
さて。本来であれば冒頭に書くべきであったろうか。
普段はボディコンスーツを愛用する美神令子であるが、本日はたまたま水色のシャツを着ている。
ボタンは大きめで片手でも簡単に着脱の出来る仕様であった。
今着ている下着は。
「フロントホックよね。コレ」
谷間に留め金のあるタイプである。こちらも片手で簡単に着脱可能なタイプであった。
事務所には姉の美神令子と妹の美神ひのめの二人しかいない。
そしてひのめちゃんはご存知の通り女の子である。
男の子なら、『ダメよ、そっちの世界はぜーったいに逝っちゃいけないのよ!』ってコトになるのに。
そんな事を口にながらシャツのボタンに手をかけていく美神令子。
「・・・ちょっとだけだからね。解った?」
『うーv』
喜んでいる様子のひのめちゃんである。
下着を外すとき、少々の勢いを持って左右に分かれていった。
右手でひのめちゃんの背中を押さえ、左手で頭をささえているので、
「左側の方が近いのね」
ひのめちゃんの頭部を自分の乳房へと導いていった。
そして。
小さいひのめちゃんの口が美神令子の乳房に食い付いた。

「結構くすぐったいかな・・。へぇ、歯は立てないのね」
美神令子の性格上、一度覚悟を決めれば下着姿で戦う事も厭わないというなかなかにタフな一面を持っている。
やってしまった以上は冷静に判断しようと心に決めていた。
「うり。私のはママよりもボリュームあるでしょ?ひのめ」
『んー!んー!』
確かに迫力は何時もの五割増しではあるのだが、肝心のお乳が出ない。
やっきになって母乳を出そうとするひのめちゃんである。
「あ、吸い込む力が増えた。でもね私の身体じゃ出ないっていってるでしょ?だから離してね」
これで納得して離してくれると思っていたのだが、なかなか離そうとはしない。
ひのめちゃん、母乳はあきらめたが、乳房の感触は悪くない、とでもおもってるのかもしれない。
もしくはおしゃぶりの感覚である。
「もう、お姉ちゃんので遊ばないの」
『んー、にゅー』
「・・ったく、何が『もう少し』よ・・フフフ」

女の子であれば一度はおままごとをやったことがあるであろう。
その延長上に赤ちゃんをあやす行為があると仮定すれば。
案外と美神令子の行為は理解の範疇なのかもしれない。
女性であればである。
不意に。
廊下に面したドアが開いて。
「おはよーございまーす、美神さん、いやー今日もお美しい!!」
と、歯の浮いた台詞を挨拶代わりに、横島忠夫光臨である。
「・・・えっ?」
文字通り目が点になる美神令子であった。
だが次の瞬間、
「ご、ゴメンナサイ!!」
と喋りながら横島、ドアを閉めて廊下に戻っていた。

「わ、え、ちょっと、コレには訳があって!」
訳も糞もない、ちょっとした好奇心である。
ところが。
横島少年が廊下越しに声を張り上げる。その台詞が。
『隊長!ゴメンナサイ、おっぱい中って気がつかなくて』
「・・へ?隊長」
横島少年、何をどう見間違えたのか、美神令子を母親の美智恵とみまちがえているようだ。
これは幸運とばかりに、母親の声色を使う。
「あ、いいのよ、気にしないで、私も悪かったし」
何時もよりかは声を低めにすると母親の声に似ていると思っているようだ。
「そうっすか!じゃあ俺片付け物があるんで、ガレージに行ってるっす」
そういって階段を降りる気配を感じた美神令子であった。
そうこうしているとひのめちゃん、乳房から口を離したので急いで着衣していく美神令子である。
「ほっ、助かったわ・・。そりゃそうよね」
この事務所で授乳をする人ががいるとすればママ、つまり美智恵隊長しかいないと言う事を。
「・・だからおっぱいしてる人=ママって横島クンが勘違いを・・・」
自分なりに答えを出そうとした矢先。今度は窓から声が掛かる。
「勘違いをしてると思ったの?案外と楽天家さんねぇ、私の幻術よ」
「タマモ!どっから入ってくるのよ」
北風と共に部屋へ入ってきたのは妖狐タマモである。
「実は鍵を持って出るの忘れちゃって、開いてる窓探してたのよ。そしたら・・。」
タマモ、そう言いながら美神令子の腕にいるひのめちゃんを借り受けるようにして腕に抱いた。
タマモとシロはひのめちゃんから見るとよく遊んでくれるお姉ちゃん達であるので、きゃっきゃと歓喜をあげている。
それとは逆にずぅんと沈んだ表情を見せる美神令子である。
「どこから見てたの?」
「乳房にくわえさせたトコから。ま、そんな事よりもね、私欲しい物があるのよ・・」
「・・・・解ったわよ、助けてもらったようだし」
これは逆らえないな、と心で呟いた美神令子であった。

一方横島少年は。
どうやら本当に片付け物があったらしく、ガレージにて身体を動かしていたのだが。
「はぁ〜〜〜、ったくぅ」
と、一段落ついた所で、大きなため息をついている。
すると其処へおキヌちゃんが学生服姿でやってきた。
「こんにちわ、横島さん。私が呼んだのに遅れちゃって」
「良いって事さ、でコレが今日厄珍堂で買ってきた道具、この棚に置けばいいんだよね?」
「そうですよ。お願いしますね」
おキヌちゃんはやや片付け魔な部分も見受けられる、けっこう細かいところまで見ているのだ。
だからこそ。
「アレ?これって何ですか?」
横島の持ってきた荷物に見慣れないものがあり、それを手に取るおキヌちゃん。
「あぁ、こいつは『眉唾』って奴でね」
話を総合すると厄珍から余り物をもらって来たらしい。
「で、この「まゆつば」って何ですか」
「うん、狐とか狸とかに『化かされ防止』の道具なんだ」
「へぇー。そんなのもあるんですか・・。で効き目はどうなのかなぁ?」
単に感心しているおキヌちゃんに対して横島。
はぁ〜〜と深いため息を再度ついて。
「と〜〜っても効き目はあるよ、化かされないし、何をしたいのかまで理解出来る道具だよ、コレは・・」
つまり狐には騙されないと言う事らしい。
・・・・・・
・・・・・・・・?
という事は??????





FIN
こんばんわ。お久しぶりです。
単発短編です。
ちょっとお色系ではあります。

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