太陽が沈みかかり、空が暗くなってきた。
その時私は今日の献立を家族の勤めと考えていた。
そのとき私は居間で見ていたテレビの中に美味しそうなものを発見して、台所にいる明に話しかけた。
「明〜、おでん作って」
「なんだよいきなり」
どうせ晩飯何にしようか悩んでたんだから別に良いでしょ?
「さっきテレビでやってたのよ。寒い冬にはおでんが美味いって」
私の言葉に明はテレビに目をやる。
そこには、いつも良くわからない表現で料理の感想を言う男が映ってる。
私にはこんな褒め方できない。
私にはこの男の人の言葉が良く理解できない。
明はわかったように一度うなづいた。
「なるほど、鍋特集か…」
「うん、私ちくわぶ食べたいな」
テレビを見ていたら急にあのちくわぶを食べる映像に惹かれた。
あ、見ていたらよだれが…
「ちくわぶっておまえ…おでんといったら大根とかはんぺんじゃねぇか?」
別に良いじゃない、ちくわぶ美味しいんだから。
「私はちくわぶが良いの!」
「へいへい…。しかしそれだと材料が無いな」
ここの所任務が続き家でご飯食べること少なかったせいか、明の家の冷蔵庫は結構量が少なくなっていたみたいだ。
ぶつぶつと何かしゃべる明を無視して私は手早くジャンパーを羽織、明を外に促す。
「じゃあ、買い物行こ!早く、早く!」
「おい!引っ張るなよ!ああ、寒いからマフラーぐらいして行け」
腕を引っ張る私を無視して明は私の首にマフラーを巻いてきた。
「もう、それぐらい自分でやる!」
じたばたと抵抗するが、明は顔を近づけてくる。
「そういって風邪をひいたのはどこのどいつだ?」
…確かにこの前の冬、私はしっかりと服を着ろという明の忠告を無視して遊び行ったら風邪をひいて寝込んでしまった。
だからってこんなに顔を近づけなくても良いじゃない!
私のことを真剣に心配してくれる明の顔。
それが視界いっぱいに広がり、私の顔はきっと真っ赤になってるんだ…
「よし、いいぞ。行こうぜ」
そんな私の気持ちを知らずに明は素知らぬ顔でいる。
ちょっとむかつく…
「明の馬鹿…」
ちょっとした仕返し。
だが明はしきりに顔をかしげていた。
やっぱり明は馬鹿だ…。
外に出ると、冷たい冬の風が体を刺してくる。
でもその冷たい風にも私の体は今だ火照りをやめない。
そんな訳で私は明の一歩前を歩く。
「うう、さむ…」
「明、早く早く!」
「おう…」
ほんとに明は寒がりね。
確かに冷たいがそこまで嘆くほどじゃない。
「しかしお前はほんと元気だな?」
私の背中にかかる声。
私が元気な理由をまったくわかってない。
まあ、しょうがないよね明だし。
「だって早く明のおでん食べたいんだもん」
後ろに振り返りながら理由を告げると、顔をぽかんとさせて目を背けてしまった。
どうしたのかな?
「行くぞ!」
大きな声を出したかと思ったら全速力。
私もそれに習って走って後を追いかける。
「あ、急に走らないでよ!」
「おー…」
「いや、なんて都合の良いタイムサービスだよ…」
私たちの目の前にあるのは『ちくわ物産』という店。
最近任務が忙しくてよく見てなかったけどこんな店あったかな?
明は近くを歩いていた知り合いのおばあちゃんに声をかけていた。
明ってばこの商店街のお客さんと妙に仲がいいのよね。
明曰く、「主夫には主婦同士のネットワークがあるんだ。バーゲンの話が聞けて便利だぞ?」とのこと。
安くご飯が食べられるのは良いことだよね。
「おでんセールって何だよ?いや、別に都合がいいんだけどさぁ」
何かぶつぶつ言う明を催促する。
「明?早く行こうよ」
「お、おう」
中に入るとそこには所狭しとおでんの材料があった。
うん、テレビで見たのよりいっぱい材料がある。
これならいっぱいご飯食べられるね。
明は手馴れた様子で次々に材料をかごの中に放り込んでいった。
大根、はんぺん、こんにゃく、じゃがいも。
しかし肝心な物を忘れてるんじゃないかしら?
「明!ちくわぶあったよ!」
「既製品は駄目だ。作れるもんは自分で作らんと金がいくらあったって足りないからな」
「む〜…」
せっかく見つけたのに…
「睨むな。それより小麦粉は…」
明は周りを見渡すが小麦粉を発見できないでいる。
こんな足元にあるのに…
「明!ほら小麦粉あったよ」
「ん?ああ、こんな近くにあったのか。って…ちくわぶ専用小麦粉…?なんちゅう限定された使い道だ」
またぶつぶつと独り言。
しかし私にはそんな言葉を聞いてるほどもう余裕は無いのだ。
「全部買ったんでしょ?早く行こうよ」
「おう、今行くよ」
あわてる私を尻目に明はゆっくりレジへと向かう。
私はもう一度明を催促した。
家に帰ること約三十分…。
すでに私の胃は限界のようだ…。
「明ー、まだー?」
座布団に座って目の前の鍋を見つめる。
ああ、目の前でこんなにもおいしそうなものがあるのに我慢しなきゃならないなんて…
「頼むからもうちょっと待ってくれ」
「…早くしてね」
これで十回目の催促だった。
でも我慢。
明が良いって言わないからまだ食べても美味しくないのだ。
「よし!良いぞ。五人前は作ったからな、これだけありゃたりんだろ」
「わーい、いただきます!」
私の最初の一口はちくわぶ。
後はもう選んでなんていられない。
私は次を次をと急き立てる胃を満足させるためにどんどん口に放り込む。
「どうだ美味いか?」
明は呆れたような、困ったような顔で感想を求めてくる
私の答えなんて決まってるじゃない。
「うん!おいしーね、明のおでん!」
私が言ったのは、飾り気の無い一言。
私には凝った一言なんて言えないから、思った気持ちを素直に言うしかないのだ。
料理を作る人にはわからないんだろうな。
こんなにも溢れそうな幸せな気持ち。
こんなにも心がこもった料理を作ってくれるから私はご飯を食べるのだ。
うん、おいしぃ…
「明ー、おかわり!」
「だぁ!お前は食いすぎだ!」
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