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まめまき

それはシロの一言で始まった。

「ん? 何をしてるんでござるか?」

問われたのはおキヌ。目前に迫った節分に備え、豆を用意し、鬼のお面を作っている時だった。
美神は居間でごろごろしながら、おキヌの作ったアテをつまみながら一人酒。
なにやら彼女の丁稚への不満を壁にしゃべりながら、淡々と酒を飲んでいる。
億万長者といえども誰も近寄りがたい雰囲気。
もちろん同居人たちもそれは重々承知。『からまれたら殺られる!』
そんな認識からか、それぞれが適度に距離をとって休日を楽しんでいる。
タマモはお揚げをつまみながら雑誌に目をおとしている。
酔っ払いに絡まれないよう何気に幻術まで使っているあたりは芸が細かい。
そんなよくある日常の中の一言であった。

「あれ? シロちゃんは豆まきしらないの?」
「まめまき?なんでござるか、それは?」

おキヌが豆まきについて説明しようとした時であった。
くだんの酔っ払いが乱入してきたのは。

「ん〜、シロあんた豆まき知らないわけ?」
「拙者初めて聞いたでござるよ」
「タマモ! あんたは?」
「へ? 私も知らないわね」
「それは大変だわ! 今から準備するわよ!」

どこから見ても酔いまくってる表情で騒ぎ出す美神。
おキヌはなにやら嫌な予感をしつつも止める気もおきずにまた鬼の仮面を作り始める。
3人が楽しそうだったし……なにより……『触らぬ美神に祟りなし』である……





頬をかすめる冷たい空気と、それに相反するかのような優しい日差し。
ぽかぽかと体を暖めてくれる光のシャワーを体一杯感じながら横島忠夫は事務所への道を歩いていた。
二月に入り、冬もそろそろ終わろうかという時期である。
少しずつ足音が聞こえてくる新しい季節など横島には何の意味もなかったりする。

「給料日まであと10日か……俺生きれるんか?ま、こいつでなんとか食いつなぐか」

そう呟きながら手に持つ商店街の袋に目をやる。
節分を間近に控え、商店街は毎年恒例の節分フェアであった。
一人暮らしの学生には商店街のおまけも立派な食料だったりする。
ぽかぽかとした陽気とは裏腹に、どこか寒そうにとぼとぼと歩いていく横島。
景気が回復しようが社会の底辺には関係ないのだ。





横島が事務所の前まで辿り着いた時であった。
背筋に走った悪寒に従い、横島はその場を飛びのく。
先ほどまで横島がいた場所を膨大な量の豆が蹂躙する。
横島が顔を上げると、見知った二人の顔が視界に入る。
そう。横島にとって家族同然のタマモとシロが神妙な顔で事務所の上に立っている。
一瞬の沈黙がその空間を支配し……二人は押し殺したような声で話し出す。

「『魔芽巻き』……それは平安の世より伝わる伝説の退魔法。
 その始まりは弘法大師が高野山にて始めたとも言われている
 妖怪や魔のものを幼きうちに大量の豆に巻き込み、退治する。
 使われる法具は豆のみ。
 しかし一粒一粒に己の念をこめたその威力は絶大!
 そのあまりの影響力を恐れた時の朝廷には禁断の秘術とされた!」
「その使い手を人は鬼と呼んだそうでござる。
 拙者、まさか先生がその『魔芽巻き』の使い手だとは思いませんでした!
 しかし、その手に持つ豆の袋が動かぬ証拠!
 拙者も武士のはしくれ……戦わずして散ることはできませぬ!
 先生……いざ、尋常に勝負でござる!」
「っておい! なんなんだこりゃ!」
「横島……あんたのことは気に入ってたけど、残念だわ」
「先生覚悟でござる!」
「ちょっ! ちょっと待ったぁ!」
「「問答無用!」」

その言葉を合図に横島に襲い掛かるタマモとシロ。
どこに隠しているのか、しゃれにならない量の豆を投げかけてくる。
たかが豆、されど豆。
さすがの横島も豆の海に溺れたくはない。
彼が溺れたいのは美女の海だけである。
必死に避ける横島への攻撃はさらに激しいものへとなっていく。

「さすがね! 一粒一粒に下級霊をまとわせてるのに!」
「さすがは先生でござる」
「こうなったら幻術で! シロ、いくわよ!」
「了解でござる!」

横島の目には突然豆が壁のように立ちはだかるかのように見える。

「ちっ! 幻術か!」

そして、豆の中から飛び出すシロ!

「変異抜刀豆返し!」
「くっ!」

なんとかサイキック・ソーサーで霊波刀を受け止める横島。

「どうやら本気のようだな……強くなったな、シロ……」
「せ……先生……」
「っしゃ!サイキック猫騙し!」

どこか甘い雰囲気になった瞬間を見逃さず、逃げ出す横島。

「一体なんだってんだ……」

頭の中にハテナをまきまくりながら横島は逃げていく。
そして、それを見守る四つの瞳。
そう。美神とおキヌである。

「い……いいんですか? 美神さん? あんな変なウソをシロちゃんたちにもついて……」
「ふん! いいのよ! あいつったらこの前の約束すっかり忘れちゃってさ!」

美神はやさぐれたように酒をあおる。
しかし、うっかりもらしたその一言がもう一人の鬼を目覚めさせたことに気づいた時には遅かった。
振り向くと先ほど作っていた鬼の仮面のような笑顔のおキヌ。
そうか、あれは自分が見本だったのね、と美神は納得しながら後ずさる。

「『約束』……ですか?」
「い……いや、あのちょっとご飯食べに行くってだけで……」
「『約束』……ですよね?」
「う……でも……」
「『抜け駆け』……ですよね?」
「いや……あの……」
「シロちゃん! タマモちゃん! ここにも鬼がいたわよ! やっつけなきゃ!」
「美神さんも! くっ!」
「美神殿! 覚悟!」

その後、『魔芽巻き騒動』は二ヶ月ほど続いたという。





結論?
一番怖い鬼は家の内にいる……
はじめまして。ダヌと申します。
未熟な自分ですが、よろしかったら批評、感想を書いて頂けたら嬉しいです。
時期としては少し早い作品かもしれませんが、よろしくお願いいたします。

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