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初詣の悲喜劇!?

 人間界とは違うどこかの異世界の一角。
 ここでは久しぶりに、とある二人の秘密会議が開かれていた。

『いや〜〜、結構手間取ったもんやな〜〜』
 と、十二枚の羽を生やした魔族のシルエットが言う。

『技術的な問題もさることながら、神魔族への根回しが面倒でしたが』
 と、粗末な装束に茨の冠を身につけた神族のシルエットが応える。

『一番可能性が高うて、なおかつ一番難易度の高いあの件も実現のメドが立ったし、これであの坊やに礼ができるってもんやな〜、キーやん』
『ええ、サッちゃん。と言ってもかつての蛍の魔族としてではなく、ごく霊力の弱い人間と魔族の中間的な存在として甦らせるのが限度なのですが』
 と、これまでの成果を確認し合うキーやんとサッちゃん……つまり、神族と魔族の最高指導者達である。



『ま、ええやんええやん。きっとあの坊やもビックラこくやろな〜……

 “ルシオラが生き返りますように”って願い事がいきなりかなうんやから』
『あのアシュタロスとの戦いで最も活躍し、最も辛い思いをしたあの少年、横島忠夫……彼の功績に対する、我々のせめてもの感謝の気持ち……どうにか形にできました』

 そう、アシュタロスとの戦いの最大の功労者・横島に対して、神族・魔族達は彼の願い事を何でも一つかなえる事でその功績に酬いようとしたのである。

『さて、もうすぐ人間界の日本では1月1日に日付が変わります。装置の準備の方を手抜かりなく』
『ほな、監視モニター室へ行こか。0時0分から24時間以内に坊やが初詣とやらに行けばよし、行かんかったら……この件は残念やけどお流れって事やな』

 ただし、サプライズ・プレゼントという事で、初詣で最初に横島が願った事を機械で聞き出して、それを唐突に実現させるというちょっとイタズラっぽい方法で……である。

 だが―――神族や魔族の最高指導者二人は、人間界にはこんな箴言がある事を失念していた―――

 “事実は小説よりも奇なり”―――と。







   『初詣の悲喜劇!?』 Written by いりあす






 ゴ――――ン、ゴ――――ン………

「今年ももう終わりですねえ」
 と、紅白が終わった後の“くる年ゆく年”を見ながら、おキヌがしみじみと言った。
「そうねえ。こうやっておキヌちゃんと新年を迎えるのも、もう何度目かしら」
 そう答えながら、今年の大晦日は事務所の住人でまったりとテレビを見ながら過ごした美神令子はお茶をすすった。有り難い事にこの事務所は人工幽霊壱号が自分で家を清掃しているので、大掃除なんてしちめんどくさい年末行事からは無縁でいられる。
「でも私達、出会ってからまだ1年たったか、たたなかったかですよねえ。時間の流れがどーなっているのか、よく分からないんですけど」
「……おキヌちゃん、そーゆーメタな発言は程々にね」
 それを言ったら、バレンタインやクリスマスはもっと大変な事になっているし。ちなみにシロとタマモの二人は裏番組を見るために、おキヌの部屋のテレビでチャンネル権争いを繰り広げているはずだ。

 ピンポ――――ン

 年が変わるまであと10分といった所で、玄関の呼び鈴が不意に鳴った。
「ん? 一体誰よ、こんな真夜中に」
「きっと横島さんですよ」
 面倒くさげな表情をする美神と、どこか確信ありげな表情で席を立つおキヌ。部屋の向こうでは、シロとタマモがドタドタと階段を降りてくるのが聞こえる。
「おおっ! このニオイは先生でござるなっ!」
「食事とお年玉でもたかりに来たんじゃないの? 横島の事だから」
「……年越しそばは食べちゃったし、お年玉をあげる気はないわよ」
 言っている割りに頬が赤くなっているが、その辺が美神令子の美神令子たるゆえんなのだろう。

「ちわーっす!」
 シロとタマモにエスコートされながら応接室に入ってきたのは、お察しの通り横島忠夫である。もうすぐ新年だというのに、いつものGジャンGパンの上からジャンパーを着込んだだけの、何のお洒落もない格好である。
「……お年玉ならあげないわよ」
「そこまであからさまなタカリはしませんって。そりゃ、何かくれるなら喜んでいただきますけど」
 と、横島が美神を見る視線は、何やらお金とは全く違うものを期待しているような……つまるところ、スケベそうな視線だったりする。内心では『お金はいりませんから、年が明けたら是非姫始めを―――っ!!』とでも言いたいのではないだろうか……片手をシロにガッチリホールドされてさえいなければ。
「俺が言いたいのは、年が替わったらみんなで初詣にでも行かないかって誘いに来たって事ですって」
「はあ? この寒い真夜中に初詣? そんな面倒く……」
 言下に却下しようとして、美神はハタと止まる。自分が断ったとしても、この事務所のメンバーのうち誰かは必ずついて行くだろう。既に横島にへばりついているシロは『それでは、拙者と一緒に行くでござるっ!』と元気よく宣言しつつ尻尾をパタパタさせているし(この勢いだと、ひょっとすると夜を徹して伊勢神宮や出雲大社まで突っ走るつもりかも知れない)、この年末ヒマを持て余し気味だったタマモが『ま、せっかくの年明けだからそーゆーのもいいかな……』とかブツブツ呟いているし、今の今まで隣にいたはずのおキヌに至っては、ふと横を見るといなくなっている――超加速並みの勢いで晴れ着に着替えに行った、と断言してもいい。

「……………」
「…美神さん、行きません?」
 そういう内心の葛藤を知ってか知らずか(いや、恐らく全く気付いているまい)、横島はむしろ邪気のない表情で美神にもう一度尋ねてきた。


「う〜っ、寒いっ! なんでこんな真夜中に初詣なんか行かなきゃならないのよっ!?」
「だったら家で待っててもいいんじゃないんですか?」
 そうグチりながら5人が事務所の玄関から外に出てきたのが、ちょうど午前0時になった頃である。人工幽霊壱号に戸締まりを任せ、さて出発……といった矢先に、事務所の門のところに光が走った。

「!? 何? ひょっとして新年早々に悪霊!? 妖怪!? それとも賞金首の魔族!?」
 わざわざ“賞金首”なんて条件をつけながら、美神は念のため持参していた神通棍を抜く! しかし、門の光が止むと同時に……

「美神さんに横島さん、それにおキヌちゃんも! 新年、おめでとうございます!」
「おめでとうなのね〜」
「ヨコシマ、元気にしてまちゅか〜?」
「……な、何よこんなにガン首揃えて!?」
 玄関先に立っていたのは、去年色々あって知り合った神族・魔族の皆さんだった。
「いや何、パピリオが横島に会いたがっていたのでな、そのついでで顔を見に来たのだ」
「こんな真夜中に5人でめかし込んで外出……初詣、という奴かな?」
「………よ、よう……」
 小竜姫、ヒャクメ、パピリオ、ワルキューレ、ジークフリード、それにベスパまで。さすがに晴れ着に着替えるなんて趣味はなく、いつもの服装で事務所の門前に降り立っていた。ついでに、
「おいポチ、ワシもいるんだ、忘れるな!」
「お前、まだ修理してもらってなかったのか……」
 ベスパの肩の上に飛び乗った土偶羅魔具羅の首を、横島は生暖かい目で出迎えた。


 実を言うと、この6人が美神事務所に揃ってやって来たのは偶然ではない。
(……どうやら、ちょうどいい具合に初詣とやらに行くようだな?)
(そうですね……どうやら、思ったより楽に行きそうです)
(でも、油断は禁物なのね〜。横島さんの事だから、神社で晴れ着の女の子や巫女さんをナンパして大騒ぎを起こしかねないのね〜)
(ありそうな話でちゅね…)
「……どうかしたの、あんた達?」
「「「「「「何でもない(です)(でちゅ)(のね〜)」」」」」」

 元をたどれば小竜姫とヒャクメはキーやん、ワルキューレとジークがサッちゃんから、日本でいう仕事納めの日(神界や魔界で何月何日なのかは定かではないが)に極秘の指令を受けた事にさかのぼる。彼女たちが受けた指令は公文書の内容こそゴチャゴチャしたものだがこれはあくまでもデタントの立場上の法的根拠づけに過ぎない。要約すれば、
“1月1日にに横島忠夫が初詣に行くように仕向けて欲しい”
 というものなのだ。小竜姫達にせよワルキューレ達にせよ何のためにこんな指示が出たのかその意味を測りかねたのだが、キーやんサッちゃんのそれぞれから
『『ワケは話せないから、とにかく行って下さい(くれ)』』
 と肩までガシッと掴まれて頼まれては、断る権利などなかったのである。


「アシュタロスの事件が終わったのはいいのだが、あの時期魔界ではアシュタロスの尻馬に乗ってクーデターを起こそうという連中があちこちにいたらしくてな、その連中を摘発せねばならん。単なる日和見の連中だから、ベスパも詳細は知らんと来ている」
「おかげで情報部は休暇を取るヒマも無しさ。ベスパが熱心に動いてくれてるので、助かってるんだが」
「……別に大したことはしちゃいない。ただ、動き回っている方が気が楽でいい、それだけだよ」
 などと、仕事の事でグチる魔界組。一方彼女たちから美神一座を挟んで反対側では、
「神族は神族で、この際魔界に対して強硬な手段を執ろうとか、人界の目に余る組織に対して介入しようとか、やる気のあり過ぎるグループを宥めるのに大変なのよね〜〜」
「あ、それで老師や父上達もやたら神界を飛び回ってるんですか?」
「ちなみに小竜姫のパパさんは、老師が人界を旅していた頃の友人だそうでちゅよ」
「あ、やっぱりそれって西遊記の関係者なんか?」
 な〜んて言い合いながら、近くにあるわりと有名な神社に歩いてゆくこの奇妙な一団である。


 そんなこんなで道を歩いていると、向こうから近づいてくる人影がいくつか。
「あ、令子ちゃんだ〜〜! あけましておめでとう〜〜〜!」
「………………」
 声の調子からしておめでたそうな冥子の呼びかけに、美神は無言で回れ右しようとして……

 がし。

「令子……おたく、ここで逃げたら余計事態が悪化するって頭じゃ分かってんでしょーが」
「あ、う……」
「私だって付き合わされて困ってんだから、一応同情はしておくワケだけど」
 珍しく黒系統のコートを着込んだ上で殺し屋時代の杵柄でコッソリ回り込んでいたエミに、ガッチリと肩を掴まれていた。
「やあ皆さん、新年おめでと……って、何だか凄いメンツだね?」
「ど、どうも…明けましておめでとうございます…」
 神族魔族まで出そろっているメンバーに、ちょっと引き気味な唐巣神父とピートもそこにいた。恐らく、冥子に引っぱり出されたエミが途中で拾ってきたのだろう。


「……で、横島はともかく、何で神族や魔族が総出でついてきてるワケ?」
「私に聞かれたって困るわよ。あの連中だって、初詣をしてみたかったんでしょ?」
「令子ちゃんいいな〜〜、お友達がいっぱいいて〜〜〜……」
「あーハイハイ、冥子も寂しがらない! 私はともかく令子はおたくの心の友なんだからさ」
「ちゃっかり私一人を心の友にするなっ!」
 さり気なく総出で練り歩く十二神将によってガッチリ隔離されてしまった令子・エミ・冥子の周りで、
「ぬお〜〜っ! 冥子ちゃんめ、よりによって美神さんと腕を組んで歩くとわ! 俺がやりたいと思ってもなかなかできない事を事も無げに……くぅっ!」
 その脇で、令子に近寄る事ができずに歯がみしているは我らが横島。相手が冥子にもかかわらず嫉妬しているその姿に、ちょっと不満げなのはおめかしして歩く和服美少女のおキヌ。
「横島さんったら、美神さんの事ばっかり……」
 ちょっとむくれながらも、だったら彼の隣は自分が独占してしまおうとそっと横島の傍らに身を寄せ、手袋をした横島の手をそっと握る……

「あ、いたいた! 横島くーん、あっけましておめでとー! 新年早々、青春してる〜?」
「横島さ〜ん、明けましておめでとうございま〜す!」
 その直前で、女の子の声が二色ほど聞こえてきたので、手をビクッと引っ込めてしまった。
「あ、あう……」
 タイミングを逃してしまったおキヌをよそに、声の主――お正月なのにセーラー服の上からコート姿で、そのうち一人は机を背負って、もう一人はメキシカンな座敷わらしモドキを連れている。
「よ、よう……奇遇だな」
「ん〜……奇遇っていうか、小鳩ちゃんから事務所に出かけたって聞いて、挨拶に行こうかと思って。クラスメートが冬休みに落ち合うのって、これはこれで青春よねっ!」
「横島さん達も初詣ですか? ちょうど私達も、さっそく行こうと思っていたんですよ」
「の割に、横島探してあっちをウロウロこっちを……もがっ!?」
 ツッコミを入れようとした貧乏神が、愛子&小鳩のツープラトンで口を塞がれた。


「ホントの事言うと、冬休みの間って部活も授業もないから退屈なのよ。だからこうやって、知り合いのところを訪ね歩いていたんだけど」
「それで、横島さんに会いに来た愛子さんを私が初詣に誘ったんですよ」
「ま〜横島の事やから、美神の姉ちゃん達に会いに行っただろうとはすぐに察しがついたんやけどな」
 年明け早々とは言え、一人暮らしの男の部屋に女の子が一人で訪問するのはどうかと思うのだが、愛子は『クラスメートと二年参り、青春だわ!』程度にしか思っていないのだろうか……いやいや、それ以上の打算と決心が……真意は今のところ、謎だ。
「ヨコシマ、モテまちゅね」
「因果律がどーなっているのか、不思議なほどにね……」
「真夜中なら、誰も来ないと思ってたのに……はう……」
 素直に感心するパピリオとタマモの声を背中で聞きながら、気がついたら横島の傍らで自分の占めるスペースが減っているような気がするおキヌがため息をついていた。

 ただ今のところ、実はモテモテなこの煩悩少年の両側はシロとおキヌがガッチリ……とはいかないが、さり気なく隣を確保している。そして彼の斜め前を学友コンビが歩き、真後ろには半分宙を浮きながらパピリオが肩にしがみついている。女の子が5人も引っ付いてきている両手どころか周り中花の現状で、その割に横島が居心地悪げなのは、時々美神令子のあたりかられいき(冷気? 霊気?)を帯びた視線が飛んでくるからかも知れない。


 さて、次第に大所帯になって来た面々に、さらに合流する一団。
「あら? 令子じゃない、こんな夜中に初詣なんて珍しいわね」
「そ、そうなんですか先生……あ、ああ、令子ちゃん新年おめでとう」
「えっと……何だか同窓会みたいですね、このメンバー」
 新年早々サラッとキツい事をおっしゃる美神美智恵、率直すぎる物言いにホンのちょっと焦る西条、そして濃ゆい顔ぶれにこれまたちょっと緊張気味な魔鈴。
「……なんであんたまでここにいるのよ?」
「いえね、ウチのお店は元日から開ける予定ですから、今のうちに初詣を済ませておきませんと」
「……で、西条さんを引っかけてきたと?」
「引っかけたなんて人聞きの悪い……たまたまそこで会っただけですよ?」
「ちょっと令子、新年早々ケンカしないの!」
 今の今まで横島に向けていた冷たい眼差しを今度は魔鈴に向ける令子、それをサラリと流す魔鈴、それを慌てて引き分ける美智恵。年が明けてもこの二人の緊張関係は進歩がないらしい……ケンカ腰な令子が悪いのか、天然か作為か分からない流し方をする魔鈴に問題があるのかは、専門家の研究が待たれるところだ。

 なおその傍らで、コートの下にねんねこ着込んでひのめをおぶっている西条の姿が若干悲しい。
「西条……お前……」
「…………言うな、横島くん……」
「あう〜♪ だあだあ♪」
 新年早々どこか影をまとっている西条に、横島はいつもの減らず口を叩く気をそがれてしまった。


「あれ? おキヌちゃん達も初詣?」
「12時になったばかりだというのに、ご活発ですわねえ」
「いや、お前も人の事は言えんだろ……」
「みんな考える事は同じなんじゃノー」
 何年か前のクリスマス合コンで(年も取っていないのに、一体何度クリスマスをやったんだ? などとは突っ込んではいけない)知り合って以来何となくつるむ事の多い4人組が、さらに神社近くの大通りでこの愉快な一団と遭遇した。
「あ、美神おねーさままで! はっ、いけない! 私ったらこんな格好で……もっとおめかししてから来るんでしたわ…」
「ちょっと待て! さっきは『早く行く方が大事です! 晴れ着に着替えていったって、人混みに揉まれてクシャクシャになるだけだわ!』とか言ってなかったか!?」
「雪之丞……弓がこーゆー性格だって、よく分かってたんじゃないのか?」
「分かっちゃいるけど止められない……雪之丞サンの悲しい性じゃケエ」
 いきなり置いてけぼりな雪之丞に、新年早々ホロリとするのを抑えられない一文字&タイガーがそこにいて。
「つーか雪之丞〜〜! テメー新年早々弓さん連れ出してダブルデートかぁっ! 抜け駆けはズリーぞ、俺もまぜ……はぶっ!?」
 相変わらず後先考えずに雪之丞に詰め寄ろうとした横島だったが、絶妙なタイミングで足を払われて地面に濃厚なキスをする羽目になった。慌てて起き上がって周りを見回すと、しれっとした表情であらぬ方角を見やるおキヌ・愛子・小鳩・シロ・パピリオ……事件は数秒にして迷宮入りした。


 そして、某神社の鳥居の手前まで一同がたどり着いた時、さらに一組の人影。
「おう、何じゃなんじゃ? えらい大勢で集まりよってからに、まるで大名行列じゃな」
「ノー、ドクター・カオス。大名行列・もっと・整然としています」
「……なぜマリアのお嬢ちゃんが大名行列を知っているアルか?」
 珍発明をしては騒ぎを起こす凸凹トリオが、反対方向から歩いてきていた。
「なんか……賽銭ドロボーでもやらかしそうそうなメンツね」
「新年早々人聞きの悪い事を言うなっ! 商売繁盛の祈願に来たのがいかんというのか!?」
「その通りアルね! 賽銭ドロボーというなら、令子ちゃんやそこのボウズの方がよほどやりかねないアル! 虫取り網はどこアルか!?」
「ミス・美神、ただ今の・発言・撤回を・要求します」
「「そっちこそ今の発言を撤回せんか―――っ!!」」
 見事なユニゾンで、厄珍の顔面に美神&横島のダブルアタックが炸裂する! 新年早々跳び蹴りを食らった厄珍は、それでも『し、白アルな……』と呟きながら轟沈した。

「……日頃の行いが悪いのはどっちもどっちでしょーに」
 誰かが小声でボソッと呟いたセリフに、何人かが首をうんうんと縦に振った。




 こうして、期せずして美神除霊事務所と関わりの深いメンツ――数えてみれば、人・妖・神・魔合わせて30名!(土偶羅含む)――が何故か勢揃いしてしまった。
 それは、ひょっとすると『宇宙意志』のちょっとしたイタズラだったのかも知れない。




 神社の人混みに押されまくって突き飛ばされて尻餅までついた冥子を令子やエミが必死で宥めたとか、
 やっぱりぶつかって泣きそうになったひのめを西条と横島が決死の思いであやしたとか(特に直撃必至の西条は気の毒なまでに真剣だった)、
 人混みに嫌気が差したパピリオが上空に退避しようとして小竜姫達に止められたとか(当然彼女はいつものミニスカワンピース姿)、
 晴れ着姿のねーちゃんの大群に横島が吶喊……するより先にタイガーが女性に対する人見知りの発作を久々に起こしかけたとか、
 並んでいる間にも色々とお騒がせなこの大所帯だったが、数十分後にはようやく祭壇前を占拠する形で最前列に立つ事ができた。





『いよいよですね………』
『さあて、あの坊やが何を願うか、乞うご期待や』

 ここではないどこかで、何者かが固唾を呑んで見守っていたりするが、彼ら彼女らには関わりのない事である。






 パン、パン! と柏手が打たれる。なお、その前にちゃんと二礼を入れたかどうかで多少タイミングが分かれたりしたが。
 さて、参考までにここで参拝者達の願い事を一人ずつ拾ってみよう。

“気が遠くなるほどの大金をドドーンと稼げますよーにっ!”

“よ、横島さんと……も、も、もっと関係が接近できますように……きゃ〜っ、私ったら、私ったら〜〜!”

“先生と思う存分サンポができるようになりたいでござるっ!”

“人間に追いかけ回されずにノンビリお揚げでも食べていられるといいなあ……”

“…………令子があのゴウツクバリを少しは懲りるような痛い目に遭いますように”

“令子ちゃんと〜〜〜ず〜っと一緒にいたいな〜〜〜”

“家賃の事で大家のバーサンにぶたれずに済みますようにっ!!”

“ドクター・カオスに・今年一年・平穏を”

“令子ちゃんを思う存分お触りしてみたいアルね”

“横島くん達と青春を思う存分味わいたいな……って、何言ってるんだろ私”

“貧乏がへっちゃらになりますように………”

“福の神として御利益が増えますように……って、神が神頼みしてどないすんねん”

“世界が今年一年主の恩寵の下、平和でありますように”

“令子ちゃんと結婚を……なんて願ってみるのも一興かな”

“ステキな人と一緒になれるといいかな、例えば西条先輩とか……なんちゃって♪”

“今年は三界が平穏無事でありますように……仏神・小竜姫がかしこみお願い申し上げます”

“今年こそ! 今年こそっ! 役立たずだなんて汚名を返上したいのね〜!”

“う〜ん……僕と先生にとって、今年一年いい年でありますように……でいいかな?”

“影が薄いだなんて言われている現状から脱却したいんジャー!!”

“20センチ……せめてあと10センチでいいんだ、弓よりも背を高くさせてくれ〜〜っ!!”

“我々が人界へ出張らねばならない様なもめ事が起きない事を祈っておこう”

“軍の情報部としては、デタントが崩れるような事のないよう願っています”

“ああっ! 今年こそ美神おねーさまとグッとお近づきになりたいわっ!!”

“弓やおキヌちゃんに負けないぐらい霊能力がドーンと上がるといいんだけどなあ……”

“ひのめが健やかに成長してくれますように……令子の方は、もう諦めてますから”

“ミカミ……とまではいかなくってもいいでちゅから、ベスパちゃんぐらいにはボン・キュ・ボンのナイスバディに成長したいでちゅっ!”

“………アシュ様が……せめて安らかに眠れますように………”

“とにかく、この首だけの状態を何とかしてくれ〜〜っ!”






 さて、問題の横島忠夫。周囲の面々が参拝を終えて引き上げていく中で、彼だけはしばらく手を合わせたまま考え事をしていた。







 去年の俺だったら、ここで“美人のねーちゃんとウハウハな関係になりたい!”とか“水着美女で満員の日本武道館でジョニー・B・グッドを熱唱したい!”とか“美人の嫁さんもらって退廃的な生活をしたい!”な〜んて願ってたんだろーな。

 でもこの一年で美神さんに出会って、おキヌちゃんに出会って、冥子ちゃんにエミさんに小竜姫さま、シロにタマモ、ピート達にワルキューレ達、パピリオ、ベスパ、そしてルシオラ……いろんな出会いがあったよな。
 考えてみれば、みんなに出会って、みんなに支えられて、今の俺があるんだよな。

 うん、そうだな。一年の最初の願い事ぐらい、みんなのために祈ってみるのもいいか。“ルシオラが生き返りますように”って祈ればアイツが戻ってきてくれるってわけでもないし。

 去年一年(その割りに正月もバレンタインもクリスマスも何度もやったような気がするけど)で出会ったみんな。
 美神さん、おキヌちゃん、シロ、タマモ、エミさん、冥子ちゃん、カオスにマリア、小竜姫さま、隊長にひのめちゃん、唐巣神父、厄珍、愛子、小鳩ちゃんと貧乏神、ピート、タイガー、雪之丞、ヒャクメ、魔鈴さん、ワルキューレ、ジーク、弓さんに一文字さん、パピリオ、ベスパ、土偶羅、ついでに西条。

 サンキュー、みんな。それと、今年もよろしくな。





「“ここにいるみんなの願い事がかないますようにっ!!”

 ………これでよし、っと」








『『……………え゛……………??』』








 そして、この願い事は――かなってしまった。











 〜〜1月1日 美神除霊事務所・庭先〜〜

「令子ちゃ〜〜ん、大丈夫〜〜? お雑煮食べる〜〜? おせち料理もあるわよ〜〜?」
 六道冥子は元旦の昼間っから庭先に重箱とお鍋を持ち出して、食事の準備を始めていた。傍らにいるのは、彼女のお目付役として美神事務所をシブシブ訪ねていた小笠原エミ、そして………
「令子〜〜、生きてる?」
「か、勝手に殺すんじゃないわよ……!」
 庭先にドドンと転がる巨大な金塊、そしてその下から美神令子の顔と両手だけがのぞいていた。
「言っとくけどね! この金塊は私の所有地に落ちてきたんだから私のモノなのよ! あんたになんか、一っカケラだってあげないんだからね……」
「いや、別にいらないんだけど……」

 事務所兼自宅で寝正月を満喫していた令子のところに改めて年始にやって来た冥子たち。それを出迎えるべく玄関から外に出てきた彼女の頭上に急に正体不明の影がさし……そして、現状へとつながる。

「それにしてもこの金塊、どこから落ちてきたのやら。よかったじゃない令子、ど〜せおたくの事だから初詣の時に大金が欲しいとか願い事したんでしょ」
「そりゃしたけど、何か違うわよ……せめて、私に引っ付いてるコレをどけて……あ、何だか気が遠くなってきたわ」
「し、新年早々令子ちゃんを触り放題アルな……でも、全然嬉しくないアル………」
 ちなみに令子のそのまた下敷きになっている厄珍は、まるで潰れたカエルのような声をあげていた。

「ごめんね令子ちゃん〜〜、式神たち総掛かりでもこの金塊が動かないのよ〜〜。だから、令子ちゃんが動けるようになるまで私がず〜〜〜っと一緒にいてあげるからね〜〜?」
「き、気持ちだけ受け取っておくわ……あ、目の前がだんだん暗くなってきたわ……」
「れ、令子ちゃんのチチシリフトモモが重いアル………ワタシも気が遠くなってきたアル……」

 そんなワケの分からない状態になった令子達を横目に見ながら、“これって、ひょっとして私の願い事のせいなワケ……?”と冷や汗をかくエミであった。




 〜〜1月2日 神奈川県・小田原市〜〜

『さあっ、大変な事になりました! 毎年新年恒例の大学駅伝、今年は物凄いハプニングレースになっています!!』
 テレビの中では、アナウンサーが異様に興奮した様子で実況中継のレポートをしていた。
『なんとスタート直後にコースに一組の少年少女達が乱入、そのまま選手達の前を走り続けています! すでに4区の終わりにさしかかっていますが、未だにペースは衰えを見せておりません! 先頭はシッポのアクセサリーをした少女、それにヒモで引っ張られる形で続く少年、しかも少年は巫女さんをお姫様抱っこしたまま走っています! そしてその2人に伴走するバイクの少女、しかも側車には机! まるでワケが分かりません!!』

「いや〜、今日の道路は車がほとんど走っていなくて散歩も快適でござるなっ!」
「当たり前じゃ〜〜! 今この道は大学駅伝で封鎖されてるんだ! って言うかシロ〜、お前どこまで走るつもりじゃ〜!?」
「それを聞くのは野暮でござるっ! 拙者、道が続く以上は気の向くまま走り続けるでござる!」
「は、恥ずかしいです〜……で、でも横島さん頑張って〜! きゃっ♪」
「スポーツで流れる汗、そしてそれを応援する女の子達! 青春だわっ!!」
「全国の電波に乗ってるんだぞ俺たちは! こんな所を美神さんに見られたら殺されるっ! なんでそんなに楽しそうなんや〜〜〜〜っ!?」
 どういうメンバーで国道1号線を走り続けているのか、一々語るのはやめておく。ただ言える事は、このうちの少女2名は1日の朝にいったん実家に顔を出しに行き、翌2日の朝に戻ってきて真っ先に横島のアパートに駆けつけ、そのままこの超長距離サンポと洒落込んでいる……という事だ。

『トップを独走(?)するこの少年少女達を、関東から集まったアスリート達は果たして抜く事ができるのか!? 間もなく5区、彼らの前にJ大学の“山の神様”が立ちはだかります!!』
 すでに大会の趣旨は、本来のものとは違ったものになってしまったようだ。




 〜〜同日 横島のアパート 横島の部屋〜〜

 そんな彼らの演じるバカ騒ぎを、ブラウン管を通して見守る二組の目。

「一体何やってんだか、あのバカ犬…」
 おキヌが“お姉ちゃんからの差し入れ”と称してアパートに置いていった厚揚げの煮付けをおかずに、薄揚げのタップリ入った雑煮を食べながら、ナインテールの狐少女がボソッと呟いた。ブラウン管の中では、シロとそれに引き回される横島の二人が、J大学の誇る“山の神様”の追走から必死で逃げている姿が映っている。
「あんた、追いかけなくてもいいの? せっかく横島に泊めさせてもらったのに、あのメンバーに横からかっさらわれちゃってさ」
「ううっ、私だって、私だってついて行きたかったんでちゅよ〜〜っ!」

 タマモと一緒に横島の部屋にいるのはパピリオ…………だよね? でも大概の人が彼女を見たら、一度はその目を疑う事だろう。何故かと言うと……

「魔族だからって自由に変身できるワケじゃないのね〜。服はその一枚だけなんて、知らなかったわ」
「ううっ……よりによって、ヨコシマの服が全部まとめて洗濯してあるだなんて……」
 ただ今のパピリオ、今朝目を覚ましたら身長がいきなり4〜50センチばかりドンと伸び、それに合わせて身体の曲線も急激に丸みを帯びて……具体的に言えば、バストとヒップが2〜30センチばかりボンと膨らんでいると思っていただきたい。昨夜までひいき目に見てもプレティーン程度のチンチクリンだったのが、今ではちょっと童顔気味のミドルティーンぐらいには成長している。たった一夜で、シロの超回復ばりの成長ぶり……なのはいいのだが。
「ところで、お雑煮……食べる?」
「この状態でそんな事できまちぇ……あう! お、大声をあげたら大変でちゅ……」
 早い話、身体は成長しても服はそのままである。パッツンパッツンもいいところなワンピースや手袋&ニーソックスはミチミチと悲鳴をあげていて、スカートなんかほとんど腹巻き状態。ちょっと力んだら、某世紀末救世主よろしく服がはじけ飛ぶだろう……多分、丸見え状態のおパンツも諸共に。
「まあ、そのうち横島の服も洗い終わるから、それまで我慢したら?」
「う〜〜、こんな事ならもっとベスパちゃんを引き留めておくんだったでちゅ………」
 なお、横島はこのあられもない姿を見る前にシロ達に拉致されている。



 ちなみにベスパは、1日のうちに急遽レストアが決定した土偶羅を連れて魔界に戻ってしまった。その際に、アシュタロスが光に包まれて昇天してゆくのを見たとか何とか……




 〜〜同日 唐巣神父の教会〜〜

「……ピート君、主の恵みというのは目で見える形でもたらされる事もあるのだね!」
 洗面所から出てきた神父は、やたら嬉しそうだった。
「……はあ?」
 鼻息荒く力説する神父に、ピートは何が何やら理解できなかった。
「私も時として“自分は神の恩寵を受けられないのでは?”なんて悩んだ事もあったけど、やはり神は自らを助けようとする者を助けてくれるのだよ! 感謝だ、感謝すべき時は今なんだよ!」
「あ、あの先生? 一体何が……?」
「ここだよ、ここ! ほら、見てくれたまえ!」
 面食らうピートの目の前に、唐巣神父は前頭部を突き出す。
「えっと…そこが何か?」
「生え際が……生え際が前進しているんだっ! ほんの数ミリぐらいだけど、確実に!」
 心底嬉しそうに前頭部を指差す唐巣だが、ピートにはよく分からなかった。
「ああっ、何だか今年はいい年になりそうな気がするよっ! 全ての人々に祝福と感謝をっ!!」
「は、はあ……それはおめでとうございます……」
 何だか踊りながら賛美歌を歌いだしそうな唐巣に対して、ピートから言える事はそれしかなかったけど……




 〜〜1月3日 横島のアパート・花戸家〜〜

「…………?」
「お〜い、小鳩〜〜……ん? どうしたんや?」
 台所で首をかしげている小鳩に、ふよふよと貧乏神が寄ってきた。彼女の目の前には、古めかしい木の米びつがドンと置かれている。
「ちょっとね、不思議なのよ貧ちゃん…昨日、普通にお米炊いてご飯食べたよね?」
「ああ、食った食った。横島と連れのパピリオとタマモって子も呼んで食ったら、米びつがほとんど空っぽになってもたな……それがどないしたんや?」
「それが……お米、減ってないのよ。まるで、お米を取り出す前に戻ったみたい……」
 二人が米びつをのぞき込むと、確かにゆうべは底が見えるぐらいにまで減っていたお米が……増えている。少なくとも、昨日炊いた分は確実に戻っていた。
「ひょっとして……これって、何かの御利益かしら? もしこれが本当に“不思議な米びつ”なら、少なくともお米代の心配はしなくて済むのよ!」
「あ、そうや、そうやった! 御利益と言われて思い出した! 小鳩、見てみい!」
 そう言って彼女の注意を引きながら、貧乏神は打ち出の小槌を取り出して振り下ろす。すると、小槌から何かがこぼれ落ちて床の上でチャリンと音を立てた。
「あ、すごい! 100円じゃない!」
「やろ、やろ? 去年までは10円がええとこやったのに、何や知らんけど100円が出るようになったんや!」
「やったわね貧ちゃん! これで……これで貧乏もへっちゃらだわ!」
 何かが違う気もしたが、それでも花戸家は幸福だった。




 〜〜同日 アパート・幸福荘〜〜

「お〜いバーサン、大丈夫かね?」
「う゛〜〜、ずずず……昨日よりはずいぶんマシになってきたよ……」
「ミズ・大家、雑炊・用意しました。栄養をとって・体力・つけて下さい」
 水の入ったタライと手拭いを持ったドクター・カオスと、湯気を立てる鍋と茶碗を持ったマリアが入ってきたは、大家のバーサンが普段生活している管理人室である。その部屋の中央で、新年早々体を壊して寝込んだ大家のバーサンが布団をかぶっていた。
「風邪薬も飲むか? ワシが調合してもよかったのだが、どんな副作用があるか分からんからな」
「着替え・洗濯・間もなく・終了します」
「す、すまないねぇカオっさんにマリアちゃん……」
「いやいや、それは年寄り同士言いっこ無しじゃ。謝礼はいいから、家賃を少しまけてくれるとありがたい」
「ドクター・カオス、せこい……」
 なお、この要求がどの程度受け入れられたのかは定かではないが、少なくとも大家のバーサンの取り立てが若干優しくなったのは事実らしい。




 〜〜1月4日 オカルトGメン・オフィス〜〜

「西条クン……悪いけど、あなたに逮捕状が出ているわ」
 と、仕事始めの挨拶直後に美神美智恵の爆弾発言が飛び出した。

「………は?」
 いきなり“逮捕状”なんて言葉が出てきたので、西条も何が何だか分からず硬直してしまった。
「え? なんで?」
「区役所から警察に通報があったんだけど……西条クン、あなた重婚しているのよ」
「………な゛!?」
 しかも全く身に覚えのない事なので、西条としては混乱するしかないわけで。
「いつの間にかね、西条クンの戸籍に令子と魔鈴さんの二人が“配偶者”として記載されているらしいのよね。何かの間違いかと思って確認したら、いつの間にか婚姻届も二つ提出されているし……で、逮捕状って事」
「な、何ですってぇ!? 僕が令子ちゃんや魔鈴くんと結婚ん〜〜〜!?」
 本当にプロポーズして〜のOKもらって〜の式挙げて〜の結婚ならともかく、いきなり入籍しちゃってるんだから、西条としてもビックリ仰天としか言いようがない。
「ま、大丈夫よ。警察や裁判所だって半信半疑で逮捕状出したみたいだから、たぶん不起訴処分で終わるわよ。ひょっとすると、お昼のワイドショーや文芸○×あたりで好き放題言われちゃうかも知れないけど……ね?」(と言いつつ、肩をポンと叩く)
「何が“ね?”なんですか〜〜っ!? 僕は重婚なんてしていないし結婚詐欺もしていない〜〜〜っ!!」
 とりあえず警察官達に連行される西条を横目で見ながら、美智恵は職業別電話帳の“弁護士”のページを読みあさる事にした。




 〜〜同日 街角〜〜

「ふふんふんふん、ふ〜〜ん♪」
「何浮かれてんだよ、弓? 美神さんがワケの分からない状況になってるから、除霊の手伝いに行くんだぜあたしら」
「うふふふふ……臨時とはいえアシスタント! これで美神おねーさまに私の働きぶりをアピールするのよっ♪」
「……ダメだ、聞いちゃいねえ」
「美神さんから話を聞いてから、ずっとこの調子ですケンノー」
 浮かれる弓の後ろ姿を見ながら一文字と、彼女から話を聞いて心配になったらしいタイガーが、揃ってため息をついた。

「よ、よう……」
 そんな三人の行く手に現れる、男の人影が一つ。身の丈は弓より心持ち高いぐらいで、目つきの鋭い容貌に服装はスーツにトレンチコートにソフトハット、それも全部黒系統なので変に威圧感が強い。
「…………」
「…………」
 弓は立ち止まり、その男を見やる。しばらくの沈黙の後、彼女が放った第一声は、

「………どなた?」だった。

「ちょっと待てぇっ! 会うなり“どなた?”って何だそりゃ!? どっからどう見ても、人呼んで伊達雪之丞だろーがっ!!」
 自分で名前を名乗るのに“人呼んで”はどうかと思うが、これが彼――雪之丞なりの気取り方なのだろう。慌てて力説する雪之丞を弓は上から下までまじまじと眺めて……
「……シークレットブーツ?」
「違うわっ!!」
「って事は……魔装術の応用?」
「それも違うっ!! って、一文字までっ!?」
「ま、まさか魔族に魂を売ったりしたんですカイ!?」
「ブル……タイガーよ、お前もかっ!!??」
 誰にも信じてもらえない雪之丞、哀れ固まってしまった。
「だって、たったの2日で急激に背が伸びるなんて……」
「普通は考えにくいよな?」
「同感じゃノー」
「しょーがねーだろうが! 2日の朝に目ェ覚めたら背が伸びていて、俺が一番ビックリしたんだよっ!」
 余談ながら、今の体型に合った服を一通り揃えるのに2日掛かっているので、4日になってやっとこさ彼女の前に出て来る事ができた、というワケ。
「……ま、そんな事はどうでもいいわ。何はさておき、まずは美神おねーさまの事務所よ! 一文字さんも年が明けてから霊力がグッと上がって、腕試しをしたいんでしょう!?」
「いや、そりゃそうなんだけど……雪之丞の事も少しは……って、全然聞いてねぇ!」
「おい、一体何が何だってんだ? タイガー、説明しやがれ……どわっ!?」
 弓を追いかけてまた走り始めたタイガーの脇に追いついた雪之丞だったが、その途端急に視界が暗くなった。
「く、暗い!? な、何だこりゃ?」
「あ、何だか知らないけどタイガーの奴、最近急に影が濃くなるようになってさ? その気になったら式神を影の中にしまっておけるんじゃないかって弓は言ってるんだけどさ」
「はあ? な、何だよそれは!?」
「わ、ワッシに聞かれても……」
 何が何だかさっぱり分からなくなっている男性陣であった。




 〜〜同日 妙神山修業場〜〜

「やったのね〜〜! 神族の調査官として就職してから早ン百年、ついに勲一等ものの大・手・柄!!」
「そ、そうですか……それはおめでとう」
 何故か妙神山に駆け込んではしゃぎ回るヒャクメに、小竜姫達は少々引き気味だった。
「別に、ヒャクメ一人でやった事ではなく……神魔族の情報部が合同で事に当たった成果なのだが……」
「姉上、今の彼女に何を言っても通じません……」

 合同で行った神界・魔界それぞれの反デタント派の摘発に最も貢献したのは、確かにヒャクメである。だから、ワルキューレもジークも今の彼女をどうこう言う気にはなれなかった。

「アシュタロスの事件の時にただ一人人界で行動できたのにあの醜態……その汚名を今挽回できたのね〜〜!!」
「ヒャクメ、汚名は返上するものであって挽回するものでは……」
「……聞いてない、ダメだこりゃ」
 まあ今ぐらいはいいか……と、三人とも生暖かい目で彼女を見守るのだった。









『え、えっと………』
『な、何やワイらの目論見とは違った結果になったような……』
 予想外の展開に、神魔族のトップ達は顔を見合わせ……

『ま、いいか』

 の一言で済ませる事にした。





 ……それでいいのか?





 何はともあれ、今年も良い年でありますように♪

  あとがき

 ここでは初めましてとなります、いりあすと申します。
 最近こちらのチャットを利用する事が増えたので、ここらで一本ご挨拶代わりにショートで一本……と思い立ったのはいいのですが、書き上がった頃にはすっかりシーズンを逃してしまいました(汗)

 でもせっかくなので、ここに投稿させていただきます。ちなみにいりあすは、こうやって色んなキャラが入れ替わり立ち替わり騒いでくれるタイプの話が好きなので、どうもドタバタになりがちです。そのあたりはどうか生暖かい目で見守って下さいねw

 遅ればせながら、本年もよろしくお願いします。

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