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東京御伽草子(中編)

暗い、暗い森だった。
まだこの土地に魑魅魍魎が跋扈して、自然に神が宿っていた時代。
一人の男の妄想と恐怖とが作り上げた、平安とは名ばかりの奇々怪々が溢れる都の外れ、
茨木と呼ばれる土地の森に、一人の赤子が捨ててあった。
赤子は粗末な布に包まれ、粗暴に木の根元にもののように置かれている。
赤子には分かっていた。
彼らは自分を恐れたのだ。
物言わぬ自分を物言わぬうちに殺してしまおうと考えたのだ。
でなければ、悪霊や妖怪で溢れる夜の森に、赤子を一人置いていくようなことはしない。
赤子は自分の悲運を嘆くことはしなかった。
生後一月も経ってはいなかったが、親に捨てられた子には年不相応な達観が身についていた。
すると、木々の葉を揺らし、一匹の妖怪が赤子の方に歩いて来る。
身の丈3メートルはあろうかと言う牛頭の巨人だった。
あぁ、と赤子は思う。
己の生はこれまでかと。
それもいいかもしれない。
まだ自分は何も知らぬ。
恐れも。悲しみも。憤りも。切なさも。
であれば、ここでこの牛人の腹を満たしてやるのも、それはそれでよいではないか。
赤子が観念を決め、牛人の手が正に赤子を包む布に掛かろうと言うその時、牛人は急に苦悶の声を漏らし、その場に倒れ伏した。

「頭ぁッ、どうしたんです?」

牛人は一人の男に切り伏せられていた。
男は子分らしき別の男に頭と呼ばれていた。

「あん?なんかしらねぇが赤ん坊が捨ててあんだよ。
んだ、こいつ。
あぁ。鬼子か・・・。」

赤子にはすでに生えそろった歯があった。髪の毛もすでにふさふさとした美しい黒髪である。

「鬼ってのは、人間の先祖返りだ。
こんだけ人間が一所に増えりゃあ、たまぁに俺やお前みたいのが生まれてくる。
特に今の京は呪怨、呪殺の見世物市みてぇなところだからな。」

呪いのとばっちりでも受けたんだろうぜ、そう言って頭と呼ばれた男は赤子をひょいと抱きかかえた。

「頭、そいつどうするつもりですッ!?」

「育てんだよ。この顔見ろ。末は美人に育つぞ。もったいねぇだろうが。」

「あんた、幼児趣味もほどほどにしねぇと・・・・・・。」

「誰が、幼児趣味だ、誰がッ!!!」

「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ・・・・・」

「ほら、頭が大きな声出すから・・・・。」

赤子は泣いた。
それはここに捨てられてより、初めてのことであったかも知れぬ。
そんな赤子の顔を、頭と呼ばれた男が覗き込む。

「んだよ、可愛い声でなけるじゃねぇか。
はん、よし。この酒呑童子がてめぇの面倒みてやろうじゃねぇか。
人は他の奴を裏切るが、鬼は裏切りだけはやらねぇ。」

てめぇも俺を裏切るんじゃねぇぞ、とまだ赤子の茨木童子に、酒呑童子は言ったのだった。



燃えていた。
そこは茨木童子と愛する酒呑童子のすべてが詰まった楽園だった。
酒呑童子が自分の為にと西国から取り寄せた色とりどりの絹の布も、仲間の皆と一生懸命に
作ったこの御殿も、すべてが赤々と燃え行く。

「はん、やられたぜ。毒を盛りやがるとはな。」

酒呑童子が苦しげに毒舌を放つ。
その晩、旅の山伏を名乗る怪しい連中を、人のいい酒呑童子は招き入れてしまった。
そして山伏の出す怪しげな酒を、仲間のみんなと飲んでしまった。
鬼の力を奪い、手足を痺れさせる薬を・・・。

「鬼は決して裏切りをしねぇ。てめぇら人間は平気で人を裏切りやがる・・・。」

「黙れ外道がッ・・・!!!」

山伏と見えたのは源頼光という侍で、そいつは卑怯にも酒で動けぬ茨木童子の仲間たちを皆殺にした。
そして、茨木童子の最愛の酒呑童子をも。

ブシュアアアアアアアアアアアッ!!!

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

首が宙を舞った。
鮮血が迸り、頼光の顔を濡らした。
宙に舞った首は、しかし次の瞬間ふたたび頼光に襲い掛かる。

「なんと・・・・!?」

だが届いたのは兜のみ。その獣のような牙は仇の頭骨まではとどかなかった。

「実に恐ろしき鬼神よ・・・。」

頼光が慌てて兜を脱ぎ捨てると、酒呑童子はようやく息絶えたのだった。

「お前ら、お前ら、お前らッ・・・・!!!」

茨木童子は怒りで目の前が真っ赤になった。
そして酒呑童子を恋しく思う気持ちで胸が張り裂けそうだった。
喉の奥が痛い。
全身がちりちりと震える。
すぐにでも目の前の侍を叩き殺し、源頼光を食い殺したい。
しかし己に立ち塞がる侍は強かった。
毒を飲まなかった茨木童子と互角に切り結ぶほどに。
しかし侍の表情は苦悶にゆがんでいる。

「・・・・・鬼の娘よ。私はもとよりこのようなやり方は好かん。
だが主の命は絶対。ゆえに汝の仲間を殺した。
しかし、しかしだ・・・!!
私はこのことを一生悔やんで生きるだろう。
鬼よ、そなたは生きよ。
生きて私を恨め。
そして、いずれ私を殺しに来るのだ。」

「!?」

「行け、鬼の姫よッ!!」

鍔迫り合いをしたまま、侍は鬼を蹴り飛ばした。
鬼はそのまま御殿の襖をやぶり、夜の森へと消えていった。
侍は数瞬その後を見送ったが、鬼が戻ってこないのを確認すると、刃を鞘に収めた。

「渡部の、切り結んでいた鬼はどうした?」

「・・・・・・・首領が切られたのを見て、敵わんと逃げたようです。」

「・・・ほう、渡部綱から逃げおおせたか。なかなか天晴れな鬼ではないか。」

そう言うと、戦果に気をよくしていた源頼光は、大声で笑った。



「ふはははははははははははッ!!」

源雷光はかの源頼光の子孫である。
しかしGSとしてはこれまでぱっとした活躍の場がなかった。
偉大な鬼切りの子孫である自分が、今のような立場にあることが我慢できなかった。
だから東京に茨木童子が現れたと言う報は渡りに船だった。
先祖が取り逃がした鬼を、子孫の自分が切り殺す。
これほどのPRは他にない。
そして雷光は茨木童子の調伏に成功した。
これからはGSとして誰からも尊敬される存在となるのだ。
だから嬉しくて仕様がないのだ。
例え、自分の首が胴と離れてしまっていても・・・。

「わ、若――――――――ッ!!」

黒尽くめの連中がショックを受けている。
しかし彼らの叫び声や哀悼の念は、まったくの無為だった。
次の瞬簡には、彼ら全員の首が胴から離れていたのだから。
誰一人、雷光を含めて、己が死んだことにも気付きはしなかった。

「流石・・・・、強いなんてもんじゃないわね・・・。」

美神令子は吐き気を堪えながら鬼神のすべての挙動に目を凝らしていた。
雷光らも見捨てたわけではない。
しかし、美神がどう動いても、彼らを助けることはできなかっただろう。

「茨木童子は最初Gメンに現れた。
ルートは知らないが、僕らが酒呑童子の転生を掴んだ事を嗅ぎ付けたんだ。
そこで横島君のことを知ったようだ。
僕らは彼女を吸引符に封印して保護するつもりだった。
酒呑童子に対する有効策として・・・。」

「と、いうことは・・・・・。」

「あんたが余計な事しなければ、茨木童子は死なずに済んだとかいう・・・。」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

耳を押さえ、涙を流して叫ぶ横島。
そんな横島に酒呑童子が向き合う。

「横島と言ったか・・・?」

「は、はいぃぃぃッ!!」

「さっきは弾みで殴って済まなかったな。」

「・・・へ?」

「死ぬ前にこいつの記憶を見た。こいつのことを真剣に庇ってくれたんだってな。
礼を言っていたぜ。利用して済まんともな。」

「・・・・・・・・。」

「だから、お前だけは生かしておいてやる。あとの一切合切は俺が滅ぼしてやる。」

「ちょ、そんなことして一体何になるっていうのよッ!!」

「言ったはずだ、美神令子。こいつに何かあったらこの国を滅ぼすと。鬼は言葉を違えない。」

そう言うと酒呑童子は高々と刃を頭上に掲げた。
美神や西条は慌てて臨戦態勢を取る。
おキヌもその口にネクロマンサーの笛を含む。
タマモは倒れたままの親友を必死に庇う。
しかしそんな双方の間に横島忠夫は知らず立ち塞がっていた。

「?」

「横島君、あんた・・・・。」

「こんなこと言ったら怒るかもしれんが、あんたの気持ちは分かる。
恋人が死んで、やり切れんと言うその気持ちは・・・。
でも、何をぶっ壊しても、つらいのはあんたの心じゃねぇかッ!!」

「てめぇ・・・・。」

そういうと鬼は目を細め、横島の額の辺りをじっと見る。

「美神さん、あの人、何してるんですか?」

「心を読んでるのよ、おキヌちゃん。あのクラスの鬼ならそれが出来ても不思議じゃないわ。
かの源頼光だって、神からもらった兜だかがなかったら奇襲になんか成功しなかったでしょうね。」

「そうか、てめぇも・・・・・。」

そうだ。横島も、丁度この土地で、すぐ手の届く距離にいた愛する人を失ったのだ。

「あんたが許せないのは自分だ。俺もそうだった。」

「餓鬼が、いいやがる・・・。」

すると酒呑童子の体躯が見る見る縮み、元の人型に戻る。手には一振りの日本刀。
人型にもどった酒呑童子は、もはや首のなくなった雷光の手から刃を奪うと、それを横島に投げてよこした。

「・・・は?・・・」

「横島。てめぇも腕に覚えがあんだろうが。だったら剣で言うことを聞かせろ。
俺は流儀をまげねぇ。だからてめぇも剣で流儀を通せ。
そいつは千年前に俺を殺しやがった霊刀だ。
どこで手に入れやがったのかはしらねぇが、この屑には分不相応。
てめぇなら、そいつを使えば俺を殺すことも出来るだろう。
ハンデだ。鬼の力はつかわねぇ。
きやがれ、横島。」

「お、お前・・・・。」

「横島君・・・。」

「なんでじゃーーーーーーッ!!!」

「「「は?」」」

「なんでそうなるんじゃ。ここは『そうだな、お前の言うとおりだぜ。
ここは大人しく山に帰るとするぜ。横島ありがとな』とかいうところちゃうんかッ!!
騙されたッ!
なんで俺がそんな危険な目に。
俺だけ助けてもらえばよかったッ!!!」

「あの馬鹿・・・。」

「っは、ははははは。
面白ぇやつだな横島。だけどよ――――――――」

瞬間、酒呑童子は目の前から掻き消え、その刃は横島の喉下に届いていた。

「横島君ッ!!」

「あ、あ、あぶねぇ・・・。」

横島は辛うじて刀でその一撃を凌いでいた。
なんだ、ちゃんと強ぇじゃねぇか・・・、そういって酒呑童子はどこか楽しげに構え直したのだった。
東京タワーの影が、公園に斜めに寄りかかっていた。




(続)
こんばんわッ!!
東京御伽草子二話目の投稿です。
いやぁ、飛びますねぇ、首。
あやうく横島君の首も飛びそうでした。
一応時系列的には連作終了直後ですので、この横島君はあんまり強くありません。
そんな横島君がいかにして日本三大悪妖怪の一人酒呑童子なんていう大物を仕留めるのか?
次回完結でございます。

皆様の忌憚なきご意見ご感想をお待ちしております。

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