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東京御伽草子(前編)

「ここでもないか・・・。」

西条捜査官は探し物をしていた。
当てが外れた彼は白い高級車の扉を開けながら溜息を一つ吐く。
それはオカルトGメンの捜査官としての彼の重要な仕事であった。

「下手をしたら、国が滅ぶぞ。」

己の不吉な発言に慄く様に、冷や汗が彼の頬を伝う。
車を急発進させて次の心当たりに向かった西条の後を追うように
一人の見知らぬ男がその場所に立った。
それは一人の僧であった。編み笠をかぶり袈裟を纏った。
しかし懐にちらりと見えるのは錫杖ではなく、どうやら仕込みの刀のようである。

「何やけったいなとこやなぁ。ほんまにこんなとこにおるんかアレが。」

大体なんで大阪やなしに東京やねん、などと何やらぶつくさ言いながら
男は西条が先ほどまで入っていた建物、東京国立博物館へと歩を進めたのであった。



東京御伽草子(前編)



「ずっと前から愛してましたーーーーー!!」

「変態ッ!!!」「人間のカスッ!!」「蛆虫ッ!!」「いいから死ねッ!!」

東京、とある繁華街。
雑居ビルがにぎわう休日の昼下がり、嬌声と罵詈雑言がさながらコーラスのように響き合っている。
今日も今日とて横島忠夫は往来でナンパを繰り返し、そして繰り返し撃退されていた。
血みどろになりながらそれでも声を掛けてしまう、横島のこのバイタリティはどこから
生まれてくるのか。
それはかつて神話級の魔神さえも滅ぼした、三界一の煩悩のなせる技であろうが、
魔神殺しの英雄のすることでは間違いなくなかった。

「くそ、なぜなんだ。なぜ女どもは俺に見向きもせんのだ。
考えろ、考えろ横島。これだけ拒まれるにはなんらかの理由があるはず・・・。」

横島は地に伏せ血の涙を流しながらコブシで地面を叩いている。
理由は間違いなく外見のそれであろうと、往来を行き交う誰もが考えていた。

「あのぅ・・・・。」

女の声がした。細い女の声だ。女の声だけなら今日何度も聞いている。
しかしかつて大阪に住んでいた横島は、その声から懐かしいイントネーションを聞き取った。
見上げてみればそこには赤髪のすらりとした美しい女が立っていた。
端正な顔立ち。大きく扇情的な瞳。
コートの丈よりも遥かに短いショートパンツから惜しげもなくさらされた白い脚は、
黒い編み上げのブーツによりエロティックに演出されている。
横島を見下ろす格好になったため、シャツの襟から覗く豊満な谷間が両の二の腕に
押し出され大いに強調されている。

(こ、これは美神さんクラス・・・・!?いやそれ以上かッ・・・・!!)

しばらくなかったぞ、これほどのプレッシャーは、などとぶつくさ呟きながら
不覚にも横島は見惚れていた。

「いたぞッ!!」

「こっちだッ!!」

「!?」

横島を現実に呼び戻したのは黒尽くめの男たちの声だった。
明らかに一般人ではない数名の男たちが商店街の角を曲がってまっすぐこちらに
向かってくる。
女は横島にすがりつく。しなを作る仕草がまるで猫のように可愛らしい。

「追われているんです。助けてくださいッ!!」

「こ、これはッ!!
もしや夢にまで見た『突然何の脈略もなく秘密を抱えた美女に助けを求められる』
最強のモテシチューエションではッ!!
・・・いや、まて横島。冷静になるんだ。
だいたいこの手のトラブルに巻き込まれていい目にあったことなんて・・・。」

その時、美女は横島の腕を自分の胸の方に引き寄せた。
張り詰めた風船のようでいて、それでいて温かいミルクのような矛盾した感覚が
彼の理性を追い詰める中、女は潤んだ瞳で何故か恥ずかしげに横島の顔を覗き込みながら
こう呟いたのだった。

「お願い・・・。」

「キターーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」

その瞬間、横島を中心に閃光が迸ったッ!!

「閃」「煙」

「何ぃぃぃ!!!」

男たちは突然のことにその脚を止めタタラを踏む。
強烈な光と突如湧き出した煙が晴れる頃には、横島と美女の姿はどこにもなかった。



「遅い・・・・。」

ぴりぴりとした空気が美神所霊事務所には立ち込めていた。
並の雑霊ならそれだけで消滅しかねない強烈な霊気が、所長である美神令子から放たれている。

「よ、横島先生、本当にどうしたんでござろうか・・・?」

「早く来ないと・・・・・いや、これはもう早く来ようが遅く来ようが来たら殺されるわね。」

二人の犬神が部屋の隅でガタガタと怯える中、美神に珈琲を淹れたおキヌも不審がっていた。

(横島さんのことだから、きっとナンパに失敗して地面でも叩いているんだろうけど
この胸騒ぎは一体・・・・。)

ドンッ・・・・・・・・・・!!!!
突如建物が大きく揺れた。耐震耐霊構造の美神所霊事務所が・・・。

『美神オーナーッ!!!強力な妖怪が私の結界内に侵入を試みています。』

「何ですってッ!!」

『駄目です、私の力では抑え切れませんッ!!!』

次の瞬間、部屋の扉が開け放たれる。
そこにいたのは、黒いコートに身を包んだ、口の周りを覆う黒い髭がなんとも渋い
長身の男であった。少なくとも外見は・・・。

「あ、あんた何者よ・・・・・・。」

心なしか怯えの混じる美神の声に、男は薄く笑い、そして言った。

「酒呑童子。」

腹のそこに響くような、霊体を直接揺さぶられるような低く、そして重い声。
美神は今度こそ本当に青ざめたのだった。



横島は美女とともにとある公園まで逃げてきていた。
息せき切って逃げてきた横島であったが、肩で息をする姿が何とも色っぽい美女を
見るにつけ、頭の中はあらぬ妄想で一杯になっていた。

(や、やはり、問題はどうやってさりげなくホテルにつれこむかどうかであろうか・・・。
いや、まてよ、公園というシチュエーションもそれほど悪くは・・・。)

「あの、どないしはったんですか?」

「はいぃいいッ!!い、いえですね。
あのう、そう、あなたのお名前を聞いていなかったなと思いまして・・・。」

まさかベッドシーンまでの算段を練っていたとも言えず、横島は適当な問を発した。
しかしそのごく当然の問いかけに、女は思案げな顔をする。

「名前ですか・・・・。うちの、名前は・・・・」

「茨木童子。」

声は、女の口からではなく、白い高級車に寄りかかる、長髪の男の口から発せられた。

「お前は、西条ッ!!!」

そこにいたのはオカルトGメン日本支部所属の捜査官、西条輝彦その人であった。

「相変わらず君はモノノケの類に好かれるようだね。」

「・・・・・・・・え?」

「そこにいるのは人間ではない。
茨木童子といってかつて京の都で大暴れしたとある鬼の恋人だった、やはり鬼だよ。」

横島に冷たい風が吹きすさぶ。
やがて「分かってた、分かってたんや、畜生ぉぉぉぉぉぉッ!!」
などと叫びながら猛烈な勢いで芝生をむしり出す。
西条はそんな横島の姿を数瞬哀れんだ後女に向き合うと、台詞の続きを紡ぎ出した。

「鬼の名は、酒呑童子・・・。」

「男と会っとるときに他の男の話するやなんて、いくらなんでも野暮なんとちゃうん?」

茨木童子と呼ばれた女は、媚びた態度をやめ、急に斜に構えた気丈な話しぶりになる。
しかしその声に余裕は感じられなかった。
先ほどよりも余程必死だと横島には感じられた。

「Gメンの資料室でなにを嗅ぎ回ったかと思えば・・・・。
君は横島君のことを知っていたな?
・・・・・まぁいい。」

言うと西条が懐から一枚の札を取り出した。それを茨木童子につと向ける。

「今更議論をしている暇はない。茨木童子。君を逮捕する。」

「待ってッ!うちは死んでもいい。
でもその前に、一目だけでも、どうしてもあの人に・・・・!!」

西条が霊符に霊力を込めようとした瞬間、その札はしかし一閃断ち切られるッ!!

「何のつもりだ、横島君ッ!!」

「あ、あんた馬鹿やないの!それとも聞いてなかったん?うちはあんたのこと・・・」

「あぁぁぁ、もうやかましいわいッ!!
西条、事情はまったく分からんがお前のやり方はなんかムカつくッ。
お前には分からんだろうが。もう一度会いたいッちゅう気持ちが・・・。
こいつは退治させんぞ。」

はぁ、と西条はひとつ溜息を吐いた。今回の事件で何回目の溜息だろうか。
まったく君らしいねぇ、と言うと西条は少し笑い、そして気付いた。
そうか、この公園からはよく見えるのだ。赤い涙に濡れたままの彼女の墓標が。

「君は何か勘違いしているようだが・・・・まぁいい。
君とここで決着を着けるというのも悪くない。」

そう言うと西条は、霊剣ジャスティスを抜き放ったのだった。



「っとにあの馬鹿・・・!!」

赤い高級車が疾走している。
そのスピードはまるで乗り手の心情を反映しているかのごとく早い。
運転席には美神が。助手席には獣化した二人を抱えたキヌが。
そして黒いコートに身を包んだ平安の鬼は、あろうことか後部座席のないコブラの座席後ろに
平然と片手でしがみ付いている。

「間違いないのよね、あんたの言ったこと。」

不遜とも取れる美神の物言いを、しかし鬼は少しも気にした風には見えない。

「ああ、本当だ。
俺が1000年ぶりに転生し追い求めている茨木童子を、横島と言う餓鬼が連れて行ったらしい。
あんたのところの使用人だと、見ていた連中が教えてくれた。」

「覗いたのね。頭の中を・・・・。」

美神の言葉に鬼はにやりと嗤う。

(しかし美神殿ほどの人が、何で見知らぬ鬼ごときの言いなりになっているのでござろうか?)

犬に化身したシロが小声で狐状態のタマモに話しかける。
タマモは呆れたようにシロにいい放つ。

(あんたホント馬鹿ね。押し殺してはいるけど、あいつの妖力はとんでもないわ。
はっきり言って人間にかなう相手とは思えない。)

シロはごくりとのどを鳴らした。
そんな犬神たちのやりとりが聞こえているとでもいうように、鬼は不気味に嗤うのだった。
もしも、と鬼は言った。

「もしも俺の女に何かがあったら、そのときはこの国を滅ぼす。」

ぴしり。
プレッシャーで、コブラのバックミラーにひびが入る。

(さすがは金毛白面九尾の狐とならぶ日本3大妖怪の一角ね。
だいたいこんな大物が転生してくるんだから誰か気付きなさいよ。
とは言っても、人間界でこのクラスの鬼神に立ち向かえるとしたら
私と横島君の同期合体くらいだわ。
横島君、あんた馬鹿なことしてたら見捨てるからね。)



「・・・・・・・・・・・・・・え・・・・・・・?」

茨木童子には何が起きたのか分からなかった。
自分を本気で気遣ってくれる男などこの千年いなかった。
そんな男の情に、今更鬼の自分が絆された訳でもあるまい。
だが、不思議と男を置いて逃げることが出来ずにいたのだ。
茨木童子はしばし忘れていた。
己が千年の逃避行の途上にあることを。

「お、おいお前・・・・・・・・・・!?」

西条と切り結んでいた横島は、絶望に震える声をようやく喉から絞り出した。
こんなことが、あっていいものだろうか。
横島の眦に熱いものが溜まっていく。

「き、貴様は確か、関西GS協会の・・・・・・源。」

西条は自分の馬鹿さ加減にほとほと頭にきていた。
横島との決闘に気を取られ賊の接近に気付かなかったとは・・・
自分は茨木童子を保護するために、ここに来たと言うのに。

「雷光や、よろしゅう。」

そこにいたのは関西弁をしゃべる僧形の男であった。
見れば男の周りには何人かの黒尽くめの男たちがいる。
雷光と名乗った僧形の男は不敵に笑った後、抜き身の刃を抜き放った。
立ち尽くす、茨木童子のその胸から・・・・。

「この、野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」

横島は全霊力を込めた霊波刀を形作った。
しかしその刃はいつのまにか背後に現れていた一人の長身の男により
なんと素手で握りつぶされた。
その手はそのまま拳を握り、横島の顔面を殴りつける。
横島はそのまま後方に20メートルほども振っ飛んだ。

「横島先生ッ!!」

慌てて駆けつけたシロが横島を受け止めようとするが、あまりの衝撃に二人もろとも吹っ飛ばされる。

「ガフッ!!」

「シロ、大丈夫!?」

自ら横島のクッションとなり衝撃を吸収したシロが口から吐血する。

「いきなり飛び出して無茶するんじゃないのッ!
横島君、またやっかいなもんに目を付けられたわね。」

「シロ、すまん。
美神さん・・・・・・、アレは・・・・・。」

鬼は膝をつき、呆然と震えている。
女の胸からはこんこんと血が湧き出している。

「・・・・・シュテン・・・・・・ドージ・・・・・・。」

女はこれ以上ないほどの不運に見舞われながら、弱弱しい満面の笑みを浮かべ、
幸せそうに最後の息を吐き、そして、千年の命に幕を引いた。

「茨木、おい、茨木・・・・・・・。」

笑みの顔のまま、しかし女は鬼の言葉に答えることはない。
それはそう、未来永劫に。

『るぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおぉぉッ!!』

黒いコートは破れ、ひしげ、赤黒い凶悪な骨格が現れる。
額からは二本の角。身の丈は4メートルにも届こうか。
右手には巨大な日本刀が握られている。

「酒呑童子・・・・。」

鬼は泣いていた。






(続)
こんにちわ。
以前GTYに投稿させていただいていたニールセンという者です。
転職やら何やら私事が重なりまして、長編の投稿がめちゃくちゃ中途半端なところで止まっており大変遺憾に思っております。
まぁそれはそれ。
誰も覚えてはいないでしょう(びくびく)。
久しぶりにサイトを覗くと顔ぶれも以前の皆さんとは少し変わっているようで、ブランクのある私は皆さんの筆力に慄くばかりです。
一年ぶりに書いてみた投稿ですが、皆様の忌憚なきご意見・ご感想をお待ちしております。

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