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よこしまただお、ごさい

今日も昨日と同じように穏やかな日が続くと思っていた

続くと思っていたんだ

だから

まさかあんなことが起きるなんて思っても居なかったんだ


そう、ことの発端は確かお昼ごろだったか…






「で、何しにきたんだ?」

「うむ、実は小僧に相談があってのう」

俺が飯を食おうかと事務所に行こうとしたらカオスのじいさんがやってきた。

給料日まであと少し、というところで金が尽きてしまったのでおキヌちゃんが昼を誘ってくれたのに。

このおっさんが家にやってくんのは珍しく何のようかなと思っている間におっさんはマリアとともに
かって家に入り込んでいた。

しかも「客には茶ぐらいださんかい。あ、マリア今のうちに充電もしとくんじゃぞ」などと自分勝手なことをし始めている

客なら客らしくしろってんだ。

「相談?言っとくが金なら貸さんぞ。俺だって日々生きてくだけでいっぱいいっぱいなんだ」

最近になって美神さんは給料を上げてくれたが、それでもきついものはきつい。

シロにタマモが来てから微妙に出費も増えたからなぁ。

「小僧が貧乏なんてことは承知済みじゃ。そんなことじゃなくてこれを飲んでもらいたい」

「なんだこれ?風邪薬、には見えね−な」

おっさんが取り出したのは一粒のカプセル。

しかしその色は紫色でとても体に良さそうには見えない。

なんていうか例えるなら、そう、ワルキューレの血の色を三倍ほど濃くしたような毒々しさだ。

「うむ、それはわしが開発した新薬でな。それを飲むと忘れている記憶を呼び戻すんじゃよ」

「忘れていた記憶?」

「その薬を使ってかつての発明の記憶を思い出そうと思ってな」

確かにこのおっさん結構大事なことすっぽり抜け落ちてんだろうからな。

「けど、何で俺が飲まなきゃなんねーんだ?」

「そりゃまずは実験が必要じゃろ。わしが知ってる限りお前より丈夫な人間は居らんからの」

「俺は実験体かい!つうかおっさん不老不死だろ。それぐらい自分でやれよ」

「実験というものは観測しなきゃ意味ないんじゃよ」

などと嘯くがおっさんのことだ自分でやると何があるかわかったもんじゃないから他人で試す気だろう。

俺が何でも耐えれるびっくり人間とでも思ってるのか?

「さあ、早くぐいっといけ」

「こんなおかしな色した薬誰が飲むか。第一おっさんの発明って信用できねーんだよ」

「失礼な奴じゃの。このヨーロッパの魔王、ドクターカオスに失敗は無い」

「何が失敗は無いだ。あのマリアもどきとか、いつかの羅針盤の時だとか。失敗だらけだろうが」

思い出すとあん時はずいぶん大変だったな。

「ええい、そんな昔のことはいいんじゃ。いいから早く飲まんかい」

「ぜってー、嫌だね誰がそんな自殺行為…」

これを飲んだら最後、爆発するとか記憶を失うとかそんなややこしい事態になるに決まってる。

せっかくおキヌちゃんの料理を食べれるのにこんなとこでおっさんの発明に巻き込まれてたまるか。

「うむう、ではしょうがない…。マリア」

「イエス・ドクターカオス」

しまったと思ったときには遅かった。

気づいたときには後ろからマリアに羽交い絞めにされていた。

「お、おいマリア、離せ!」

「ノー、横島さん」

マリアのパワーは強くとてもじゃないが振り払えん。

しかしこれが生身の女の子ならなー。

もううっはうはだったのに…

「ふふふ、では小僧ぱっと飲んでみい」

カオスは俺の口を無理やり開けて薬を放り込んだ。

どうにか飲まないように抵抗するが腕をおさられたままではたいした抵抗にはならなかった。

ごくり、と音がした。

「うわああ!!ちくしょーー!飲んじまったじゃねーか!」

「ふん、このドクターカオスの発明の礎となれたんじゃ。むしろ誇るといいぞ」

胸をそらせて威張るおっさん。

いつか痛い目見せてやる。

「で、どうじゃ。何か思い出さんか?」

「思い出すってもな…」

自分の体を見てみる。

異常無し。

いろいろ妄想してみる。

…………異常無し!

「いや、別になんとも無いぞ」

「ほんとか?おかしいのう?…もしかしたらいくらか時間がかかるのかもしれんな」

「ドクターカオス・そろそろアルバイトの時間です」

「む、もうそんな時間か。しょうがない、小僧もし変わったことがあったら報告にくるんじゃぞ」

「誰が行くか!!」

もはや用無しとばかりにおっさんとマリアはさっさと部屋を出て行った。

大丈夫だろうな俺の体は…

「おっと、んなことより飯だ飯。待っててくれよおキヌちゃん」

気を取り直してさっさと出かける。

早く飯を食おう、俺の考えはさっきまでことを忘れ飯一色になっていた。

まだこのときはなんとも無かったんだ…




「うまい、こらうまい!!」

「もう、横島さんちゃんと噛んで下さいね」

カオスとのやり取りでだいぶ遅くなってしまい着いたときにはおキヌちゃんしか居なかった。

美神さん達は三人で買いものに行ったらしい。

おキヌちゃんだけ俺が来るかもしれないからと待っててくれたのだ。

ほんとええ子やなーこの娘は。

「ごちそーさまでした」

「おそまつさまでした」

おかわり三杯。

やっぱりおキヌちゃんの飯は最高だ。

魔鈴みたいな本職の人のようなかしこまった味ではなく、お袋の味って言うのだろうか。

まーともかく旨いのだ。

「じゃあ私食器洗っちゃいますから」

「手伝おうか?」

さすがに食ってばかりだと悪いし。

「いえ、大丈夫ですから。横島さんはくつろいでてください」

やんわり俺の申し出を断ると汚れた食器を持って、キッチンに行ってしまった。

うーん、おキヌちゃんってほんとええこだな。

あんな子が嫁さんになってくれたら俺の人生パラダイスなんだがなー。

「しっかし、暑いなこの部屋は。エアコンでもついてんのか?」

もう春だってのに俺の顔からはうっすらと汗まで出てる。

周りを見てみるが別に暖房はついていない。

つうか暑すぎだろ?

呼吸もだんだん荒くなってく。

口の中から漏れる息。

足りない足りない足りない。

酸素が足りない。

「っあ、は、はあ、お…きぬ…ちゃ…」

どうにかおキヌちゃんのことを呼ぼうとするが俺の口から出るのは熱く、熱くなった空気だけ。

ここで俺の意識は真っ逆さまに暗転していった。





風を切って走るコブラ。

休日の昼間だというのに道路はまるで私のために空けはなってるかのようだ。

「しかしずいぶん買い込んだでござるな」

「ほんと凄いわね。どれもブランド物だし。いったいいくらするのかしら?」

二人の言う通りちょっと買い込みすぎたかしら?

でも、おキヌちゃんの分もあるんだししょうがないわよね。

「ほらもうすぐ事務所だからね、降りる準備しときなさい」

そんなことをしてるうちに事務所につく。

トランクだけじゃ収まりきれない荷物は二人のひざの上にも置いてある。

「ほら、シロそっちの袋持って。タマモはそっちよ」

「結構重いでござるな」

「私こんなに持てないわよ」

やっぱり買い込みすぎたらしい。

今度買い物に行くときはもっと買うものを絞るべきかもしれない。

『美神オーナー帰られましたか!』

「どうしたのよそんな慌てて」

頭に直接響くのは人口幽霊の声。

いつも冷静な人口幽霊にしてはずいぶんと声が焦ってるようだ。

『横島さんが!ともかく中に来てください!』

ガチャっ、とひとりでに扉が開いた。

ここまで切羽詰ってるって事は結構な厄介ごとみたいね。

まったくあの男は次は何やらかすのかしら。

自然ため息がついてくる。

「先生!今行くでござるーーー!」

空に舞う買い物袋。

目線の先には荷物を放り出したシロが凄い勢いで駆け出している。

「ちょっとシロ荷物を持ってきなさい!!」

「私もお先に行くね」

「こらーー!タマモ!!」

まったく人の服を何だと思ってるのかしら。

私もとりあえず車に荷物を置いて二人の後を追った。




「美神さん!大変なんです!」

「落ち着いておキヌちゃん。いったい何があったの?」

部屋に着くとおキヌちゃんは慌てておりシロとタマモは呆然としていた。

三人ともいつもとは考えられない狼狽っぷりだ。

ほんといったい何があったの?

「あ、あ、あ、あれ!あれ!!」

おキヌちゃんが指差すほうに目を向ける

そこには…

一人の子供が居た。

見た目は小学校にはあがってないほどかしら?

顔立ちは…可愛らしい、そんな言葉が良く似合う輪郭。

そして一番の問題はその服装。

ジーンズにジージャン、そして赤いバンダナ。

「おキヌちゃん…あの子…」

まさか、このパターンは…

おキヌちゃんは何も言わずに子供のほうに近づく。

「ねぇ、あのお姉ちゃんにもお名前教えてくれるかな?」

子供はその質問に素直に答えてくれた。







「よこしまただお、ごさい」






次回からはそれぞれにスポットを当てていきます。

あとがきは最終回で。

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