師匠も走ると書いて師走。誰もが大忙しの年末だ。
人々の思念も揺らぐのが年末。除霊業界も増える依頼に走り回ることになる。
なるのだが、例外もある。
「財布を振っても音がしないのね……」
「跳ねてもポケットは何も鳴らないんだよ……」
所長のこだわりで年末には休みをとる美神除霊事務所。
コンビニで立ち尽くしたまま年を越す若者も多い昨今に、所員にはゆったりとした大晦日が約束されているのだが――
「これが限界のもてなしなんだ。わかってくれ……」
「私は別に何も……わかった、わかったってばっ、泣かないのっ」
四つのカップ麺を挟んで向かい合う二人には、忙しくないが故の悲哀があるらしい。
来年はキツネ日和 豪遊小話
悩んだものの、年末ぐらいはと村に帰ったシロ。
預かっている義理の両親に顔が立たないからと美神に無理やり帰省させられたおキヌ。
妹が大きくなる頃にはぎこちなくとも家族の団欒を、と父親との交流に挑戦している美神。
それぞれに出かけて一人残されたのは実家も家族も今のところはない居候妖狐のタマモだけ。
二日程度なら問題ないと留守を請け負ったものの、テレビの向こうの楽しそうな光景につられてひょこひょこと外へ。
家族連れにカップルの溢れる街中の人恋しさに――独り者仲間のアパートで年を越すことに決めたのだった。週末でもあることだし。
「うんうん、贅沢だと思うわよこの『カップきつねそば』」
「でも贅沢って言っても四つ全部食べるんじゃなくて『天ぷら』と『うどん』は残しておくからカップ麺一つが大晦日の夕食……」
「だから自分で言って落ち込んでどうするの。ほらほら、お餅買って来てあげたから」
「すまないねぇ、すまないねぇタマモさんや……」
年末は事務所のバイトが減る為に普段は他の仕事を探す横島だが、今年は多少時給も上がって油断したらしい。
という訳で『天ぷらそば』と『きつねうどん』の『天ぷら』と『きつね』を入れ替えて出すのがお客様への最大のもてなしとなった。
そんな扱いでも割合にご機嫌なタマモ。持参した切り餅が膨れる卓上コンロを見つめるその瞳は何かをたくらむように怪しく光っている。
「ああ、餅がこんなに嬉しいものになるとは実家に居る時は思わなかった……」
「っていうか給料日って月末なんじゃないの? 何でもうないの?」
「…………」
そっと目をそらす彼の視線の先は怪しげに閉じられた押入れ。
男一人の年末は果たしてソレで癒されるのだろうか。
ともかく
「で、その貧乏な横島〜? これな〜んだっ」
「……封筒? 何が……んな、これ幾ら入ってるんだっ!」
瞳の中に抑えきれなくなったか、笑みを浮かべた彼女が取り出した封筒の中身は何と諭吉様達。
一人残されるタマモに美味しいものでも食べなさいと美神が残したものなのだが、お年玉を含めてもやたらと多い。
「十九、二十……二十万も……これだけあれば……!」
「いいでしょ、いいでしょ、凄いでしょー。全部使っていいって」
美神が『美味しいもの』を食べて二日過ごせばとてもこの金額では済みそうにないのだが、二人としては大喜びだった。
横島が封筒に心奪われたのを確認したタマモ。
ちょっと緊張しながら、それを表情に出さないようにして、失敗して――自分でもそれに気づきつつ。
頬を赤らめてまさに女の子、乙女心はフルスロットル。初詣ついでに外出でもと明日のお誘いを口に出した。
「でね、今日はおソバでもいいしさ、明日二人でどこか……横島? 聞いてる?」
口に出したのだが。
「……豪遊だ」
「……へ?」
「豪遊だ! これだけ金があれば二人で十分遊び倒せるぞ! 来年は俺のもんじゃぁぁぁぁぁ!」
「え、それ私の……いや、遊ぶのはいいんだけど、ちょっとその……え、すぐ行くの!? ちょっと待っ、きゃぁぁぁぁぁ」
焼き餅はまさに食べ頃だったのだが、タマモを引っ張り家を飛び出す彼には気づいてもらえなかったようだ。
「……で、何処で何をするの、豪遊って。何ていうの、女のお店とかは行きたくないけど」
「そりゃ豪遊といえば……女、酒、ギャンブル?」
「全部嫌だし……お酒ってまだダメなんでしょう?」
「いや、全部未成年はダメか。どちらかというと酒の方がまだ目こぼしがあるぐらいかもな。」
駅前まで辿り着いてようやく止まった横島、諭吉テンションで駆け抜けただけで何も考えていない。
そして二人で遊び倒して終わる年も良いかもと、それほどは怒っていないタマモ。
普段彼を引っ張り出す自分が手を引かれるのも中々悪くはないらしい。
「じゃあ……日頃できない夢を一つずつ叶えていくとか、どう? 庶民的だけど結構楽しいと思うんだけど」
「日頃できない夢、か……。女をどうこうってのは……?」
「それは隣に居るので我慢しておいて。とりあえず私からね」
1 きつねそば揚げ三枚
「も〜、幸せ。見て見て、お椀が黄金色っ……横島、おそば半分要らない?」
「……もうお揚げだけ頼めばそれで良かったんじゃないかお前は」
2 ピザトッピング全部
「宅配じゃなくてその場で注文も出来るのね……で、それ美味しいの?」
「…………Sサイズに全部乗せは無理があったかもしれん。半分頼む」
3 駄菓子屋で範囲買い
「ここから〜……ここまでっ! 一個ずつ全部下さい!」
「一個ずつってのが庶民だよな……あー、俺も酢昆布一つ買っていくか」
4 回転寿司で高額皿オンリー食い
「トロトロイクラ、ウニアワビー! 絵皿なんて怖くない、まさに豪遊!」
「もうお腹減ってないんだけど……あ、稲荷だ」
5 ゴールデンタイムにカラオケ
「……それ、日頃出来ない夢なの?」
「貧乏人にはそーなんだよ。まあ歌っていこう、ほら目録」
6 コンビニで纏め買い
「帰り際のコンビニで、目に付いたもの全部カゴに入れる。これがなかなか出来ないんだよ、普段はさ」
「今はお腹一杯だから欲しいものあんまり……あ、帰ったらケーキ食べよケーキ」
7 特に意味はなくタクシーで帰宅
「そりゃ日頃からタクシーを常用したりはしないけど、夢っていうの、これ?」
「甘いぞタマモ、実は世間には未だにタクシーに乗った事のない人が沢山居るんだからな」
コンビニの袋と駄菓子の袋を両手に、年越は部屋で迎えようと帰宅する二人。
最初は金髪に染めた子供かと顔をしかめた運転手の男性も、素直に兄と話す妹の様子に何やら家庭の希望が見えたらしい。
「まだ三分の一も使ってないから明日も豪遊しないとね」
「初詣の屋台で金使い放題ってのも子供の頃からの夢だよなー。あ、そこ右で、そうそうあの煙の出てるアパートの前で」
勿論兄妹でも染めた訳でもないのだが……煙。
「煙……?」
一瞬時が止まる二人。どう見てもいつものアパートから煙が上がっている。
「うわ、本当に煙……あれ横島の部屋から出てるみたいだけど、火事?」
「火が火が部屋がー! 文珠、文珠ー!」
火にかけられたまま放置された餅が焼き餅を焼いたらしい、なんて笑い話にもならない。
幸い家具に燃え移った辺りで間に合ったようだが、部屋内の大体の服が燃え、家電の幾つかは動かなくなっていた。
「慌てて飛び出すから……。火の始末はきちんとっておキヌちゃんからも言われたぐらいなのに」
「マッチ一本って言うぐらいだからなー、コンロつけっ放しでこれならまだ良かった方か……んなっ、俺のコレクションがー!』
見事に全滅した押入れのソレ。溢れる心の汗が足元の鉄片に蒸発した。
燃えカスからのぞく媚びた笑顔の写真を踏み付けて微笑むタマモからささっと目をそらしつつ
「しかし今日から……どうするかな」
「とりあえず事務所で寝れば良いんじゃない? それで、豪遊は中止。残りのお金で壊れたの買いなおせば大丈夫でしょ」
「お前がもらった金なのに、いいのか?」
一応タマモのお金だと遠慮して、大した金額を使わずにいたのだ。
さすがに家具を買わせれば残った諭吉様の大半をつぎ込む事になる。
「いーのいーの。私がコーディネートしてあげる。そろそろ布団持ち込もうかと思ってたところだしね」
「布団は構わんが……さすがに男のプライドが許さんというか……」
「あんたにプライドって一番似合わないと思うんだけど」
「……やっぱり遠慮しておく。タイガーがエミさんとこの社宅に住んでるから給料日まで転がりこめば……」
「迷惑だからやめなさいってば。ほら、事務所帰ってケーキ食べよ。明日掃除して買い物ね」
しょっちゅう遊びに来ていた部屋が燃えたにも関わらずやっぱり上機嫌のタマモにどうにも危機感が削がれる横島。
待ってもらっていたタクシーに向かう彼女に手を引かれながら首をひねって困惑する。
「いいんだってば。一つ夢が叶うんだから、来年はいい年になりそうっ」
「……夢?」
「いーのっ。ほら、乗って乗って」
共に選んだ家具に、コーディネートされた補充の服。
タマモ第二の部屋となりそうな自分のアパートに、やはり危機感がわかない。
「来年も、いや、もう今年か? こいつに付き合わさるよーな気が……」
「やっぱりさ、テレビはちょっと大きいのが良いと思わない? それに私の服も置きたいから衣装ダンスを……」
懐かれてるのか懐いているのか。
まあ、それもいいかと思ってしまう。
「あーもう好きに置け。押入れも全滅して惜しい物なんて何もないわい……はぁ……」
それは彼女に惹かれているからか、全ての『女達』に捨てられた絶望感か、考えないようにする横島だった。
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