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思い出の欠片

 クリスマスなど、魔族である自分には関係ない。ペスパは、そう思っていた。
 デタントの流れがあるとはいえ、神族の最高指導者の聖誕祭を、敵である魔族が祝うことなどおかしいのだ。それでも、魔族の一部は平和を謳歌し、クリスマスなどと騒いでいる。
 緊張緩和の中で、魔族は永遠の悪役として生きなくてはならない。凶悪な魔物として多くのものを踏みにじることを拒み立ち上がったのが、アシュタロスだった。そして、アシュタロスは滅び、ベスパは魔界軍に入った。
 軍隊にあっても、秩序の全てを覆そうとしたアシュタロスの娘として、ベスパは白い目で見られることが多かった。気にはしていない。アシュタロスの真意は、誰にも理解されないのだ。ただそのことが、ベスパには悲しくもあった。
 どこを探しても、アシュタロスはもういない。それが願いだったとはいえ、ベスパには耐え難いことだった。踏みにじらないわけにはいくまいよ。そういって笑ったアシュタロスの寂しげな顔が、ベスパの脳裏には焼き付いて消えなかった。
 ベスパの所属する部隊に出動命令が下ったのは、12月24日だった。アシュタロスの残党のアジトが発見され、その包囲殲滅の任が与えられたのだ。
 アシュタロスの残党については、アシュタロス本人が赦されたこともあり、投降すれば罪に問われないことになっていた。しかし、あまり多くなかった。アシュタロスを信奉していたものは、アシュタロスに殉ずることを選んだのだ。
 彼らと対すると、ベスパの心は痛んだ。アシュタロスが、心配していたことでもあるのだ。

「秩序の転覆がなったときはいい、しかし本当の願い、自らの滅びが成就されたとき、彼らは何をもって報われるのだろうか」

 かつてアシュタロスが漏らしたその言葉は、残党狩りに参加するたびにベスパの心を刺すのだった。せめて、彼らの今後が不利にならないよう、説得に注力するしかできなかった。そして、そのたびに無力感に襲われる。ベスパの言葉に耳を傾けるものなどいなかった。彼らは、ことごとく玉砕を選ぶのだった。
 作戦は簡単なものだった。突入した部隊に対する抵抗は弱々しいもので、もはやほとんど彼らに戦力が残っていないことを窺わせた。ベスパは、先頭を切って進んでいった。言葉が無力であると知りつつも、説得を諦める気にはならない。一人でも多く、救いたかった。

「おまえは、アシュ様直属の」
「抵抗は無駄だ。投降しろ。アシュ様だって、おまえたちの死は望んでいない」

 アジトの奥の一室に踏み込んだベスパは、息をのんだ男に投降を促した。銃は構えたままである。どのような反撃があるかも分からないのだ。

「黙れ、裏切りものめ。アシュ様の理想は、我らが実現するのだ」

 アシュタロスの真意は、味方であったものへもほとんど伝えられていない。あのお方の願いは、滅びだったのだ。その事実も、やはり彼らへの裏切りとなるのだろうか。

「もう祭りは終わったんだよ。アシュ様でさえなしえなかったこと、おまえたちにできるはずもない」
「アシュ様がおられずとも、我らにはこれがある。これで魔族の世を作り、アシュ様の御霊を安んずるのだ」

 彼の手元にあるのは、宇宙の卵だった。その中には別の世界が入っている。アシュタロスは、現実の世界と卵の世界を入れ替えて、宇宙を改変しようとしていたのだ。
 事件後、宇宙の卵のほとんどは、魔界軍の手によって回収されたはずだ。放置するには危険すぎるのだ。ならば、彼が持っているものは、未回収の一つなのだろうか。
 しかし、目の前にある宇宙の卵は、壊れている。卵が持っている、エネルギーが感じられないのだ。それでは卵の形をした、ただの物にすぎない。そのことが、彼には分からないのか。
 彼の瞳は狂気の炎に燃えていた。もはや彼には何も見えていない。何も聞こえない。ただ理想の残骸だけが、美しく見えているのだろう。
 このまま理想に殉じさせてやるのが、優しさか。ベスパはそう思った。引き金をひく。苦しまないよう、正確に急所を打ち抜いた。彼の目から狂気の光が消え、崩れ落ちていった。手に持っていた卵が、こぼれ落ちる。
 床に衝突した卵が、音を立てて割れた。夢が砕けた。わけもなくベスパは思った。粉々になった宇宙の卵は、ベスパの心を表すように四散している。
 破片の一つを懐に押し込み、ベスパは作戦の終了を上官へ伝えた。何事もなく、ベスパの部隊は営舎へと戻っていった。
 ワルキューレから呼び出しがあったのは、その翌日だった。

「あの現場に、宇宙の卵があったらしいのだが」

 ワルキューレの言葉に、ベスパはどきりとした。軍で回収されるべき欠片を持ち出したことがばれたのだろうか。ばれたとして、なんらかの処分が下されるのか。ワルキューレは、特殊部隊に所属している。粛正も任務のうちなのかもしれない。
 消されるのなら、それまでの命。あのお方のおられぬ世界など、未練もない。ベスパはそう思い定めた。せめてあのお方の名を汚さぬよう、潔い最期を迎えよう。覚悟を決めたベスパは、次の言葉を待った。

「まあ、あの現場にあった宇宙の卵は修復不可能なまでに壊れていて、魔界軍にとっては石ころほどの価値しかないそうだ。よってその欠片を誰がどのように持っていようとも問題ない、という決定が上層部でなされた」

 一瞬、何を言われているのか、ベスパには分からなかった。ベスパのきょとんとした顔を見て、ワルキューレがふっと笑みを漏らす。

「その欠片は、クリスマスプレゼントということだ」

 そう言ってワルキューレは踵を返した。ベスパは、その背中を呆然と見送るしかなかった。
 与えられた居室に戻り、ベスパは懐から卵の欠片を取り出した。何の力もない、ただの破片である。こうなってしまっては、確かに価値などなかった。
 それでもベスパにとっては、アシュタロスと共にあった思い出の欠片である。それが、とてつもなく重要なもののように思えた。

「クリスマスプレゼントか」

 そっとつぶやく。卵の欠片は、ずしりと重い。
 クリスマスというのも、悪いものではないかもしれない。我ながら現金なものだと思いながら、そう感じ始めている自分がいた。
 お久しぶりの方はお久しぶりです。初めましての方ははじめまして。
 一年ぶり、プラスになってからは初の投稿になります。
 クリスマスと言うことで書いてみました。
 皆様が、少しでも楽しめましたら幸いです。

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