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三年目のプレゼントは?


「ありがとうございましたー」
「ありがとうございました♪」

 最後の客を送り出した二人は店員という立場から一人の男と女になる。
 すぐさま男は女の肩を抱き寄せ唇を一杯につきだす。

「だめですよ」

 だが、女は男のそんな行動にも慣れているのか、そっと頬を両手で挟み阻止する。

「お店の片づけして、ご飯食べて、身体を綺麗にしてから……ね?」

 小首をかしげて覗きこむ。泣き黒子の愛らしい顔がさらに可愛らしく見える。こうしてにっこり笑われると男は黙って頷くしかなかった。

 首振りバブルヘッド人形のごとき頷きに満足した女は、チュッと唇を鳴らし愛らしいウィンクを男に送った。





 黒々とした空の下、店先の掃除を終えた横島がオールバックに撫で付けた髪の上に纏わりついた雪を払い落としながら、店に戻る。

「結構雪が降ってきたな。明日積もってなけりゃいいけど」

 外気に晒され赤くかじかんだ手に息を吐きかけながら、明日の作業を想像して苦笑する。冷気をまとった肌に店内の空気がまだなじまず、血の巡る箇所がやけどしたように熱く感じられた。

「ごくろうさんだニャー」との声に目をやると黒猫がティーポットを器用に口にくわえて紅茶を入れていた。
 ありがたいとばかりに手を伸ばすもその熱さに四苦八苦し、ふうふうと飲み干した。

「サンキュー、温まったよ。めぐみさんはまだ厨房かな?」

 ティーセットを運びながら覗いて見ても厨房にはその姿は見当たらなかった。

「魔鈴ちゃんなら先に家にもどってご飯作るって言ってたニャ」

「そっか」と呟くと横島は少々危なっかしい手つきでティーセットを洗い始める。黒猫から手渡された布巾で水滴を残らず拭きあげると、戸棚に綺麗に片付ける。
 一通り店内を見回り火の元、施錠の確認を行うと横島は黒猫を肩に乗せ、大きく深呼吸する。
 未だに自宅となった異界の家への移動には緊張を強いられるのだ。
 
 転移の魔法が使えない横島は文珠を使っての移動となるのだが、行き先がはっきりとイメージできないと何処に行くのか本人も分らないということになってしまう。
 以前は家をイメージすることが出来なくて、代わりに魔鈴の姿を脳裏に浮かべて移動したら、入浴中の魔鈴の目の前に移動してしまったということがある。その日横島は両頬にまっかな紅葉をつけて一人寂しく毛布に包まることになったが、それも今はいい思い出の一つに数えられる。

 握りこぶしの中の文珠が光を失い、文珠そのものも消えるとそこは我が家となった異界の石造りの家のなかだった。

(相変わらずインテリアの趣味はちょっとなぁ……レストランの調度品なんかはセンスいいのに)

 苦笑しつつ肩から降りた黒猫のかわりにゲェーゲェーと鳴く小鳥に店先の掃除の最中に確保した何かの死肉を与えて相手をしてやる。
 うっかりすると自分の腕さえも一緒に食べるこの小鳥の相手もなれたものだった。

「おかえりなさい忠夫さん」

 ミトンのなべ掴みでオーブンからローストしたターキーを取り出しつつ振り返るエプロン姿の魔鈴を見て飛び掛りたくなる衝動が湧き上がる。
 今飛び掛ってもきっと彼女は許してくれると勝手な想像をしているが、それよりも今は、家中に漂う香ばしいかおりが腹の虫を活性化させた事が大きかった。

「もうすぐ出来ますからあとちょっとだけまっててくださいね」

 己の腹の虫に恥をかかされたことと、眩しい笑顔の魔鈴に見とれて顔が赤くなっていることを、ニヤニヤとコッチを見ていた黒猫にあたることで誤魔化した。





 テーブルの上に並んだ料理を食べながら他愛の無い会話も弾んでいた。が、ふっとそれが途切れてしまった。
 それでも、いつもは心地よい時間が訪れるはずだったが、今日はなぜかいつもと違った。

 二人ともそれに気づくのにはさして時間はかからなかった。
 丁度去年のこの日。二人の関係は深いものになったことを思い出したのだ。
 また、二人の関係が周囲よりも一歩進んだものになったのも、やはり同じ日だった。

 当時を思い出し気恥ずかしくなった二人の間に糸を張ったような緊張感が張り詰めた。


 魔鈴は緊張感に耐え切れずシャンパンで咽を潤して、かねてからの思いをぶつけることにした。


「あの忠夫さん……私のこと好きですか?」

 突然の質問に横島はうろたえる。

「な、何言ってるんですかめぐみさん。好きです、大好きですよ! 愛してます!」

「……本当ですか?」

「本当ですよ!!」

 熱を帯びた眼差しを向けられて、横島はまた激しく頭を振る。
 魔鈴は軽くうつむいて逡巡したあと意を決して切り出した。

「じゃぁ……『めぐみさん』じゃなくて『めぐみ』って呼んで下さい」

「え…いや……その……なんか恥ずかしくて……」

 年下としての遠慮もあったのかもしれないが、やっぱり恥ずかしいというのが本音だろうか。

 
 魔鈴は泳ぐ横島の目を覗き込んでじっと待っている。


 しばらく泳いでいた横島の目がまだグラスに残っていたシャンパンに止まると、一息にソレを飲み干し力強く拳を握る。

「あ、愛してるよめ…めぐみ……」

 横島にだけ許された彼女の名前を口にする。
  
 魔鈴はとても嬉しそうに破願した。感涙に瞳を潤ませ頬を伝う涙をぬぐう。
 横島は魔鈴の涙にうろたえながら席を立ち、そっと彼女の肩を抱き、彼女をいっそう美しく彩っている涙に唇を寄せた。
 魔鈴はそのまま甘えるように横島の胸へ顔をうずめた。

 




 そのままの雰囲気で二人が一つになったのは誰かの粋な計らいだろうか?



 小鳥さんがギャーギャーと騒ぎだした。
 黒猫がビニール袋に頭を突っ込んでゴロゴロと転がった。
 家の外ではケルベロスが遠吠えを繰り返した。
 瘴気漂う沼では奇怪な魚がパシャパシャと飛び跳ねた。




 








 ぐぉぉー……すかぁー……

 豪快な寝息に合わせて上下する胸板に頭を乗せていた魔鈴は、大口をあけて涎をたらして寝ている横島を愛しそうに見つめる。

 その涎の後が白く残る頬を指でつついてみた。

「ん…んが……」

 いびきとも声ともつかない返事が漏れ出る。
 
 魔鈴は今日が火曜日であることに感謝していた。
 横島の緊張のほどけきった、無防備な顔をゆっくりと近くで見られることに、心の中でお礼を述べた。

(サンタさん、ありがとうございました……)

またしてもクリスマスに魔鈴モノ

これが魔鈴信者ことめぐ民の生き様です。

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