シロが泣いている。
俺はそれを黙って見ていることしかできない。
小さな肩を震わせて、アイツは泣いている。
「うう……どーして、どーして『ねろ』と『ぱと○っしゅ』を誰も助けてあげないんでござるかっ!」
「哀しい話なんだよ。ていうかお前、何回見れば気がすむんだ」
近所のレンタルショップで借りてきたハ○ス名作劇場を見ながら、シロはボロボロと涙を流していた。
主人公の少年とその愛犬が辿る運命は切なく、横島もかつて目頭が滲んだことはある。
「何度見たって納得できないでござるっ!」
「世の中にはな、こういう理不尽もあるって事さ」
いくらこういうものに慣れてないとはいえ、シロは感情移入しすぎだった。
横島はテレビの前で泣きじゃくるシロの頭をポンポンと軽く叩き、フッと微笑んで見せた。
「もう帰るけど……夜更かしすんなよ」
仕事が終わった頃にはすっかり日が暮れており、横島は事務所を後にした。
冬の夜は寒い。
流れる雲の隙間から見える星空は綺麗だが、横島にそれを楽しむ余裕など無かった。
震えながらアパートにたどり着いたときには、身体が芯から冷え切ってしまっていた。
「ふえっくしょん!」
とりあえずパジャマに着替え、布団に潜り込む。
だが、ロクに暖房もないボロアパートはひどく寒い。
明かりを落として目を伏せるが、なかなか眠くはならない。
今夜は風が強く、立て付けが緩くなった窓枠がガタガタと音を立てている。
カーテンの隙間から見える夜空には、銀色の月が透明な風に吹かれていた。
こんこん。
半ば意識が沈みかけてきた時、音がした。
薄目を開けて様子を覗うと、窓の外に人の影。
こんこん。
そっと窓を叩く音に身体を起こし、カーテンを開ける。
窓の向こう、手すりに身体を乗せていたのはシロだった。
煌々と輝く月明かりを吸い込んで、銀の髪が揺れている。
闇に浮かぶ輪郭がとても美しくて、横島はしばらく見とれていた。
「……っと、お前、何してるんだ」
我に返った横島は窓を開けてシロを部屋に導く。
手を握って彼女を引っ張ったとき、その冷たさに横島は驚いた。
「すっかり冷えちまってるじゃねーか、バカ」
「えへへ、来ちゃった……でござる」
「このクソ寒いのに何の用だ? サンポなら受付は終了してるぞ」
「えーと、先生が寒くて震えてないかな、と思って」
「……テレビの見過ぎだ」
少しぶっきらぼうに言いつつ、横島は嬉しかった。
身を切るような風が吹く夜には、わけもなく心細くなる。
そんな時、誰かのぬくもりを感じられることがどれほど幸せか。
一人暮らしを続ける横島には、いやという程良く分かっていた。
「こんな時間じゃ追い返すのもできねーじゃねーか。まあいいや、今夜はここで寝ていけ」
「ホントでござるかっ!」
「そのかわり、狼の姿でな。首飾りの力があれば、変身の逆転だって出来るだろ。人間の姿だと間違いが起こる――」
「間違い……?」
「げふんげふんっ! ま、まあ、フサフサの方が温かいって事だ。いいからホラ」
横島は強引に変身を促すと、子狼に戻ったシロを布団の中に招き入れた。
ふわふわの毛布みたいな毛並みが鼻先をくすぐる。
ほのかに香るシャンプーの匂いと、身体の温かさが心地良い。
いつの間にか、布団の中はすっかりとぬくもりに満たされていた。
「ああ、あったけー。湯たんぽなんかと違うなぁ」
「くぅ〜ん」
「ありがとな。お前は本当に……優……しい……」
昼間の疲れか、安堵からか。かすかに呟きながら横島の意識は闇に溶けていく。
その胸に抱かれたまま、シロも幸せそうに身を丸めていた。
(先生が凍えそうなときは、いつでも駆けつけるでござるよ。でも、狼としてではなくて――)
翌日。
シロの胸元には、精霊石が朝日を反射してキラキラと輝いていた。
彼女が同じ布団で、しかも人間の格好で寝ていることに気付いた横島は、柱に激しく頭を打ち付けて気絶してしまう。
しかし、その顔はルーベンスの絵を見たネロ少年のように安らかだったという。
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