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【御題】はぢめての夜


時間は夜の丑三つ時。

タンスの中から数日前に購入したカップ麺を取り出し、ベッドの下から靴を取り出す。

眠りこけているシロを起こさないように窓際へ忍び足で向かい窓を開けた。

開かれた窓から冷たい秋風が室内に入り込み思わず身震いする。

まだそこまで寒くは無いが、もうそろそろ上着の必要な時期になるだろう。




「人工幽霊、ちょっとサンポしてくるからね」

『はいタマモさん、お気をつけて』




抑揚の無い声だが温かみが感じられる。

ありがと、と一言言ってタマモはそのまま窓から地上へと降り立った。




「今夜は起きていると良いな、ヨコシマ」




そう呟きながら目的地である横島宅を目指して夜道を歩いていった。











「お、読み通り起きてたな。あのスケベ」




遠くからヨコシマの部屋の明かりが点いているのが見えた。

今夜は水着を着た女性芸能人がプールで揉みちゃくになるという番組が放送されているのだ。

ヨコシマがいつに無く真剣な表情で新聞を見ていたから、おかしいと思って確認したのだ。そして今夜は間違いなく起きていると踏んでいたが読みどおりだったようだ。

数日前から尋ねる機会を伺ってはいたものの、ヨコシマの就寝時間は意外と早かった。

前年度がお情けと圧力により進級できたものだから、今年はそうはならないようにと真面目に学校に通うためだろう。






コンッコンッと木製のドアをノックする。

意表をついて窓から・・・とも考えたが、初めてだから普通に正面から入ることにした。

中からがさがさっという音が聞こえる。ふふっ、慌ててる慌ててる。

普通に考えたら、こんな時間に来る人間なんかいる筈無いしね。




「ど、どちら様でしょうか〜・・・ってなんだタマモかよ」




N○Kの集金か、勧誘のおじさんか、宗教のおばさんかと思っていたのだろうか。

最初は恐々としていた顔も、タマモだと気付くと なんでこんな時間に?というような表情で出迎えた。




「えと・・・その・・・。来ちゃダメ・・・・・・だった?」




ここで機嫌を損ねたら、足掛かりが無くなってしまう。




「良かったら、一緒にうどん食べよ。ね?」




そう言ってコンビニの袋に入ったカップ麺を横島の前に差し出す。

ゴクリッと横島の喉が鳴った。





【御題】 狐少女の将来設計  第1.5話 「はぢめての夜」





「ということは、一人で全部食べると美容にも健康にも悪いから来たって、そういうことなのか」

「あとプロポーションよ。そこが一番重要なんだから忘れてもらっては困るわ」

「・・・プロポーションなんてあってないようなフラットボディの癖に」

「なんか言った?」

「いんや、何も」




カップ麺のお湯が湧くまでの間、横島はタマモに説明を求めた。

こんな時間での家庭訪問なんて一般常識からは逸脱しているからだ。




「起きていたんだから良いじゃない」

「そういう問題じゃなくてだな、こんな夜中に尋ねてくるなんて事が非常識極まりと言いたいんだよ」

「じゃあ健全で常識的な青少年であると主張したいヨコシマは、こんな時間まで起きていても良いって言うの?」

「いや、だからな・・・」

「(ボソッ)水着」

「ッ!」

「・・・・・・」




タマモの小さな呟きに沈黙が宿り、シュッシュッと水が沸きつつある音が場を占める。




「な、何のことかな?タマモさん」

「えっ、なにか言ったっけ私?」




伺いたてるような横島は、この時点でタマモとの舌論に敗北したことを悟った。




「で、健全で常識的な青少年ことヨコシマ君はなにか言いかけだったみたいだけど」

「―――もういいです」




やがてピーッというお湯の沸いた音がしたので、これ幸いと横島は台所へ向かいカップ麺にお湯を注ぎに行った。

なし崩し的に、タマモの夜参が全会一致で承認されたのであった。













「で、どう分ける?」

「私はお揚げだけでいいわ。麺はヨコシマが全部食べて良いわよ」




そういってカップ麺の蓋にお揚げを乗せてかぶりつき始めた。

横島は、カロリーを気にしている所は女の子なんだなぁと妙に感心していた。

タマモから手渡されたカップ麺はいつも横島が購入している揚げ麺タイプではなくて生麺タイプだった。

食感も違うし、何より味が全然違う。

流石、スーパーの大安売りで売っているカップ麺とは価格が倍以上に違う訳だ。納得がいく。

最後に食べたのはいつだったか・・・いや、そもそもこれ(生麺タイプのカップ麺)を口にしたのはこれが初めてかもしれない。




「ねぇ」




頬を伝う何かのせいで、ちょっとしょっぱくなった汁も余す所なく飲み干したのを見計らって、タマモは横島に話しかけた。




「なんでヨコシマは、美神に殺されかけていた私を助けてくれたの」

「なんだよ、藪から棒に」

「だってヨコシマが助けてくれなかったら、私は今こんな風にお揚げを食べることなんて出来なかったもの」




いつになく真摯な目を真っ直ぐ向けて話す。




「あの時美神にばれたら最悪敵対することになってたのかも知れないのよ」

「そうかもしれないな」




横島は、以前ゴルフ場開発誘致の件で美神が化け猫を退治する際、自分が化け猫側に付いた事を思い出していた。




「じゃあなんで私を助けようと思ったの?」

「いくら凶悪な妖怪と言われたって、俺が見たタマモは追われて小さく震えている子狐にしか見えなかったからな」

「でもそれだと今のままじゃおかしいよ」

「なにがだ?GSの事務所で働いていることがか?」

「ううん、そうじゃなくて美神の下で働いていることよ。美神はお金がかかったらどんなことだってすると思う。だとしたら他の依頼で私のような存在が殺される可能性だってあるんだよ」

「あの人はそこまで非道ではない・・・と思う。タマモはまだ美神さんのことを信用できないのか?」

「今は昔ほどではないけど、一度殺されかけたんだもの。そうすぐに信用なんてできっこないよ」

「そうか・・・」




己を一度殺しかけた人間の庇護にいるという気持ちは分からなくもない。

自分だって一時期とはいえ、いつでも自分の事を簡単に殺せる存在に囚われていたのだ。

仲間の救助の当ても無くて心細く、またいつ相手の気分しだいで殺されてもおかしくない恐怖に満ちた日々。

自分の場合は順応性が高かったから(丁稚精神ともいう)それなりにやっていけたが、タマモの場合はどうだろう。

実はかなり無理をしているのかもしれない。




「それに私の生存が世間にばれたら、美神は自らの為に私を殺すかもしれない。傍に置いているのはその為なんじゃないかな」

「タマモ、それは考えすぎだ。その時は俺もおキヌちゃんも、シロも美知恵さんも皆がきっと止めてくれるさ」

「美神を抑える事が出来ても、再び国家に追われる事になるわ。それでもヨコシマは私の事を助けてくれる?」

「あたりまえだ。」




横島は断言した。美衣とも、アシュタロスに仕えていたルシオラ・べスパ・パピリオとも分かり合えた。

分かり合える相手を見捨てることなど出来はしない。




「じゃあ、その時に美神と対立することがあったら、ヨコシマは私の事を守ってくれるの?」

「―――どんな状況で、どんな理由で美神さんに追われることになるか分からない。だが・・・」




言葉を一旦区切り




「納得のいかない、理不尽な理由で殺されるって言うんならなんとしても守って見せるさ。俺達は 仲間だからな」

「そっか」




タマモの表情がホッとしたような物となった。




「ヨコシマの気持ち、よく分かったよ。ありがとう」

「タマモ、あんまり難しく考えんなよ。世の中そんな理不尽な事なんて無いだろうからさ」

「じゃあヨコシマの時給が安すぎるのも、一向に女が出来ないのも理不尽じゃあないんだ」

「・・・・・・!!!」




ちっくしょうーーーなんて叫びながらちゃぶ台に突っ伏す横島を尻目に、タマモは玄関へ向かった。




ヨコシマが望むなら、その時は私が貰ってあげるから。ね




まだ言葉には出せない。だから心の中でそう呟いた。

靴を履き終え横島に帰る旨を伝えると、漸く横島はちゃぶ台から顔を上げた。




「ごめんね。楽しみにしていたTVふいにしちゃって」

「な、なんのことでせうか?」

「ふふっ、そういうことにしてあげるよ。じゃあまた明日ね」

「ああ。明日は学校が終わってから行くから」

「わかった。待ってるからね」




扉を開けようとノブに手を出したところでタマモの動きが止まり横島へ振り返る。




「ん?どうした。忘れ物でもあったか?」

「ううん、そうじゃなくて。・・・ねぇ、また来ていいかな」




横島はしばし逡巡した後に、努めて常識人っぽく振舞おうとした。




「夜中に女の子が出歩くって言うのはあまり感心しないが・・・」

「(ボソッ)水着」

「ま、まぁ、カップ麺を持ってきてくれるならないいんじゃないか?」




―――が敢え無く撃沈。大粒の汗を垂らしながら条件付でタマモの夜参を許可した。




「そっか、じゃあ次回を楽しみにしてね。じゃあオヤスミ」




そう言ってタマモは帰って行った。

タマモが帰った後、ふとTVの事を思い出しつけてみたが既に砂嵐だった。

残念だと思ったが、腹も膨れたし良いかと自分を納得させた。




「ていうか最後はタマモにカップ麺たかってるし、俺」




色々とダメ人間っぽさを痛感して軽く凹んだ。

復帰した横島は寝る前に部屋を片付けることにした。




「ン?なんだ」




横島がコンビニの袋を捨てようとした際に床にレシートが落ちた。

値段が気になったので見てみた。・・・いつも食べているカップ麺2.5個分位の値段だった。

ついでに何気なく日付も見たのだが、記載された日付は今日よりもずっと前のものだった。




「・・・まぁいいか」




疑問が湧いたがどうでも良いと思い直し、適当にゴミ箱に突っ込んでから部屋の電気を消した。

明日は学校だ。最近仕事で行けなかったが流石にこれ以上休むと単位がヤヴァい。

布団に横になった横島は腹が膨れたこともあってか、すぐに眠りに落ち静かな寝息を立て始めた。













『迷惑じゃなきゃ良かったんだけど、どうだったかな』




家路につく最中、タマモの頭の中はそのことで一杯だった。

自分の夜参のせいでヨコシマは楽しみにしていた筈のTVをふいにせざるをえなかったからだ。

夜食を持っていったからだろうか、あまり不機嫌そうにも見えなかった。今回の夜参は成功といえるのかもしれない。

それにカップ麺さえ持ってくれば、これからも来ても構わないとも言っていた。




ヨコシマの周囲には意外と女性がいて、その中には好意を寄せている者も少なからずいる。そしてこれからも増える可能性は高い。

後発である自分は、他者よりも策を弄し行動しない限りいつまでたっても日の目を見ることは出来ないだろう。そのための夜参なのだ。




先程の弱弱しく語った告白も半分はヨコシマの同情を誘うための演技だ。

実際の所、力は少しづつではあるが取り戻しつつあるし、美智恵や唐巣神父が各方面に色々と根回しをしているらしい。

だからすぐ状況が変わることはない。なにかあるとすればその兆候が現れてからだろう。それから対処しても十分間に合う。




だがあまり深く携わっていないヨコシマにとっては、私が『いつ追われる身になってもおかしくないという恐怖に苛まれている』と感じたことだろう。

ある意味ヨコシマの優しさに付け入っているようなものかも知れない。でもその甲斐があってか、次回以降の夜参の許可も取り付けることができた。




コレを切っ掛けに夜参を重ねていって、ヨコシマの中における私の印象を強くして行くことが主旨だ。

今回は初回で媚を売るということも必要だったから、いつも事務所で食べているカップうどんの2倍近い値段の生麺タイプのうどんにした。勿論自費で賄われている。

だがお小遣いは限られている。今日持っていった奴よりだいぶグレードは落ちるが、事務所の第2食料庫のある程度自由が利くカップ麺ならば懐は痛まずに済む。




「次からは事務所にあるものを持ち出そーッと」




これはヨコシマ攻略の為の第一歩に過ぎない。

ヨコシマのいる平和な日常というぬるま湯に浸って、のうのうとしている美神達への宣戦布告無き闘争の始まりである。




「最終的に勝つのは私よ。見てなさいよね」




これからの横島との薔薇色の未来を思い描きながら、タマモは家路へついたのだった。





〜FIN〜  〜そして狐少女の将来設計第2話へ〜





余談だが、横島が目覚めたのは学校の2時限目が終わろうとしている時だった。




皆様お久しぶりでございます。とらいあるです。

お題SSのテーマが私の拙作『狐少女の将来設計』に非常に近かったため、勢いで書き上げることが出来ました。

時系列は1話と2話の間に当たり、いわば1.5話ということになります。

楽しんでいただければ幸いです。では

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