11559

【御題】タマモちゃんの診察風景。

心のどこかで、『やっぱり帰ろうよぉ』とささやいていたのだが、気が付いたら横島が居住するアパートのドアをノックしていた。
「えと・・・その・・・・来ちゃダメ・・だった?」
タマモの眼前には布団達磨の横島がいる。
「よぉ。タマモ・・ゲホゲホ」
誰が見たって風邪である。
近頃の風邪ウイルスは努力と根性によって馬鹿と呼ばれる存在にも入り込めるようになったようだ。
「ほぅら。風邪引きさんじゃいの。いくら日中だからって、ぬれたシャツ一枚だったら風邪ひいちゃうでしょうが!」
タマモが怒りを覚えるのも無理はない。


東京都が所有する海浜公園での依頼が昨日あって。仕事は直ぐ終わり、横島も帰り支度を始めてると。
「ん?おーいタマモ、何見てるんだー?」
「えっと、波をみてるのよ、うーん、結構深いわね」
「深い?このあたりはタグ・ボートしかこれないから浅いはずだけど」
「・・・・馬鹿ねぇ、情緒のわからない奴」
タマモのいう事も間違いではない、波は引いては寄せて返すを悠久の時から続けている。波が引く時、波止場の底が見えそうになる。
もっと見てみたいけど、もう波が来ちゃった。さぁ、引いたら見えるわ・・・。
とうとうタマモが、波のうねりに誘われ。波止場から落ちそうになったのである。
その様子を直ぐ近くで見ていた横島が。
「うあっ!タマモ!」
身を乗り出してタマモの手を掴んだまでは良かったが、反対側の手には何も掴む物がなかったので。
海に落ちてしまったのである。
一度バンダナの部分まで入水した横島が岸壁にある出っ張りまで泳いで辺りを見回して。
「タマモ!大丈夫かぁー?」
タマモが妙にふらふらしていたから、おぼれたのかと心配しているのだが、頭の上からタマモの声がする。
「何やってるのよ、馬鹿横島」
「タマモ!?・・そっかお前飛べたんだっけ。ハハ」
「何が『ハハ』よ!!私なんかを助けようとして、どういう積りよ」
「?どういうもこういうも大切な仲間が落ちそうなら助けるのは当然じゃねぇか!」
海中でガッツポーズをとられても、嬉しくないわよと声をかけたタマモであった。


「だからって、あの時点で新しい洋服を買う金のホテルに泊まる費用もなかったんだぜ?どうすればよかったんだよぉ・・ゲホゲホ」
横島の風邪は完全に咳風邪のようで、鼻水は一切見て取れない、鼻の頭が赤いのは体前身で発汗しているからであろう。
「着替えはあったけど女物だったからね。でもずぶぬれよりはマシだったんじゃない?」
「サイズが小さくてはいらねぇよ、ゲホゲホ」
「あ、そうか。ま、いいわそれよりもいいものを持ってきたわ。見て」
タマモがスカートのポケットから緑色の物を取り出してきた。
「ゲホゲホ・・。なんだこれ?、葉っぱに・・」
葉っぱをちぎらないように開いていくと中には黒くてBB玉ぐらいの大きさの丸い物と粉っぽい物が入っている。
「これはお薬。この黒いのが妖狐特製の解熱剤なのよ」
そういえば以前煎じて飲む薬をタマモから貰った事を思い出した。
さていくら横島が貧しいと言っても日本人であるので、薬と言えばプラスチックのカプセルに入った
錠剤や袋詰めされた粉薬を思い出すのだが。
「うー、大丈夫なのか?葉っぱに薬を入れたりして。ばい菌とか、そういうの」
横島の心配も当然ではある。
「何言ってるのよ。ここで寝泊りしているほうが「大丈夫なのか?ばい菌とか」よ」
漢方の世界では、病原菌を殺菌するのを人工的な薬ではなく、自然にある物を掛け合わせて効果を利用するのが原則である。
このタマモの持ってきた黒い丸薬の解熱剤は大きめの葉っぱで包む事により、薬の効果を高めているのだ言う。
「で。この粉っぽいのは?」
「コレは・・そうね睡眠誘発剤とでも言おうかな」
「すいみ・・・??何それ?」
聞きなれぬ単語を前にして素直に質問する横島少年である。
「えっと赤ちゃんの夜鳴きってしってるでしょ?」
「あぁ、ひのめちゃんのアレかぁ・・って最近は夜もぐっすり寝てるらしいけど」
「そ。私の薬が効いたのよ。つまり眠り易くする薬かな。ほら、一日中布団人間だと寝ようにも寝られなくなるでしょ?」
「まぁな。つまり睡眠薬みたいなモンだな」
「ちょっと違うけど、間違ってはいないかな。ね。この二つを呑んでゆっくり休んでね。横島」
シロやおキヌちゃんに付いて来る形で時折遊びにくる横島宅の内情はタマモも多少は熟知しているようで。
迷わずに食器棚からコップを出し、お湯を張って持ってきた。
「ね。ちょっと苦いかもしれないけど、ぐぐーっとやっちゃってね」
「いや、酒じゃないんだからさ」
たははと笑いながらも横島はタマモが出した薬を飲み込んだ。
すると、急にまぶたが重くなってきた気がして。
「あ、夜泣きの薬が効いて来たみたいだな・・。わりぃ、ちょっと横になって寝るから、テキトー寛いでてよ、タマモ」
「うん、明るいうちに帰るわね。それとね」
「あう?」
横島は意識が薄れてきているなとの実感があった。
「昨日は助けてくれようとして・・ありがとね、大丈夫、その薬は二刻(約四時間)で目が覚めるから」
「うーあうー」
「ゴメンね、何が言いたいかわからないけど、本当に嬉しかったからね」
睡眠の住民になる直前横島は笑顔を見せた。
そして。
=CHU=
と、横島の額に素敵な感触が走った。眼を開けて確かめようとしたが、無理な抵抗だったようである。



FIN












PS  美神「それはそうと、こーゆー場合って、看病した方もうつされるのがオチじゃないの?」
  タマモ「ふふーん。ちゃーんと防寒剤(風邪を引きにくくする薬)呑んでたのよ、いい。男を落としたいなら、女がしっかりしなきゃダメなのよ。
      でもね、男が女を落としたい場合はしっかりしているよりは勢いと素直な心が良い結果を生むのよ、ま、頑張ってね、美神さん」
      
何を頑張るかは理解しかねるが、黒イモリの丸焼きを食べさせるのは問題があるのではないか、と作者は思う。

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]