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【御題】お月様きらり。

 晩秋も過ぎ、きんと冷えた冬空の元。
 まん丸お月様が、空の天辺に輝いているのを、タマモは一人、事務所のソファーに寝転がり、見上げた。

「そういえばシロの奴が月にはウサギがいて、お餅突いてるんだなんて言ってたけど、ほんとかしら」
 
 今夜、タマモは一人、事務所で留守番だった。
 
 美神は、母親の付き添いでGS協会本部の会合に行って留守。
 おキヌは、同級生とパジャマパーティとやらをするらしく、夕方にはいそいそと出かけていった。今夜は帰らないらしい。
 シロのやつは、三日前から里帰り。村祭りらしく、一週間は向うに滞在する、と言っていた。
 
「静かだな…嫌になっちゃうぐらい。あいつがいるときは、やかましいぐらいなのに」
置いてあったクッションをぎゅっと抱きしめながら、呟くタマモは、その事自体に驚いた。
 自分が、何時の間にか人恋しさを感じている、という事実に。

「らしくないわよねぇ、この私が、寂しいなんて思うなんてさ。それもこれもみんな、あいつのせいかしら。………そういえば、あいつ、月に行った事があるって、言ってたっけ」
どこか遠くを見て苦笑いしていたタマモが、ふわりと起き上がり、クッションをそっと置いた。

「どーせ、お金が無いから、部屋でごろごろしてるんだろーし……行って見ようかな」
邪魔する奴は誰もいないんだし、私の自由よねなどと思いつつ、タマモはいそいそと、部屋を飛び出した。


 誰もいないことが寂しいと気がついたのはつい最近の事だった。
 
 自分は妖狐だ。
 単独で行動するのが常であり、孤独を孤独と感じる事などないと信じていた。
 いや、たとえ、人間と交わり、時を同じくしていたとしても、自分は常に孤独であるのだろう。
 
 事実、僅かあさ露のごとく残る前世の記憶において、権力者の庇護の下にあり、多くの人間と係わり合いをもっていてもなお、自分は常に孤独であった。

 金毛白面九尾にとって権力者というモノは、野生のキツネにとっての『安全な巣穴』でしかなかったのだから。

 けれども。
 タマモは、人が心有るものだと知ってしまった。
 守られたからじゃない。疎まれ殺されかけたからでもない。
 美味しいものを食べさせてもらったからでも、お金をもらったからでもない。
 
 ただ。
 
 撫でてくれた。誉めてくれた。喧嘩してくれた。怒ってくれた。
 遊んでくれた。微笑んでくれた。叱ってくれた。からかってくれた。
 
 いっしょにご飯をたべてくれた。買い物に付き合ってくれた。
 いっしょにテレビを観てくれた。サンポにもさそってくれた。
 
 
 金毛白面九尾のキツネではない、タマモという一人の女の子として、接してくれた。

 そういうやつと逢って。

 自分にもまだ心があると、わかった。
 喜しくて、腹が立って、哀しくて、楽しい。
 白面のものとして、幻術使いとして、妖狐として、人有らざるの者として、ただ生きるために必死で無くそうとしたものすべてを、思い出して。
  
 そして、何時の間にか一人が寂しくなった。
 自分が、人有らざるの者だと、交わってなお交わらぬ者だということすら、忘れてしまうぐらいに。

 
 まん丸お月様が、優しく夜道を照らしてくれる。
 迷わないように。真っ直ぐ、歩いていけるように。

 月は、優しい。そんなことも最近までは知らなかった。
 夕日が、どこか儚げで、でもそれだから美しいと知らなかったように。
 
 九つに束ねた金色の髪が、さらさらと風に吹かれて揺れる。

 灰色の、硬い階段を一歩一歩、登る。
 
 二階の角部屋の前に立ち、軽く二回、ノックする。左胸の奥が、激しく唸る。
  
「ああ、鍵はあいてるよ?って、この気配は、タマモか?ちょ、ちょっとまて、い、いま部屋片付けるから、」
部屋の中から、慌てふためく男の声がする。
 大急ぎで部屋を片付けているのか、暫くバタバタと騒がしい。   

「ったく、そんなに慌てるんだったら、いつもからちゃんと片付けておけばいいのに」
タマモは、待たされる事に苛立ちを感じつつ、どこかほっとしていた。
 ああ、いつもとかわらないあいつがいるんだな、と。
馬鹿で、明け透けで、いい加減で、スケベで、でも……



「ふう、とりあえずこれぐらいでいか。……おーい、入っていいぞー。まったく、来るなら来るで電話の一本ぐらいしろってんだ。こっちの都合だってあるんだからな?」

「えと……その…、来ちゃだめ、だった?」
ドアを開けた横島が、予想以上に不機嫌そうなのを見て、タマモは少し不安になった。自然と、いつものクールな態度が影をひそめ、少女の顔が浮かぶ。

「ば、ばかっ、そんなわけないだろが。ただ、きたねー部屋に女の子をいれるってのは、ちょっとあれだと思っただけだよ……っていうか、寒みーなおい、いいから早く入れ、風ひいちまうだろが!」

 横島は、普段はなかなか見せない、もう一つのタマモの顔に照れつつも、直ぐにいつもの調子にもどって、タマモを部屋の中へ引き入れる。

「うんっ」
 
強引なようで、優しい横島の手に引かれて、タマモは部屋の中へ入っていった。


 辛うじて片付いた部屋の中。
 大き目のコタツで合い向いに座り、即席のキツネうどんをすすっている二人の姿は、何となく微笑ましい。
「ところで、何しに来たんだ、お前?」
「んー実はちょっと聞きたい事があってね?」
「ん、なんだ?」
「外見てよ。お月様、まん丸でしょ?」
タマモは、箸を置くと、コタツから出てひょいと腕を伸ばし、カーテンを開ける。

「あー、そーいや、今日は満月だっけかな」
横島も、コタツから少し身を乗り出して、外を見上げた。

「それでね、月の兎って本当に居るのかなって。月にいったことがある横島なら、知ってるんじゃないかとおもって…」
「月かぁ、そういや、そんなこともあったっけかな」
「で、兎は居るの?いないの?」
「どーだろうなぁ」
聞かれた横島が、悪戯っぽい笑みを浮かべる。少しからかってやろうとでも思ったのだろう。

「なによそれ?どっちなのよ?」
「さーなぁ。どっちでもいいだろ?」
「良くない!こーなったらアンタがキリキリ吐くまで、居座ってやるんだから!さぁ、はけ、こずるい人間め!」
タマモはどさくさにまぎれて横島のとなりに入り込み、軽く襟首を掴んでみせる。
「お、おいおい、ふざけるのも大概にしろよ?」
偶然か何かしら無いが、何時の間にかタマモと体を密着させる形になった横島が、顔を真っ赤にしつつ、嗜める。

 普段は煩悩の権化のような奴なのに、いざとなったら何も出来やしない。優しいんだか、ばかなんだか、どっちなんだか、わからない。
「ふざけてないもん!言いからはけー!」
タマモは更に横島を問い詰めながら、内心、言わなくって良いや、と思った。

 何時の間にか、寂しさは綺麗さっぱり、消えた。まるでお月様の光に、洗い流されたかのように。
 99.999%の方、はじめまして。
 しがない駄文書きのツナさんと申します。
 残り0.001の方。超久しぶりです。といっても既に忘れらされていて当然でしょうが。

 何せ、プライベートの関係でかなりの期間筆を置いてましたので。
 ですが今回、サスケ様の素晴らしいタマモの姿を見て、いても経ってもいられず筆をとった次第です。

 稚拙にも程があるほどの作品ですが、宜しかったら読んでやってください。 
 

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