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はじらい。


じっとりと汗が流れ、シャツが身体にはりつく。

珠のような汗が首筋に流れる。

さんさんと照りつける太陽は、目も眩むまぶしさだ。

空は抜けるように青く、雲は白く目の前の景色はゆらゆらと揺れて蜃気楼のようだ。

どこからどうみても夏だ。

夏である。


「………夏だなぁ」

げっそりと、心底嫌だといわんばかりに呟くのは横島である。

ただいま夏休み真っ最中。

ちなみに補習も真っ最中である。

今日も一日クーラーもついていない密室(教室)で先生(野郎しかも40過ぎである)での補習。

はっきりいって地獄以外の何でもない。

窓から慰めのようにはいる風も生暖かく、流れ落ちる汗を止めることもできないのだ。

つい10分ほど前やっとのことでその地獄の時間から開放されての言葉である。

と、いうか昼過ぎまで人のこと拘束して補習させるくらいなら、先生としての度量の広さでも見せて昼飯くらいおごってほしいものである

(………せめてジュースでもいいからさぁ)



何時の間にかトレードマークのバンダナは汗でぐっしょりと濡れ、その歩く様も頼りない。

わずか10メートル先の電柱ですら、ひどく遠く思える。



………ここで一つ追記するならば、横島この後仕事である。


しかも海やプールではなく、廃屋での仕事。


水着のおねーちゃんなんぞ何処にもいない、それどころかいるのは鼠やゴキ○リである。


その仕事の過酷さは想像するまでもなく、瞬間、ぷつ、となにかが切れる音がした。



「うああああかき氷くいてーっラムネのみてぇぇっアイス食べてぇえええっ!!」


こんなことやっていられるかぁあああああっ!!


うがーっと両手を上に掲げ叫ぶが、横島のただいまの所持金100円である。

そんな状態で当然かき氷なぞ食べれるわけもなく、叫ぶだけ体力を消耗したようなものだ。


なんだかとても虚しいものを感じ顔から汗以外の水分が目じりを濡らす。

「……ちくしょういつか金持ちになってやるかき氷とラムネをいっしょに食べてやる!」

かき氷とラムネをいっしょに食べれるのが金持ちの証なら、大抵の小学生は金持ちの部類にはいるだろう。

きっとここにおキヌがいたら哀れみと慈愛にみちた目線をくれること間違いなしである。


くっと炎天下の下腕で汗と涙のようなものを拭い先ほどの声とは比べ物にならない小さな声(しかも悔しそう)で横島はつぶやくとがっくりと肩を下ろし、再びとぼとぼと事務所に向かって歩き始めた。

バイトの時間までまだまだ余裕があるが、せめてクーラーのある事務所で涼ましてもらい体力回復させてもらないことにはどうしようもない。

「………なんで…こんなに暑いのに忙し…いんだよ」







同時刻事務所にて。

美神は、眉間に皺を寄せ難しい表情で目の前の物体を眺めていた。

その視線の先にあるのは、かき氷機である。

隣には数種類の氷蜜に、練乳器までそろっており、ちょっとした出店ならひらけそうなくらいである。

ちなみに冷蔵庫の中には、ラムネに冷やしあめ、スイカなどがはいっている。

もちろん、これらはこの冷蔵庫の持ち主の意思で入れられたものである。

そしてその上このことはまだ誰もしらないのだ。

シロはただいま里帰り中で、タマモはそれに同行している。

故郷というものを知らないタマモに、シロが招待したのだ。

(まぁ、そのやりとりはとてもじゃないが和やかとはいえない殺伐としたものであり、陰険で嫌味と罵りあいの応酬だったが、ふたりとも目尻が下がっていた)

ちなみに今日の夜に帰ってくる予定である。

おキヌは夏期講習(補習ではない)で葉山で三泊四日の合宿である。

これもまた今日帰ってくる予定だ。

そして横島は予定では、四時に事務所に現れることになっている。

そう、この時間事務所には美神ただ一人なのだ!


「こ、これでいいかしら」

美神はうーんと唸り(もちそん眉間に皺をよせたまま)事務所の中を眺める。

事務所の中はオキヌがいないために数時間前までゴミ屋敷だったが、先ほど専門の業者(事実オキヌがくるまで贔屓にしてた)によって隅々まで片付けられている。

カキ氷用の氷も業者のほうに頼んでもってきているし、デリバリーのほうにも予約はしてある。

万事準備は完璧だ。

うんうんと美神は数度首を上下に振り、そしてかぁぁっを顔を恥ずかしそうに赤らめた。

いつもの傲慢で不敵な美神からは考えつかないような可愛らしい表情である。

そしてぐしゃぐしゃと自分の髪の毛を右手でかき回しどうしようと言う。

その声は心底困ったような声であり、途方に暮れたような声であった。

「………もう…こーゆうの苦手なのよね、慰労会なんてさ。」

ふうっとため息のような声で尚も言葉を紡ぐ。

まぁ、それはそうだろう。

基本的に自分から何かを用意して、気を回すという事が美神は苦手なのだ。

なにやら、背中かゆくなり意味もなく転げまわりたくなる

もちろん相手を陥れるために、一時的に善人の振りをしたり金銭のために媚びを売るだったら朝飯前なのだが。

だけども、この夏はいつも以上に仕事が立て込んでいたんだ。

もちろん、美神も疲れてはいた。

だが人一倍タフなシロですらばてており、横島に至っては見るも無残な状況だったのだ。

たまにはご馳走してあげようと思ったのだ。

そしてご馳走するのはいいが、いかにもっと言わんばかりの善意を全面に押し出すような事は寒気がするほど苦手である。

自分が笑顔で従業員を労わり、慈愛にみちた笑顔をふりまいている姿を想像するだけでも鳥肌ものだ。(きっと見るほうも鳥肌ものである)

それでも事実誰にも気づかれないように慰労会の準備をした美神の気持ちは本物で。


美神は、さながら脱税を考える時のような真剣さでこの慰労会の言い訳を考え始めた。

そして事務所前

よたよたと、小学生にすら抜かれるのろさで炎天下の下を歩きやっとのことで事務所の前にたどり着いた。

(ああ……これでクーラーの効いた部屋で涼める)

おキヌは今はまだいないはずだから、水でも一杯もらってソファで仮眠をとらせて貰おう。

それを想像しただけで、じわあっと先ほどとは違う涙が目尻を濡らす。

ゆっくりと、涼しく眠れるなんて(たとえ仕事の時間まででも)なんて幸せなんだろう。


横島は小さくガッツポーズをし、だらしなく表情を緩めたまま事務所のドアを開けると同時に、



信じられないものを見た。


一瞬あまりの疲労に白昼夢でも見るようになったのかすら思った。


ごしごしと目をこすっても目の前の光景はなくならない。




「ちわー………」


っすと言葉が続けられなかったほどだ。

目の前には、横島が欲してだが断念するしかなかったかき氷を作る機械と数種類の氷蜜があったのだ。

昨日まで足の踏み場すらなかった事務所が(おキヌがいなくなって三日でここまで汚くできる美神にも問題はあるが)綺麗に片付けられている。


そしてぐるぐるとその部屋を檻に入れられた猛獣のように、歩き回っている美神。

くしゃくしゃと自分の髪をかきまわして、顔を赤く染めてぶつぶつと何か呟いている姿は第三者からみたら可愛らしいと言えるだろうが、横島にとっては不気味以外の何者でもない。

まだ、事務所にきたら悪霊がいましたというほうが納得できるかもしれない。


がたんと音をたてて、気づかないうちに手にしていた学生鞄が落ちる。

その音にはじかれたように美神が顔を上げた。


かぁぁぁぁぁっ更に顔を真っ赤にそめる美神。



「…………………」

「………………」


奇妙な沈黙がその場を支配した。

その沈黙はもちろん心地いいというものではなく。

かといって恐ろしいというものでもない。

簡単に言えば、居心地が悪いのだ。

例えていうならばバーコードおやぢが毛はえ薬を買ってきてそれをつけた瞬間に居合わせてしまったという居心地の悪さに似ている。

見てはいけないものを見てしまったというか。

場面が場面だけに哀れすぎて笑うことができないと言うか。


「みた………わね」


顔を真っ赤にさせたまま、おどろどろしい声音で美神は言う。

表情だけみれば、可愛らしいこと仕方が無いのにその声音の恐ろしさはどうだろう。

思わずみてませんと言いたくなるほどである。

が、しかし見たものを見てないとはいえないわけであり、更に言葉を続けるならば美神の性格からいって精神的に追い詰められた挙句ひどい目に合わされること間違いなしだ。


「…………不本意なんっってすいませんすいませんすいませんすいません!!お願いします許してください!!今オレ疲れてるんですよ体力どれだけないか知ってるじゃないですかっかき氷機なんてそんなものぶつけられたら死にますから」


その機械はかき氷を作るものです!!食べるものです(それはちがう)!
そこまでいって美神はやっとと言うべきだろうか?

赤く染め上げた顔を戻し、はっと我に返ったように持ち上げて横島のほうへ投げようとしたかき氷機をもとの場所に戻した。


「………ああもう…ちょっとびっくりして横島君を殺すとこだったわ」

ふうっと美神は胸に手を当て一息つき呟いた。



「………ちょっとびっくりしたって………そんな簡単に殺しかけないでください」

げんなりと、先ほどまでの疲れが倍増したかのように横島ははあっとため息をこれまたひとつつく。


「……で?どうしたんですかこれ?」

がちゃっと冷蔵庫を開けそのなかにあるモノ覗きながら横島。

誰かお客さんでもくるんですか?と何の気なしに美神に問い掛ける。

美神が自分たちの為にそれを用意してくれていると欠片も思ってないのだ。

その言葉に美神はかあっとまた顔を赤くそめてとても言いづらそうに、口を開いた。

「………あんたたちのよ」

「え?」

「だから……」

うーっと美神は唸るように声を上げて、顔を赤くしたままきっと横島をにらみ付け


「あんたらが、ここんとこ忙しくて疲れてたからちょっと労わってやろーっとおもったのよ!!」

とのたまわった。

何故か、その言葉自体はありがたいことなのに全然労わられている気がしないのは何故だろう。

横島は意味もなく涙が出そうになるのを堪え、ありがとうございますといった。

まあ横島たちを、倒れる寸前まで忙しく働かせたのは美神自身なのでこの行為は雇い主として当たり前といえば当たり前なのだが。

それでもだ。

その横島の言葉で照れくさそうに、だけど嬉しそうに笑う美神の表情かわいくて。

それだけで、体中の疲れが取れる気がするのだ(もちろん取れる気がするだけだ実際に取れるわけがない)。

「……ま、まぁっ今日のこれはボーナス代わりって事よ」

美神は嬉しそうに笑いながら、得意気に胸を張る。

「ボーナスって概念が美神さんにあったんですねぇ」

「あのねーっ」

そんなふうにあきれた風に笑う美神をみながらも横島はざわざわと胸が騒ぐのを押さえきれなかった。

なんでと思う。

こんな傲慢で、金に汚くて、狡猾で、人の弱みにつけこむような女なのになんでこんなに可愛いんだろうっと。

好意の示し方も不器用な上に判りづらいのに。

(ああちくしょうタチがわりぃっ!!!!)

それでも、きっと数時間後に帰ってくるおキヌやシロやタマモの姿を思い浮かべ横島は口元を綻ばせる。

きっと自分と同じようにものすごく驚いてそして笑うだろう。

照れたようにそっぽをむく美神と嬉しそうに笑うメンバー。



そのとき自分は一言目に何を言おうか?




────その答えは事務所のメンバーだけが知っている。












おわり?
























「あおキヌちゃんたちが帰ってくるの夜八時だからそれまでここにあるの食べちゃ駄目だからね?」



「えええええええええええっそれまでの俺の食料は!?」




「んなのあるわけないでしょうが」


「全然労わられてる気がしない………」



おわり。
























誰も覚えてないと思いますが、はずきと申します。
新人です(え?
リハビリかわりにかいたSS(しかも季節が夏)です内容はまったくありませんが呆れられないと嬉しいです。
な、なんかものすごく恥ずかしいのはなぜだろう_| ̄|○

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