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【御題】横島、鍋を作る

「あいつも来るか分からんけどもー」

ちょっと仕事でヘマをして、今日はタマモに埋め合わせをしなきゃならない。
お揚げ使った鍋を奢る事になったはいいんだけれど、アイツが素っ気なく

「そんなもんに釣られないわよ」

と言ってたのをふと思い出す。
一応日時は今日の夕方って伝えてはおいた。
用意をしておこうと手も止めないで動いている訳だけど、来るか来ないか、連絡くらいよこせってーの、全く。



〜横島、鍋を作る〜



亀の甲羅みたいな形した鍋を、台所の奥から引っ張り出す。
全然使っていなかったせいか、うすい油の幕が手にまとわりつく。
スポンジできれいに洗い上げてみれば、息をついたみたいに落ち着いて見える。
シンクのヘリに置いて、早速下ごしらえに取りかかる。

「確かおキヌちゃんがやってたのは、こんな感じ・・・」

買い物袋から机にごそっと材料を並べ、確認しながらチョイスしていく。
こんなの見たことあんまり無いから記憶が頼りだけど、念のため一応本も開いてある。
料理の本って、時間が経ったらざっくりと、とか案外適当にしか書いてないから、役にたつかは分からないけども。
一応鍋にしても簡単なヤツを選んだけれど、果たしてうまくいくやら分からない。
なんせ初めてやることだし。
じゃ、材料切って準備するか。
使うのは包丁、まな板、ペーパータオルに、野菜を入れるボウル。
俺の家、こんなに調理器具あったっけか。
鍋もそうだし、お袋が用意してくれてたのかね。
それか、おキヌちゃんが持ってきて置いてくれてるのか。
お袋はともかく、おキヌちゃんなら後でお礼しとかないと。
ま、いいや。
鍋の下ごしらえ、まずは板きれみたいな昆布っての入れて、ちょっと煮立たせて、それからえーと。
あ、これだ。
酒と塩、これを合わせて入れてたっけ。
んでもって、少し時間おいて、昆布を引き上げて。
うーん。
自分でやると案外面倒くさいな、これ。
おキヌちゃんはテキパキ作ってたんだけどなあ。

何はなくとも、とりあえずお揚げ。
後は豚肉、水菜、クレソン、三つ葉、下仁田ねぎ、白菜、ほうれん草、と。
なにか材料が多少違うような気がするけど、まあそれはいいとしよう。
おキヌちゃんが作ったのは、とにかく野菜がたくさんな鍋だったし、そこにお揚げ追加して味を染みこませれば、あいつも喜ぶだろ。
あーでも、おキヌちゃん来てくれたらあれこれアドバイスもらえるんだろうけど。
いや、それもいけないな。
俺が作らないと、埋め合わせにならないし。
包丁でざっくり、と。
あれこれ切って、ボウルに入れる。
お揚げは大きめに食感良く切っておきますか。


よし、準備は出来た。
あいつが来る予定の時間まで、後15分か。
これくらいなら、もう煮込み始めててもいいよな。
よし、まずは豚肉を最初に入れて、泳がせて。
弱火でじっくり桜色に色づいたらば、白菜と水菜を入れて、また少し。
うーん。
鍋って作るのも手間だけど、待つのも案外手間と言うか暇だな、こりゃ。
最初に全部材料切っちゃったから、後は煮るだけだし。
いつになったら煮えるやら。
次の材料を入れるタイミングって、どのくらいだろう。
本を開いてみても、しんなりとかはんなりとかしか、書いてない。
なんだよ、そんな言葉聞いたことないぜ。
野菜が汗をかいたら?
なんで野菜が汗をかくんだ。
あ、水が出たら、って事か。
そうならそうと、素直に書けばいいのに。
初心者向けって書いてあるのに、まったく使えねーな。

―シュ

「あ、やばい噴きあがってる」

わ、わ、わ。
鍋から溢れそうになった少し手前、ガスを落とした。
気が抜けたみたいに、ぼひゅと落ち着いていく。

「脅かすなよなー、ったく」

覗いてみれば、随分としんなりはんなりとしてる、ような。
じゃあ、残りの材料も入れてしまいますか。
やっ、と。
クレソン、三つ葉、下仁田ねぎ、ほうれん草をどさどさと流し込む。
お揚げも忘れちゃいけないな、これ忘れたらアイツどんな顔するやら。
あれ、何も変わらない。

「・・・ガス落としたままだった」

もう一回、栓をひねる。
チキキキ、ボッ。
青い炎が勢いよく付けば、中の野菜も踊り出す。
蓋をしてもう一度本を読んで作業が終わったことを確かめると、火を弱火にしてまた待つ時間。
この時間を使ってちゃぶ台の上を片付けて、食器を整える。
箸置きに箸を置いたなら、もうそろそろ煮上がる時間かもしれない。

「うまく出来てますよーに」

えいや、熱い蓋を布巾で持って一気に開けると、キッチンにとても良い香りが広がる。
同時にお腹の虫も鳴く。
やっぱり体は正直だ。
うーん、これポン酢とゴマだれで食べるのか。
あいつ来る前に食べちゃうか。
聞き止められるとおっかないことになりそうな考えをしつつ火を止めて、ガス台からちゃぶ台へ、鍋を注意深く移す。
真ん中に堂々控えましたるは、特製の野菜鍋。

「さて。これで後はあいつを待つだけ、か。そろそろ時間だし」

時計は約束の時刻3分前を指している。
ま、来なきゃ来ないで、小鳩ちゃんでも呼んで一緒に食べれば。
そこにコンコン、相づちを打つようにドアから音がした。
鍵をかけてないのを知ってるのか、開いたドアの向こうにはタマモが立っていた。
こないだおキヌちゃんに貰ったお下がりの服、女子高生風な出で立ちで、キョトキョト視線を泳がせる。
その見慣れない服に、俺の頭にこないだしたチョンボの記憶が蘇る。
あの時俺が弾き損なった霊波がタマモの服をかすめて間一髪だった。
変化で服作れるにしても、あいつあの時は珍しく本物の、しかもお気に入りな服着てたから余計に怒っちゃって。
簡単な除霊だからって、弛んでたことに気づかせてもくれた。
だから、アレはありがたいことでもあって―。
つらつら考えてた俺が変に見えたのか。
のぞき込んでたタマモと気づけば一瞬目があって、タマモはなぜか目をそらす。

「早いなー。もしかすると、来ないかなとか思ってた」

すると照れくさそうに、呟く。


「あの・・・。どうしようか迷ってたんだけど・・・。近くに来たら良い香りするし・・・。その、えと。その・・・来ちゃダメ・・・だった? 」

スカートの裾をもじもじしながら、玄関先で迷ってるタマモがどうにも可笑しくて可愛らしく見えて、俺は部屋にどうぞと招き入れる。
そそくさと上がりこんだタマモが、ちょこんとちゃぶ台の前に座る。
俺は対面に座って、取り皿なんかを渡してやると、早速蓋を開けてみせてやった。
上に散らしたお揚げに、タマモの目がきらきらする。
こいつ、こんな時だけわかりやすいのな。

「じゃ、冷めちゃうともったいないから、早速いただきますか」

「そうしよっか」

早速取り皿に山盛り乗せると、熱い熱いと言いながらも美味しそうに頬張るタマモが面白い。
いつだったかタマモをこっそり連れてきた時は、こんな風に食卓囲むなんて思いもしなかったけど。

「ほら、横島も早く食べなさいよ」

んぐんぐかき込みながらも、タマモが言う。
あんたが作ったんだから、あたしばっかり食べてちゃバツが悪いでしょ、だって。
このひねくれ者。

「そーだな、そうすっか」

案外良く出来たな、口に運びつつそう感じる。
お揚げの柔らかい食感と、白菜やら水菜やらの堅めの食感が面白くて、何より美味しい。
これなら、タマモの機嫌も直るかも。

「なに見てんのよ」

ちゃぶ台の下から、こつんと足で蹴られて気づく。
タマモって笑ったとき、少しはにかむのな。

「な。タマモ」

「なに? 横島」

「いや、単に呼んだだけ」

「なによ、それ」

バカじゃないの、そう言ってまたお揚げに夢中になる。
俺は俺で、野菜が案外美味しくて肉もそこそこにたくさん頬張って、どんどん食べる。
人間も妖怪も、食べてるときは大人しい。

「そんなに美味いか? 」

「ま、あんたにしちゃ上出来よ」

ふん、と言いつつ探り箸をするタマモが子狐だった時の事を思い起こさせる。
多少成長したからって、中身はあんまり変わってない。
全く、これでどうすれば傾国の美女なんだか。

「ほれ、ティッシュ」

鼻水垂らしそうになったタマモに箱ごと差し出す。
お鍋食べるとはな垂れ娘になるのよ、なんて言い訳するのが本当に可笑しい。

「お揚げ、追加するか? 」

こくこく頷くタマモは、シロとあんまり変わらない。
でも、ま。
俺たちは、これでいいんだろな。

「早くしなさいよっ」

「へいへい」

この分じゃ、鍋を食べきるのも早そうだし、残った材料を、早めに切り分けておきますか。
今日はタマモを腹一杯にしてやんなくちゃ、な。

イラストはこちら
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gazou/imgf/0003-img20061001214500.jpg

こんにちは、とおりです。
サスケさんのすんばらしーイラストを御題にした「つけまshowGTY+」の投稿作でございます。
また短いのですが、どうぞ読んでやってくださいませませ。

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