氷室キヌが美神除霊事務所を辞めて、3年がたった。
辞めた当初は、辞めた理由でもある2人、結婚した美神令子と横島忠夫に会うのが辛くて、失恋の痛みと、美神令子を恨んでしまいそうなのが怖くて、しばらく顔をあわせられなかった。
そんな彼女も、3年という時間は立ち直るのに十分で。
久しぶりに休日の予定が重なった美神令子に会いに、氷室キヌは彼女達の家を訪れた。
「こんにちは、美神さん。お久しぶりです」
「ほんとねー。どんだけぶりだっけ? あ、今お茶煎れるわね」
トレーナーにジーンズと、部屋着とは言え落ち着いた格好で美神はおキヌを出迎えた。
昔とは逆に、自ずからおキヌにお茶を煎れるあたりもそうだが、主婦生活は、多少は美神を変えたらしい。
「ヲン!」
「あら、シロちゃん。いらっしゃいって?」
美神を待っているところに、シロがやってきて一声ほえた。美神との激しい交渉の末『犬状態なら、傍に居て良し!』という勝ったのかどうか微妙な結果を勝ち取ったシロは、美神家にてペットという立場を欲しいままにしているのだ。
「ああ、今のは「お腹がすいたでござる」って言ったのよ」
美神はお茶と一緒に持ってきた、ほねっ○の袋をシロに放りながら、シロの犬語を通訳した。
どうやら一緒に暮らすうちに、いつの間にかシロの犬(?)言語を解るようになったらしい。
「あー、あー」
それに続いて、よちよちと、左右に揺れながら歩いてきたのは、美神らの娘。
「あら蛍ちゃん、お久しぶり」
「あう!」
まだ小さな女の子は、笑顔で手を振るおキヌに元気よく答えた。
「ちなみに美神さん、蛍ちゃんはさっきなんて言ったか解ります?」
「シロと似たようなもんよ。のどがかわいたってさ」
冷蔵庫へと、ジュースを取りに小走りで駆け出しながら。おキヌの質問に、事も無げに答える令子お母さん。
彼女は犬語だけでなく、幼児語もマスターしたらしい。
母は偉大だ。
なんとなく感心していたおキヌだったが、そうするにはまだ早かった。
ちょうどこの時に帰ってきた、横島忠夫への対応を見ないで感心するのは、まだ早い。
「たっだいまー。いや、今日は疲れ…」
「どっせい!!」
メゴシ!
帰ってきた横島に、美神は迷う事無く右ストレートを叩き込んだ。
見事な速攻である。
みぞおちに吸い込まれるように決まったその一撃は、痛みで気絶すらも許さず、身動きも許さない。
「ななな、み、みか……あう。あうあうあうあ…」
突然の出来事に、うろたえるおキヌ。動揺でうまく言葉が口に出ない。
しかし、うろたえたおキヌちゃん語すらも、美神は理解した。
「突然何をって? この宿六が、浮気してきましたって顔で帰ってきたからよ!」
このバカ! このバカ! と、腹を抑えてうずくまる横島に追い討ちをかけながら、美神は事も無げに言ってのけた。
「やっぱり美神さんは、横島さんのことをよく解ってるんですねぇ…」
どうやら、横島を理解するに至っては、もはや言葉すらも必要ないらしい。
「これは……勝てなかったわけですねー……」
感心するやら呆れるやら。
おキヌはとりあえず蛍とシロを連れて、犬も食わない何とやらから隣室へと避難しながら。
苦笑して、何かを認めていた。
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