※「絶対可憐チルドレン 64th sense. 逃亡者(5)」(06/49号)
のネタバレが含まれています。未読の方はご注意下さい。
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「人間メ……! 人間メ……!」
桃太郎の怒りは深く、収まる所か兵部のノーマルに対する憎しみに感応したかのように益々猛り狂う。そして、兵部は薄く笑いながら桃太郎の攻撃にその身を晒し続けた。
「そうだ、それでいい。君の憎しみを全て僕にぶつけるんだ」
空気弾は容赦無く兵部の身体を傷付け、致命傷こそ無いものの、確実にダメージを与えていく。
手も足も出せない皆本達は息を飲んで月下に繰り広げられる凄惨な光景を見守るしかなかったが、しばらくして一つの変化が起こった。
* * *
「桃太郎の様子がおかしいで!?」
「超能力が暴走しているんだわ……」
弾道は制御を失っていき、空気弾を生成する度に、かつての薫のように自分の力で自分を傷付けていく桃太郎。実験動物に過ぎず、兵器として完成されていなかった桃太郎は、超能力の限界が来るのが早く、その暴走は致命的なものだった。
それでも、もはや生存本能すら失ったかのように桃太郎は攻撃の手を休めなかった。兵部にも退く気配は無い。このままでは二人とも無事ではすまない。
「誰か桃太郎を、京介を止めて! 助けてあげて! お願い……お願い、皆本」
薫の懇願が夜空に響き渡る。
皆本は数瞬の逡巡の後、懐からおもむろに熱線銃を引き抜いた。見慣れぬ武器と苦渋に満ちた表情に驚く仲間を尻目に、皆本は俯いて熱線銃のグリップを握る。
「その銃は……。それが君の選択か。それで誰を撃つんだい?」
その様子に気付いた兵部は、満身創痍になりながらも眼下の皆本を嘲弄した。
「彼を? 僕を? それとも彼女――」
「黙れ!!」
激昂し兵部の方に向きかけた皆本だが自制し、そしてゆっくりと銃口を上に向ける。
「こんな物は使いたくなかったが……。もうこれ以上、そのモモンガに人を傷付けさせる訳にはいかないんだ」
「そんな、皆本!?」
「――――許せ!!」
薫の制止を振り切り、引き金を引く。放たれた熱線は狙い過たず目標を貫いた。桃太郎の身体が浮力を失い落下していく。
* * *
「皆本!! どうして!?」
力任せに大鎌の硬質化を解いた薫は、念動能力で皆本をビルの屋上に張り付けにする。
その後ろに傷だらけの兵部が、大鎌を引き連れて降り立った。大鎌の手の中には目を閉ざした桃太郎が。
「安心して、女王。彼はまだ生きているよ」
兵部の言葉と共に渡された桃太郎を薫はよく観察したが、その身体には傷一つなかった。ただ一点、背中にあった真空管を除いては。
「……すまん、薫。こうするしかなかったんだ」
張り付けにされながらも謝る皆本。熱線はこそぎ取るように真空管を消滅させていたのだ。
人工的な、そして不完全なエスパーである彼が破壊的な程の力を発揮するには補助する物が不可欠であり、そしてそれが背中の真空管だった。もはや桃太郎の超能力はこれまでのような危険なものには成り得ないだろう。
「それでも、狙いが外れる可能性もあったし、当たったとしても桃太郎が力を失う確信があった訳じゃない」
真空管がこのモモンガの生命と直結していた可能性だってあった。彼が生きているのは結果論に近いと皆本は思う。
「力を抑えた者としか仲良くできないの……?」
「――そうじゃない。桃太郎は元々力を持っていなかった。力の使い方を知らなかったんだ」
かつてECMの開発に協力した時に覚えた不安を薫は再度訴え、皆本はそれに答える。ただ、その声は力強いものではない。
最悪の事態に陥りかけたが、何とか事態を収拾できた。それでも彼はまだ、自分の手に渡された力――熱線銃の使い方に確信が持てなかった。
「その……二人を助けてくれて、ありがとう」
そんな自分に礼を言ってくれた薫に、皆本の方こそ感謝したかった。
桃太郎の憎しみが消えた訳ではない。解決すべき問題はまだ多いが、今度こそ薫達を悲しませるような事にならないよう努力しようと、皆本は思うのだった。
* * *
皆本達のいる屋上から離れて夜空を翔けていた兵部は、大鎌に先にパンドラへ戻るように促した。彼が去った事を確認してから虚空に向かって声を掛ける。
「あの坊やにあんな物を持たせたのは、やはりお前か?」
「ええ、そうよ」
兵部の前に不二子が現れる。何年ぶり、あるいは何十年ぶりかの再会だが、二人の表情に喜びは無かった。
「あれではいつか女王を撃ちかねないな」
「あら。おかげで命拾いしたんじゃないの?」
皮肉を言う不二子にふっと笑う兵部。
「彼は力を拒絶しないで、正しく使おうと悩んでいる。まだ未来が決まった訳じゃないわ」
「当然だ。女王を彼に殺させるつもりは、僕にはないよ」
噛み合っているようでいて噛み合わない会話。二人が望む未来はある一点で共通し、その他の全てにおいて相反していた。
「あたくしがいる限り、あなたの思い通りにはさせない」
それには答えず、兵部はかつての戦友の前から飛び立ち、そして姿を消した。不二子もまた、一つため息をついて、その場から離れた。
― END ―
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