とある寒い寒い夜のこと、とうに業務時間の過ぎた事務所に煌々と明かりが灯っておりました。
事務所の面々と言えば実家に妹の顔を見に行くだ、友達の家で宿題だ、暇だからうろついてくるだと三三四五。
「シロ独りじゃ何しでかすかわからないから」
と、一人残ったシロのお守りを雇い主から命ぜられ、今日はお泊りの横島君なのでした。
「で、おでんなわけだよ」
「おでんでござるか」
お留守番の横島君とシロの間にあるのは、どこから引っ張りだしたのかおこたが一つ。
そしてその上でくらくらと煮え立つおでん入りの大きな土鍋。
熱燗がないのがちょいと寂しい、師弟二人のお夕飯でございます。
「で、なんでおでんでござるか?むぐむぐ」
「そりゃ材料ぶちこんで煮込めばできるからだよ。もぐもぐ」
「簡単だろ?もごもご」
「簡単でござるな。はふはふ」
そんな他愛無い会話をしつつ
牛筋大根ちくわぶつくね、うまいうまいと舌鼓をうっておりましたが
煮え立つおでんを目の前に、ふと横島君の胸中に芽生えるいたずら心。
「ところで、シロ。こんな修行があるのを知ってるか?ずずーーーーー」
「もぎゅ!?しゅぎょうでござるか?」
見た目は小娘中身は武士、心の中はほんのり乙女、修行という言葉にしっぽをぴくりと反応させるシロ。
おでんに食い付きながら話にも食いついてきました。
「ほれ、この鍋の中に熱々の厚揚げが入ってるだろう」
「入ってござるなぁ」
「この汁をたっぷり吸ったお揚げをだなぁ、こう、じーっと」
「じー・・・・?」
持って産まれたお間抜けか、それとも目の前に持ってこられたモノはついつい嗅いでしまうイヌ科の習性か
まんまと身を乗り出したシロに、にんまりと悪どい笑みを浮かべた横島が次にとった行動はもちろん・・・・
ぴと
「あじゃじゃじゃじゃーーーーー!!!!」
「ぶははははははははは!!!!」
絶頂期の鶴ちゃんもクリビツのシロのリアクションに、ヒゲのディレクター張りの爆笑でひっくり返る横島。
「ななななな、なにをするでござるかー」
「ひー、ひー、ま、まさか素で引っかかるとは思わなかった。お前芸人の素質あるよ。あーおもしれー」
「げ、芸人!?いくら先生でも馬鹿にすると承知しないでござるぞ!!」
あまりと言えばあまりの仕打ち、吉良殿、ご無体にござる!!とばかりに顔についた汁も拭わずに詰め寄るシロでしたが、
当の横島は全く動じる様子もございません。
「やーい、ばーかばーか」
「うっきーーーっ!!撤回、撤回!!ぎちょー!!発言の消去をもとめるでござるー!!」
「あははははは、誰だよ議長って!!あはははははは」
「大体お前、そんなナリで詰め寄ったって迫力のはの字もないっての」
「は?ナリってなんでござるナリか?」
「ったく・・・全然気がつかねぇのな・・・ほれ」
と、ガードポジションの横島がシロの鼻先に指を突きつけますが、なんのことやらきょとんとするばかり。
その指がつーっと上にあがり、シロの頭でぴたりと止まるとそこで一言
「興奮し過ぎで耳が出っぱなしだぞ」
「!!」
まさかと思い頭に手をやれば、そこにはたしかに人に化けてる時にはあるはずのないふさふさとした二つの感触。
「そうならないようにもらった精霊石のピアスだろ?それを暴れて落とした上に、変化が解けてんのも気がつかないたぁ・・・」
「あ、あ、あ、あ、あ・・・」
「なんつーかもう、バカ?」
「あうううううううっ!!!」
自分の未熟さを指摘され、先ほどまでの勢いもどこへやら、両の耳を押さえたまま顔を真っ赤にして返す言葉もございません。
「拙者、バカではないでござるよ・・・」
すっかりしょげ返ってしまった愛弟子が師匠のお腹の上でノの字を描くと、ちょっぴりかわいそうなのかバツの悪そう横島
「あー・・・うん、悪かった。ほら、顔だしな」
そう言って顔についた汁を拭いてあげますが、それでもシロのゴキゲンは斜めのままのようです。
「バカ・・・じゃないでござる・・・」
「うんうん、バカじゃない、バカじゃない・・・でもな」
汁を全部拭い取って、ついでに目尻の泪も拭いてやると、横島は二つの耳がぺたりとお辞儀しているシロの頭にポンと手を置いて
「俺としちゃあ、ずっとバカで元気なシロのまんまでいて欲しいんだよな」
「うえ?」
「・・・バカな弟子ほど可愛い、ってな」
「なっ!!!」
泣いた赤子がもう笑う、ゴンベが種蒔きゃカラスがほじくる。
顔を真っ赤に染め上げて、異論反論オブジェクション。
横島の襟首ひっつかんで、必死になって詰め寄ります。
「なななな、何を!!武士に向かって可愛いなどと!!」
「あははははは、可愛い可愛い」
「やーめーろーと言ってるでござろう!!大体そこで可愛いって言うのは、やっぱり拙者はバカだってことではござらんか!!」
襟首を前後左右に振り回され、ちょっとした赤ベコみたいになりつつも全く意に介せず笑い続ける横島。
やめろと言われてやめるような男じゃございません。
「シロはかわいや、かわいやシロや、耳もしまえずバカかわいい〜♪」
「むぎぎぎぎー、侮辱、侮辱ですぞー、議長!!検事の退廷を求めますぅぅぅう!!」
「だから議長って誰だよ!!あはははははは、バカシロは可愛い〜」
「やーめーれー!!」
どったんばったんぎたばったん、結局元の木網で、だけれど元気を取り戻したオオカミはよっぽどいつも通りで
やっぱりこの方がシロらしいや、とひとりごちる横島なのでありました。
「わー、まて、マウントはヤバい、ヤバいって!!」
「問答無用でござるーーーーーーーーーー!!」
でも、よゐこはコンロに火をつけたまま暴れちゃダメだぞ。
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