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ほたるさん

「風が気持ちいい・・・」

汗で濡れたフローリングを夜風が撫でる。
風上から流れて来た香りに、つと心地よく寝入っていたソファーベッドから起き出す。
明かりを消した部屋で、ほたるさんが一人壁にせもたれ座り、夜の空を眺めていた。
窓の側、仄かな月明かりにかげる彼女がとても綺麗で、思わず見惚れた。
しばらくして暗がりに慣れて、もっと見たいと目をこらす。
すると、彼女が身にまとっていたのは、キャミソールだけって事に気づいた。
その臀部には体重を支えていたためにできたと思しき赤い痕がはっきり残っていて、先ほどまでの感触が手の中に蘇る。
僕の中に残るそれは、同じで別な、痕跡とも言えた。
視線が彼女を引き寄せたのか、ゆっくりとほたるさんが振り向く。
横になっていた僕と目が合って、驚いたのか少しつりあがった眉は、でもすぐに朗らかな笑みの一部となった。

「皆本さんって、見た目と違ってずいぶんタフなのね」

「い、いや、それは何というか……」

潤んだ目、上気した頬。
ドギマギして僕は横になったまま動けない。
また風が吹いて、彼女が髪を梳くと僕はその隙に立ち上がる。
慌てて服を着込もうとしたせいか、転びそうになって尻餅をつく。
彼女は気にした様子もなく

「くすくす。ね、のど乾いちゃった。さっき作ったカクテル飲まない? 」

そろえた膝に頬杖をついて、僕を誘う。
いいね、そう答えると桃とCAVAを合わせておいたポッドから注ぎ分ける。
ほんのりしたピンクは、彼女の肌の色を同じ。 


「じゃあ、かんぱーい」





〜ほたるさん〜





「もう少し飲まない? 」

目のやり場に困りながらも、僕は相づちを打つ。
お酒は好きだけれどあまり飲まないほたるさんがこう言うときは、決まってなにか嬉しいことがあった日だ。
形に残るって言えばいいのだろうか、新しい服を買ったとか、誕生日だとか、昇進であるとか、そんなことだけじゃない。
歩いていて落ち葉の音が気持ちよかった、卵焼きがうまく焼けた、洗濯物がふうわり洗い上がった、ドアを開けたとき空が高かったとか。
別段大したこともない、それだけと言えばそれだけのことでも彼女はにこやかになる。
それは意外な発見で、驚きだった。
要領が良い、とは奈津子さんから散々聞かされていた。
あたしはそれでいくつの合コンを棒にふったやら、と苦笑いをしながら。
決して不快じゃあなかったけれど、どちらかと言えばおっとりとしていそうなほたるさんの外観からは、想像が付かなかったし、驚いたことでかえって印象が深まったせいもある。
だから、最初にほたるさんが

「ね、食べてみて」

秋刀魚をにこにこしながら食卓に出した時の笑顔に、僕はついきょとんとしてしまった。
なあに、もう。
口を尖らせて抗議の声をあげる蛍さんに、あわてていただきますって返事して、きつね色の焦げ目を箸でそっと割ってみると、身が青々とほくほくして柔らかい。
おんなじに口に運ぶと目があってしまって、目配せして美味しいねって伝えあった。
口元がほころんでお酒が進んで、しまいにはほたるさんはソファーで寝入ってしまい、寝室にそっと連れて行ったことを良く覚えてる。



今日もほたるさんは同じようにお酒が進んでいる。
デートの後、マンションに帰ってきてから二人して料理して、わいわい一日回った場所や見た映画の事を話して笑った。
久しぶりのデートだったせいか、夕食の時ほたるさんはやけに上機嫌で、僕はずっとどんな事があったんだろうって考えながら街を歩いてた。
その後、まあ色々あって。
結局よく分からないまま今に至って、ころころ良く笑うほたるさんに、僕もまあいいやとグラスを空ける。
軽くなったグラスをからからするほたるさんにお代わりのカクテルをと、水出し紅茶とブランデーを混ぜていると彼女が笑った。

「知りたい? 」

「駄目だよ、心を読んじゃ」

ほたるさんは舌を唇からそっと出して笑う。
はいどうぞ。
冷たいグラスを手渡すと、嬉しそうにグラスを掲げて言った。

「だって。初めて、ほたるって呼んでくれたんだもの。嬉しくって」

「え、あ・・・」

僕はほたるさんの子猫みたいな視線が照れくさくて、ぷいとそっぽ向く。
そういえば、言ったかもしれない。
しっとりして熱く、細くて柔らかくて、でもしゃんとしたほたるさん自身を感じていたときに。

「わたし、どきどきしたんだから」

ほたるさんが緋色のカクテルを口に含んで、そっと飲み下す。
濡れた唇が艶やかで、目がいってしまったのを隠したくてグラスに口をつけると、アールグレイの香りが広がる。
鼻から息を抜くと、汗をかいた体に旨さが染み渡って気持ちを爽快にしてくれた。
これも美味しいわね、氷をカランと揺らして合図を送るほたるさんに、僕は精一杯の気持ちを込めて、想う。

これからもよろしく、ほたる。

幾度か瞬いて、驚いた顔をグラスに隠すようにした彼女の想いが、僕に届いた。

ええ、こっちこそ。光一。

氷を鳴らして、合図を返す。
朧月が光る秋の夜、余計なものは何もない。
開け放した窓から入ってくるのはひんやりとした街の空気だけ。
それがすこしだけ寂しくて
月を手に取りたくて、一緒に座る。
そっと体を寄せたほたるが温かい。
今日はこのまま。
このまま二人して、飲み明かしていよう。



またソファーで寝入ることがあったって、きっと風邪は引かないだろうし、ね。


http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gazou/imgf/0005-img20061024213926.jpg

サスケさんの投稿されましたほたるさんイラストにSSつけさせていただきました。
あんまりこういう作風の物は書いたことがないんですが、ライトに楽しんでいただけたらな、と思います。

というかですね、ダブルフェイスファンとしては書かずばいられないと申しますか。
皆さん、ダブルフェイスSSをぜひ書きましょう。

ただ一つ、ラフ見せていただいたときには確認出来なかったサプライズにもうどうしようかとのたうち回りまわりまくりました。
いやんサスケさん。

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