花井ちさとと東野将(とうのまさる)は学校帰りの歩道を並んで歩いていた。二人は幼馴染みで仲の良い友達であったが、ある理由から険悪な雰囲気になってしまっていた。しかし、そんな状況を吹き飛ばすような転機が訪れる。転校してきた三人のエスパー少女の一人、明石薫と将が激しくいがみ合い、拳でぶつかり合った果てに和解したのである。
もう一度信じてみよう――将は確かにそう言った。
ようやく仲直りが出来たちさとと将は、久しぶりに帰り道を共にしていた。こうして一緒に歩けることが、ちさとには何より嬉しかった。
そんな時、前方から近づいてきた人を避けようとしたちさとはバランスを崩し転んでしまう。将はちさとに駆け寄り顔を覗き込むが、幸い大したことは無いようだ。胸をなで下ろしながら、将は茶化すように言う。
「なんだ、とろくさいやつだなぁ」
「なによぉ、少しは心配してくれたって」
「こんなとこで座り込んでると危ないぞ。早く立てよ」
「ん……痛っ!」
「おい、大丈夫か?」
「足ひねっちゃったみたい」
「……ほら、掴まれよ」
「あっ」
躊躇なく手を差し伸べられたその手に、むしろちさとの方が驚いてしまうくらいだった。過剰な程のエスパー嫌いを口にし、ちさとにも頑なに冷たい態度を取っていた将。二人は和解したが、あと一歩の部分をちさとは踏み出せずにいた。なぜなら、彼がエスパーを毛嫌いするようになった原因を作ったのは自分なのだから――差し出された手が、触れてはいけないもののように思えていた。
「何やってるんだよ。自分で立てるのか?」
「う、ううん」
「じゃあ、さっさと掴まれってば」
「でも……いいの?」
「何が」
「だって――」
テレパスであるちさとはかつて、将の心をこっそり読んだことがある。能力の低いエスパーである彼女には詳しく心を読み取ることは出来ないが、相手がどんな感情を抱いているのかは解る。将が超能力を気にしていないのは演技ではなく、一緒に遊んでいる時に楽しそうにしているのは本当のことだった。無断で心を読む――それが将の心をひどく傷つけ、裏切る行為となってしまうことを当時の彼女は正しく理解していなかった。ちさとが嬉しさから漏らしたその事実が将に伝わると、彼はちさとを含む全てのエスパーを拒絶した。
エスパーはみんな同じだ! こっそりズルして、バレなきゃそれでいいと思ってるんだ!
将の怒りは激しかった。いくら弁解しようとしても、謝罪しようとしても――その言葉は届かなかった。受け入れてはもらえなかった。自分が犯した過ちを理解した時には、何もかもが遠くへ離れてしまっていた。どうすることもできぬまま時間だけが過ぎ、二人の間には埋められぬ溝が横たわっていた。
ちさとは将の身体に触れることが出来ないでいた。許してはもらえたが、将に触れようとするとあの時の罪悪感が心をよぎる。彼は許してくれた。けれど、もしもまた拒絶されてしまったら。何かの拍子にまた傷つけてしまったら――そう思うと怖くて仕方がなかった。
「いいからほら、早くしろよ」
「あ、ちょっと――!」
そんな思いを知ってか知らずか、しびれを切らした将はちさとの手を取って一気に引き上げた。心の準備が出来ていなかったちさとは、何と言葉を返したらよいのかわからず目を丸くしていた。
「さっきから何を気にしてんだよ」
ちさとが繋がれた手に視線を落とした時、ようやく将もそれに気が付いた。ハッとして少し表情を曇らせたものの、繋いだ手が離れることはなかった。
「また俺の心覗いてんのか?」
「そんな事してない!」
「ホントかよ」
「ウソじゃない! リミッターだってちゃんと――!」
「だったらさ、俺のこともちょっとは信じてくれよ」
「――!」
「俺が怒ってたのは、ちさとがエスパーだからじゃなくて……ズルしたからだ」
「……うん。ごめんね」
「俺にはちさとの気持ちわかんないのに、そっちだけ知ってるのはズルいだろ?」
「う、うん」
「とにかく、今までのことはお互い水に流そーぜ。ただ、たまにはちさとの気持ちも聞かせてくれよな」
目頭に熱いものがこみ上げて溢れそうになったが、ちさとはぐっとそれを堪えて笑顔を見せた。目一杯の喜びを浮かべた、心からの笑顔。そして、彼女が最も望んでいることを言葉に乗せた。
「東野くん、私ね――」
後に休日の街でデートをする二人の姿が見られるようになるのだが、それはまた別のお話。
今はただ、繋いだ手の中に喜びとぬくもりを感じて――。
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