6551

未来掲示・別編(ラプラスの語り35)

そこは一筋の陽光も蛍光灯もついてない薄暗い場所である。ある特殊な牢屋だ。
貴方はどうしてもこの鬱屈とした建物の奥に行かねばならなかった。
=おっ、居たねェ=

悪魔ラプラス確実に未来を映す能力を持つ。

待ちなって、未来ってのは無限の可能性がある。その数と同等の俺がいる訳なんだがな。
それでも聞きたいなら俺の知っている歴史を語ろうじゃないか。そう忠告を一つ。
腕の良い入れ歯職人の住所、覚えていたほうがいいぜ。

話をする前にだ。淀川ランプってアホを知ってるか?
・・知らない。そりゃあいい。くだらない知識を記憶するだけ無駄って奴よ。
じゃあ安奈みらって眼鏡っ子知ってるかい?
・・・知ってる。しかもファン。そいつはご愁傷様。
安奈みら「元」センセイが断筆した原因と俺の知ってる歴史は一致するからな。
くっくっくっ。

「君ネェ。若さだけじゃもう読者は付いてこないよ、駄目!ボツ!」
とは、素敵な編集者様のお言葉だ。
内容も二番煎じ、キャラクターも高校生の妄想を具現化しただけ、
文章も間違いだらけと、こちらも通り一辺倒の文句を言った後にね。
「安奈君、そろそろ「悲しみ」を書くべきだね。商業作家として生きていくには」
つまり今でも素人に毛を生やした程度の作品しか書けてないってコトなんだろうね。
気丈な安奈センセイも眼鏡に涙が付着してるぜ。
自分の所為だけどな!

「ナニよ悲しみって!読者が悲劇を求めてるわけないじゃないの!」
一応編集者様の前では有難うと言ってから頭を下げたその口でだ。
打ち合わせ場所から出た直後に悪態をついてやがる。
これだから人間は素敵だ!!悪魔ですら出来ない事を平然とやってのけやがる!
「大体、悲劇を売り物にした連中なんてろくでもないのしか居ないじゃないの?」
だが、この安奈センセイの言うことはあながち間違ってはいないかもな。
悲劇文学にゃ小悪魔の影がちらついてる事が多くてね。
有名どころを一つ教えてやろう。歌劇で「リア」って名乗る王がいるよな。
隣の牢獄を見てみな。そいつがリア王の成れの果てさ。

悪態はつこうが、ナニをしようが締め切りは守らなきゃいけないと思ってるだけ、
安奈センセイはご立派やも知らんね。
「ともかく、お気に入りの別荘で構想を練らないと」
パソコン一つ手に持って特急列車の券売機に並んでいるとね。
どこかーで見たことあるよーな、男が安奈センセイをじーっと見てる訳だ。
「私に何か御用?」
問いかけるとね。
「あの安奈みらセンセイっすよね?覚えてませんか?俺、横島忠夫」
この横島って小僧、たった一日しか会ってない女の顔を覚えてるとは流石だね!

「あー!禁断の悪霊シリーズのモデルになった巫女さん達と一緒にいた!」
「大きな声を出さないで下さいよぉ。安奈センセイ」
万年金欠の横島少年が自費で・・場所は教えられねぇが、電車に乗ってる訳よ。
今回ある目的でセンセイの貸し別荘がある地区に程近い場所へいくとか言ってるぜ。
センセイ本人は一人旅も苦にゃならないだろうが、まぁしょうがないかと、
グリーン席の予定が一般客車にご変更さ。
さて・・とちょいと脱線しちまうがね。この安奈みらって女、軽い男性恐怖症が
あるようでね。書くもの書くもの、女同士の恋愛をかもし出してる訳よ。
発表当時なら斬新と言われていた作風も二年も立てばマンネリと言われる。
本人も意識はしていたみたいで、これ幸いにと、横島に話しかけてはいるのだがね。
まるで未経験男が娼婦に話しかけるが如く、テンションが高い安奈センセイよ。
むしろ美人を前にした横島の方が常識人に見えるじゃないか。
ミレニアム級の奇跡だな!こりゃ。

「あはは!横島クンって面白い子ねぇ」
「そうっすか?安奈さんにそういわれて光栄っすよ」
お互い喋り続けられる程度の時間で目的地に着いたようでね。
これがもう、何処をどう間違えたのか、安奈みらセンセイと横島少年、意気投合してやがるんだわ。
「えっと俺はこっちに行くンすけど、安奈さんは?」
「反対方向なんだけどぉ、横島クンに付いてっても良い?」
おや、同伴のお誘いじゃないか。こりゃ涙を流して喜ぶかのが通例なのだがねぇ。
「うーん、そうっすねぇ、まぁ折角仲良くなった事だしなあ・・」
おぅ!このラプラスはおかしくなったのか?女の誘いを断る横島なんてありえるのか?
・・・自信喪失寸前だぜ。くっくっくっ。
だが後姿を見ると二人連れになってるからな。どうやら横島が折れたらしい。

でだ。二人が着いた場所は・・。
我が盟友アシュが造った蟲娘達、ルシオラとかいう奴等が隠れ家にしていた建物の、
残骸だな。
「・・えっ?守れなかった子の供養?」
横島って奴、あの大事件以降も普段通り、馬鹿でスケベをやってはいたのだがね。
確実に守れなかったあの子が心に残っているのさ。
少なくとも二人。安奈みらセンセイのモデルになった女主人公と巫女さんは、
理解していた節はあるがね。横島との距離が近すぎて対応方法が見つからなかった。
と言うトコだな。
「・・ねぇ、私に教えてくれないかな?その子の事、横島クンの悲しみの事」
安奈みらセンセイも「悲しみ」、一端でも触れられるかという期待、というよりは、
横島に喋らせることで悲しみを和らげようとしていたようにこのラプラスは思う。
最初は口の重かった横島もセンセイのリードで訥々と語り出してね。
終った時、
横島は悔し涙で濡れていた。
安奈みらは、悲しみを知り涙で濡れていた。
古今東西、「死」は悲しみを呼ぶのさ。ごく一部の例外を除いてね。
人間でも、動物でも、悪魔でもさ。

「ご、ゴメンナサイ、私、そんな悲しいことがあったなんて、知らなくて」
残骸の前で謝る安奈みらセンセイ、こちらは涙を止めることが出来たのだがね。
横島はルシオラの事、話しちまった事が原因で涙が止まらなくなっちまった。
まだ何かいっているらしいが、すまねぇ、このラプラスですら聞き取れねぇよ。
ただ、この面白い男の子、横島と気が合った女、作家の安奈みらが次に行った行為はだ。
「いいよ、泣いてても、私の中で好きなだけ、泣いて」
横島の頭を抱き、胸元に押さえつけるようにして、支えてるのさ。
泣き過ぎで力が抜けていく少年、それを支える年上の女性。
これ以上、この二人がどうなっていくか、このラプラスが語る必用はあるまい?
さてと。横島も霊能力が物をいう世界では優秀すぎると言ってよい人材よ。
ギリギリだったようだが、高校を卒業すると同時に霊能力が必須とされる業界に入ってね。
そこまでは贅沢は出来ないが、自分の妻が働かなくても、ちゃんと喰える程度に稼げてるようだぜ。
休みの日にゃちゃんと良いパパをしているみたいだぜ。

あの時の二人、美神令子、氷室キヌと違いルシオラを知らない妻だからこそ、だ。
わだかまりもなく、自分の子供として見ていられるというのは、
娘に取っちゃ悪くない環境といえるかもね・・。

−くくくく、忠告したはずだぜ、入れ歯職人を探しとけと−
不意にだるさを感じた貴方が自分の手を見ると、皺だらけになっている。
これは如何したことかと慌てて手鏡を出し、自分の顔を見る。
最初は何故ここに自分の祖父がいるのかと思ったが、紛れもない。
この皺だらけの顔は自分である。どういうことかと問う貴方にラプラスは一言。

=老いたねぇ=

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]