秋の風は体どころか心までもほんのりと冷たくし、人恋しい季節、ぬくもりが恋しい季節とはよく言ったものだと、一人私は嘆息してた。
自分で言うのもなんだが、その光景はきっと周りに男が十人いたら、十人とも立ち止まらせる自信がある。
ただひとつ、私の横で美味しそうに石焼芋をほおばっているバカがいなければ。
バカの隣を歩く私の名は美神令子。そして、われらが愛すべきバカの名は、横島忠夫。
【たとえばこんな未来】
私の隣を、既に三個目も石焼芋をたいらげたバカ、横島忠夫が歩く。その速度は私の歩みとほとんど同じで、けれどその速さに淀みは無い。
私が彼に合わせているわけではない。まして腕を絡ませて、恋人の様に寄り添っているわけでもない。彼が私に合わせているだけ。
しかしその行為がいったいどれ程のことか、わかる人にはきっとわかるのだろう。
私の横に彼が並んで歩くと言う行為に年季が入っていることを、他人から見ても容易に悟らせる程度には充分だった。
そう思う…。そう思いたい。だって恋愛事なんて私にはイマイチよくわからない。だって、興味も無かったし、彼以外知らないし。
じっと彼を見てみる。初めて出会ったあの日から、既に五年の月日が流れていた。けれど私は、そんなに風に思わない。
なんとも妙な気分になるのだ。今までずっと一緒にいたような感覚と、今までの出来事があっという間に過ぎていった感覚。
「どうしました? 俺の顔なんて見てぼうっとして」
「流石に駄々こねてまで食べたがる甲斐はあったのかなぁって」
「あう……」
見てるこっちが恥ずかしくなるような駄々のこね方だった。しかも、22にもなった大人がたかが石焼芋に対して、だ。
地面に寝そべって手足をばたつかせながら「忠ちゃん、石焼芋が食べたいの〜!!」とか言った時には、思わず本気で殺そうかと思ったくらいだ。
殺意を覚えている一方で、あぁ、やっぱりこいつは変わらないんだなぁって実感を覚える自分が可笑しくて、私は場違いにも少し笑っていた。
知り合いは皆口を揃えてこう言う。「横島忠夫は変わった」と。
初めは唯の荷物持ちで私の肉体目当てでバイトしていた丁稚。
次に霊能に目覚めて、ちょっとだけ使えるくせに大幅に役立たずなバイト。
月日は少し流れ、人類史上稀に見る霊能を取得した、世界も救った史上最強の助手。
そして最後に、名実共に私のパートナー。
そんなことはない。そんなことはないと、私は思った。
横島忠夫は、初めて出逢ったあの日からずっと横島忠夫だった。
たとえ今とは違った霊能に目覚めていたとしても、最悪丁稚のままだったとして、彼は横島忠夫のままだったはずだ。
そう思っているし、実際にそうだし、そう信じたい。
時間は過ぎてゆく。穏やかに、けれど確実に。
四年前、彼は高校を卒業してスーツ姿になって。
そんな姿でも給料は上がらないわよって言ったら、「いつか美神さんの気が向いたら社員にお願いします」って言われた。
そんなこと言われたから、とりあえずは給料を上げたら、飛び掛ってきた。血溜まりの中で納得したっぽいけど。
三年前、彼女は留学していった。
それで良いのか、と聞けば「むしろ美神さんこそ頑張って」と逆に励まされた。
今でも時々手紙は来るけれど、きっと事務所には戻らないだろうと思う。
その年に彼はバンダナをはずし、彼女に手渡した。
彼女が大声を上げて泣いたのを私は忘れない。
二年前、彼女は家に戻っていった。
達者でねと言ったら、「今度御逢いした際にはのろけをお聞かせ願いたい」なんて言われた。
余計なお世話だと思いつつ、きっとそれは彼女なりのやせ我慢なのはわかってたつもり。
そして、彼を正社員に任命した。
良き土産が出来たと笑った彼女は今どうしているだろう?
去年、彼女はまるで消えるようにいなくなった。
虚空に向けて馬鹿なことはするなといったら、「アンタもね」と聞こえた気がして。
今でもあの子は何処かにいて、気が向いたらひょっこりと顔を出すのだろう。
いつしか彼はトレンチコートが似合うようになっていた。
ハードボイルドは似合いそうにも無いけどねと、彼女は苦笑していた。
初めて彼と出逢ったあの日から、五年の月日が流れた。
初めは二人だった私たちもいつの間にか五人になって。
けれど皆それぞれの道を歩いていって。
事務所にいるのは、初めての頃と同じ、私と彼だけになった。
「ちょっとそこのベンチに座らない?」
「良いですけど? でも、この公園抜ければすぐに事務所だし、戻ったほうが…」
「良いから、つべこべ言わなーい」
「へいへい」
近くの手近なベンチに座って、私は彼に寄り添うようにして座る、なんて事はしない。
単純に横に座るだけ。ぴったりとくっつく程度にだけど。
こういう時にくらい、甘えても良いんじゃない? そんな心の声が聞こえたようで、私はやっぱり彼にしがみついた。
ごくごく自然に私の体を受け止めて、微笑みながら芋を食べる彼を見て、安心する自分がいた。
いつしか私たちは男と女の関係になっていた。
変わったと言われている彼が。何も変わっていないと思う私と一緒になった。
そりゃあ見た目は変わったし、大人になったって意味では充分に変わってはいるけれど。
スーツを着こなすようになった。
バンダナをはずすようになった。
いつしか髪をオールバックにし。
私を守り、守られる様になった。
芋を食べ終わった横島君は、私を腕から引き離す。
体全体で分かち合っていた体温が一気に引き剥がされ、少し寂しくなった私。
と、そのまま彼は倒れこみ、頭をひざの上にダイブ。俗に言う膝枕。
我知らず、彼の頭をなで、慈しむように微笑む私。
目を閉じて、気持ち良さそう。
こんな姿を先生やエミに見られたらなんて言われるかしら?
いつからかボディコンスーツをやめて、シックな服を好むようになった私。
様々な別離を経て、それでもこうやって彼と一緒にいる私。
そして今まで、二十五年間私として生きてきた私。
けれどひとつだけ、五年前から変わらないことがあった。
「アンタはいつでも私と一緒ね」
「そりゃあ、美神さんのチチシリフトモモの為なら」
「そうだったわね」
それは、コイツが一緒にいること。最初は後ろ、次は横、そして背中合わせ。
最後に、私を抱きしめてくれる位置で。
ふと気づけば、愛すべきバカは、私の方を向いていて、真っ直ぐな瞳でこちらを見つめる。
我知らず、顔が赤くなる、なんてことは無かった。
気の利いたBGMなんか、もちろん流れるわけも無い。
ただ、私にはなんとなく、こいつの言おうとしている事がわかった。
「美神さん」
「なによ?」
「美神さん、いや、令子さん。結婚してくれませんか?」
だからきっと、たとえばこんな未来も悪くないと思うわけで。
「じゃあ、盛大にお祭り騒ぎをしないとね」
きっとこんな未来は、たとえばじゃなくて、必然。
「それじゃあ、色々考えないとね。事務所に戻る?」
「いやぁ〜、目の前に広がる偉大なる双山とフトモモの感触が名残惜しくて」
「雰囲気ぶち壊すんじゃない、バカタレ」
これからも私たちの日常はこうやって続いていくのだろう。
初めて出逢ったあの日から、必然という名で結び付けられた絆と共に
--FIN--
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