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ケン・マクガイア中尉の事情

「こちらのプレコグの予知にヨレバ、京都が狙われる確率は3割程度デス。
なので、より確率がタカイ奈良の方に大佐とメアリーが出向く事にナリマース。」


「そうだな。戦力的に考えればその方が良いと思う。
運が良い事に京都は葵の地元なんだ。あの娘がきっと力になってくれる。」


ここはバベル本部の会議室。
二人の男が真剣な表情で話し合っていた。

一人は黒髪の眼鏡をかけた若い――恐らく二十歳前後だろう――日本人。
真面目そうな外見は、少々頭が堅そうにも見える。
そしてもう一人は金髪の白人男性。
室内にも関わらず、何故かサングラスを着用していた。
こちらの方は二十代半ばといった所だろうか。

しばらくそうして何事か打ち合わせを進めていたが、話が一段落ついたのだろう。
二人は席を立ち部屋を後にしようとする。


「それじゃあ、明日は駅で待ち合わせしようか?」


「ハハハ、心配無用デース。
ワタシの能力ならすぐにアナタ達を見付けられマスよ。」


白人の男は自信あり気な笑みを浮かべる。
彼は超度6の遠隔透視能力者なのだ。
待ち合わせなどしなくとも、彼の方から見つけてくれるだろう。


会議室の扉を開け、廊下で別れようとしたところに一人の男が通りかかった。
その相手に気付いた若い眼鏡の男は、驚いたように声を上げる。


「あれ、賢木じゃないか。休憩時間でもないのに病室を抜け出して良いのか?」


よく日に焼け、褐色の肌をした白衣を着たこの男はバベルの医療研究課の医師なのだ。
腕は良いのだが、その見た目に違わず女好きで軽い性格なのが珠に傷だった。


「オー、賢木サーン!久しぶりネー!」


「ケン、来てるって聞いたから探してたんだ!
今晩って空いてる?また飲みにいこうぜ〜♪」


「オゥ、シット!明日はミナモトと任務ネ。
名残惜しいケド、今日は諦めるヨー。」


親しげに言葉を交わす二人に、眼鏡の男が意外そうに眉を上げた。


「意外だな。二人は知り合いだったのか?」


「コノ前の、大佐の件を局長サンに報告に来た時に知り合ったヨ。
サカキはイイヒトー。『合コン』『キャバクラ』どっちも楽しかったネー。」


「よそのエスパーに何を教えとるかー!」


咆哮とともに、賢木の頭頂に容赦の無い一撃が振り下ろされた。

















「んーだよ、皆本は頭が堅すぎんだよ。
どーせあの『ザ・ダブルフェイス』の合コンの後、何の進展も無いんだろ。」


「いや、あれは任務だった訳で……」


ごにょごにょと口ごもる皆本。
その姿に、先程の賢木への突っ込みの時の精彩は無い。


「オー、サカキ。ワタシ、メアリーから聞いたデース。
ミナモトはロリコンだから大人の女性に興味がナイのは仕方無いネー。」


ざわりと周囲がどよめく。


「言葉に気をつけろーーッ!!」


先程の賢木への突っ込み以上の一撃が繰り出された。




ここはバベル本部の中につくられたレストラン。
社員食堂というよりは喫茶店という方がイメージに近い。
ちょうど定時が終わった頃の今の時間帯。
中は帰宅前の一服を楽しむ他の職員たちで賑わっていた。


有名な問題児『ザ・チルドレン』の主任を務める皆本の、バベルにおける知名度は高い。
さらには女好きで有名な賢木と、見慣れぬコメリカ人が同席しているのだ。
皆、内心では興味津々でこっそり聞き耳を立てていた。

そこへ先の問題発言である。
鬼のような突っ込みが入ったのも無理がない。
それを聞いた職員たちの反応は、『ああ、やっぱりか』というものと『へ、変質者!?』というものが半々といったところだった。
一部の人間は『同志よ!』という想いを抱いていたのだが、きっと皆本は嬉しくないだろう。

哀れむような視線と蔑むような視線、そして何故か慈しむような視線にさらされ、皆本は居心地悪そうにコーヒーをすする。
その隣ではケンが、日本人の突っ込みは容赦ナイねーなどと零しつつ、賢木の手当てを受けていた。


「……そう言えば、ケンは元々はカンザスで捜査官をやっていたんだろ。
それがまた、どうしてCIAに所属してるんだい?」


話の流れを変えるべく、適当に思いついた話題を振ってみる。
それを聞いたケンの表情が、微かに強張った。
それに気付いた皆本は慌てて取り消そうとする。
もしかしたら、国防に関するという理由で、守秘義務が課せられているのかもしれないのだ。


「すまない、ケン。言えないなら無理にとは――――」


「別に構わナイよ、ミナモト。でも、チョット長くなるけどネ。
アレは、今カラ二年前――――」


冷めかけのコーヒーを一度だけ口元に運び、コメリカ合衆国中央情報局在日エスパーチーム『ザ・リバティーベルズ』所属、ケン・マクガイア中尉は自分の過去を話し始めた。


















静まり返った深夜の倉庫街。
港の近くのそこは、わずかに聞こえる波の音以外聞こえず、痛いほどの静寂が支配していた。
その一角に、ガラの悪そうな男達がたむろする倉庫があった。
男達は何かを警戒するように周囲を睨み、胸元の不自然な盛り上がりは銃器を携帯している事を示していた。
皆共通して堅気には見えないが、東洋系と白人の二つの人種に分かれている。


「ヒヒヒ。それじゃあ取引を始めるアルね。
ちゃんとそちらの希望通り上質のモノを用意したネ。」


「へっへっへ、厄珍さんのブツは品質が段違いだからな。
多少値は張るが、その価値はあるってもんだぜ。」


東洋系の小柄な男が銀色のアタッシュケースを取り出すと、取引相手の頬に傷跡のある大男も同じようにケースを取り出す。
地面に置かれたそれらを、相手が確認できるように大きく開く。
小分けにされた白い粉が詰められた袋と、ケース一杯に詰められた百ドル紙幣。
東洋系の男は満足そうな笑みを浮かべ、丸眼鏡のサングラスの位置を指で直す。

互いにケースを交換し、その場を立ち去ろうとした時、辺りの静寂を切り裂きパトカーのサイレンが鳴り響いた。
一瞬呆気に取られた二人だったが、すぐに状況を理解し部下に指示を飛ばす。


「まずいアルよ。サツに勘付かれたみたいネ!
お前達、私はずらかるからヤツラを足止めするアル!」


東洋系の男達は中国語で何やら返事をし、銃器を構え迎撃の準備を急ぐ。
白人の男達も同様に銃器を取り出し、迎撃の用意をする。


「俺は車でずらかるが、あんたはどうするんだ!?」


「私は港から船で逃げるアルよ!
無事に逃げれたらまた取引するネ!」


背後で銃撃戦が始まったのを尻目に、二人は逃亡すべく走り出した。
入り組んだ倉庫街は逃げるのに容易で、捕らえるのは困難だ。
だからこそ、彼らはここを取引の場所に選んでいたのだ。


















迷路のような倉庫街の裏道を、とても小柄な体とは思えない速度で東洋人が駆け抜けていく。


「ぜぇ、ぜぇ、こちとら……こんな事は日常茶飯事ネ!
これだけ入り組んだ道なら、そう簡単に捕まりっこないアル!」


逃げ切れると確信したその時、逃げ道を塞ぐようにサイレンを響かせながらパトカーが飛び出してきた。


「な、何でワタシの逃げた方向がわかったアルか!?」


慌てて近くの脇道に飛び込み、追っ手から逃れようとする。
だが、その逃げた先からも、パトカーのサイレンの音が響いてきた。


「ど、ど、ど、どーなってるネ、これは!?」


先回りされている事に困惑しながらも、息を切らせつつ、東洋人の男は死に物狂いで走り続けていた。

















「D班、目標接近中だ。一人は車で逃走中だがタイヤは防弾仕様ではないようだ。タイヤを狙え。
F班、そちらにも接近中だ。密輸の常習犯『厄珍』だ。逃走車両は使っていないから逮捕は容易だろう。」


現場から離れた所で、無線機を片手に指示を飛ばす男がいた。
複雑な迷路のような路地を逃走する相手の行く先を、まるで目の前で見ているかのように的確に仲間に伝える。
夜中でも決して外そうとしない彼のサングラスの奥では、逃げる犯人達の様子が鮮明に浮かび上がっていた。

そして、それから十数分後。
相手の動きを読んで先回りしていた捜査官により、麻薬密輸の現行犯で男達は逮捕された。










「ホシを捕まえたからな、下っ端の抵抗もすぐに治まるだろうよ。
相変わらず良い指示だったぜ、ケン。」


無線機から届いた報告に、サングラスをかけた男もホッと安心したように息を吐いた。
いくら『視えている』とは言え、そこで起こる事には干渉できないのだ。
ある意味、それこそが遠隔透視能力者の限界だろう。

現場の収拾もつき始めた頃、ケンは切っておいた携帯電話に伝言が残されていた事に気が付いた。
伝言を残した相手は、自分が勤めている警察署の署長からだった。
内容は、事件に片がついてからで良いので、折り返し連絡が欲しいとの事だった。

何か急用なのかと思い、署の方へ折り返し電話をかけてみる。
現場の行動に参加しない――というか参加できない――自分の仕事はもう終わったも同然なのだ。


「署長、マクガイアです。伝言を聞きましたが何かあったんですか。」


「事件の最中だというのにすまない、マクガイア。そちらの状況はどうだ。」


「こちらの人員に数名負傷者が出ましたが、大事に至るようなものではありません。
ホシも両名逮捕しましたし、無事に解決したと言えるでしょう。」


そうか。と呟き、署長は押し黙ってしまった。
何事かと訝しむケンに、署長は申し訳無さそうに口を開いた。


「実はな、マクガイア。またCIAのスカウトが来てるんだ。」


「……署長、またですか。」


それを聞いたケンは眉をひそめた。
まだ若く、その上高い超度の遠隔透視能力を持つ自分はCIAからすれば喉から手が出るほど欲しい人材なのだろう。
これまでにも何度か自分をCIAに引き込もうとスカウトの人員が出向いてきた事があった。
だが、ケンはそれを全て断っていた。

報酬や待遇は、今の警官のものよりよほど優遇される条件だった。
だがそんな事は問題ではない。ケンにとって、自分のホームはここなのだ。
それは、金に換えれるようなものではない。


「すまない、マクガイア。私も諦めるように言っているのだが、君が戻るまで帰らないと言い張るんだ。
いつものように、君の口から断ってはくれないだろうか。」


「わかりました、署長。もうこちらでする事は無いので、そちらに戻ります。
来られている方には、後三十分程で戻ると伝えてください。」


超度6の遠隔透視能力のおかげで警官隊の指揮という重要な役割を務めているとは言え、まだケンは二十歳を少し過ぎただけの若僧なのだ。
署長が頭を下げて頼んでいるというのに、その面子を潰すような真似はしたくない。
いくら署長といえど、相手がCIAではあまり強く出られないのも無理が無い事だった。
下手に刺激して余計な埃を叩き出されるのは、誰だって避けたいだろう。


















ケンが署に戻ると、夜勤の数名以外は現場に出払っており、来客スペースに一人の長身の老人が佇んでいるだけだった。
かなりの高齢に見えるがその足腰には僅かな衰えも無いらしく、背筋はピンと伸びていた。
見慣れぬ老人を横目で見やりながら、ケンが署長室へ向かおうとすると、不意に老人が呼び止めた。


「やあ、待っていたよ。ケン・マクガイア捜査官。」


「……もしかして、あなたが?」


まさかこれ程の老人がスカウトに来るとは思っていなかったため、ケンは戸惑いを隠せない。
だが老人は気にする様子も無く、穏やかな表情で自己紹介を始める。


「私は中央情報局所属のJ・D・グリシャム。階級は大佐だ。
今日は、君に頼みがあってここに来たんだ。」


「何度来ても同じです。ここを辞めるつもりも無ければ、CIAに入るつもりもありません。
わざわざ足を運んでもらって恐縮ですが、お引取りを――――」


取り付く島も無いケンの態度に、グリシャムはやれやれと首を振る。
今までのスカウトがよほど下手だったのだろう。ケンはすでに意固地になりつつあった。


「まあ、待ちたまえ。君は知っているかね?
日本に超度7のエスパーが三人も育っている事を。
今の時代、有能なエスパーは軍事力の中核をなす可能性すらある。
これをそのまま放っておくのは、我が国の国防の面から考えても非常に危険な事だ。
私達は君の能力を高く評価しているんだ。君の能力は監視にうってつけだからな。」


「そんな事、俺には関係ないでしょう。
俺は、このカンザスの治安を守る事に誇りを持っているんです!」


キッパリと言い切ったケンの頑なな態度に、そうか、とグリシャムが溜め息をついた。
スッと目を閉じ、精神を集中させ始める。
何のつもりかと怪訝な表情を浮かべるケンに、突如グリシャムが目を見開き叫んだ。




「――――こんな話を知っているかねッ!?」

















超度7の精神感応がケンの頭に入り込む。
ケンの脳裏に、グリシャムの送り込むイメージが鮮明に浮かび上がった。


『こ、これは!?
まさかテレパスでこれほどのリアリティを!?』


何が起こっているかを察知し、ケンが驚きの声を上げる。
そんな彼をよそに、重厚なグリシャムの低音ヴォイスがナレーションとしてケンの脳に染み渡る。


――――日本という国は外国人の受けが良い。


空港に詰め寄せる女性の集団。
中年から若い女性まで揃っており、そのバリエーションは豊富だ。
その目は、夢でも見ているかのようにうっとりと潤んでいる。
目当ての相手が姿を見せた瞬間、空港内に割れんばかりの黄色い悲鳴が轟いた。


「キャーーー!ケン様ーーーーーーー!」


「ケン様ーーーーー!こっち向いてーーーーーーー!」


「ヨン様ーーーーー!キャーーーーーー!」


『ヨン様?』


――――む、間違えた。最後のは気にしないでくれたまえ。


何処と無く胡散臭い笑みを浮かべるケンに、女性達が一斉に持参したカメラのシャッターを切る。
空港内には――というかケンの脳裏には――冬の奏鳴曲を連想させる韓国語の寂しげなBGMが流れていた。
マフラーを巻いたケンが女性達に手を振ると、さらに悲鳴は大きくなり、一部の中年女性などは気を失いかけている。


――――CIAに所属し日本に赴任すればこれを現実の物にできるのだ。


「日本に行けば、これが現実に……いや、駄目だ!警察を辞めるわけには……!」


圧倒的なリアリティを持つグリシャムのイメージ映像に、ぐらりとよろめくケン。
だがその間も、女性達の声援はケンを取り囲み彼の意識を高揚させていく。


――――そうか……ならば。


グリシャムは再び目を閉じ、意識を集中させる。



――――こんな話を知っているかねッ!?


『ぬあっ!?』







その後、ケンに詰め寄せる女性達の映像が場面を変えて繰り返され、脳裏に刷り込まれた。



















「入れ。」


コンコンと扉をノックする音に、署長が応えた。
どこかボーっとした表情でケンが所長室に入ってきた。
その足取りは酒でも入ったかのようにふらついている。


「呼び出してすまないな、ケン。CIAの客にはもう会ったか?
何度お前はここを辞めるつもりは無いと言っても、まるで聞こうとしなくてな――――」


署長の言葉を遮り、おもむろに一枚の書類を差し出す。
その内容を一目見た署長の顔色が一変した。


「これは退職届じゃないか!
何故だケン、何故なんだ!?」


微妙に焦点の定まらない瞳で、ケンは敬礼する。


「今までお世話にナリマーシタ。コレカラはお国のために働きマース。」


「な、何を言ってるんだ、ケン!
おい、聞いてるのか!?――――おい!?」


カタコトの日本語で別れを告げ、ケンは署長の制止も聞かず夢遊病者の足取りで署を後にした。

















「グリシャム大佐。まさか彼を引き抜けるとは思っていなかった。
いったいどんな手を使ったんだね?君のお得意のテレパスを使ったのか?」


ここはCIA本部。CIA長官が結果を報告に来たグリシャムに質問する。
今まで何度と無く交渉に行ったのに、ことごとく断られていたのだ。
長官の顔には驚きの色が濃く浮かんでいた。


「ふむ……以前ニュースで見た、日本に韓国の俳優が来た時の映像をコラージュしたものを刷り込んでみたのですが……
予想以上に効果的でしたな。彼は現在日本語を鋭意習得中です。あの調子ならすぐに日常会話くらいならこなせるようになるでしょう。」


――人、それを洗脳と呼ぶ。
しかし『国防』という大義名分の下ならそれも些細な事なのだろう。


「そ、そうか。何にせよ良くやってくれた。
彼には君の下で働いてもらう事になるだろう。
君と共に日本に渡ってもらう事になると思うが、メアリー共々世話してやってくれ。」


「……私も、あの国には色々と思い出がありますからな。
わかりました、『ザ・リバティーベルズ』の事は私にお任せ下さい。」


その一年後、彼らは日本に渡る事になる。


















「コマカイ部分はイマイチ覚えてイマセーンが、大佐の熱い説得によりワタシは中央情報局に移る事を決意したのデース!」


胸に手を当て、晴れ晴れとした表情で天を仰ぐケン。
その隣では、サイコメトリーで読み取った『熱い説得』の真相を賢木が皆本に耳打ちしている。
それを聞いた皆本は、思わず表情を引き攣らせる。


「うちの管理官も相当アレだが、向こうの上司もとんでもねーな。」


賢木も皆本同様に引き攣った笑みを浮かべ、ぼそりと呟いていた。





















「大佐ー、どうかしたデスかー?」


「いや、ちょっとケンの事を考えていた。
彼は最初に期待してたほど頼りにはならんが、あちらには皆本もいるからな。
まあ、何とかなるだろう。本命はこちらだし。」


世界遺産を狙う、悪質な愉快犯クライド・バロウを捕らえるべく、奈良へと向かうグリシャムとメアリー。

この新幹線の中でのグリシャムの不安が的中するかは、また別のお話――――――――
GTY+初投稿&絶チルネタ初投稿です。
相変わらずメジャーなキャラを微妙に外している気もしますが……楽しんで頂ければ嬉しいです。
あ、ちなみに私はケンも大佐も大好きですよ。好きだからこそいじってしまう訳でして(笑)

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