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家庭の医学




見渡す限りの自然が存在するバベルの野戦訓練場。

ここでは毎日のように特務エスパーほか、職員たちの訓練が行われている。



『ガァァァァァ!!』



「っつーことで、いきなりだが俺を喰え初音ぇぇぇぇ!!!」



のっけから暴走している初音に向かって、明がウサギを操って与える。

今日の訓練参加者はこの2人だった。



『(がぶぅぅぅぅぅ!!)』



「(ごきっ!)はうっ」



ずるっ



首への痛みによろけた明の足が滑る。

「げっ!?」



ばっしゃぁぁぁぁぁん!!



あ、川に落ちた…。






家庭の医学






ピッ…ピッ…ピッ…



「ふむ…」

訓練の翌日、電子音が鳴り続く医療室の中で、この部屋の主である賢木がカルテを眺めながら真剣な顔つきで明を診ていた。



「……風邪だな」

「その宣言の為だけにこんな演出をつけるな」

ビシッ!と、賢木の後頭部にチョップを入れる皆本。

賢木の背後には人体に繋いでないのに鳴り続ける心電図、そして手に持っているのは何も書かれていないカルテ…。

どうやら冗談半分の診察だったようだ。

「だってよぉ〜、足滑らせて川にすってんころりん…んで風邪引くだなんて面白みも何も…」

「病は気からって言うだろうが!ほら、初音くんが不安がってるじゃないか…」

賢木が目を向けると、半泣きの状態で明の服を握っている初音が確認出来た。

ちなみに明はベッドの上で唸りながら眠っている。

「あ〜…すまん、冗談だ冗談…ただの風邪だって…」

慌てて賢木がフォローを入れる。

「ビタミン剤と解熱剤出しとくからさ、これ飲んで家でゆっくり寝てれば治るから」

「…本当ですか?」

若干の不安を残しながら初音が問う。

「本当本当」

「安心していいよ初音くん、賢木はここまでアホな冗談する奴じゃないから」

初音を安心させるべく皆本が言う。

「アホな冗談ってお前…人をなんだと…」

「帰りは僕が送って行くよ、初音くん一人じゃ明くん支えて行くのは辛いだろうしね」

よいしょ…と、寝ている明を背負う。

「無視か〜、お〜い」

「それじゃ行こうか…ちゃんと仕事しろよ賢木」

そう賢木に釘を刺しながら、皆本たちは医療室を後にした。






ばさっ



皆本は未だ眠る明をベッドへ寝かせ、掛け布団を掛けてやる。

「さてと…僕はバベルに戻らないといけないけど…、明くんのことは任せて大丈夫かな?」

心配しながら初音に問う皆本。

「はい、私が看病しますから」

「そっか…頑張ってね…
 そうだ、ウーロン茶とポカリスエットを買っておくといいよ、熱が出ると喉が渇くからね」

玄関に向かいながら皆本が言う。

「何かあったら電話してね、力になるから」

「ありがとうございます…」

「じゃ、また」

ドアを閉めて皆本は宿木家をあとにした。



皆本がバベルへ戻るのを見送って、明の部屋に戻る初音。

戻る前に水枕と濡れタオルも持って行く。

「…すぅ…すぅ…」

明は未だに眠ったままであった。

先ほどよりも呼吸が落ち着いているのは、解熱剤が効いているのであろうか。



チャポン…



水枕を明の頭の下へ置いて濡れタオルをおでこへ乗せる。

「………」

しばらくの間、初音は明の寝顔を眺めていたが明の机の上に置いてあった財布を握り締め、明の家を出て行った。






「おや初音ちゃん、いらっしゃい」

八百屋の店先にいたオバちゃんが初音に声を掛けた。

「こんにちは」

明の財布…ではなく、宿木家と犬神家共用の生活費の入った財布(普段は明が管理)を持って初音がやって来たのは、地元の商店街であった。

「ん?明ちゃんは一緒じゃないのかい?珍しいね」

「明が風邪を引いたから私が買いに来たの」

「ありゃ、そうなのかい…そりゃ心配だねぇ…」

「…おかゆとかは何とか作れるんですけど…ほかに風邪に効くのって何かないですか?」

並べられている野菜を眺めながら初音が問う。

「ん〜、うちにあるので言うと生姜湯とか…明ちゃんにはまだ早いか。蜂蜜大根とかもあるけど1日漬けなきゃ駄目だしねぇ…」

店内を眺めながらオバちゃん(本名:熊田小百合)が呟く。

「あぁそうだ、いいのがあるよ。ちょうど今日たくさん仕入れたばっかりだからお見舞いに上げるよ」

気前良く初音にそう言う。

「でね、これは…」

それからしばらくの間、八百屋『八百八』の店先ではオバちゃんからの風邪引き対策講座がされたのであった。









トントントントントン…



何処からか、テンポ良く包丁を使う音が聞こえてくる。

「うぅん…」

熱によるまどろみの中、明は目を覚ます。

「…母…さん…?」

古い記憶が蘇って来たのか、明はそう呟く。

「………」

未だに少しふらつく足取りで、明は部屋を出て行った。



「明?」

気配がしたのか、包丁を使っていた初音が後ろを振り返る。

「…初音…か?」

入り口のドアへ体を預けながら明が呟く。

「大丈夫?」

「あぁ…いくらか楽になった…悪かったな…」

「うぅん、気にしないで…。おかゆ作ったけど食べる?」

「そうだな…少しでも食わないとな…」

「じゃあすぐ持ってくから待ってて」

「ああ…」

そのまま近くにあったテーブルの椅子に座る明。

しばらくして初音がおかゆをお盆に載せてやってくる。

「はい…梅干とザーサイ、それにネギ味噌もあるから好きなの食べてね」

小皿に乗せた付け合せを置きながら初音は言う。

「…うまい…と思う…少し舌が馬鹿になってるから、はっきりとわからないけど…」

2,3口ほど、ゆっくりと食べて明が呟く。

「本当?」

「ああ、うまいよ」

「よかった♪」

喜びながら初音は明の向かいに座り、明が食べているのを眺めていた。



「ごちそうさん」

しばらくして明がおかゆを食べきってそう言った。

「はい薬」

賢木から貰って来た薬を、温めたウーロン茶とともにテーブルの上に載せる初音。

「ん……ふぅ……もう一眠りするかな…」

薬を飲み干して、明は立ち上がる。

「あ、すぐ行くから寝ないで待ってて?」

「何かあるのか?」

「うん、八百八のオバさんに風邪に効くモノを教えてもらったから」

「ふ〜ん…わかった、ベッドで横になってるわ…」

初音がごそごそと何かを準備しているのを尻目に、明は部屋へと戻っていった。






がちゃっ

「お待たせ〜」

初音が何処か楽しそうに明の部屋へと入ってくる。

「まずこれね」

持っていたお盆に載っていたタオルを明へ渡す。

「タオル?」

明がタオルを受け取るとソレは蒸しタオルではないが温かく、若干の重みがあった。

「中にね、焼いたネギが入ってるの。それを首に巻くと風邪に効くんだって」

「ふ〜ん…」

タオルを首に巻くと、確かに首元が温かくなって来て気持ちがいい。

「確かに効きそうだな…八百八のオバさんに教えてもらったってのはこれのことか?」

「うん、風邪にはネギが効くんだって。いっぱい貰ったよ」

「へ〜…気前がいいなぁ…」

「で、次なんだけど…明、背中を上にしてベッドに寝て?」

「ん?ああ…」

言われた通りにベッドに腹ばいになる。

「(ネギをいっぱい貰ったって言ってたしな…背中にネギを張るのか?もしくは塗るとか…)」

そう思いながら明が待っていると



のしっ



初音の手が明の背中を押さえつけるように乗ってきた。

「動いちゃ駄目だよ?」

「…初音?何を?」

明が初音に問うが、返答は言葉ではなかった。



ずるりっ



初音の手が明のパジャマのズボンを掴み、そのままトランクスごとずり下ろす。

「……うぇ!?」

咄嗟の事に声をあげるしか出来ない明。

どのみち動こうとしても初音に背中を抑えられているし、風邪の為に体力が落ちているので力もあまり入らないのだが。

「…まさか…」

明の脳裏に何処かで聞いた、ネギを使った風邪対策が思い浮かぶ…。

そう…あれは確かネギを…。

「やぁぁぁめぇぇぇぇろぉぉぉぉぉ!!!」

力のあらん限りに叫ぶ明。

「暴れると痛いよ〜♪」

しかし初音に押さえ込まれてしまう。

そして初音は手にしていたネギを明の………。



「いやぁぁぁぁぁ〜〜………はぅっ……………!!!」




































「…………もう……お嫁に行けない……」

先ほどの叫びから約10分後…枕を大量の涙で濡らしながら明は呟いていた。

「私が貰うから大丈夫♪」

慰め(?)の言葉をかける初音。

「うぅ…もう寝るからそっとしておいてくれ…」

掛け布団をかぶって明が言う。

「あ、その前に…」

初音は何かを思い出した様子。

「…なんだ…もうネギは勘弁だぞ…」

「違うよ、汗かいてるでしょ?」

「…そりゃぁなぁ…」

「そしたら…



 体拭かないと♪」



にこやかに、楽しそうに言う初音。

「…お、俺一人で出来るって…」

「背中とか拭けないでしょ?手伝うよ♪」

「だ、だったら背中だけ…」

「遠慮しなくていいよ…『全部』拭いてあげるから…」

うふふふふ…と、若干顔を上気させながら、タオルを持ってベッドへ近づいて行く初音。

獲物を狩るケモノの目になっているのは当然の成り行きだろうか。



「1日に2回喰われるのは嫌だぁぁぁぁぁ〜〜!!」



これだけ初音の献身的(?)な看病があれば、明の完治する日はすぐに訪れるであろう。






(了)






























―――――――――お・ま・け―――――――――



次の日―――

「…んで俺が治ってお前にうつるってお約束か…」

ネギが効いたのか、明は全快。

だが看病の際にうつってしまったらしく、昨日の自分と同じ状況に陥っている初音を見ながら明が呟く。

「ま、ゆっくり休め…今日は俺が看病してやるから」

初音の頭を撫でながら言う明。

「何かリクエストは?出来る範囲で答えてやるよ」

「うん…あ、りんご擂ったやつ食べたい」

「はいはい…」

りんごあったかねぇ…と、思いながら返事をする。

「それと…」

「ん?何だ?」



「私にも、『明にしたこと』やってね?」



「え…そ、それは…」



「『ネギ』と…『その後の事』もね?」



何かを期待する目で初音が明を見つめる。

「う…」

勿論、明の返答は…。









(了)

















―――――――――お・ま・け・その2―――――――――



「…明くんの風邪がうつっちゃったか…」

自分のベッドの上で皆本は横になっていた。

どうやら明と初音を送った際にうつされてしまったらしい。

「最近ゆっくり出来なかったからな…いい機会だからゆっくり休ませて貰おう」

ザ・チルドレンの3人はうつさないようにバベルへ隔離したので、眠ることにした皆本。

しかし、彼には平穏と言う日常は訪れることはない。



「皆本〜!看病に来たぞ〜〜!!」

「と言うわけで、ただいまや〜」

「私たちが『じっくり』看病するから安心してね」



「…お前らにうつさないようにバベルに行かせたのに、戻って来てどうするんだ…」

風邪のせいか、はたまた3人の行動になのか、頭痛がする頭を抑える皆本。

「ちゃんと賢木先生に注射打って貰ったから大丈夫!」

「せやせや」

「それに管理官から風邪対策を教えてもらったのよ」

「そーそー、それをすれば風邪なんか一発で治るってさ!」

「へぇ…『お婆ちゃんの知恵袋』って奴か…」

ぽそりと、本人が聞いていたら容赦無く吸われそうなことを言う皆本。

「で?その風邪対策ってのは、どう言うモノなんだい?」

皆本が聞くと、3人はニヤリと笑いながら言った。






「「「それは…『ネギ』を……」」」






(了)
おばんでございます烏羽です

GTY+になってから1回目、及びトータルで20作品目ということで、ちょっと気合を入れました(ぇ

え?何をやってるかって?

…医療行為です、医療行為なのですよ!!(多分

と、言うわけで楽しんで頂ければ幸いでございます(爆

でわでわ…

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