「ねえ、美神さん」
「なに、横島クン?」
赤いバンダナを巻いて、ジージャンジーパンを着ているいたってラフな服装の青年。彼が投げかけた質問に、机に肩肘をついていた女性、こちらはカジュアルな服装に身を包んでいる、は視線だけを向けて答える。
「美神さんって、好きなものから先に食べますか? それとも、最後にとっておきますか?」
「…………はぁ?」
女性のきょとんとした表情が、徐々に呆れの表情に変わる。
「いきなりどうしたの? そんなこと言い出して」
「いや、大した意味は無いんですけどね、俺って好きなものは最初に食べたり最後に食べたりするんですよね。美神さんはどうなのかなぁって」
「そうねえ……」
少し悩んでから、女性は答えた。
「私はいっちばん最初に食べちゃうわね、こんな仕事してるとやりたいことはさっさとやっとかないといつ出来なくなるか分らないし。
おキヌちゃんはどう?」
その言葉に振り向いたのは、黒い長髪の少女。掃除をしていたのか、手には雑巾とバケツが握られている。
作業の手を止めて、少し思案する少女。
「私は後に少し前まで後にとっておいたんですけど、最近は最初に食べることもありますよ?」
「へー、なんでさ?」
「学校で同じ話をしたことがあるんですけど、そのときのみんな曰くですね――――――」
『へぇ〜、おキヌちゃんって好きなもの最後に食べるタイプなんだ』
『うん、勿体無いからどうしても最後まで置いといちゃうの』
『でもそれって、モノによると思うよ?』
『どういうことよ?』
『考えてもみなさいよ、ショートケーキのイチゴを最初に食べるか食べないかならともかく、普通の食事で好きなもの最後までとっといたらお腹いっぱいになっちゃうでしょ?
お腹が空いてる時って何食べてもおいしいじゃない。そのときに好きなもの食べたら最高よ?』
『ふふん、甘いわね、別腹って言葉があるでしょう別腹って言葉が』
『……おキヌちゃんは大丈夫でしょうけど、アンタは駄目ね』
『ど、どういうことよ!?』
『あのね、いくら別腹って言ってもお腹にはちゃんと入ってるのよ、食べるもの食べてから、最後に好きなものがあると多少お腹いっぱいでも入っちゃうじゃない。
最初に好きなもの食べちゃったら、お腹いっぱいだったら無理しないで食べるの止めちゃう。そのぶん摂取カロリーが減るってワケ』
『なッ―――、ってことは! この腰の余分なお肉は! 今までの私の過剰なカロリー摂取が引き起こした人害!?
き、決めたっっ!! 私も好きなものは最初に食べる!! それで食事を残しまくりよっ!』
『そ、そういうことを言いたいんじゃないと思うけど……』
『んー、まあそういう考え方もあるってことよ。好きなものばっかり食べてればそれだけで幸せだってワケじゃない、乙女の悩み所よね〜』
『うーん……私も食べる順番考えたほうが良いのかな……?』
『お〜キ〜ヌ〜ちゃ〜ん、そんな事言うのはこの口か? このこの』
『ダイエットとは縁遠そうな体で羨ましい限りよね〜』
『ひ、ひょっほ、なにふるふぉ!!』
「――――――って話だったんです」
「へー、なかなか興味深いわね」
顎に手を当てながら再び考え込む女性。少し困ったような表情を浮かべている少女も、どこか思うところがあるのだろう。
「いやぁ〜、二人ともそんなこと考えることないですよ! 見えるところにも見えないところにも余分なお肉なんて付いてません! 俺が断言しても良いです!」
「そ、そう? ま、アリガトって言っとくわ」
少し顔を赤らめながら視線を逸らす女性。だが、直ぐに何か思い当たったようで青年に向き直る。
「横島クン、なんでそんなことわかるのかしら?」
「そりゃーもー美神さんのお体をついこの前拝見したか……ら……」
「ほ〜〜う、ついこの前?」
女性の眉根は寄せられ、こめかみには血管が浮き出てくる。そのの背後からはどす黒い瘴気が立ち上ってくる。擬音にするなら、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
己の失言に気付いた青年は、最早蛇ににらまれた蛙のように逃げることもできない。
救いを求めるように少女の方を見やるが、少女の背後にもオーラだか闘気だかなんだかが立ち上っている。擬音にするなら、ドドドドドドドドドドド。
まるで顔に張り付いているような笑顔のまま、少女は言葉を紡ぐ。
「横島さん、正直に答えてくださいね?」
「ひゃ、ひゃいぃぃいい!!」
恐怖、恐怖、恐怖、恐怖、恐怖に全ての感情を埋め尽くされた青年にあがらう術はもう無い。
「私のも、見ちゃいました?」
「――――――実は不可抗力で……」
青年の言葉を聞き、改めて笑顔を浮かべてから少女はおもむろに差し出した右手でサムズアップ。
そして、その右手をそのまま上下逆さまにする。その動作の意味するところは――――――!
「死刑、執行ね。覚悟しなさいよ横島クン……?」
「しっ、しょうがなかったんや〜〜〜〜!! 男として理想郷が目の前に広がってるのに足を踏み出さないわけにはいかないんへぶりゃぁあぁああ!!!!!!!」
「黙れぇええええ!!!! 今日という今日は勘弁ならん!!!!
その煩悩を、このGS美神令子が、叩きなおしてあげるわッッ!!!」
響く絶叫、爆発、様々な家具の破壊、飛び散る窓ガラス。
あえて擬音にするなら、ぎゃああああどかーんばきばきーばりーんちゅどどーんずがずがー。
もう意味がわからない。
「ま、今までの話はこの後の話と関係ないんだけどなぁ……」
これは、少女の一人言である。
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「はぁぁ…………」
事務所までの距離、およそ20メートル。こんだけ近くにいるのに、俺は電柱に寄りかかって立っていた。
もう30分以上ここにつっ立ってるって断言できる。
「はぁぁ…………」
もう何回目になるかもわからない溜め息。
少なくとも、ああ少なくともだ。俺には今日やるって決めたことがある。
美神さんに頼みごとを一つする、たったそれだけのことを俺は今日やるって決意したんだ。
別に無茶な頼みってわけじゃない。
そうさ、理由も細かく一晩かけて考えた。何度も練習したし、言い訳もしっかり用意した。
これ以上の布陣は無いと言える程の準備万端、家庭円満。
だから問題無い、問題無いはずなんだ。
普段何割かしか使っていない人間の脳みそを、これまた普段何割かしか使わないこの俺がフル回転させたんだ。
しっかり話せば分かってくれる人……だと思う。
俺が本気で頼んだことを断るほど鬼じゃない……筈だ。
理不尽に殴ってきたりなんかしない……よな? きっとしないよな?
……………あ〜、駄目だ。
(………怖いもんは怖いよなぁ)
なんてったって相手はあの美神さん。もし、万が一、いや百が一か十が一。怒らせたら間違いなく俺は血の海に沈むことになる。
舞い散る鮮血、飛び散る肉塊。事務所の床と望まぬ苦い血の味の口付けをかわす、俺への止めのストンピング!
白目を剥いて地に伏す俺、そしてそんな俺を見下ろす美神さんの羽虫を見るような視線。
リアルに、そして容易に。此れ迄の経験をもとに想像することは今の俺には朝飯前よ。普段朝飯食わんがな。
ソレを想像しただけで背筋にゾクソクと恐怖が―――――恐怖だけか? Mか、俺Mなのか?
…………いや、そんなことはどうでもいいんだ。
大切なことは一つだけ。美神さんに、頼みごとをする。それさえできれば、後は良いんだけど。
その一つをこなすのに、海よりも深く山よりも高いような障害がありましてですねぇ。
ぅぅうう、んんんんん、はじめの一歩が踏み出せない…………。
「ああああああ、俺のいくじなしぃぃいい!!」
昔の似たようなケースで、俺は結局ボロボロになってるし。
なんだかんだで、前と同じ結果になるかもって思いが着々と俺のやる気を削いでいく。
電柱に体を預けて、真上、九十度、どこまでも続くように見える青い空を仰ぎ見る。
本当に、雲ひとつ無いように見える。本当はそんな筈無いのに、俺の目には雲ひとつ無いように見えるんだ。
青に白の混じった模様のある空より、ただひたすらに青く輝く空のほうがより心を押しつぶそうとするのはどうしてだろう。
深い意味なんて無いのに、たまたま空を見ただけなのに、得体の知れない何かが俺に語りかけてくる。
『今の空に濁りはないんだよ。お前の心に濁りはあるの?』
決まってるだろ、人に有ります百八煩悩。俺はその数倍は煩悩に満ち溢れてるって言って良い。
そんなヤツの心が濁っていない筈がない。
募金する美神さんより、胸の大きい小竜姫様よりもっと有り得ない。
……また考えが逸れたな。そんなに俺は美神さんにこの頼みごとをする事が嫌なのか?
無意識に話題を変えようとしてる、みたいなもんなのか?
まあ、待て、待て。もう一度だけ、もう一度だけこの場で深呼吸してみよう。
それで心を落ち着かせて、そしたら事務所に入ろう。
そしたら、今度こそ行こう。行って話をつけよう。
そんな自分に言い聞かせてるみたいな考えは、禁煙したときの後一本、朝の布団の中での後一分、カジノで負けた時の後一回、そんな考えに似てるって思いつつ。
深呼吸、息を吸って〜、吐いて〜、ゆっくりゆっくり。
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『お金で買えない価値はある?』
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全世界の人々が自分の命の心配をしていたとき、全宇宙は存亡の危機を迎えていた。
後少しでも天秤の針が傾いていたなら、結果はまるで逆のものとなった。
誰も知るわけが無いのだろう。ニュースで事件を見て、迫り来る熱線と放射能に怯えていたその瞬間にも、痛みも感じずに自分が消滅するかもしれなかったなんて。
人の、魔の想い、そして執念、バナナ、一斗缶、これらが運命を左右した。
その結果、宇宙は今までの形のまま其処に在るし、地球は今でも60億の人間と、神族魔族と共にまわっている。
世間一般で言う核ジャック事件。魔族アシュタロスが宇宙に対して起こした反乱の後、暫く霊達の活動は沈静化していた。
コスモプロセッサ、究極の魔体、それらが引き起こした不自然かつ大量の霊波が雑霊達の活動を抑制していたからだ。
今でこそじょじょに霊達は活発化し再び事件を起こし始めたものの、その数はかつてと比べるとやはり見劣りする量。
そしてそのことに、世の中のGS達は複雑な表情を浮かべずにはいられなかった。
事件が起きないと言うことに悪いことは基本的には無い。それだけ人が傷ついたり、損害を被っていないということだからだ。
だが同じように、事件が起きないと言うことはGS達の御飯の食い上げを意味することになる。
事件を解決することを生業にしているが故に、事件が無ければGSとして働くことが出来ない。つまりは、収入が減るというわけだ。
いずれほぼ完全に元の状態に戻るとはいえ、蓄えの無いようなGS達にとっては死活問題だ。
そしてそのGS達を悩ませる問題からは、いかに美神令子と言えども逃れることが出来なかった。
いや、実際彼女の生活は切迫しているわけではない。彼女には蓄えは十分すぎるほどある。
だが、金銭に人一倍価値を見出す彼女からすれば、儲けが減ったと嘆く種であると言う意味で影響を受けることになった。
今週に入ってからは、彼女の事務所の電話が依頼を伝えたことは一度も無い。
普段なら仕事にでている時間に、事務所で皆ぼうっとしているのもそれほど珍しい光景ではなくなってしまった。
美神令子、氷室キヌ、タマモ。以上が今美神徐霊事務所にいるメンバーだ。
ちなみにシロは里に帰っている。長老がギックリ腰になったとか何とかで、御見舞いに行ったからだ。
「横島クン、遅いわね」
所長、令子が呟くと、椅子に座ってポケッとしていたおキヌが我に返って時計を見る。
タマモは上の階の部屋で昼寝の最中だ。
「今日は横島さん学校に行ってますから。何かあって少し遅れてるんじゃないですか?」
横島のGSと学校の板挟みは、前ほど仕事が多くなくなったせいで、多少ましになっていた。
むしろ今は、学校に重点を置いていると言っても過言ではない。
進級が危ないことも相変わらずなので、ここ最近は居残って勉強をすることも多い。
多少(本当に多少だが)真面目に勉強する横島に教師達や友人達も応えている。ノートを見せたり、一緒に勉強したり、放課後の補講などがその代表だ。
だから、最近多いパターンである、学校で居残っている状態なのではとキヌは考えた。
「でもねえ……、もし居残りなら今までは事前にちゃんと私に言ってきたじゃない。それに昨日に今日大切な話があるってわざわざ言って
きてたのよ?」
昨日、横島はいつになくマジな表情で令子を呼び止めたのだった。曰く、明日大切な話があると。
久しぶりにマジな横島を見たせいで令子は、固まってしまった。だらけた表情からの突然のギャップに、令子は当然眉根を寄せ、横島の正気を疑った。だが、当の横島はいたって真面目で。
まあわかったわ、と令子が返してその場は終わった。
その夜、令子は令子なりに考えた。
もしかしたら彼は何か悪いものを食べたのかもしれないし、頭を打ったのかもしれない。はたまた、偽者かもしれない、更に、もしもしもしもしかしたら、本当に何か話があるのかもしれないし。
どちらにしろ、少し医者に連れて行くべきだろうか。
そんなことを考えていたものだから、熟睡できるわけが無い。今、令子は機嫌が良いとはいえなかった。
そんな彼女曰く、当然横島は時間通りに来るのが当然であり、私への話を何より優先するのが筋ではないのか、と。
令子は漠然としたいらつきを覚えていた。多少気分に左右されてはいるものの、この気持ち、理不尽でもなんでもない。
学校から即来たならば、一時間前にはもうここに到着しているはずだ。だが、居残っているならば最低後一時間は横島は来ない。
令子は、もしや彼の身になにかあったのでは、と一瞬想像する。が、即座にその考えを打ち消した。
彼は三界でも希少な文珠使いだ、多少のことなら逃げおおせてくるだろうし。
なにより令子には彼が困難に巻き込まれていることを想像できても、彼の身に何か起きて彼がいなくなる、率直に言うと死んでしまうことが想像できなかった。
(全く、こう言うところでまで中途半端な心配をかけて……)
だから、令子は心配すれども、慌てはしない。これも一つの彼への信頼の証だから。
「お話ですか? 何かな……」
顎に手を当てて考え込むキヌ。
「…………ルシオラ繋がりのことじゃないかしらね」
「あ…………」
友情や親愛を別にした場合、横島は常に冗談じみた一方通行のセクハラを繰り返していた。
そんな彼に明確な愛情を示し、更に横島自身も冗談抜きに、だがまだ拙い愛情を示した相思相愛の相手が、ルシオラだった。
悲劇的な結末を迎え、一度は諦めかけた彼女は少し前に見事に復活、今は妙神山で静養中である。
おキヌは頭を抱えた。
少し考えれば分かるはずの事だったのだ。ルシオラが復活したら、当然横島の生活サイクルは相当変わるだろう。
一時期ルシオラと横島が同棲していたときのことが何よりの証拠だ。あの時は、一時だったが今度は永遠とは言わずとも時間は保障されている。
そうしたときに、自分の気持ちをどう整理すべきなのか、おキヌは自問するが答えは出ない。
「…………なんの話でしょうね」
「だから、私は多分ルシオラの事だと思うわよ」
「あ、いや――――」
そうじゃなくて、と、おキヌは呟く。
「ルシオラさんの話だったらなんだろうって」
「――ああ、そういうこと。
うーん、まだルシオラの話かどうかは分からないし、暫くは待ってみましょ。まだ何の話か決まったわけじゃないし」
そうですね、と返事をしたキヌは、令子は令子でいつになくそわそわしていることに気付いた。
おキヌ自身も虫の知らせのようなもの、何だか嫌な予感はしたが、実際何の話かは分からない。
取らぬ狸の皮算用の反対、ネガティブ思考になってしまっている。
彼女が頭を振って、その話を頭から追い出した所で、ドアが開いた。
「ふぁぁあ、……おはよ」
今頃昼寝から覚めたのか、タマモが奥の扉から出てくる。眠そうに目を擦っている仕草を見て、令子は少し呆れる。
まぁ何と言うか良く寝る子は育つと言う言葉が彼女の脳裏に走った。
「あら、遅かったわね」
「ん…………、げ、もうこんな時間?
それはそうと、ヨコシマいないわね」
首を左右にきょろきょろ振って事務所の中を見回す。
当然ながら、横島の影すらも見付けることが出来るはずがない。
「多分学校にいるんじゃないかって、今美神さんと話してた所だったの」
「ふーん、まあ良いけど。今日も仕事は無し?」
あっと言う間に横島に対する興味を失ったタマモは、次いで令子に質問を投げ掛ける。
「そーよ、帳簿とか書類仕事が少ないのは楽だけど…………、今考えるとアレはアレで幸せな苦労だったのね」
「もう十分お金持ってるじゃない、何か買いたいものでもあるの?」
「んー、私が今買えないものの方が少ないでしょ。
まあ今度精霊石仕入れたら多少減っちゃうけど」
彼女の資産は公式には、うン千億とされている。
詳細は不明。
「わっかんないわね、何でそんなにお金好きなわけ?
人間がお金好きななのは知ってるけど少し異常よ」
「そんなこと言われても……、お金はお金だから好きなのよ」
「まあタマモちゃん、私は美神さんとお付き合い長いけど、ちゃんと理由もあるから」
「へえ、どんな理由?」
「え、えっと…………」
人は、心によりどころ無くして生きてはいけない。
自分が信じる、頼る、すがる何かを心に決めて生きていく。強さであったり、恋人であったり、物であったり。
子供の頃は、誰であろうとその頼るものは十中八九親であるはずなのだ。
しかし、令子は仮にも一度親を亡くした。本当は違うのだが、少なくとも本人はそう思い込んだ。
だから、心は揺らがない何かを無意識に求めたのだ。
それが令子の中では、今世界で最も分かりやすく強い物、金銭だった。
金銭そのものに対する執着という形に、頼るものを見い出しているようにおキヌは感じていて。
これだけ長い付き合いだ、徐々に相手のことを予想するようにもなる。
まあ、唐巣神父の下での反動だという可能性に苦笑を漏らしつつ。
だから、美神さんがお金好きなのは、寂しいからよ。
――――等と本人の前で言える訳がない。
「ま、まあ色々あるのよ」
「ふーん、まあいいけど」
再び出そうになった大欠伸を堪えながら、タマモはお腹に手を当てた。
「…………なんかお腹空いちゃった」
「寝て食って寝てなんて良い生活してるわね」
「わ、私が何か材料買って来ましょうか?」
顔をしかめた令子を見て、おキヌが慌てて提案する。
「あ、お揚げさんお願い♪」
「美神さんは何かいりますか?」
「私は大丈夫。悪いわねおキヌちゃん」
髪をかき上げながらの令子の声に、おキヌは笑顔で答える。
「全然へーきです。じゃあ行って来ますね」
レシートお願いねー、という声を背に受けながら、事務所の階段を降り、外に出る。
そして10秒も歩かないうちに、先ほどまで話題に出ていた横島が、電柱の横に頭を抱えて蹲っているではないか。
しかも何かしらブツブツと呟きながら。
思わず声をかけることが躊躇われたおキヌだったが、なんとか気を取り直して改めて横島に近付く。
「よーこしまさん!」
「うひゃうぉぇっッ!」
よくわからない叫び声をあげながら横島の体が爆ぜた。
もとい、跳ねた。
「――――お、おキヌちゃんか、びっくりしたさぁ」
「なんでかねー、こんなとこにいるさぁ?」
ちなみに二人を含めた美神除霊事務所での最近のブームは沖縄だ。
ちなみに物語には関係ないさぁー。しーくゎさー。
ちなみに間違ってても気にしないでほしいさぁー。しーくゎさー。
「いや、ちょっと色々あってさ。おキヌちゃんはどうしたの?」
「タマモちゃんがお腹すいたって言ったんでお買い物です。どっちにしろ今日か明日に行くつもりでしたから」
「そっか、ごくろーさま」
大変だねーと笑う横島を見て、おキヌには考えが浮かんだ。
「あの……よ、横島さん…………」
「ん、なに?」
深呼吸してからおキヌは言葉を発する。
「折角だからお買い物についてきてくれませんか? ほら、今日は色々買い込むだから荷物持ってくれると嬉しいな、なんて…………」
うん、中々悪くない理由だ、とおキヌは自画自賛。
折角だから、なんて素晴らしい言葉なの!
彼女は心のなかで叫んだ。嗚呼、コンバット焼きビーフンの人、ありがとう!
当の横島は横島で少し考えた後、その合理的に事務所に入る時間を延ばせる提案に、一も二もなく飛び付いた。
「おう、任しとけ!
荷物もちなら俺はプロ級だよ!」
「じゃあ、先ずはお味噌から買いに行きましょうか」
内心狂喜しつつ、だがそれを隠しながら横島を促す。
「ああ、りょーかい。
そういやさ、おキヌちゃんと出かけるのって久しぶりだね」
事務所から離れていくことに安堵を覚えながら横島は話題を振る。
「そうですね、少し前までは魔族とか神族とか色々ありましたし、最近は横島さん学校によく残るようになっちゃったから……」
「あー、それはあるかな、留年はまずいし」
「あ、あんまり切迫感無い所が横島さんらしいですね……、でもこのままGSになるんですか? あ、お母様が駄目って言ってるんでしたっけ?」
「んんん、確かに良い顔はしないだろうけど、まぁそれは何とかなるよ。ただ……」
おキヌは少し、嫌な予感がした。
先ほどにも、嫌な予感はしていた。
「GSにこのままなるかどうかってのも、少し考えてるんだよな」
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