18021

父 返す

『 父 返す 』





「いやー。また令子とこうして会えるとは思わなかったよ。」

鉄仮面で表情が半分隠れていても令子の父の美神公彦が心底嬉しそうなのはわかる。
なにしろ仕方なかったとはいえ実の娘に母が死んだと嘘をつき、それを隠し通していたのだから。
思春期の娘を半ば突き放すようにしたのは世界のため。
しかしそれが彼の本意ではなかっただろうと言うのは今の様子をみれば用意に想像がついた。

こうして事務所の応接間で仲間 ─それはもう一つの家族と言ってもいいだろうが─ に囲まれて照れくさそうに微笑んでいる娘を見てこっそりと安堵の息を漏らすのも父親の心情なのだろう。

「パパこそたまにこっちに帰ってくることになったんだから……ま、まあ暇な時は遊びに来てもいいわよ。」

「ああ…そうさせてもらうよ。」

仲の良いヤマアラシのように不器用にお互いの距離を確認しあう父娘を見ている事務所のメンツの顔にも笑みが浮かんでいる。
この親子に何があってどうなったかは詳しくは知らないが、好むと好まざるとにかかわらず人の心を読んでしまうという彼の特殊な能力のことは知っている。
そしてそれが思春期の娘との間に垣根をつくったであろうことも想像がついた。
そんなわだかまりが、今、春の雪解けのように静かに溶けていこうとしていた。

「ところで…実は預かっていたものがあるんだが、そろそろ令子に返そうかとおもってね。受け取ってくれるかい?」

「え? なに?」

この無口な父親に自分はなにか預けただろうか?と首を傾げる令子の目の前に公彦はコップに残った麦茶を飲み干してカバンの中から取り出した一冊の古びた本をおいた。

「これは?」

「ああ…君のアルバムだよ。」

何か不審が?と聞き返す公彦を訝しげに見やる令子だったが、ふいに何かに思い当たったのか顔から血の気が引きはじめた。

「アルバム?・・・・・・・・・って…まさか!!?」

「ああ…君が赤ちゃんの頃のアルバムさ。研究でなかなか会えない私が君との絆を確認するために特別に編集したアレだよ。」

「いやぁぁぁぁぁ!! 捨ててっ! そんなの持ってこないでえぇぇぇ!!」

涙を振りまきつつ首をブンスカと振る令子の姿はまるで子供のようである。
そもそも自分の子供の時の写真なんて大人になってから見返すと恥ずかしいものであるものだ。
ある程度、年を重ねてしまえば別な感慨もあるであろうが、過去を懐かしむには彼女はまだ若い。
今更、おしめをしていた時の写真なんか、こんな好奇心旺盛のお子様狼やキツネがいたり、天然ゆえに悪気無くボケをかましてくれる元幽霊の少女がいるところで晒して欲しくは無いものだろうと言うことは横島でもわかる。

だけどそれにしては令子の嫌がりようは尋常ではなかった。
何しろ悪霊と命がけのやりとりをしても滅多に顔色を変えない彼女が今は真っ青を通り越して紙の様に白くなった顔色でうろたえまくっているのである。

つまり

「このアルバムになにか秘密があるんですね! それを知れば美神さんにあーんなことやこーんなことを要求し放題!!」

「待てえっ!」

ジャンプ一番、猛禽の速度をもってアルバムを奪おうとする横島を突き上げるようなアッパーが迎撃する。
足元から立ち上がる勝利の虹に包まれて天井に突き刺さる横島に追い討ちをかけようとした令子だったが、彼女の父は何が楽しいのか愉快そうに笑いながら令子を羽交い絞めにした。

「パパっ! 離してっ! あの馬鹿は死ななきゃわかんないのよ!!」

「おいおい。物騒なことを言うもんじゃないよ。見られたっていいじゃないか。赤ちゃんの時の写真ぐらい。」

「駄目えぇぇぇぇ!!」

もはや血涙を流さんばかりの令子の声にビビリつつもそこはそれ好奇心というのは中々に強いもので、おキヌとてそれは例外ではなかった。
公彦が令子を抑えている間にテーブルに置かれたアルバムを手にとって見る。
それはかなりの年月を感じさせたが意外なほどに厚みが無かった。

「おキヌ殿、拙者たちにも見せるでござる。」

「駄目だってばぁぁぁぁ!!」

「あの美神に赤ちゃんの時があったってのも信じられないけどねー。」

「なんですってえぇぇぇ!!」

「さあおキヌちゃん、早く!」

「横島あぁぁぁっ! あんたいつの間に復活したあぁぁぁ!!」

ジタバタと暴れる娘を羽交い絞めにしている公彦に不思議なものを感じつつ、おキヌは好奇心に負けてアルバムを開くと中を覗きこんでそのまま固まった。
「どうしたのおキヌちゃん?」と覗きこんだ横島もその横に立つタマモもシロも同様に固まって、まるでギリシャの魔物メデューサと出会ってしまった盗賊のようである。

「いやあぁぁぁぁぁ! 見ないでえぇぇぇぇ!! そんな私を見ないでえぇぇ!!」

「あ、あの…美神さん…これって…」

「あううぅぅぅぅぅ…知られたくなかった…知られたくなかったのにいぃぃぃ!!」

力が抜けたか器から飛び出したトコロテンのようにぐんにゃりと父親の拘束から抜け落ちた令子にシロの無邪気な声が追い討ちをかける。

「先生…人の赤子とはみなこのように面妖な形をしているのでござるか?」

「アホ、んなわけあるか。ひのめちゃんを見ればわかるだろ。」

「でも…これってどうみても人間じゃないわよ?」

「そうですよ横島さん。これってなんですか?」

「あ、ああ…これはな…」

やるせなく言葉を切った横島をゴクリと喉をならして見つめる六つの目。
そして跪いたまま滝のように涙を流す二つの目。
それを優しく見守る父親の目。

それらを感じつつ横島は大きく息を吐き出した。

「ゼニゴンって言う怪獣だ…」

確かにそこに張られていた写真は紛れも無くゼニゴンそのもの。
大昔、まだテレビが白黒だった頃、子供たちを恐怖のどん底に叩き込んだ守銭奴怪獣「ゼニゴン」
日本中の金を食い荒らそうとしたものの、勇敢な両替機と相打ちなり三原山の火口に落ちて死んだはずの怪獣。
それが若い頃の美智恵に胸に抱かれている。
微笑んでいるかどうかは定かではない。
なにしろゼニゴンの表情を読み取るのは光の国の超人でも無理だろうから。

「あ゛う゛うぅぅぅあ゛ぁぅうぅぅあ゛ぁぁぁ…知られたくなかった…横島君だけには知られたくなかったのにぃぃぃ!!」

「いや…あの…美神さん…これが美神さんなわけないじゃないですか…」

「だってだって…その写真に…」

「あー。確かに令子1歳って書いてありますね。」

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁん!! 知られたーーーー!! 私が1歳8ヶ月までゼニゴンだったことをーーー! 」

床に伏せて慟哭する令子を気の毒そうに見やって横島は無言で立っていた彼女の父親に目を向けた。
どこか呆然とした様子の公彦は横島の視線に気がついて慌てて目を逸らす。
その様子はとても怪しい。

「あの…このアルバムはなんです?」

「あ…いや…まあ…ちょっとした冗談のつもりで娘の写真をゼニゴンと合成してみたんだが…まさか今まで信じていたとは…」

鉄仮面ごしにも汗をかいているのがわかるほど公彦は動揺しているようだった。

「あっはっはっは…とっくに冗談だと気がついていたとおもっていたんだが…」

とのたまう公彦の後ろには炎を纏った修羅が神通棍を構えて立っていて。
その形相と迫力に気の弱いおキヌはすでに意識を手放し、シロタマは部屋の隅でガタガタ震えながら命乞いの準備をはじめ、横島が脱出経路を模索してたりする。
公彦はと言えば鉄仮面越しにさえビンビン伝わる必殺の気配に完全に砕けた腰で震え始めていた。

「れ、令子…落ち着いてくれ! 家庭内暴力はいかんぞ!!」

「やかましいっ!! 二度と来るなボケ親父ぃぃぃぃぃ!!」

こうして公彦はゴルフボールよろしく窓からたたき出され、この親子の距離はまたちょっとだけ遠ざかったそうな。



おしまい




後書き
ども。犬雀です。
えー。サイト開設おめでとうございます。
とりあえずお祝いの意味で…ってまた微妙な話を…。
なにはともあれサイトのご隆盛を心からお祈りいたしております。





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