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衣替え

 夏の太陽光線がひときわ強く地上に注ぐ、

 道を行く少年の足取りは重かった。

 事務所の扉を開いて、ひんやりとした空気。

 もう一歩踏み込んだら、生き返った気分だった。

 全身の汗が確実に引いていく。

 外とは全く違う清涼さが空間を支配していた。

 エアコンで冷やされたものとはまた違う、特別な冷却を行われた空間。

 霊的な制御で、周囲の空気を管制する、建物を統括する人工幽霊壱号の努力の賜物だった。

『横島さん、こんにちは』

「よぉっ人工幽霊」

 建物の呼びかけに、慣れた感じで挨拶を返す赤バンダナの少年。夏の暑さから身を守るため、上はスポーツシャツの下は短パンというラフな格好。

「美神さんは居てるのか?」

『オーナーはただいま外出中です。今日は遅くなるようです。事務所にはおキヌさんだけですね』

「ん? シロとタマモも居ないのか?」

『今日は隣町のスーパーで特売日だそうです……ドッグフードと上質油揚げの……』

 ……なんなんだ、そのやたらと客を選ぶセレクションは?

「……そこのスーパーの食材担当者に色々聞いてみたいことがあるな……」

 いずれにしても、居候の犬神2匹も外出中らしい。

 もっとも横島にとってはこのクソ暑いのに「せんせぇ、サンポにいくでござるっ!」と言われてはたまらない。

 今日という日に限って言えば、シロがいないのは助かった。と思わないでもなかった。

 薄情とは言う無かれ、ひとたび彼女のサンポ魂に火がついたが最期、箱根の山を越える事になってしまいかねないのだから……。

 拉致される横島にとってはたまったものではない。たまには休ませて上げるのが人情というものだろう。

 しかし、まぁ、バイトの出勤日でも無いのにここに来てしまうというのも、いかに彼にとってこの場所が日常に近い場所なのか計り知れようというものだった。

「ま、いっか」

 事務所には最大の良心とも言える黒髪の和風美少女がいる。家事堪能で優しい彼女のことだ。少年の空腹を満たしてくれるに違いない。

「おキヌちゃんはどうしてんの?」

『あ……ただいまお取り込み中のようですが?』

「ふ〜ん、そっか。じゃぁ、俺はリビングにでもいるかな〜」

『はい、どうぞ』

 リビングへの道を通されて、横島はソファでゴロンと横になった。

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 その鏡の中には、長い艶やかな黒髪がよく似合う和風美少女。

「う〜、やっぱり少し大きすぎかなぁ……」

 室内には何とも切なくやるせない声が小さく溶けていった。

 少女は途方にくれていた。

 部屋にある鏡は身だしなみを調えるためのもので、バストアップまでしかうかがうことが出来ない。

 だが、現在がどういう状態なのか……それはよく分かってしまっていた。

 身に纏った巫女服……彼女の霊衣とも言うべきもので除霊においては欠かすことの出来ない呪的アイテムでもある。

 思春期真っ只中のおキヌは、今まで使い慣れていた巫女服にやや息苦しさを覚え始めていた。

 あまりサイズの合わない服ではいざという時に支障が出てしまう。

 ならば、と思い切って新たな服を購入したのだが……。

「ちょ、ちょっと大きすぎですね」

 試着と言うこともあり霊力の通りを確認するため、下には何もつけていない。

 なので、自分の胸元を覗いてみると、開けた隙間から乙女の柔肌、神秘の谷間が見えて、思わず頬が真っ赤に染まってしまう。

 そして、裾は……心持ち余し気味である。

 なにぶん高校2年生、今後の成長も期待した仕立て仕様だったのだが。

 どうにも思いの外、現在の寸法より大きかったらしい。

 どうしようもないほどではないのだが……これでは、下手するとちょっとお色気仕様になってしまう。

「うぅぅぅっ、これは美神さんに相談したほうが良いですよね……」

 軽く半泣きになって一人ごちた。

 もしも……もしもこの巫女服で現場に行ったら……。

『きゃぁっ』

 とか言ってはだけた上着を押さえこむという、ドキドキ胸々な世界をおキヌが作り出してしまいかねない。

「あ……でも、もしかしたら、横島さんは喜んでくれるかなぁ……もし、もしそうなったら、そうなったら……きゃーっ!! 私ったら、私ったらっ!?」

 イヤンイヤンと真っ赤になった顔をブンブン振り回していた。

 妄想モードが発動してしまった様子である……ちょっと、横島に毒されてないか?

『お、おキヌちゃん……』

 脳裏には、2割り増し男前になった横島がおキヌをじっと見つめていた。

 ドキドキドキ

 高鳴る鼓動は抑えられない。

『おキヌちゃん……俺は、俺はもう……』

 両肩に手を添えられて引き寄せられるイメージ……。

「そ、そんな、ダメです横島さん……私、まだ心の準備が……でも、横島さんがそんな風に見てくれてるだなんて……あぁ」

 頬を染めてしばし部屋の中一人で身をくねらせる。吐息に少し甘いものが混じっていた。

 ちょっぴり焦点の合わない瞳で、それでも冷静に思考をまとめる。

「……ちょ、ちょっとだけ、姿見鏡で見た方がいいですよね?」

 頭の中で進んだ物語に従って……相手に自分がどのように見えているのか興味は尽きなかった。

 鏡の中の自分に向かって呟く、何故だか大義名分を自分に言い聞かせているようにも見える。

 頬を上気させたまま部屋の扉を開けて、

 姿見鏡のあるお風呂場は……まぁ、近くではあるんだが、

「ちょっと、お茶を飲んでから……」

 少し暴れすぎたようで喉が渇いていた。

 脱衣場に行けばもっと暴れそうな気はする。

 第六感で察したのだろうか? それとも別の何かが導いたか彼女の全身はまずは水分を要求していた。

 ともあれ、歩きなれた事務所の中、私生活は人工幽霊も覗くことは無い。

 だから、この階でのおキヌの行動は握できていないわけで、少女は誰の咎めも無く巫女服姿で闊歩していた。

 トントントン、カチャッ

 階段を下りてリビングの扉を開く、

「あれ?」

「あ、おキヌちゃん」

 目線の先には先ほどまで少女の妄想劇場に登場していた少年の姿があった。

『あわわわわわわわっ、よ、横島さんがっ、横島さんが居るなんて〜』

 上気したおキヌには気づかない朴念仁はまったく別のことに意識が向いていた。

 そんな危機的状況も横島が近くに連れて急角度に上昇中である。

「あ、その服」

「え?」

 先ほどの妄想で見つめられた事を思い出して硬直してしまう。

『あぁぁぁぁ、今、あの服のまま〜』

「そっか、新しい巫女服できたんだな」

「え? あ、は、はいっ、そそそ、そうなんです」

 思わず隙間から中が見えないか焦ってしまう。

 ……繰り返すが試着モードだったため……現在、下着をつけていない。

 更に言えば、現在の服は『大きめ』である……当然隙間も……。

 心臓はひたすらバクバク高鳴ったまま、少女はワタワタと返事している。

 胸元から柔肌が目立たないようにと焦るが、かえってくねくねして面妖な動きを醸していた。

 横島は「?」を浮かべつつも、

『まぁ、新しい服がきて嬉しいんだろうなぁ……』

 とか考えている辺りが、朴念仁であろう。

『そ、そうだ。この服から……普段着にするって言えば』

 そうこうしているうちに、おキヌの脳裏には何とか方策を打ち出すだけ冷却が進んできていた。

「そ、それじゃ、横島さん少し着替えてきますねっ」

 真っ赤な顔を何とか落ち着かせようと努力しながらおキヌは取って返そ……

「あ、ちょっと待っておキヌちゃん」

「は? え?」

 と、言う瞬間に呼び止められてしまった。

 思えば、このとき立ち止まってしまったのが運のつきといえよう。

「せっかくだから俺にもその新しい服よく見せてよ」

 と、満面の笑顔でのたまった。

 ボフンッとおキヌの顔が耳まで真っ赤に爆発した。

『見せて……え? 見てしまうんですか? 私、今は中に何も着けて無いのに、服は大きめなのに』

 意味が脳みその隅々にまでいきわたって、

「え?  えぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇっ!!」

「そ、そんな悲鳴上げんでも……」

「そそそそ、その、今は駄目ですっ」

 顔を真っ赤に染めながら凄い剣幕で食って掛かる。

「え〜、可愛いのに」

 横島は何の気なしに言っていた。

 いつもと基本は同じだが……同じなんだが、つい言っていた。

 更なる燃料投下でおキヌの顔は極限といえるほどに赤く染まる。

 おキヌは完全に茹で上がった顔で、一瞬ボーっとしてしまい。

『か、可愛い? って私がですか? 本当にそう思ってるんですかっ』

 思わず胸の奥から熱いものが一杯に……

 ハッと気が付く。

 これはまるで……

『おキヌちゃん、俺は……俺はもう……』

 先ほどの妄想劇場がリフレインしていた。

『あぁぁぁぁぁぁああぁぁぁっ』

 おキヌの頭の中はすっかりそのことで一杯になってしまった。

「おキヌちゃん大丈夫?」

「へ?」

 気づいたら……横島は目の前にいた。

「は? え? はぇあぁぁぁぁっ」

「なぁ、ホントに大丈夫なのか」

 心配げな横島、他意の無いその瞳さえも……今のおキヌにとっては刺激物。

 ぐ〜るぐ〜ると目が回る。

「ら、らいりょふですぅ、ちょっと、部屋に……戻りまふ」

「送ってくよ」

「ひゃっ、ひゃぃぃぃぃぃぃっ!?」

 思わず悲鳴を上げてしまっていた。

「いや、だって心配だし」

「いえ、だ、大丈夫ですからっ」

 と、その瞬間、

「あ……」

 と、数歩たたらを踏んで……袴の裾を踏んづけていた。

 グラッ

「あ、あわわっ」

「おキヌちゃん危ないっ」

 と、手を伸ばす横島も

 羽織の裾をつかんでしまった上、裾を余したおキヌの袴を踏んでしまっていた。

 ずっしゃぁっ

 と、仲良く派手にスッ転んでしまったのは自明の理な訳で、

「あいたたた……そうだ、おキヌちゃ……ん?」

 横島はしたたかにぶつけた頭部をさすって、視線をおキヌのほうに向け……固まった。

 横向けに倒れている巫女服姿の少女。

 その上着は……白い双丘にわずかに引っかかり、本来の用を成していなかった。

 彼女の袴もよく見ると……下着のラインが浮いていない。

 そして、そんな彼女にのしかかっている横島。

 グビッ

 思わず生唾を飲み込んでいた。

 その頂は見えそうで見えない。

 でも、白い柔肌の膨らみは思いっきり見えている。

 育っていた。

 文句なしに育っていた。

 何がと聞いちゃいけないが、横島クンのキャノン砲を急速に充血させるほど育っていた。

「あ……っ」

 おキヌちゃんが目を開ける……。

「お、おキヌちゃん……」

 思わずしどろもどろになりかけた時……

 少女も目の前の少年の……腰辺りの感触に気づいてしまった。

 互いにそのことに気づいた瞬間、顔が真っ赤に染まる。

「よ、横島さん……」

 トロンと横島を見上げてくる瞳……。

「あ、えと……その」

 まるで夢見るような瞳には何かを決めたような色が浮かんでいた。

「……いいんですよ……」

「へ?」

 改めて横島が固まる。

 その横島を見つめる瞳は……何かを受け入れて……上気した面は柔らかい微笑みに包まれていた。

「横島さんになら……」

 何もかもを受け入れて、恥ずかしそうに横島を見つめる微笑に、横島の理性が溶けた。

「いや、あの……」

 灼熱のような煩悩の衝動が心を焼く、

『お、おキヌちゃんがこんな、かかか、格好で……下着つけてないし、はだけてるし、あまつさえ「いいんですよ」とか言ってるし』

 あまりの急展開に完全に脳みそが腐っていた。

『そ、そーだこれはきっと夢だ。って、夢の中で俺はおキヌちゃんに何ちゅーことをぉぉぉぉっ、でも、せっかくの美味しい夢なんだから少しくらい……』

 ふにゅっ

 気づいたら……服の隙間から手を差し入れていた。

 柔らかい感触が手の中に広がっていって、

「ん……っ」

 おキヌの上気した表情から切なげな声が漏れる。

 白い柔肌の艶やかな感触、膨らみの柔らかさ、

 ……リアルだった。というか……現実だった。夢ではなかった。

「あ、あんまり強く……揉まないで……ください」

 息も絶え絶えな声が、更に少年の大砲を強固なものにしてしまう。

 確認方法が痛覚ではなく、触覚というところがうらやましいぞコンチクショー。

 指先には……おそらくは桜色の突起と思しき感触。

 感触と、おキヌの漏らした声で横島の脳が一気に溶けた。

「お、おキヌちゃん……」

「横島さん……」

 互いに潤んだ瞳で見詰め合う。

「優しく……してくださいね」

「え、あ、あぁ……」

 ドックンドックンドックン

 二人の鼓動が重なり合う……ありえない。だが、そんな錯覚さえ覚えるほどに……

 ガチャッ

「ただいまでござる〜♪」

「「どわぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ」」

 もはや、確認するまでも無い元気印の人狼娘の乱入に思わず二人は飛び退っていた。

「? 何やってるんでござるか?」

 お互いそっぽ向いて顔を赤くしている横島とおキヌを見て、シロは首をかしげている。

「な、何でもねーよっ」

 少しばかり八つ当たり込みで声を荒げていた。

 その傍でおキヌちゃんは困ったように苦笑いを浮かべていた。

 色々と思うことはあったけど、

『はぁ……残念』

 それが偽らざる気持ちだった。

「全く少しは落ち着いたほうが良いんじゃないの? このバカ犬は?」

 金髪をナインテールにしたつり目の美少女も現れていた。

「何だとこの女狐っ」

 すっかり騒がしくなってしまった美神除霊事務所、先ほどの二人っきりの時の甘ったるい雰囲気がウソのようである。

 横島はなんと言うか、とほほ〜な気分でその光景を眺めている。

 と、

「あの……横島さん」

「え?」

 巫女服姿の少女が、頬を上気させて顔を伏せ、心持ち上目遣いで

「あ、えと、何?」

「今夜……横島さんの部屋に……行きますから」

 目一杯小さく搾り出された言葉が、横島の心音を1オクターブ跳ね上げる。

「犬ではないっ、狼でござるっ!!」

 いつもどおりのシロの絶叫と喧騒……

 横島とおキヌの手が人知れず触れ合っていた。
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GTY+開幕おめでとうございます♪
はっかい。絵師様の協力の下、(とあるところ用に)温めていた作品を捧げます♪

どんどん盛り上げていきましょう(^^

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