「ふぅ。これで洗濯終わり、っと」
育ち盛りが3人もいれば、洗う量も多い。
洗い物を物干し竿にかけ終わり、うんと伸びをした。
ごまを散らしたような雲が空一面に広がっていて、青みが幾分か先の季節よりは柔らかい。
「初めての秋、か」
ベランダから、リビングのあいつらを見る。
わいわい相も変わらず、騒がしい。
いつの間にか、僕の部屋はあいつらに乗っ取られた。
担当主任として配属されてからこっち、仕事でも私生活でも、どれだけ振り回されたことやら。
いちいち覚えてもいないが、それだけ密な時間だったってことだろう。
明るく元気であどけなさの残る薫、ひねた子供でいるようでその実一番大人な柴穂、しっかりとしたお姉さんしているようでちょっと抜けている葵。
こいつらといると、日々の成長が楽しみだなんて言ってる暇は無くて。
全く、退屈しない。
「皆本はーん、お茶入ったでー」
「ああ、今行くよ」
「皆本ー、早く来いよ。葵のパンツがそんなに見たいかあ? 」
「んなっ! 」
「いやや、皆本はんのえっちー」
「・・・ろりこん」
「人の人格が崩壊するような事を言うなー!! 」
本当に、全く。
退屈しないよ。
〜成長〜
昼下がり。
めっきり涼しく過ごしやすくなったせいか眠気に誘われて、ついぽかぽか暖かい窓辺でうたた寝をしていた様だ。
気づけば葵や柴穂も、同じソファーに一緒に寝そべってくうくうと寝息を立てている。
タオルケットでも掛けてやろうか、ソファーから立ち上がろうとした時、いつにもまして元気な薫の声が奥から聞こえた。
「皆本、皆本ー! なあ、見て見てっ」
「どうした、薫?」
僕は押し入れから二人にかける物を取り出しながら、薫に問いかける。
超能力で飛んできた薫が、そんなのいいからと僕の手を引っ張る。
「おいおい、ちょっと待ってくれよ。ふたりにかけてやらないと・・・」
「後でいいよ、そんなにすぐ風邪なんか引かないし。それより、ちょっと来てよっ」
ぐいぐいと力を込める薫に、僕はタオルケットを床に投げ出し、手をひかれるままに付いていった。
僕の手をしっかりと握り、えへへと笑う薫の足取りは軽い。
「どこに連れて行こうって言うんだい? 」
「ここっ! 」
程なく付いた先は、玄関。
別にいつもと変わりなく、下駄箱が置かれ、それぞれの履き物がそろえられている。
飾ってる花は、この前葵が買ってきたものだ。
「玄関がどうした? 」
「ああもう、皆本は頭良いくせに忘れっぽいなあっ。これだよ、これっ」
そう言って薫が指さした先には、色分けしたマジックでいくつかの線が引いてあった。
一番下にはあんまり変わらない高さに赤青紫で3本の線、そしてずっと上に黒の1本の線。
これがいくつか、重なって書き込まれている。
「あ、これかっ」
僕らがチームとして馴染み始め、いくつかの出動をこなした頃の事だ。
銀行強盗を行ったテレポーテーターを逮捕し、家へと帰ってきた時。
誰が一番背が伸びるのが早いか、それを決めようと薫が言い出して、柱も無いこの家でたけくらべをした。
それ以来、たまに思い出しては出がけの時に線を引いていった。
成長の早い葵や、薫とどっこいどっこいの柴穂が、その度に喜んだり嘆いていたりしたのが、僕には微笑ましかった。
「ほら、よく見ろよなっ」
薫が胸を張って、壁に沿い立つ。
するとどうだろう、頭の上には彼女を押さえる線は1本もなかった。
「すごいな」
僕は薫の頭に手を置いて、赤の線を探す。
わずか数センチではあるけれども、確かに彼女が成長した証だ。
「へっへ〜。まあ、チームのリーダーとしちゃあ、背も高くなきゃ威厳ってもんがね」
「そうだな」
僕は思わず、薫を撫でる。
わしわしと、少し力を込めて、ゆっくりと。
背が伸びた、言ってしまえばただそれだけのこと。
だけど、それを素直に喜べる薫の子供らしさと、着実に成長していっているのだという実感が、胸をいっぱいにした。
「おまえは、足が大きいから。お姉さんに負けず、背も高くなるよ」
「おおっ!? ねーちゃんみたいにばいんばいんになるってか。そーすりゃ、皆本も・・・」
「あほかっ」
撫でた手をそのまま、薫をこづく。
痛いとすねる薫は、やはり薫のままで、僕はそれがなにより嬉しい。
「ほら、部屋に戻らないと。二人が風邪をひいちゃうだろ」
「ほーい」
「あ、ちょっと待って」
部屋に戻りかけて僕は、薫をもう一度壁に立たせ、赤のマジックで線を引く。
「ほら。今日の記録」
「・・・ありがと」
薫はその線を、少しだけ見つめて、居間に歩く。
「なあ、皆本」
「なんだ? 」
僕がドアを引いたとき、薫が言った。
「あの黒い線に、届くのかな。いつか」
「さあ、それはわからないけど・・・」
後ろに腕を組んで、僕を見上げる薫に答える。
「どれだけ背がのびるか、ずっと記録してあげるよ」
「・・・そっか」
じゃお願い、と腕に飛びついた薫と一緒に、僕は居間に戻る。
二人に、タオルケットをかけてあげなくちゃならないし、な。
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