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EARLY TIMES

『久々、飲まない?』

 なんて一文だけのメールはエミからだった。
 めずらしいな、なんて思いつつメールを返す。

『いいわよ? どこ?』

 昔のイキツケ。
 魔鈴の店。
 新規開拓も悪くないかな、なんて思っていたら。

『ウチの事務所』

 少し意外な返信だった。

『なんか買ってく?』

 なんて打ち込んでから、面倒くさくなって電話した。

「どうしたの?珍しいじゃない」

「んー、別に用事がある訳じゃないケド、久々じゃない?」

 エミはもう軽くアルコール入れてる声だった。

「なるほどね。足りないものある?」

「乾きモノ」

 お酒は足りているらしい。
 ……エミの趣味ならバーボン、ラム。
 割り物とジン系も欲しいななんて考えて、明日は仕事にならないな、と思い当たる。

「オッケー、適当に見繕ってから行くわ」

「任せるわ」

 おキヌちゃんに帰宅は明日になると伝えたら、怒られた。
 その後でちょっと羨ましがられて。

「大人の友情ですね」

 なんて微笑み。

「そんな良いモノじゃないわ、腐れ縁よ」

「ご縁は大切にしなくちゃいけませんね」

 おキヌちゃん製の常備菜を持たされて。
 深夜空いている酒販店を調べてみた。





「おっそーい。ナニやってンのよ」

 ノックすると、刹那に開くドア。
 深夜のFMがBGMに流れてる。

「アンタ、呼び付けといて酷い言い草ね」

 深夜スーパーで買った渇き物入りの袋を渡すと一瞬、頬を緩ませるのがムダに可愛い。

「内装替えた?」

「いつの話ヨ、……オタクが前来たのって事務所開けたての時?」

「そーね、あたしが独立準備してるときカナ」

 先生に無理やり引っ張られて挨拶に来た時には、殺風景なコンクリート打ちっ放しだった。
 今はオールドアメリカンな装飾。
 バー風のカウンターとラジオの下品なDJの選曲と相俟って事務所というよりクラブのVIPルームのようでもある。

「適当に座って。バーボンでいい?」

「オッケー、ロックね」

 チータラと。
 ミックスナッツ。
 ……小松菜の辛し和え。

「タッパーって。ナニヨソレ」

「おキヌちゃんお手製。洋酒に合うわよ」

 エミが笑うのも判りつつ。
 自信を持ってお勧めしてみたら、彼女は行儀悪く指でつまんでバーボンを追いかけさせる。

「なにこれ、おいひいじゃない」

「良いデショ?」

 エミはカウンターの裏にもう一往復して箸を2膳。
 あたしはもう一つのタッパーを取り出して。
 変な笑いしつつ乾杯を。




 積もる話は、割と尽きない。
 同い年で同業で。資格試験も同期。
 似たような時期に事務所を建てて。
 意地を張って。
 直接戦って。
 趣味は合わない事が多いけれど、なんだかんだで似ているのだろう。

「来週、卒業式らしいのよ」

 小アジの酢漬けとバーボンの相性について合意を得た後。
 あまり脈絡はなくエミが告げた話題もあたし達の共通項。

「あー、ウチのも言ってたわ」

 同じ高校なのだから当たり前なんだけれど。
 来週水曜。
 高校3年生男子共が卒業する。

「平日のど真ん中ってのも珍しいわよね。土日だと思ってたから仕事入れちゃってたのよね」

「そうなの?」

「うん、あたしの時は日曜だったわ、保護者が出席出来るようにって」

 ……親はこなかったけれど唐巣先生が来てみっともなく泣いていたのを思い出す。

「高校卒業って特別なの?」

「さあ?あたしはあの頃、資格取ったばっかでドタバタだったわ」

 エミと出会った頃でもある。
 資格試験の後、二人で冥子に巻き込まれたりしていた頃だ。

「……タイガーがさ」

 たっぷりの沈黙と吐息を挟んで、エミが言葉を続けた。
 あらま、ピートじゃないの?
 なんて頭に浮かんだ言葉は武士の情けで出さないでおいた。

「ありがとうございましたって。言うのよ」

 グラスを見つめて告げるエミ。優しい微笑を浮かべていたりしている。
 ……うん、努力はしたのよ。
 タイガーは、孤児だと聞いた事がある。
 東南アジアで見つかった『自称』日系人。
 霊能力を制御しきれず、暴走して犯罪者扱いされていた17歳の少年。
 彼をスカウトし、法律的な問題や掛かるトラブルを解決して、職を与え、高等学校に通わせた。
 タイガーにとってエミは、救いの女神のような存在なのだろう。
 その裏に霊能力を利用するという目的があったとしても、エミのやった事は賞賛に値するものだと理解は出来る。

「ふぶっふっ、そ、それはよかったわねっ」

 ソレでも吹きだしたしまうのは、タイガーとエミの絵面のせいだった。

「あーもう、おたくはムードとか読めないワケ?」

 苦笑してエミがアタシを睨み付ける。

「ゴメン、さすがに悪かったと思ってる」

 ……色々、ある。
 あたしもエミも。
 タイガーもピートも。ついでにあいつも。

「けど、本当に良かったじゃない。なかなか聞けないわよ。純粋な感謝の言葉なんて」

 仕事柄。成果に対する感謝の言葉はよく貰う。
 報酬に対する怨嗟の念を込められながら。

「うん、嬉しくてさ。ちょっと怖くなって……飲みたくなっちゃったワケ」

 言葉の意味を噛み締めて。
 あたしはエミの半分空いたグラスにアーリータイムズを注ぎ込んだ。

「乾杯」

「卒業に?」

「成長に」

 鳴らしたグラス。
 競うように飲み干して。

「あっという間ね」

「あっという間だわ」

 なんて二人で苦笑した。




 エミは。
 タイガーの卒業式に出席したらしい。
 あたしは、あいつの卒業式には行かなかった。
 次の久々はいつ頃かな、なんて思いつつ。
 今度はあたしから誘おうかな、なんて考える。

久々に。

……エミさんてもの凄く可愛いですね。

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