彼女はあまりに異質な存在だった。
魔神の手下として1年の生を受け、その短い生の中で横島忠夫と出会い、そして造物主を裏切った。
その過程で妹の一人と袂を分かち、もう一人の妹を無理に巻き込む形で人間の保護下に入っている。
寿命をはじめとした、造られた時に背負わされた数々の制約は、人間側の協力によって既に解除されている。
人類から彼女に与えられた新たな制約は、懇意にしているGSの保護観察下に入るということのみ。
能力の封印も受けず、行動にも際だった制約はかけられていない。
事件解決の功労者であるとは言え、数日前まで人類の脅威であった彼女には破格の待遇だった。
だが、彼女に人間界に溶け込めているかと聞けば、その答えは「No」であろう。
生命体としての根本的な違いに加え、生まれたて故の明らかな経験不足。
共に支え合う筈の妹は、未だふてくされ口を噤んだまま。
だからその日、彼女は与えられた屋根裏部屋を出たのだった。
自分にとって唯一の居場所である横島忠夫の姿を求めて。
「・・・・・・・・・・・・」
横島の高校に辿り着いたものの、ルシオラは窓の向こうに見える、級友たちと和やかに(※少なくとも彼女にはそう見えたらしい)会話する横島の姿に声をかけそびれていた。
ぼんやりと校門脇に佇み、放課後までの時間を潰そうと足下に視線を落とす。
他に行く場所は無かった。
「ルシオラッ!」
聞き慣れた声に顔を上げる。
昇降口から駆け寄る横島の姿が見えた。
「ヨコシマ!」
ルシオラを取り巻く世界が急激に色彩を取り戻してゆく。
「いいの? 終わるまで待っているつもりだったのに・・・・・・」
遠慮がちな台詞を口にしたものの、ルシオラの口元には押さえきれない笑みが浮かんでいる。
横島が自分の為に全力疾走してくれたことが、彼女には妙に嬉しかった。
――― 甘い生活2.5 ―――
「そ、そんなことより―――どうしたの?」
横島忠夫は大いに慌てていた。
久しぶりの学校に重役出勤し、級友達からのお約束を受けていた矢先に姿を見せた彼女。
行動の制限はされていない筈だが、それでも校門で独り佇む姿はただ事ではない。
――― まさか、美神さんにイジメられた?
横島の脳裏に小公女な光景が浮かぶ。
意外と美神のミンチン役はハマリ役だった。
「なんか・・・まだ居場所がなくて・・・ね」
「やっぱり!?」
横島の眼に涙が浮かぶ。
庇護を失い、保護監督者である美神に辛く当たられるルシオラ(※あくまでも想像図)
彼にとって彼女は強力な魔族ではなく、か弱い一人の女の子でしかない。
「元気だせっ!! 弱虫は庭に咲くひまわりに笑われるッ!!」
「は?」
横島は流れる涙を拭こうともせず、ルシオラの手を握りしめる。
キョトンとしたルシオラの表情は眼に入っていなかった。
既に横島の脳は、この小さく柔らかい手の持ち主に笑顔を取り戻すことしか考えていない。
――― デートをしよう。それもルシオラが思い切り楽しめるような
そう決意した横島は、状況をよく飲み込めていないルシオラの手を引き学校を後にするのだった。
横島のアパート
着替えの為に一端我が家に戻った横島は、ルシオラを外に待たせたまま苦悩の表情を浮かべていた。
夏目が一人、夏目が二人、夏目が三人・・・・・・
何度数えてみても彼の目の前に漱石は3人しかいない。
その辺りの小銭をかき集めても所持金が4000円を超えることは無かった。
―――マズイな・・・これじゃ映画見るくらいしかできねーぞ
横島の頭の中で、夜景の見えるレストランでシャンパングラスを傾けるイメージが崩れていく。
高校生のデートでソレはどうかと思うが、単に身近なイケイケネーチャンが喜びそうなチョイスをしただけなのだろう。
普通の男女交際と無縁で過ごしてきた横島は、自分のずれっぷりを認識できない。
―――どうする? 銀行口座には公共料金用の金があるはずだけど、アレを使うと電気・ガス・水道が・・・・・・
横島の脳裏で、ライフラインの無い生活と、ゴージャス()なデートの光景が天秤にかけられゆらゆらと揺れる。
断言するが、彼が毎回支払う公共料金程度では妄想しているようなデート代はまかなえない。
それなりの店での食事にかかる金(しかも二人分)など、横島にとって想像したこともない世界の話だった。
「ヨコシマ・・・・・・まだ?」
「あ、もうすぐだからちょっと待って!」
ドア越しにかけられた声に思考を中断する。
急いで財布をポケットにしまい込みドアを開けた。
「お待たせ! 悪いけど、デートの前に銀行寄っていいかな・・・・・・」
「え? 別に私、ヨコシマの部屋でも・・・・・・」
「ダメ! 今日は思いっきり楽しまなきゃ!!」
顔を赤らめもじもじするルシオラの手を引き、横島はわざとらしい程の笑顔で銀行を目指す。
既にライフラインを手放す覚悟を完了させた横島は、千載一遇のチャンスをスルーしたことに気付いていなかった。
横島とルシオラが銀行についたのは閉店間際の時間帯だった。
店内には処理待ちの番号札を持った客がまばらにしかおらず、自動支払機に並ぶ者は皆無。
横島はルシオラをエチケットラインの外側で待たせ、支払機を操作しはじめる。
引き出しを選択してからカードを挿入し、暗証番号を入力すると預金残高が表示された。
―――!???
絶望的な残高だった。
横島は慌ててカレンダーを確認する。
正確には覚えていないが、公共料金の引き落しは既に完了してしまったらしい。
操作をキャンセルすると、横島は頭を抱えるようにしばしその場で固まった。
――― どうする俺? 美神さんに前借り・・・・・・いや、絶対に無理!!
横島は即座に頭に浮かんだ考えを振り払う。
ルシオラをいじめ、奴隷のようにこき使った人物(※あくまでも横島の妄想)が、彼女とのデート資金を出すわけが無い。
それに、前借りなど過去一度としてさせてもらったことが無かった。
―――ならば、学校に戻ってピートかタイガーに・・・・・・いや、これも無理か
自分同様薄給でこき使われるタイガーと、唐巣神父と共に清貧を貫くピート、彼らに多額の持ち合わせは無いだろう。
一瞬、他のクラスメートを頼ることも考えたが、ルシオラと共に早退したのを見られている以上、金を貸してくれるとは思えない。
多分今頃は、机に新しい落書きが刻み込まれていることだろう。
―――マズイ。このままだとルシオラを・・・・・・
後ろにチラリと視線を向けると、所在なげに待つルシオラの姿。
彼女を笑顔にするためには、手持ちの現金は頼りないことこの上ないと横島は考えていた。
ゴージャス()なデートをするためには多額の現金が必要・・・・・・
いつの間にか目的と手段がすり替わっていることに横島は気付いていない。
そんな彼だからこそ、閉店と同時に鳴り響いた銃声を、己に対する福音と受け止めたのだった。
「全員動くなっ!」
怒声の主はまばらにいた客の一人だった。
マスクで人相を隠した男は、手に持った拳銃で突如天井に向けた威嚇射撃を行うと、素早くカウンターに飛び乗り行員の行動を停止させる。
男の行動に呼応するように、それぞれ別の客を装っていた二人の男も周囲への威嚇を開始する。
向けられた銃口に慌てふためくように、横島はごく自然にルシオラを背に庇う位置に移動した。
「アイツら何者?」
突然の闖入者にルシオラの表情に冷たいものが混ざる。
しかし、微かに放出された男たちへの殺気は、間に割り込んだ横島によって気づかれることはなかった。
「多分、ただの銀行強盗」
「ギンコーゴートー?」
「ここを脅して無理矢理お金を奪おうとしている人たち。あ、少し様子見たいから、しばらく怖がる振りしといて」
横島はこう言うと、わざとらしいまでに震えながらルシオラを抱きかかえる。
その姿は勇気を振り絞って彼女を守ろうとするヘタレ男に見えなくもなかった。
未だ釈然としない様子のルシオラに、横島は不敵な笑みを向けるとこう呟く。
「大丈夫。俺にいい考えがあるから」
それは某超ロボット生命体のように自信に満ちあふれた呟きだった。
横島の「いい考え」がなんだかわからないまま、ルシオラは横島と共に人質の身に甘んじていた。
カウンターから引きずり出された行員や、巻き込まれた客と同じ場所に集められ、荷造り用の紐で順番に拘束される。
怖がる振りと言われたものの、脆弱な紐をうっかり千切らないようじっとしているのが大変だった。
「・・・・・・・・・」
あまりに暇なため犯人たちの様子を見ていたのだが、ルシオラには3人組の行動がまどろっこしく思えて仕方なかった。
人質の拘束を行っている手下二人の銃は、どうみても玩具にしか見えない。
唯一本物の拳銃を持っている主犯格の男は、全員の拘束を認めてからようやく支店長に金庫を開けさせている。
現金強奪が目的ならば真っ先に行うべき作業だと思うのだが、奇跡的に警察への通報はまだらしい。
あまりにも杜撰な銀行の対応に呆れの表情が浮かぶが、恐怖のあまりに泣き出した行員を見て考えを改める。
―――銃弾が当たれば死ぬ人間としては、こちらの反応の方が普通なのだ。
そう思って見ると、自分とヨコシマ以外の人質はみな一様に恐怖の相を浮かべていた。
周囲の人々が生命の危機に恐怖する隣で、魔族の自分はただデートの時間を削られていることに不満を感じているだけ・・・・・・
その気にさえなれば、自分は一瞬で人質ごと犯人グループを消し炭に変え、その後、笑いながらヨコシマとのデートを楽しむことができる。
それを行わないのは、ヨコシマが悲しむと思っているからだった。
思い人とは違う己を実感し、ルシオラの胸に疎外感が湧き上がってくる。
人の身である横島は、同じ人である人質の身を案じたのだろう・・・・・・それは魔族の自分には持ち得ない感情だった。
それでは「いい考え」とは一体何なのか?
答えを求めるように横島に視線を移す。
そして、ルシオラは予想外の光景を目撃するのだった。
「えーっと、犯人捕まえたら謝礼いくら出ます?」
「「は?」」
横島に話しかけられた支店長と、ルシオラは同じ反応を示していた。
金庫を開けた支店長が人質に加わるのを待って、横島は犯人逮捕の交渉を開始している。
ルシオラは人ならぬ身を悩んでいた自分が急に馬鹿馬鹿しくなる。
信じたくはないが、ヨコシマは謝礼をせしめる目的で敢えて犯人を泳がせていたらしい。
「なんでそんなにお金が必要なのよっ!!」
あまりの馬鹿馬鹿しさにルシオラは感情を爆発させた。
その声に反応した主犯格が拳銃を向けようとしたが、その動きはルシオラの一にらみで凍り付いてしまう。
「いや、豪華なデートをするのに必要かな・・・・・・って」
「はぁ? 何よ。豪華なデートって? 私がいつそんなこと求めたっていうの?」
「求めてないけど、あんな時間に学校に来たからつい・・・・・・」
「なによ? 迷惑だったって言うの? ごめんねッ! 学校にまで押しかけちゃって!」
売り言葉に買い言葉、完全な痴話喧嘩だった。
求めてもいない横島の気遣いに、ついルシオラも言葉を荒くする。
先ほど感じていた人ならぬ身の疎外感もそれに拍車をかけていた。
「落ち着けって! その逆! 来てくれて嬉しかったんだって! 彼女から頼られて嬉しくない男がいるかよッ!!」
ルシオラの勢いがぴたりと止まる。
横島にしては珍しい、クリティカルな台詞だった。
二人が紐でぐるぐる巻きにされておらず、周囲で唖然とする人質と、そーっとフェードアウトを狙う犯人の姿がなければ、それなりに美しい青春の図だろう。
「ヨコシマ・・・・・・」
「悪かったな空回りして・・・・・・でも、俺、美神さんにイジメられてるお前を、どうしても笑顔にしたかったんだ」
「え? 私、イジメられてなんかいないけど・・・・・・」
「へ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・」
ポン!
いつの間にか拘束を抜けた横島が納得したように手を鳴らす。
そこから先の行動は迅速だった。
「お騒がせしましたッ! すぐに犯人を捕まえますっ!!」
横島の手から球状の光が飛びだし、丁度裏口にさしかかっていた犯人グループを一網打尽にする。
【縛】の字が入った文珠の効果だった。
「さてと・・・・・・」
文珠の効果を確かめもせず、横島は若干の照れを隠しきれないままルシオラに向かい合った。
「お金ないから大したとこ行けないけど、これから俺とデートしてくれませんか」
台詞と共に差し出された横島の右手。
これに対するルシオラの返答は、拘束を軽々と引きちぎった末の握手と「よろこんで」の台詞。
そしてとびきりの笑顔だった。
東京タワー特別展望台―――の上
横島とルシオラは、沈みゆく夕日を見ようと東京上空250mの位置に来ていた。
「だけど、本当にここでよかったの? 支店長さんが謝礼くれたから、デジャブーランドくらいは行けたけど・・・・・・」
ルシオラのリクエストに応えた横島だったが、内心は若干の不満を抱えていた。
文珠を消費する以外に飛行能力を持たない横島としては、彼女に抱えられての登頂にいささか引け目を感じている。
入場料を気にされたとは思っていないが、やはりデートに誘った身としては自分が手を引きエスコートできる場所が良かったらしい。
「ここがよかったのよ」
笑顔のルシオラに促され、横島は彼女の隣に座り込む。
目の前に広がる夕日に思わず息を呑んだ。
「ここより眺めのいい場所なんて、この辺にはないでしょう?」
「たしかに・・・・・・」
窓枠にも、町並みにも遮られることのない夕日はとても美しかった。
横島はルシオラと共に無言で夕日を見続ける。
不思議と退屈はしなかった。
「ねぇ、ヨコシマ・・・・・・憶えてる?」
「ああ・・・・・・」
それは、二人で初めて見た夕日のことだろう。
横島は逆転号の甲板で見た夕日を思い出していた。
――― あのとき俺は囚われの身だったんだよな
あの時、横島はルシオラたちの運命を初めて聞かされていた。
強力な魔力と儚い命。
そして、握った手の小ささ、柔らかさが、横島の心に変化を生じさせている。
その後、二人は惹かれ合い、種族の垣根を越えてお互いを愛するようになっていた。
―――「アシュタロスは―――俺が倒す!!」か、我ながらスゲー台詞
その後にした熱烈なキスも思い出し、横島の顔が思いっきりにやける。
ルシオラを助けたい一心で行った修行。
それにより成長した横島は、見事彼女を背負わされた運命から解き放っていた。
これからはずっと一緒に夕日が見られる。
今日の夕日が沈んでしまっても、明日も、その次の日も、ずっと一緒に・・・・・・
――― あれ? じゃあ、なんで?
校門で話した時、ルシオラは確かに居場所が無いと言っていた。
それは新たに与えられた屋根裏部屋のことなのだろうか。
「あのさ・・・・・・さっき、居場所が無いって言ってたよね。もう一回聞くけど・・・・・・イジメじゃないの?」
「おキヌちゃんも、美神さんも、そんなことしないわよ!」
「じゃあ、なんで・・・・・・」
「私たち、こないだまで、人間なんて何とも思っちゃいなかったのよ。今だって・・・・・・表面上は愛想よくしてるけど、まだすぐにはなじまないわ」
ルシオラの言葉に、横島は安堵のため息をついた。
彼の想像はよい方に外れていたのだ。
強力な魔力によって忘れられがちだが、ルシオラの精神はその辺の少女と大差ない。
いや、持ち前の真面目さから、かなり一途に物事にのめり込む傾向がある。
ルシオラは見聞きした人間界のモラルに、魔族の自分を無理に当てはめようと疲弊しているのだろう。
先ほど人質になった際、拘束に使われた荷造り紐を切らないよう苦労していたように・・・・・・
だとすれば言うことは一つだった。
「そんなの平気! 美神さんだって人間なんて"ヘ"とも思ってない!」
保護されている人間が規格外であることを知れば、ルシオラも真面目に悩むのが馬鹿馬鹿しくなる筈だ。
第一、何とも思っていないということは、危害を加える気もないということだろう。
「そーなの?」
ルシオラは驚きの表情を隠せないでいた。
「でも、もし私がその気になったら―――人間の何百人くらいすぐに殺せるのよ。怖くない?」
「怖いけど、美神さんもそーだし」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
要はその気にならなければいいのだと横島は思っていた。
そして、その気にさせないために自分が存在することも。
これ以上の言葉はいらなかった。
以前、文字通り命がけで一夜の想い出となろうとしたルシオラ。
その彼女を思いとどまらせた行動を横島はとることにする。
よく考えたらその行動ことが、地獄の特訓をくぐり抜けた彼の原動力だった。
「美神さん・・・か」
常に横島と共におり、メフィストを前世に持つ女の名をルシオラは口にする。
表向きは雇用者とアルバイト、実体は主と丁稚。
しかし、南極での様子を見る限り、この二人の間には深い絆のようなものを感じてしまう。
命がけで自分を運命の鎖から解き放ってくれた横島には絶対の信頼を置いている。
だからこそルシオラは不安だった。
人ならぬ身の自分が、何時まで横島と共にいられるのか。
いつか横島が美神の元に行ってしまうのではないか・・・・・・
「ねえ、横島は彼女のこと、どう思って―――」
問いかけようと視線をあげた先には、唇をとがらせた横島の顔。
「きゃーっ!?」
「どわーっ!?」
何の脈絡も無い横島の行動に、ルシオラは咄嗟に回避行動をとってしまっていた。
はたき込みを食らい、横島は東京タワーと濃厚なキスシーンを演じている。
「い、いきなり何を・・・!!」
「何って・・・ちう・・・」
「急にそんなんじゃびっくりするでしょ!! 流れってものがあるじゃない!! わからないの!?」
「おあずけ食ってる男にそんなの読めるか―――ッ!!」
完全な逆ギレにルシオラの目が点になる。
号泣した横島は、鉄柱にガンガン頭をぶつけながら、全力で泣き言を口にしていた。
「ちくしょー!! どーせ俺はそーゆーキャラなんだっ!! 「ぐわー」とか迫って、「いやー」とか言われて!! しょせんセクハラ男じゃーっ!!」
「ばっかね〜!!」
その光景をみたルシオラの口元に笑みが浮かんだ。
先ほどまでの悩みが、ルシオラにはとても小さなものに感じられている。
人ならぬ身が何だというのだ。
魔族も人も関係ない。横島は自分をルシオラという女として見てくれている。
ルシオラは思う。
ヨコシマと出会えて良かったと。
そして、ヨコシマのあけすけさを受け入れるのが、自分だけで本当に良かったと。
ルシオラは優しい笑顔を浮かべつつ、横島の体に触れる。
そして―――
「いやなわけないでしょ、ぜんぜん」
その夜の美神事務所
横島とのデートを終わらせたルシオラは、約束の門限である夕食の時間には事務所に辿り着いていた。
食卓に着いているのは美神とおキヌ、未だ仏頂面のパピリオと、帰宅したばかりのルシオラ。
食卓の上に並ぶのは人間用の食事二人前に蜂蜜と砂糖水だった。
おキヌの「いただきます」の声が聞こえたっきり、無言の食事風景がしばらく続いていたが、蜂蜜と砂糖水を飲むだけの魔族組の食事が終わりの兆しをみせると、おキヌの視線に促されたように美神がその重い口を開く。
「ところでさぁ・・・・・・ルシオラはどこに行っていたの?」
「ヨコシマの所に・・・・・・」
「そ、そう・・・・・・」
ピシリと凍り付く空気。
それっきり無言で続く食事風景に、どこかにある人工幽霊の胃がシクシクと痛み出す。
しかしこの日、最もルシオラの被害に遭ったと言えるのは、部屋を同じくするパピリオだったであろう。
「ど、どうしたんでちゅか、ルシオラちゃん・・・・・・」
屋根裏部屋に引き上げた瞬間、だらしなく弛緩する姉の表情。
無理矢理連れ出されたことに無言の抗議をしていたのだが、そのことをすっかり忘れる程の姉の変化だった。
「わっ! なにするんでちゅか! やめるでちゅっ!!」
パピリオの問いかけに対して返ってきたのは、にやけながらペチペチ叩いてくる意味不明の行動と強力なハグ。
ベスパにやられたのなら窒息必死だったソレからようやく開放されたのは、抱きかかえられたままベッドの上を散々転がり回られた後だった。
「パピリオっ!」
「ひぃっ!!」
突如ベッドの上に正座したルシオラに釣られ、パピリオも同じ姿勢をとる。
パピリオの本能は理解していた。
今夜のルシオラには逆らってはいけない―――と
「生きてるって、幸せよねッ!」
「はい?」
「それじゃ、寝ますッ!!」
パピリオに絡むだけ絡んだルシオラは、一方的な就寝を宣言するとそのままベッドに潜り込む。
そしてしばらくの間、クスクスと含み笑いをしたり、モゾモゾと寝返りをうったものの、やがてスースーと静かな寝息を立て始めるのだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
――― ふざけるんじゃなんでちゅよ!
ルシオラを刺激しないよう息を潜めていたパピリオの胸に、怒りの感情がふつふつと湧き上がってくる。
――― なりゆきでこーなっちゃけど、わたしはルシオラちゃんとは違いまちゅ!!
もともとアシュ様を裏切る気なんかなかったし、人間なんかと馴れ合う気もないでちゅよ!!
そして脱走を決意した彼女は、理不尽な仕打ちに強く布団を噛むのだった。
――― 甘い生活2.5 ―――
終
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