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盾と弾丸(2)

前回までのあらすじ
チルドレンが小学校6年生に起こったモナーク公国王女暗殺事件の中で皆本と賢木は<あなたの良き隣人機構>の寺屋という人物と面識を得る。そして翌年の春、その人物が関わる密出入国をサポートする<インビジブル>と呼ばれる組織の情報と調査の依頼が賢木の元にもたらされる。
非公式ではあるがブラック・ファントムとも関わりが深いとされる組織の調査に乗り出す二人。
一方、影チルとして任務に就いたバレットは自分の超能力に問題が出始めていることに気づく。





 分厚いカーテンの隙間から差し込む夜景の光がワンルームのリビングを薄く浮かび上がらせる。
フローリングに置かれたスチール製のベッドにクローゼットとテーブル。テーブルに乗る情報端末と安ウィスキーのボトルが備品のすべて。

そのベットに毛布を引っ被り眠る女性。
「く‥‥ う‥‥ う‥‥ 」低くうめく声が漏れ何度も身をよじり寝返りを打つ。



「う!!」噛みしめた唇に血が滲む。

 有りったけの力で構成したサイキック・バリアーは凶弾−少し前、チームの一人を射殺し目の前でリーダーの頭部を貫通した−を食い止めたかに見えた。
 しかし見えない”力”に突き動かされたソレは、目で追える程度の速さには落ちたが確実にバリアーを押し破ってくる。

客観的には数秒、しかしその十倍以上の時間を費やすかのような長さで迫る死。絶望した時、横合いから”力”が体を弾道から弾き飛ばす。

「大丈夫か?!」
 死神の手から救ってくれたのはチームにもう一人いるサイコキノ。鉛弾はその彼を新たな生け贄に定める。

「この野郎!!」と叫ぶサイコキノ。しかし、こちらも押さえ込むには”力”が足りない。

 そこに自分も加わろうとするが、作用するかしないかの内に鉛弾は生け贄を貫いた。

 後は一方的な殺戮。
 イケメンで女癖の悪いクレヤボヤンスが、妹分で呉竹寮では隣室のテレパスが、こちらの無力さを見せつけるように撃ち倒される。

 血の海に倒れた仲間たちを前に死を待つ私。そして鉛色の死が眉間に‥‥



がばっ! 女性は毛布を跳ね上げ半身を起こす。
圧倒的な現実感を伴った光景が過去の記憶−夢である事を確認。二年来、飽きるほど見ているが未だに慣れることはない。

 体をひねりベッドから降りるとテーブルのボトルを取りあおる。喉に焼ける味が悪夢の残滓を洗い流す。

気分が少しマシになったところで汗で額に張り付いた髪をかき上げる。その際、古傷に指先が触れる。こちらも二年来の腐れ縁だが今は同志のようなもの、触れるたびに自分が何者か、何を為すべきかを思い出させてくれるから。



盾と弾丸(2)
 1
「まいったなぁ」バレットの口からグチめいた台詞が漏れる。
 趣味の世界以外はストイックな少年としては珍しい事だ。



一応の発端ということであれば、チルチルのレアものが密かに売りに出されるというアングラ系ネット情報に基づき、寂れた商店街の裏通りをさらに奥に入り込んだところから始まる。

十年単位で閉じられた店舗が当たり前に並ぶ寂しげなロケーション。
 初めこそ伝説の原型師Mr9のブツともなればこういう場所に出物があるのかもしれないと考えるが、端から端へと歩いてもそれらしい店もなければ同類の姿もない。

 初めからガセネタだったのか、”伝言ゲーム”の途上で変質したのか‥‥ あきらめて引き返そうとした時、鉛の”匂い”が少年の鼻をつく。

もちろん、材質としての鉛はそれと判る臭いを放つものではない。しかし『鉛』をキーワードとするエスパーである彼にとって、その存在、それも弾丸に加工されたそれは容易に感知できる。



‘あそこだな‥‥ それも二つ‥‥’バレットは口の中で言葉にする。
 ”匂い”はすぐ先に見える四階建ての廃ビルから来ている。
 表の出入り口こそ鎖と錠前で閉じられているが、裏口は半開き。登記上の所有者はいるのだろうが、かなり前から管理と責任を放棄している様子。それをい良いことによからぬ行為にしばしば利用されているのだろう。

‘そこに拳銃が二丁‥‥ 二つとも口径は7.62mm‥‥ 鉄芯が入っているから‥‥ トカレフかな‥‥’

 ロビエトが元でチウ国で大量にコピー、日本にも密輸され非合法組織御用達で知られる拳銃。
無意識に手がポケットへ。非番のため銃器類は持ってないが、そこには三・四個の直径1cmほどの金属球。見た目はパチンコ玉だが鉛製で、超能力を使えばそれに拳銃弾並の初速で放つ事ができる。



扉に手をかけたところでバレットは動きを止める。
このような場所での銃の存在は何かしらの犯罪を予感させるわけで好んでそれに関わるべきかは迷う。

 もちろん、B.A.B.E.Lの特務エスパーたるもの犯罪を見逃すわけにはいかないが、超能力がなければ(それ以前にガセネタに踊らされて居なければ)気づかなかった偶然。

‘今ならまだ引き返せる‥‥’と心のある部分が囁く。



バタン! 扉が壊れそうな勢いで開く。
 たぶん体ごとぶつかっただろう人影が裏口から飛び出し考え込んでいたバレットにぶつかる。

‘何だ?!’突然でよろめくバレットだがかろうじて踏み止まる。

 ぶつかってきたのは裾の長い黒いレザーのジャケットを羽織った女性。
 数秒で見た範囲だが歳は二十歳前後で中背でややほっそりとした体つき。黒髪・黒い目、褐色の肌と顔つきから東南エイジアあたりが出身と思われる。
 問題なのは生足で裸足、強張った表情にジャケットを胸元と腰あたりで強く握りしめる様子だった事。すなわち女性がかなりの危うい状態から逃げた事が想像できる。

 取りあえず引き留めようと肩に手を伸ばすが精神インパルスをぶつけられる。
 出力的には大したことはない−超度換算で2程度−が込められた感情は悲鳴であり、思わず手の動きが止まってしまう。
その間に走ってきた車が急停止。それに女性が転がり込むように乗ると車は同じ勢いでの急発進。走り去る。

‥‥ 
 アクション映画の一シーンに迷い込んだような一幕に唖然とするバレットだが超感覚がさっき感じた鉛の”匂い”が変わった−弾丸が薬室に送り込まれた−ことを感じ取りまだ幕が降りていないことを悟る。
 こうなると見過ごすのは論外、何が起こっているのかを確かめるにはビルへ入るしかない。



 ビルの内部、窓は塞がれているが手抜きのおかげで隙間が多く行動に不自由しない程度には明るい。
あれから動きのない”匂い”を目指しバレットは階段を上る。
 戦闘のプロとしての自覚から肉体的にも技術的にも自分を磨いている事もあって、気配を消しつつも最短の時間で目的のところに。

 そこは10m四方ほどのがらんとしたフロア。
 開けっ放しのドアに身を寄せ中を窺うと、出入り口を塞ぐ形に立つ女性の背中、その向こうで女性を睨む二人の男が見える。

男どもについて言えば、揃ってそこそこの体格に薄汚れたパーカーにシャツとズボンというスタイル。歳も揃って二十歳前後、雑に染めた髪やこれみよがしのピアスなどの装身具、不良上がりのチンピラというのが印象であり事実だろうと考える。

 それぞれが”匂い”の元のトカレフを女性に向け構えるが戦闘訓練を受けたバレットから見ればどちらもともどうしようもなく”素人”なのが判る。もちろん、素人だとしても手にしている拳銃は本物である以上、引き金を引けば人は殺せる。

一方、背中を見せている女性は自分よりも頭半分ほど高い背丈。
 白いTシャツ、レザー系のタイトスカートとタイツ、ブーツは黒系統で統一したシンプルだがかえって目立つファッション。あと、デザイン的に逃げた女性が羽織っていたジャケットはこの女性が渡したものに違いない。

 身につける人によっては”外した”アニメか特撮キャラのコスプレにしかならないが、一流のアスリート並に引き締まって強靱そうな体の線はそれを着こなし、武器を手にしたチンピラ二人を越えるの危険な”匂い”を醸している。



「追っても無駄よ、もう仲間が彼女を保護しているはずだから」と女性。
 向けられた銃口を蚊ほども気にしていない口振りだ。

「くそアマァ! どこのどいつか知らないが、横合いからしゃしゃり出てきやがって! 手前ぇのせいで台無しじゃねぇか!!」
 女性(とバレットから見て)右側のチンピラが肩をいからせ凄む。体つきは左側に比べるとやや小柄だが目つきの悪さと口火を切ったことで二人の中ではこちらが兄貴分といったところ。

「そう、それは悪かったわねぇ」女性は相手の脅しを楽しむかのように応える。
「でも、拉致監禁に人身売買、そのままだと重罪になるところを救ってやったんだから感謝して欲しいわねぇ もう”商品”は取り戻せないし、引き時じゃない? 色々面倒くさいから逃げるのなら見逃してやってもいいわ」

「『見逃す』だと?! 手前ぇ、今がどういう状態か判っているのか?! お前をあの女の代わりに売り飛ばしてもイイんだぜ!」

「フフ‥‥ あなたたちにできるかしら?」とあからさまに火に油を注ぐ。

その意味するところに気づいたバレットはポケットから鉛玉を出し指で弾く形をとる。二人を無力化しなければ、女性‥‥ ではなく当人たちが危ない。

‘‥‥??’指に力を込めるが、そこで動きが止まる。
先日の狙撃で感じたのと同じで目標に集中できない。弾丸は”撃てる”がコントロールは難しい。急所に当てられないではなく急所に当ててしまうかもしれない。

バレットが戸惑う間にも
「‥‥ ガキだから仕方ないけど、そんなオモチャを手にしたくらいで一人前の悪党気分なんて可愛いわね。もう悪人ゴッコは良いから、さっさと帰りなさい。家ではお母さんが待っているわよ」
と女性は挑発を重ねる。

「嘗めるな、このアマ!」見た目通り沸点の低さで激発する兄貴分。
 同じく頭にきているもう一人に
「オイ、もういいから、やっちまえ!」とゴーサイン。

その動き、というより挑発の結果を予想していたらしき女性は、相手よりも早く踏み込むことで襲いかかる男の内懐へ入り込む。
 流れるような動きで差し出された手はトカレフの撃鉄を押さえ撃てなくすると股間に蹴り。痛みで固まる隙にもう一方の手をトカレフに添えトリガーをテコにする形でひねる。指がねじ曲がる痛みで手放されたそれを手に収めると体を入れ替え肉の盾に。撃つのを躊躇う兄貴分に狙いを定め‥‥

?! 飛び込んできた乱入者に女性はトリガーに掛けた指を止める。

「何だ?!」とこちらも驚く兄貴分。
 乱入者が自分に向かってくるのに気づきトカレフを向けるが引き金が動かない。

 二重の焦りで狼狽するチンピラに対しバレットはトカレフを構えたままの腕を取りジャンプ。
 足を体に引っかけ体重を使ってねじり倒すとそのまま腕ひしぎ十字固め。靱帯が切れる寸前、相手が抵抗をあきらめたのでそこで極める。

‥‥ 
 状況の急転にさすがに戸惑った顔の女性、すぐに表情を消すと構えた拳銃を下ろす。
 一気に弱者となって自失のチンピラの前に出るとその鳩尾に腰の回転を加えたえぐるような肘打ち。体が二つ折りになったところで後頭部にグリップを打ち込み意識を断つ。



「さてと‥‥」手にしたトカレフを無造作にスカートと腰の間に挟む女性。
優位を示すかのようにゆっくりとバレットが極めた腕の側、肩の上、ちょうどバレットとチンピラの間に立つ。

‥‥ つられ顔を向けた兄貴分の顔が引きつる。
 目の前にあるのはタイトスカートのせいでむき出しの女性の太モモ、そのまま顔を上げるとスカートの内側が見える。
ちなみに反対のポジションのバレットも同じ。こちらは慌てて顔を逸らすが、七三で逸らせきれないのは状況を追う必要があると考えたためか男の本能がなせるところか自分でも判らない。

それらに気づいた感じの女性だがリアクションはなくバレットの方にしゃがむ。

さらに”内側”を目の当たりにする形に窮するバレット、女性の口元にからかうような笑みができているのに気づかない。

 それを引っ込めた女性は締め上げられ半ば手放した形のトカレフを手にすると遊底をスライドさせ詰まった弾を排除する。
チンピラの方に向きを変えるとにやけ半開きとなった口に銃口をねじ込む。

「う、ががが‥‥」こじ開けられ声にならない悲鳴を上げるチンピラ。

「人を撃とうとするなら、当然、自分も撃たれる覚悟をしているわよねぇ」
女性はこの上もなく楽しげにそう告げる。

‥‥ カチカチカチ 言葉は出せず、震えで歯がトカレフに当たる音がするだけ。
バレットはその兄貴分のズボン、腰辺りに広がるシミに気づく。

 同じくそれに気づいたらしい女性はどちらかというとバレットに聞かせる感じで
「引き金を引いてお終いにしたいんだけど、‥‥ ここまで情けない相手だと気が乗らないわねぇ いいわ、大人しくここから去るんだったら命だけは助けてあげる」
と言って口から銃を抜く。顎を軽く引きバレットに開放するよう合図。バレットはそれに従う。

「助カ‥‥ 本当ニ‥‥ 助けてクレ‥‥ 」
 肉体的よりも精神的なダメージでよろよろとにと起きあがる兄貴分。
 ねじ込まれた時に歯の何本かイカれたのか顎に支障が出たかのか(両方の可能性が高いが)うまくしゃべれない。

「今はその気分だけど、モタモタしていると気分が変わるかも‥‥」

明らかに冗談と判る台詞だがリーダーは蒼白の顔を何度も横に振る。
 一応は仲間意識があるらしく、幾らか意識を取り戻したもう一人に肩を貸し出ていこうとする。

「そうそう、あんた達のスマホとかは置いていきなさい。妙な写真とか動画が残っていると困るから」
と呼び止める女性。特に脅しめいてはいないが、あわててスマホを(支えた男についてはポケットをさぐり)を投げ出す。



「あんなクズどもの命でも大事だと思っているの?」
 もはや何の意味もない二人が退場するのを見送った女性はバレットにそう呼びかける。

「誰であっても殺されるところも殺すところも見たくはありません」とバレット。
女性を助ける形だが飛び出したのは女性が二人を殺しそうだったから。実際、自分がいなければ少なくとも兄貴分は射殺−透視(よ)んだ限りでは銃弾は正確に心臓に向けられていた−されたはず。

「なるほど、あの二人だけでなく私も助けられたってわけ。そこは感謝しておくわ」

「いえ、そんなつもりは‥‥」礼を言われ頭を掻くバレット。
こちらの気持ちをくみ取ってくれたのは素直にうれしい。

「ところで、少年」と言葉を続ける女性。
 どこまでも自然な流れで手にしたトカレフをバレットに向ける。
「両手をあげて頭の後ろに!」

!! 一瞬、目を見張るバレット。
 しかし考えてみれば、自分はこの場においては乱入者であり警戒するは当然だ。

ちらりと狙う銃口に目を落とす。さっきと同じで銃を無力化すれば逃げ出すことはできるが女性への興味からゆっくりと両手を頭の後ろで組んで出方を待つ。

「妙なマネをしたら(撃つ)切っ掛けになったんだけど、そんな風に素直だと撃ちにくいわねぇ」
と冗談めかす女性。もっとも目は笑っておらずかみそりの鋭さを感じさせる光を帯び、こちらを見極めようとしているのがひしひしと感じられる。



‘綺麗な人だ‥‥’というのが間近にしてのバレットの第一印象。

 二十代半ばほどで腕の良い造形師の手によるかのようなきりりとした顎の線と鼻筋。適度に濡れた蠱惑的な唇がまぶしい。さらにウェーブのかかったブロンドのロングヘアーとその前髪を顔の左上半分を隠すように垂らした髪型がミステリアスな魅力を加える。
 3Dにも興味を持てと主治医が見せてくれる雑誌のグラビアを飾る女性に負けないレベルだと思う。

そんな感じ方を隙と見たのか女性はずいと踏み込み目と鼻の先に顔を近づける。
「高校生‥‥ あの目の逸らせ具合だと中学生くらいかしら?」

「は、はい‥‥ それくらいです」バレットの顔が赤らみ額に汗が浮かぶ。
 顔を間近にしたこともあるが女性の指摘にさっき目に入った光景が浮かんだから。

その反応が警戒を解く材料になったらしく女性は体を引き普通に会話する距離に戻る。

何かもの凄い重圧から解放された気分のバレット。
 下がり際にトカレフが下ろされたのでこちらもできるだけ自然に手を下ろす。
 指示なしの行動に何か言われるかとひやりとするが何も言ってこない、気恥ずかしい展開ではあるが敵とは見なされていないということ。

「それにしたって、いったいあなたは何者‥‥? 銃を突きつけられても平然としているし‥‥」
 と半ば独り言のように尋ねる女性、そこまで言って、もう一度、目を細める。
「違うわね‥‥ 平然とできたのは銃を怖がる必要がない‥‥ なるほど、そういうこと! 少年! 少年ってけっこう強力なエスパーなんじゃない?」

「そんなに強くはありませんが超度4でサイコキネシスを使えます」
 バレットは嘘にならない範囲−純粋なサイコキネシスとしてならその数字−でエスパーであると認める。

「控え目なんだ、少年! こいつをジャムらせるには超度5以上の精度が要るんだけど」
女性は手にしたトカレフを前にかざす。

‘そこに気づくなんて!’と内心で驚くバレット。
トカレフを向けられた時、銃弾の動きを止めジャムらせたが、その干渉に気づいているとは‥‥ あの場面、そこまで見通せるのは正に歴戦の強者だと思う。

「まっ、私には関係ないから詮索はしないけど」
 女性はバレットの表情が答えと矛を収める。

「ありがとうございます」何となく礼を口にするバレット。

「とにかく、エスパーが”力”を頼んで大胆になるのはよくある話だけど‥‥」
女性はいったんは下ろそうとした拳銃を、一転、居合いの達人のような早さと正確さでバレットの額に狙いを定め直す。

「うっ!!」額を打ち抜かれたような衝撃を感じ短くうめくバレット。
今のタイミング、女性が引き金を引けば超能力を使う間もなく撃ち殺されている。

エスパーが集中−超能力を発動するより早く致命的な一撃を加える。
 ノーマルの対エスパー戦術の基本とはいえ、そうそう実践できるものではない。それを簡単にやってみせるこの女性が自衛隊なり警察の特殊部隊のエリート、それこそE.S.F.A.T.Eのメンバーだと説明されても納得できる。

「そういうことよ! どんなに優れた力を持っていても、それで何でもできると考えるのは傲慢! エスパーに限る話じゃないけど、どんな人間だって撃たれれば怪我もするし死ぬこともある、そこは忘れないこと!!」
厳しい言葉の女性、軽く前髪をかき上げるとそこに見えるのは濁り焦点を結ばない目と生え際に残る銃創。

「そ‥‥ それは?」絶句のバレット。

「二年前ね。傲慢さとかがあったとは思わないけど、幾ら自信があっても結果は別ということ、それに世の中にはためらいなく人の頭に銃弾を撃ち込める人間がいる証拠よ」
どちらかといえば諭すように女性は説明する。

「はい! 心に刻んでおきます」と下げられる銃口を追いながらうなずくバレット。
厳しい言葉も隠している傷を見せたのも銃のある場所に軽率に飛び込んできた自分への忠告だと判る 。

「よろしい! 見せたかいはあったようね」
 態度の神妙さからメッセージが正しく伝わったと知った女性は教官ができの良い生徒に向かうようなに柔らかい微笑みを見せる。
「さてと、一応、聞いておきたいんだけど、どうしてここに来ることになったの?」

「建物の前で怪しげな”空気”を感じ取ったからであります! そこで逃げてきた女性と遭遇、状況を確認しようと上がって来ました」
 バレットとしてはどこまで正直に答えるか迷うところだが、叱ってくれた女性に嘘はつきたくなくありのままに答える。

「PKだけじゃなくESPもあるんだ」

「はい! その後は‥‥ 言われたように軽率な判断で割り込みご迷惑をおかけしましたしました!」
とバレットは失態を報告するように深く頭を下げる。

「‥‥ 説明に嘘はないようね」
 妙に軍隊風な受け答えに面食らった観の女性だがぴしりとした態度は不快ではないないとう感じでそう結論づける。

「信じてもらえてうれしく思います」と言葉通りのバレット。

「つまりは全くの偶然ってわけね?」と念押し。

「‥‥ そうであります」バレットは流れとしてそう答えざるえない。

「なら」と女性は大人の女性としての微笑み。
「この場、この出会いの落としどころとして、ここでのコト、なかったことにするというのはどうかしら?」

「『なかった』ことに‥‥ でありますか?」
今更ながらバレットは自分がどう終わらせるかも考えずに行動した事に気づく。

「そう、ここにいるのが偶然なら、偶然にいないってこともあるわけでしょ。なら、今、あなたはここにいない。ここで起こったことは知らない。もちろん、私もあなたを知らないし会ってはないという話よ」

「それで‥‥ かまわないのでありますか?!」あまりに安直な案に聞き返すバレット。

「いいんじゃない。そうして困ることがあるのなら別だけど?」

「困ることはありませんが‥‥」
 『ここは素直に従うべきだ』囁く心にバレットは思わず提案を受け入れかけるが、B.A.B.E.Lの特務エスパーとしての責任感‥‥ というより素朴な正義感がストップをかける。

もちろん、女性の後ろに見えるのは力ずくで破られた女性ものの服と下着に(壊された)ESP手錠‥‥ 逃げた女性に何が起ころうとし、目の前の女性が何をしたかは考えるまでもなく、そこから目の前の女性が悪いことをしたとは思えない。
 しかし、その解決が普通ではないことも明らかで、全体像が全く見えないと言うことを含め”見なかった”とするには迷いがある。

「あの‥‥ 答える前にもう少し事情を聞かせていただけませんか?」

「目をつぶるのは良いけど自分の正義感を納得させる理由が欲しいってところかしら?」
女性はバレットの内心を身も蓋もない言い方で指摘する。図星を突かれ気恥ずかしさで下を見るバレットに
「まあ、それが顔に出る正直さは嫌いじゃない。いいわ、悪いことをしているつもりはないから説明してあげる。ただし法律的には幾らか問題があるから、私の名前とか固有名詞は出さないけど、それでいい?」

「それで十分です」と礼のつもりで頭を下げるバレット。
現状、でたらめを聞かされても確認しようはない。その中で、わざわざ言えないことは言えないと明言するのは、残りは本当のところを話してくれるものと解釈する。

「まず、あなたが見た女の人だけど、とある国からコメリカへ行く途中でね。それがどう間違えたのか悪い奴らに目をつけられて、拉致。そのまま売り飛ばされるところを私が救ったってわけ」
状況から一番想像できるストーリーを女性が口にする。その上で『判っている』と一つウィンク
「どうして警察が動かず、こんな暴力的なお姐さんが動いているのかって話なんだけど。一つは表の組織だと動きが鈍くて手遅れになるから。それと女の子が訳ありなのよ」

「訳ありでありますか‥‥」

 中身を話さないのはそこが法律的に問題がある部分なのだろう。
 想像するに、豊かで自由の国コメリカにあこがれ正規の手続きを踏まず入ろうとする人がいると聞いたことがあり、その女性もそういう一人なのに違いない。

『そんなところよ』と軽く顎を引き肯定する女性。
「そしてその女の子の旅を手伝ったのが私なんで、責任として解決に乗り出したってわけ。あとは見ての通りよ。『目には目を歯には歯を』は当然、私たちの世界の”掟”でしょ」

”掟”と語るところでバレットはこちらを後ろ暗い人間と見なしている事に気づく。
確かに、いくらエスパーでも真っ当な日常生活を送っている人間が踏み込んでくるはずはない。

‘そういえば‥‥’
P.A.N.D.R.Aについてのレクチャーで聞いたのだが、そこには自分やチルドレンと同年代の高超度エスパーが何人もいて犯罪に手を染めているとか。

講師を務めた皆本は子どもを犯罪に巻き込む事に憤慨しているが、居合わせたその親友は、その犯罪行為の多くが悪徳政治家や犯罪組織など不正な蓄財に向けられ、人的損害を最小限に抑えつつ掠め取る形であると付け加え面白がっていた。
曰く『これで盗ったカネを貧しい人にバラ蒔いたら義賊のできあがりだ』と(ちなみにさらに聞いたところではP.A.N.D.R.Aに義賊を、少なくともノーマルに対して義賊を気取る趣味はないそうだが)。

 ひょっとするとその辺の情報に通じていて、自分をたまたま居合わせた少しズレたP.A.N.D.R.Aのエスパーと勘違いしているのだろう。

ちらりと誤解を正そうかとも考えるが、共に”表”に関わりたくない立場と考えての提案、それを覆すのことは正しくはあっても適当ではない。

もちろん、目の前の女性がただの犯罪者なら見過ごせない。
 しかし、当人が言ったように、法律はともかく緊急性を考えれば暴力の行使は危機の女性を助けるためのやむをえず取った行為と考えられる。
 もちろん、過剰になりかけた面はあるが、それも素人とはいえ拳銃を所持する二人を相手にしたことを思えばある種の合理性ある‥‥
 そんな風に考えること自体、女性の言葉を受け入れたい自分がいるということ。

「以上で私の話は終わり。どう? これであなたの良心は納得した?」

「はい!」バレットは促されるままに答えてしまう。

「じゃあ、話は終わり。バイバイ、少年、会えて楽しかったわ」

 手を振り先に出るよう促す女性に
「あの‥‥ 一つだけ聞かせてもらってよろしいでありますか?」

「何? もう君と私の間には何もないはずでしょう」
 足下のスマホやトカレフを拾おうとする女性の声にトゲが含まれる。

「申し訳ありません」と身を縮めるバレット。それでも訊いておきたいと
「『何もなかった』コトにするのなら話し合いではなく、その‥‥ トカレフを使うという選択肢もあったのではありませんか? ある意味、一番、簡単な解決策だと考えますが‥‥」

「今からでも撃とうかしら?」ジョークを耳にしたように楽しげに反問する女性。

「いえ、それは困りますが‥‥」

「まっ、それも考えたわ」女性は物騒な案を考えたことを認める。
「でも、万一、あなたが”堅気”だったりすると警察なりが本気で動くでしょ。そうなると色々と拙いもの。あと‥‥」
 と左の額生え際当たりを指で(髪越しに)こつこつと叩き
「ここが”言う”のよ。こっちに銃があってもあなたとやり合うのはヤバイって!」



バレットを見送った女性はその辺にあった紙袋にスマホとトカレフを無造作に入れるとそれを手に廃ビルを出る。そのまま表通りに出ると少し離れたところにある公園へ向かう。



 この辺にしてはやや多い雑木が生えている以外はどこにでもありそうな公園。
 初夏の緑の下で追い駆けっこする少年の一団にそんな風に育って欲しいと思うのか乳母車を止め赤ちゃんにそれを見せる母親、さらに両者を慈しむように目をやる散歩の老人、街の片隅であった暴力とかが全く無縁の景色がそこにある。

 女性は公園の隅にあるベンチに腰を降ろすと背もたれに身を任せ空を見上げる。

しばらくの間があって
「何か嬉しそうだが、良いことがあったのか?」との声が耳に入る。
出所は女性が来る前からベンチの脇でこれも風景を見物していた電動車椅子の男から、ただし独り言の形で女性に向けられたものではない。

‥‥ 指摘され女性は初めて自分が微笑んでいることに気づく。

廃ビルではほぼ計画通りの展開で、その意味で『良いこと』はあったが、無意識に口元がほころんだのはエスパー少年との出会いがあったからだろう。少しミリオタっぽいところはあるにせよ少年らしい生真面目さと正義感はちょっとした清涼剤になったようだ。
もっともそうした説明は口にしない。自分の心を明らかにする習慣はとうになくしている。

笑みを消しさりげなく周囲の関心がこちらに向けられていないことを確認。持ってきた紙袋を車椅子の足下に置く。こちらも独り言のような感じで
「それの通話記録の解析をお願い、明日の午前中までにできる?」

‥‥ 無言が肯定という感じの車椅子の男。
紙袋を拾うとそのまま車椅子を動かし公園を離れる。

それを見るでもなしに見送った女性は空に手をかざす。
'あの少年のおかげで手を汚さずに済んだ‥‥ か!’と心でつぶやく。
そこで握りしめる手。所詮、それは今日だけのことと自分が一番良く知っている。



 3
B.A.B.E.L本部、医療課、第三診療室。
終業時刻間近、定期検査のため終業間近に訪れたバレットを賢木は診断する。

 頻度は普通の特務エスパーよりかなり多いのだが、それは元ブラック・ファントムとして保護観察下にあるせい(表向きは記憶の回復状況を調べるため)。
これまでなら形だけの診察で済ますところだが、先日の件があるので(怪しまれない程度に)本腰を入れてチェックする。

詳細な分析をしなければ解らない部分はあるが問題はない。ちらりとサイコメトリーを仕掛けることも考えるが、簡単なスキャンでは高超度エスパーである相手から十分な情報は得られないし、本気を出すのも(表面的な問題がない今)躊躇われる。
 結果、『問題ナシ!』とカルテには記録するしかない。



「ありがとうございます」バレットはいつものように丁寧に礼を述べる。
これまでも漠然と感じていた超能力の低下が自分でも判るほどだったのを話そうかとも思うが、それは止める。
 数字として出ていないのなら原因は極めてメンタルところにあるということ。
 なら気持ちさえしっかりすれば使えるはずだし、超能力が使えなくてもそれを埋め合わせる技量はある。つまり任務には支障はない‥‥ と思いたい。

 代わりに‥‥ というのも変だが、もう一つの心に引っかかりを話すことにする。



う〜ん‥‥
 バレットの”小さな”冒険を聞き終えた賢木は一声うめいた後に考え込む。

最初の疑問は、なぜ相談相手が自分かという事。
 チルドレンのサポートチームという事で彼の(正式な)上官は皆本であり、自分は健康面を担当しているに過ぎない。

もっとも、その答えは心配そうにこちらを伺う少年の顔に出ている。

自分が下した判断−事件を見逃したかもしれない判断が間違っていないとの一言が欲しいのだろう。
 そして、この場合、子どもを真人間に育てようと、ほとんど本能レベルで確信している”母親”の皆本よりも、良くも悪くも大人の見本として振る舞う”アニキ”の自分に一言をもらいたいと思ったのだろう(もちろん、親友と違う意味で生真面目な少年が意図的にそう考えたわけではないだろうが)。
とすれば”アニキ”の答えは決まってくる。

「いいんじゃねぇの、それで。自分らの”世界”のトラブルを自分たちのやり方で解決しただけなんだろ。縁のない世界の話なんかすぐに忘れりゃいい!」

「分かりました。そうさせていただきます!」と明らかにほっとした態のバレット。

その分かりやすい反応に賢木は”アニキ”としての微苦笑。
「ところでだ」と目を鋭く細める。

‥‥ 判断は判断として無分別な行動に小言があるのかとバレットは身を固くする。

「そのねぇーちゃんって美人なんだろ! そいつを拝ませてくれねぇか」

おろっ と脱力のバレット。
チルドレンからその方面に関する数多の”武勇伝”は聞いている。隠すコトでもないので昨日の出来事を思い出し透視に任せる。

「へぇ〜 話半分で聞いていたが、凄ぇ美人じゃねぇか‥‥ うん‥‥? オイオイ、この記憶って‥‥」
賢木の目尻が下がり鼻の下が何割か伸びる。

'しまった!'と狼狽で顔を赤くするバレット。
 自分的には意識の外に追いやり忘れていたつもりだが、記憶にはしっかりと残っていたらしい。

「ウンウン‥‥ 判るぞ‥‥ もう少し見ておけば良かった思う気持ちは‥‥」

‘そんな風には思ってませんが‥‥’
 一人で悦に入り生暖かい目を向ける年長者に困惑のバレット。下手な言い訳は逆効果と思うので黙っている。

「お兄さんとしては、これを切っ掛けに大人への階段をどんどん上がって‥‥」
と勝手なことを口にし透視を進める賢木、その眉根に一瞬だが険しい皺が寄る。

急に変わった風向きにバレットは
「‥‥ 気になる点があったのでありますか?」

「いや、いや、何でもねぇよ」手を引っ込めた賢木は気楽そうに否定する。
「とにかく、今の話、他で”吹く”んじゃないぜ。どこでどう話が広がるか分からねぇからよ」

『了解であります』と敬礼で応えバレットは部屋を後にする。

その後、しばらく視線を宙に漂わす賢木。
 今の話を”母親”に伝えるかを迷う。本人の希望と”母親”多忙を考えれば黙っておくのも正しいが、得られた情報の重さを考えれば伝えておかなければならないとも思う。

はぁ 一つため息、インターカムを皆本のところに繋ぐ
「ああ、俺だ。手が空いてからでイイから、ちょっとこっちに来てくれや。耳に入れておきたい話がある。ン?! いや、大したことじゃないんだが、これ(インターカム)でってわけにもいかねぇんだ。ああ、待っているぜ」



 4
 そこそこ急いだだろう時間で現れる皆本。賢木はまずバレットに聞いた話、そして自分のアドバイスを伝える。

‥‥ 聞き終えた皆本は軽く睨むことで二人への遺憾の意を表す。

ふっ そのリアクションが予想通りなのに賢木は苦笑を漏らす。
 バレットの判断は正しかったというべきだろう。とはいえ小言を口にしないのは、それを受け入れるということ、こちらも予想通りだ。

「それで? 事後報告だけで呼び出したわけじゃないだろう」と続き促す皆本。

「まあな」と一つ間を空ける賢木。
「ウェレス・館梨、この名前を聞いたことはないか?」

「ウェレス‥‥ 館梨‥‥? 誰だ、それは?」唐突に出た名前に皆本は首を傾げる。

「やれやれ、働きづめで自慢の記憶力も衰えたようだな」と軽くからかってから
「なら<ザ・シールド>はどうだ?! あとサルモネラ大統領暗殺未遂事件だよ!」

「<ザ・シールド>‥‥ ウチ(B.A.B.E.L)の要人護衛専門の特務エスパーチームに与えられるコードネーム‥‥」

 その性格上失敗は許されず、メンバーは超度6クラスの超能力は元より多くの分野でエキスパートである事が求められる。そして、サルモネラ大統領暗殺未遂事件ではそのエリートチームが、事実上、たった一人のエスパーにより全滅の憂き目に会う。

「そうだ! その名前の特務エスパーがその時の<ザ・シールド>にいたはずだ!」

「ようやく思い出したか。バレットの話の中で出てきた凄腕の女、それがウェレス・館梨嬢だよ」

「何だって!」繋がった話に思わず立ち上がる皆本。
彼女を含め<ザ・シールド>を全滅させたエスパーこそ、ブラック・ファントムの影響下にあったバレットなのだ。

「まあ、座れや」賢木は立ちすくむ親友にそう促す。

 当然の忠告に幾らか自分を取り戻し腰を下ろす皆本。
「その館梨さんが、どうして‥‥ 女性を助けたのは正しいんだろうけど、そんな裏世界での仕事をしているんだ?」

「今の段階じゃ、良く分からん! 当時の記録を呼び出したんだが、退院後、退職‥‥残っている記録はそれだけ。この2年、どこで何をしていたかは全く不明だ」

「そんなはずはないだろ? 特務エスパー、それもエリートチームなら超度6。高超度エスパー管理法で所在とかを(B.A.B.E.Lは)把握しているはずだ」

「その超度ならな。しかし負傷の後遺症で超度は半減してぎりぎりの3、その数字だと管理法の対象にはならん」
賢木は親友の指摘を言下に退ける。
「あと後遺症で付け加えると左の視力に顕著な低下の傾向。今だと無くなっているかもしれん。まあ、頭に一発もらったんだから命があるだけめっけものって話なんだが」

「あの時のオペ、お前がしたんだったよな?」

「ああ、だから思い出せたんだ」賢木はうなずくと形だけの笑みを添えて
「今思い出してもあの時は大変だったぜ! 頭に弾をもらった患者が同時に四人も担ぎ込まれたんだから。管理官や他のエスパーのサポートもあって全員の命だけは何とかって感じだったが‥‥ まあ、逆に言えばそれが精一杯だってことなんだが」

「という事は他の人たちも梨さん同じに何かしら残る影響があったのか?」

「聞かない方が良いかもよ、ウェレス嬢が一番マシだから」と前置く賢木。
「一人は超能力の全失と下半身麻痺。同じく超能力の全失で未だ意識が戻らないのが一人。一番ひでぇのはテレパスの女の子だな。こっちは逆に超度が7に近いところまで上がったんだがコントロールが効かず勝手に流れ込む情報に耐えられず重度の精神汚染。で、その混乱した意識を超度7クラス出力で発信しまくるもんだから並の人間だと近づくことすら危険。家族が顔を見るんだってハリネズミ並に超能力抑制剤を打ち最高出力のECMが要るって話だ」

‥‥ 言葉を失う皆本。

四人の話も重いが、ブラック・ファントムとしてのバレットからすればその被害も氷山の一角に過ぎない。彼がどれほど命を奪い、人生を破壊したか。被害者やそれに係わる者から見れば、たとえ理屈としてバレットに罪はないと判っても感情がそれを認める事はできないかもしれない。
ふと、よぎる昏い予感

「まさか?! 彼女、バレットの事を知って姿を見せたんじゃないだろうな?」

「それはねぇな。バレットが犯人だって事はB.A.B.E.LではトリプルAの機密。内務省への報告だってブラック・ファントム1号って扱いでバレットを特定できる情報は出ちゃいねぇ 周りが知っている者ばかりだからピンとこないだろうが、知っているのはチルドレンに俺とお前、管理官に局長、柏木さん。残るはティム・トイの時に現場にいた<ザ・ワイルドキャット>の二人にリハビリの関係で末摘嬢くらいだ」

「そうだったな」当時、そうした”後始末”を行ったのが自分だった事を思い出す。

強大なヒュプノ−最近、それがファントム・ドーターと名乗る少女によるものと判明した−の犠牲となり望まずして殺人者となった少年に未来だけでも与えようとできるだけの事をした。しかし、それでコトは済んだと考え被害者の方に気が回らなかった。もちろん、現場指揮官の自分がそこまで考えなければならない責任はないし、知ったとしてできる事は大してなかったわけだが。

「落ち着くところは単なる偶然‥‥ つまり運命の女神のイタズラってヤツじゃないかって気がする。それが証拠に向こうからなかった話にしようって提案したんだから。何が下心があれば、『なかったこと』にはしないだろうよ」

「その判断で正しいと思うが‥‥」自分に言い聞かせるような皆本。
予知を阻止してきた経験上、言うところの『運命の女神』が、どちらかといえば性悪であることは熟知している。



 自分のオフィスに戻った皆本は、すぐに<ザ・シールド>の情報を<ザ・タワー>から呼び出す。
 賢木が言うように偶然の遭遇で終わればいいが、それで済みそうにない予感がきりきりと胃を締め付ける。



そしてウェレス・館梨。

B.A.B.E.L/<ザ・シールド>時代の彼女はまさに模範的な特務エスパー。
訓練生として入局した際の超度は『4』寄りの『5弱』、それを『6強』にまで高めたのは−入局時『4』その後『6強』の<ザ・ワイルドキャット>こと梅枝ナオミに比べれば見劣りはするものの−本人の熱意と研鑽なしにこれほどの向上はあり得ない。
 また、超能力に関係のない分野における成績も優秀。E.S.F.A.T.Eとの第一期交流のメンバーに選ばれただけでなくE.S.F.A.T.E側がエスパーでなければ引き抜いていたのにと嘆息するほどの成績を上げらしい。
 これなら話に聞いた戦いっぷりも不思議ではない。

それだけの女性が、犯罪じみた(客観的には十分犯罪だが)行為を生業にしている。心身に傷を負ったせいで身を持ち崩したという解釈はできるが、それで済ませられるのかと考えてしまう。

 記録の隅に見つけたのだが、加療の際に額の傷を小さく見せる整形手術を勧められるが断ったとも。自分の”近く”に六十年以上も傷跡を持って自らの心を閉ざしている男がいる。その女性の心理もそれに近いとすれば‥‥

大きく腕を上げ背筋を伸ばし悪い予感を落とそうとするが上手くいかない。すっきりするためには彼女の”今”を知る事が一番だろう。
そこで『自分が‥‥』とも思うが、ブラック・ファントムを名乗るエスパーの出現にP.A.N.D.R.Aの帰還、チルドレンが関わらざるを得ない事件の連続に手が離せない。

『なら』と思い浮かぶのは不安を持ち込んだ当人。
 情報に関する当人の能力もさることながら、当時を知り当人とも面識があるという点で適任。自分同様多忙という問題はあるが、命令権者として自分が<ザ・イクスプロレイター>を使う形にすれば医務課の仕事は最低限に減らすことができる。
”ボランティア”もそこに紛れ込ませれば一石二鳥だと自分に言い訳をする。

 インターカムに手を掛けたところで勤務時間とっくに終えていることに気づく。
 オーバーワーク気味のここしばらく、遅くなることについて妙に勘の鋭いチルドレンのこともあり”延長戦”は避けた方が良い。
一応、親友の勤務表を見るとバレットの診察で終わり、今の話の時間分、まるまる超過であることを確認。

‘時間が合うのは、明日の‥‥ 昼休みか‥‥’

互いのスケジュールから会うのに無理のない時間帯を割り出す。やや時間が空くが、それほど切迫しているわけでもないと自分を納得させる。
 明日の昼前に、昼を一緒に取ることを提案するメールが届くようプログラムを最後の仕事とする。
 一ヶ月のご無沙汰での第2話です。以後、ストックが一話増えるか、(ストック尽きるまでは)一ヶ月が経過するごとに更新する予定です。
で今回、バレットと共に主役を張る<ほとんどオリキャラ>ことウェレス嬢が登場しました。
 『ほとんど』の形容がついているのは、一応、絶チルに登場しているキャラのため。 とはいえ、これを読んで思い出せる人はよほどの絶チルファンだけ。
 何せ登場したのは本編ではコミック11巻『黒い幽霊−バレットが初登場のエピソード−』(2)とサプリ1篇のみ。計3ページ半、コマ数で7(!)という極めつけのマイナーキャラ、名前すらありません。
しかしながら作中にも言及していますが状況的に見てB.A.B.E.Lではトップクラスに優秀なチームに属するエスパーのはず。そんな彼女が、あの後、どういう人生を送ったのだろうかというのが本作の始まり。
 バレットはともかくこちらは読み手のどなたにとっても思い入れのないキャラなのでどれだけ読んでいただけるか不安ですが、よろしくおつきあい下さい。

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