ダン! ダン! ダン!
定期の訓練のためB.A.B.E.L地下に設けられた射撃場に降りた皆本は先客に気づく。
S&W・M29を手にした先客の名はバレット・シルバー。
チルドレンと同世代の少年で『鉛』をキーワードにした合成能力者、射撃において特にその能力を発揮する。
二年以前、その”力”のせいでブラック・ファントムのスナイパー/暗殺者にされたが、チルドレンの活躍によりその呪縛から解放、その際、記憶と超能力を失う。
以後、B.A.B.E.Lの元で社会生活を送るためのリハビリ。それを通じ(記憶は戻らないものの)能力の八割方が回復。チルドレンの中学進学を機に彼女たちのサポートチーム−<ザ・シャドウ・オブ・チルドレン>の特務エスパーとして働いている。
ちなみに主な仕事は相棒であるティム・トイ(彼も元ブラック・ファントムのエスパーだが)がデコイの担当なのに対してその直接的な戦闘力を買われ護衛を担当する。
『ぴしっ!』バレットはそんな擬音が添えられそうな敬礼で上官−皆本を迎える。
「すまん、手を止めさせてしまったようだな」と苦笑気味に応じる皆本。
”解放”の副作用か、それまでの抑圧の反動か、元ブラック・ファントムの二人とも、ある種、極端な思い込み−この場合、共通項はアニメオタクという属性であり、目の前の少年に限定すれば戦士としての自己規定−が見られるのは”解放”された以上『普通の生活を』と願う側としては微妙なところ。
敬礼を終えた少年は軽く歩幅を広げ手を後ろで組む。顎を引き背筋を伸ばし
「そんなことはありません! ちょうど区切りがついたところであります!」
とこれも模範的な兵士のような答え。
『やれやれ‥‥』皆本としては見えない形で肩をすくめるしかない。
そこでディスプレイに表示されたスコアに気づき疑問符を浮かべる。
示された数字は自分が射撃訓練で出すのと同じ程度。それ自体は悪くはないが合成能力により超一流以上の射撃ができる者としては低い数字。
超能力に異常が出たのかと改めて少年を見たところで彼が『らしからぬ』派手なアクセサリーの幾つも身につけているのが目に止まる。
「全部リミッターか、賢木に借りたんだな」
「はい、超能力が使えない場合を想定しての訓練であります!」
控えめながらもバレットは返事に誇りを込める。どんな状況にも備えるのが戦士だというのところ。自分の言葉に思い出したとうなずき
「あの‥‥ 以前、具申した件はどうでありますか?」
「ああ、あの件か‥‥」と皆本。
ブラック・ファントムとチルドレンの因縁に加え<ザ・シャドウ・オブ・チルドレン>の現場運用主任を兼ねている事もあってバレット(と同じく元ブラック・ファントムのティム・トイ)の保護者役を引き受けているのだが、先日、目の前の少年からその立場をもって頼まれた事を思い出す。
E.S.F.A.T.E−対戦術超能力者攻撃班(ESpecial Force Against Tactical Esper)は陸上自衛隊の特殊部隊の事。
名称が示すように対エスパー戦に特化した部隊でそれに応じた装備とノウハウを備えている(余談ではあるが、その特質に目を付けられ、利用された形ではあるが、二年前に起こった某重大事件ではB.A.B.E.Lの敵として皆本やチルドレンと死闘を演じた事もある)。
で、その某重大事件に関連し部隊の解散という話もあったが、P.A.N.D.R.A等の活動により同種の部隊は必要であるという(B.A.B.E.Lにとっては苦々しい)政府の認識の元、非公然組織だった設立時よりはオープンにした形で再編、今に至っている。
B.A.B.E.Lとは先のいきさつやエスパーに対する立ち位置が逆なのもあって微妙な関係だが相互に有益な情報を持つのは確かなので、メンバーの出向や共同訓練など一定の交流がなされている。
少年が申請したのはその交流に、具体的にはE.S.F.A.T.Eの対エスパーを想定した戦闘訓練に参加させて欲しいという事。今の訓練がそうであるように超能力が使えなくともチルドレンの護衛として(敵エスパーと)戦える力を持ちたいという希望だ。
「申請はしたが期待しない方が良い。希望者は多くはないが、実績と経験のある人間から優先して選抜されることになっているからね」
「そうでありますか‥‥」バレットは失望に肩を落とす。
‥‥ そのバレットからわずかに目をそらす皆本。
その説明自体に嘘はないが申請自体は自分が握りつぶした。
本物の特殊部隊がそうであるように、かなり露骨な殺人スキルを身につけさせるというのも未だ少年であるバレットに相応しくないと思うのが一つ。そして、より大きいのはE.S.F.A.T.Eが(その組織の性格上)身元の不確かな者を受け入れないという現実。書類上は問題はないはずだがE.S.F.A.T.E側の調査で少年の本当のところが出てしまえば拙い。
皆本をして、普段、忘れている話だが、ブラック・ファントムの影はなお少年を覆っている。
少し気まずい空気が流れるが、それを救うように皆本の携帯が鳴る。
「‥‥ 予知課ですか ‥‥ お願いしていた条件に沿った予知が‥‥ 判りました‥‥」
携帯を切る皆本、バレットに向かい
「君も来てくれ。”連携”の実戦テストが行えるかもしれない」
盾と弾丸(1)
1
さほど大きくはない駅前、そこから少し離れた区画に立つビルの四階のありふれたオフィス。午後の業務が一段落する頃だが、本来、ここで働く人は誰もいない。
代わりに(と言うのはおかしいが)いるのは四人
その四人とは‥‥
ノートパソコンを操作しているのはB.A.B.E.Lが世界に誇る超度7のエスパー三人で構成された特務エスパーチーム<ザ・チルドレン>の現場運用主任皆本光一。同じくB.A.B.E.Lの特務エスパーチーム<ザ・ダブルフェイス>の常磐奈津子と野分ほたる。
そして、持ち込んだM82A1対物ライフルの位置を確かめているのは特務エスパーチーム<ザ・シャドウ・オブ・チルドレン>の一人、バレット・シルバー。
チルドレンがいないことを含め異例なチーム編成なのは任務の性質がいつもと異なるため。とは言っても、任務そのものはありふれたもので、少し離れたところで起こった立てこもり事件を解決すること。
「結局は予知通りだったってわけね!」と野分ほたるが愚痴る。
立てこもり事件が起こるという予知、実験という点では起こって欲しいわけだが、だからといって隠すのもおかしい話で、情報は警察へ。
受け取った警察はそれを阻止しすべく付近の警戒を強めたのだが、犯人が超感覚系エスパーであったため、それに気づかれ、予知とは別の銀行を襲いコトが起こってしまう。(その警戒により報道管制をすぐに敷くことができ、騒ぎが無駄に大きくならずに済んでいるのは皮肉ではあるが)
なお、愚痴っぽくなったのは予知その物を防げず、仕事が増えてしまったからではなく、任務を引き継ぐ際に向けられた警官たちの険しい目線があったから。
そこに込められているのは ”力”を使わずともだいたいは判る。
曰く
『犯人がノーマルなら自分たちで解決できるのに!』
『予知をするなら犯人がどんなエスパーであるかまで予知しろ!』
『ひょっとすると、手柄を横取りするために情報を出し惜しんだんじゃないのか?!』
等々
もっともそのことは口にしない。奈津子も皆本もよく知るところであり、少年は知る必要はないことだ。
ある意味、当然ではあるが、高超度エスパーの数は必要とされる局面に対して圧倒的に少ない(超度7だと確率的に三〜四千万人に一人。もっとも、あくまでも確率で1億の人口でも長らく超度7に恵まれなかった日本の例もあるし、一都市規模のインパラヘンに超度7が現れることもある)。
そこで、出てくるのがエスパーの連携により超度の足りなさを補おうというアイディア。
チルドレンの使うブースト・システムがそれに対する一つの答えとされているが、前提として使用者が高超度エスパーでありなおかつ十分なチューニングが必要という事で、とても一般化されているとは言えない(実際はそうでもないのだが、それを知るのは皆本、賢木、蕾見管理官だけ)。
付言すれば、二年前、E.S.F.A.T.Eが絡んだ某重大事件で使われたシステムも連携の形の一つだが、こちらは開発者が(自分の記憶も含め)全データーを処分、なおかつ国際社会の勢力関係を一変させかねないということで超能力兵器制限条約により研究が凍結、事実上、放棄された形になっている。
上で述べたようなハードによる連携とは別なアプローチとして皆本が考えたのがテレパスを中心に複数のエスパーの能力を統合するというアイディア。
発案者により”連携”とそのもの過ぎるコード名を与えられたプランがうまく機能すれば、(ある意味、チルドレンより希有な)高超度複合エスパーがそこに存在することになる。
もちろん『言うは易く』で(さらに私的な研究と言うことで優先順位が低い事もあり)、二年がかりでようやくテストできるレベルに達し、今回の出動になった。
このイレギュラーズで試すのは、奈津子のクレヤボヤンスをほたるのテレパシーでバレットのものとし狙撃するというもの。理論上は姿が見えない相手を狙撃できる。
「”視界”に問題なし! 透視プロテクターは作動していません」
と奈津子が透視の結果を報告。
「犯人は予知の通り一人、カウンターのを背に女性行員に包丁を突きつけています。持ち込んだとされる爆発物については火炎ビンが一本、足下に。まあ、火ダネはないからこけ脅しでしょうけど」
銀行とかの場合、超能力の”覗き”に対処するためある程度の超能力対抗措置が取られている。この場合、支店長あたりがB.A.B.E.Lの介入を期待しスイッチを切ったか、犯人が周囲を”見る”ために解除させたか。
「予備透視はその辺でいい。相手に気づかれると元も子もないから」
と皆本。直線距離で500mは離れたこのオフィスを徴発したのは相手の超感覚の範囲外から作戦を行うため。ここにいることは現場の警官も知らない。
後は作戦を発動するだけだが少し躊躇う。
手前に開いたノートパソコンに示されるメディカルデーターが思わしくないから。 <ダブル・フェイス>の二人が緊張しつつも安定しているのに対し、主役であるバレットの数値が今ひとつ安定しない。
指揮車、作戦前のブリーフィング。
「主任!」話の区切りでバレットが手を挙げる。
「今の話では”リンク”により小官が常磐三尉の能力を借りる形ですが、それで良いのでありますか?」
「主任として僕が奈津子君の”力”を借りるというのもあるんだが、ノーマルとのリンクはほたる君の負担が大きい。何より、もし”連携”がうまくいかない場合、君なら自身の超能力で狙撃が可能だ」
皆本はそう説明した後、ぽんと肩を叩き
「ということで、君しかいない! 大丈夫! 君なら立派にやり遂げられるはずだよ!」
向けられた信頼にバレットと”熱く”敬礼を決める。
「了解! きっと期待に応えて見せます!!」
能力が認められたエスパーのる喜びは知っているはずなのに少し煽り過ぎたかと細かく上下する数値を前に反省する。
何か気分転換を図ろうとした時
「ダメでしょ、そんな固くなったら! 若いし初めてだからそうなるのは分かるけど、そんなに緊張していると肝心の時に役に立たなくなるわよ」
まるで経験豊富な女性が”初体験”の男性をリードするような台詞はほたる。
「そうよ」と奈津子が引き取る。こちらも年上M頼れるお姉さんを前面に
「失敗したって責任は任せた皆本さんにあるんだから、気にすることじゃないわ。だいたい、皆本さんがこれまでにどれだけチルドレンの失敗の責任を取ってきたか。今更、そこに一つや二つ失敗が増えたところでどうってことないって」
「そういうことだ。今年度に入って始末書はまだ五枚、昨年の半分、一昨年の1/5のペースだ。筆も鈍ったところだからここで一枚、二枚、書くのも悪くないよ」
と皆本も気楽に話を受ける。
「‥‥ 了解であります」
内容以前に大人たちの気配りを感じたバレットは肩に当てていた銃床を外し大きく深呼吸。再び、銃床を肩に当てスコープを覗く。
数値が落ち着いたことを確認した皆本は作戦の発動する。
!! 実戦レベルで発動した”連携”にバレットは息を飲む。
訓練ではセーブしている部分もあって、ここまで他人の能力を自分のものとして自然に使えるとは思っていなかった。
自分的には幾つかの超感覚を合成させた”力”で遠く離れた目標を察知、狙撃することはできるのだが、まるで自分の目で見るように見えない場所を”見る”のは初めて。今までにない”力”を思うままに使えるのは素晴らしいとしか言いようがない。
これなら1キロ先に並んだ百個のピンの頭から特定のものを選び撃ち抜けるに違いない。
エスパーが能力に覚醒した時、自分が人間以上になった気がするというのも、こういう感覚を体験するからだろう。
ちくり 心に小さな痛みが走る。
自分が超能力に覚醒した時の記憶はない、きっと素晴らしい感動がそこにはあったはず‥‥
‘本当に感動した?’痛みがざわめきに変わる。
超能力を覚醒した時もそうだが、記憶がない時代、自分はこの超能力をどのように使ったのか‥‥
急にカメラのズームが壊れたかように”視野”の焦点が合わなくなる。
‘バレット君、どうしたの? 気持ちがふらついているわ! このままじゃ”連携”できなくなるから集中して!!’
ほたるの焦ったトーンの”声”が割り込む。
‘申し訳ありません!’とバレット。
奥歯を強く噛みしめ意識を集中、それと共に”視野”は回復、 犯人の位置も特定。
ちょうどこの位置から直線上。目標までの障害として銀行の壁があるが、対物ライフルならそれで弾道が変わることはない。
諸々、自分の誘導能力を併用する可能性も少なくなかったが、それは使わずに済みそうだ。
照準を定める内に犯人がきょろきょろし始めるのが”見える”。こちらの”覗き見”に気づいたに違いない。
とはいえ想定の範囲、かえって攻撃の切っ掛けになる。ターゲットに照準を合わせトリガーに掛けた指に力を込めた。
ズン!
消音されてはいるが重低音の発射音にマズルブレーキからライトクレーの排煙。
放たれた50口径弾は軽々と壁を貫通。その衝撃で装弾筒が外れ、内部の麻酔弾が犯人に命中。体内に送り込まれた弛緩剤とESP抑制剤が目標を無力化する。
命中と女性行員に怪我がなかったことを確認したところでチームとしての任務は終わり。超能力を”貸した”だけで何もしていない奈津子は『せめてこの程度は』と主役をハグし任務と実験の成功を祝す。
‘うん‥‥ ?!’奈津子は内心で首を傾げる。
幾らかの悪戯心を込め(浅くではあるが)顔をこちらの胸に埋める形でハグしたのだが、反応がおかしい。三次元に対しては奥手な少年であれば激しく動揺(ある意味、それを楽しもうというのもあったわけだが)するはずが心ここにあらずという感じだ。
もっとも、数秒で我に返ったバレットは、真っ赤になると奈津子から体を離し、想定通りの赤面と狼狽を見せる。
2
B.A.B.E.Lに戻った皆本達は”連携”の影響をチェックするため医務課、第三診療室へ向かう。待つのは(当然)プロジェクトに一枚噛んでいる賢木。最初狙撃と実験の成功を祝し診断に入った。
「取りあえずは問題ない‥‥ けれど医者としてはあんまりこいつを使うのは勧められんな。連携したエスパーの負担が大き過ぎる」
ディスプレイに表示されたデーターを心の内で反芻しつつ賢木は自分の考えを告げる。
『そうなのか?』皆本はエスパー三人をこもごもに見る。
要のほたるこそ疲れを訴えるが、楽をしたがる日頃の言動から話半分に聞いていたし残り二人は何も訴えていない。
「無事ですんだのはどの破綻が顕在化する一歩手前で任務が終わったからだ。もう少し続けていたら、互いの超心理エネルギーが超能力中枢を浸食し合って重度な精神汚染が生じるところだったよ」
「‥‥ テレパシーで複数のエスパーの能力を一つにまとめようというのは無理か」
示されたディスプレイに目を走らせた皆本は親友の判断が正しい事を認める。
「そういうこった! もう少し超心理エネルギーの反応定数が高ければ問題はないんだろうが、そいつは世界を構成する法則だからな。小手先の工夫じゃどうしようもない。超能力をまとめるんだったら、やっぱ例の線しか‥‥」
「それは、また今度の話にしよう」賢木のぼやきを遮る皆本。
チルドレンのブーストにより変容したレアメタル結晶を使えば、超心理エネルギーの周波数を揃え上乗せできる事は二年前から分かっている。
さらにシンクロ率を高めれば、共鳴現象を引き起こしエネルギーが爆発的に増大する事も−低レベルエスパーであっても他のエスパーとシンクロすれば高レベルエスパーなみの”力”を発揮できるということも分かっている。
ただ、今、それを明らかにすれば、高レベルエスパーが絶対的に少ないということでギリギリ保たれているエスパーとノーマルの力関係が一気に崩れるのは目に見えており、この事実は管理官を含め三人の秘密になっている。
「そうだな」自分の迂闊さに気づいた賢木はそれを誤魔化すべくそそくさと診察の終わりを告げた。
三人が診療室を出た後、当たり前のようにそこに残る皆本。
「そっちが回した数字だから細かいことは抜きにして、狙撃の一瞬、奴っこさん(バレット)の超能力が大きく下がったんだが、いったい何があったんだ?」
賢木は気楽そうな口調と対照的な深刻さを顔に浮かべ尋ねる。
「よく分からない‥‥ それが取りあえずの答えだ」と苦しげに応じる皆本。
引き金を引く瞬間に気づき、ぞっとしたのを思い出す。
それでも、命中したのは、奈津子のクレヤボヤンスが完璧にバレットの感覚とシンクロできていたこと、弾を”誘導”する狙撃でなかったこと、そして超能力抜きでも少年の狙撃スキルが一流以上−たぶん、世界規模の大会で通用する−であったおかげ。
「超能については諸々の要因でコンディションが大きく変化するからな。こうした変化もないわけじゃない」
「本気で思っていないくせに良く言うぜ! 安定しているのが高超度ってことだし、合成能力は発動条件が限られている分、安定度はさらに高いはずだから」
そう否定した賢木は少し考える風に首を傾げ
「最初に思いつくのは”連携”による予想外の副作用ってとこだが‥‥」
「可能性はあるが、それなら<ダブル・フェイス>にも何かしらの変化があるはずだし、これまでの実験や訓練でも兆候が見られてはずだ」
「やっぱ、そうだよなぁ‥‥」と賢木。訓練時の数値は自分も問題ないと評価している。
別な可能性に思いを巡らし
「‥‥ ひょっとしてアレか? そっちも気づいているんだろ?」
「ああ、まだ仮説以前の話だが、今回の低下は人を狙ったせいじゃないかと思う。つまり意識下に封印されたブラック・ファントム時代の記憶が超能力を抑圧したんじゃないかと思う」
「自分も思いついておいて何だが、それはおかしくないか? 任務に就いてからここまで二月あまり、学校変質者侵入事件や花粉事件、それにP.A.N.D.R.Aともやりあったワケで人を相手に”力”を普通に使っているぜ」
「それはチルドレンを守るためと考えれば説明はつく。彼に取って何よりも大切な存在だからな」
「ってコトは、チルドレンを守る時にしか超能力を使えないってことか?」
「今の段階ではそう考えるのは妥当だろうな。もちろん当面、それで問題はないんだが、気になるのは、それを本人が薄々感づいている節があること。当人には何かしらの違和感を感じているんだろう」
「それで、奴さん超能力が使えなくても戦える訓練をしているってわけか」
リミッターを借りにきた理由に思い至る賢木。
「それでもこっちに何も言わないのは抱え込んでいるってことだな?」
「そういうことだ。根が真面目なだけに悪循環に嵌るかもしれない。最悪、チルドレンを守ろうとしても超能力が発動しないこともあり得る」
「そうなると、またインターネットカフェに引き籠もるか」
花粉事件の時に彼を迎えに行った賢木は苦笑する。あの時はティム・トイの機転で事なきを得たが、次も同じ手でいける保証はない。
「まっ、このまま超能力を使えなくなる方が当人には良いって考え方もあるけどな」
「それでオーケーとは言いたくないな」
少年がスナイパーであることには否定的な皆本だが、同時に持って生まれた”才能”、そしてそこから生まれる未来を安易に否定したくはない。
それが割り切れるくらいなら”あの”未来だって簡単に避けられる。
「とりあえずは見守るしかないか‥‥ メンタル的原因での低下なら、小さな切っ掛けで改善する可能性はあるし」
「いいだろ。俺も担当医師として注意しておく」
歯切れの良くない結論だと思う賢木だが、対案はない。気を取り直すようにデスクの冷めたコーヒーに手を付ける。苦いだけのそれに顔をしかめつつ
「それで? ”ボランティア”の話もするつもりなんだろ?」
4
「何も分からないことが分かった! 今のところはそれが答えか」
賢木は皆本が集めてきた資料にざっと目を通し結論づける。
<インビジブル>を調べるについては”財団”からの私的に依頼があって個人的に引き受けたものでそこに友を巻き込むという形を取った。非公式と言うことで難色を示したもののブラック・ファントム絡みとなると(自分と同じく)否応はない。ちなみに情報の出所については薄々勘づいているようだが、それは口にしない。
「紫穂のお父さんを通じて密入国に関わる業者の情報も手に入れたが、そこにもこれはという情報は見あたらなかった。業者の中には<インビジブル>と思われる依頼受けたところもあるが、どこも金払いの良い相手からのありふれた仕事としか思っていない」
「けれども、一つ一つがありふれた偽造やお目こぼしであっても全て組み合わされた時、透明人間のできあがりってわけだ」
「そういうことだ。例の愉快犯エスパーについても二つの些細な”見落とし”と偽造された三文判一つで空港でのエスパー検査をすり抜けている」
「簡単にどうこうできるとは思ってはなかったが、こいつは気長にやる以外に手はないな」
とげんなりとする賢木。この先、幾つデートをあきらめなければならないか。
「あと、役に立つかどうかは微妙な情報だが」
そう前置きした皆本はディスプレイに情報を表示する。
「出所はコメリカ‥‥ 引き受けた時、大佐にも情報を渡し協力を頼んでおいたんだ」
言うところの『大佐』とはコメリカで七人しかいない超度7のテレパスで在日コメリカエスパー部隊のトップだ。
「CIC(コメリカ中央情報局)に手の内を見せてくれって頼んだのか?! 下手をすると両方の手が後ろに回る頼みだろ、それは」
慎重居士なくせに時には自分でも躊躇う大胆な手を打つ友を賢木は感心する。
「お前が聞いた台詞じゃないが、俺達にあるのは人脈だけ。早くケリを付けるのなら利用しない手はない。それに大佐ならボロを出すこともないはずだよ」
高超度エスパーである以前に戦後の冷戦時代を諜報員として生き抜いてきたのは伊達ではないと言外に語る。
その判断が正しいことを知る賢木はそれ以上は言わず
「それで情報が出たってことは、向こうさんも(インビジブルには)関心があるって事だな」
「ああ、よく利用しているそうだから ‥‥っていうのはコメリカジョークらしいが、エスパー犯罪者の出入国絡みで幾つかの機関が調べているらしい」
「それで、こいつだが‥‥ 少し大きめのスマフォ‥‥ もしくは小さめのタブレットに見えるが違うんだろうな」
賢木はディスプレイの映されたモノの印象を口にし自分で否定する。
「<インビジブル>のエージェントが使う情報端末だ。形は同じで幾つかのタイプがある。下っ端が使うそれは、それこそ旧世代の携帯並みの機能しかないが、中にはクライアントの要望や情報を入力すると、その場で最適な計画を立て手配まで済ます機能を備えているそうだ」
「どこかの家電店なら0円で交換しますって感じの安っぽさなのにそんな凄い機能があるのか?!」
賢木は改めてディスプレイに映っている情報端末を凝視する。
「サイズから見て機器自体にそんな機能はない。たぶん、そうした計画を作るプログラムにアクセスできる専用端末というところだ」
「機器はそうだとして、その計画を立てるプログラムって地味に凄くないか?」
「もともとは長い年月をかけてアナログ的に蓄積されたノウハウを人工知能として統合したものだと思う。できることから逆算して第五世代クラス人工知能。それにコメリカにも尻尾を掴ませずにそうしたやり取りができるセキュリティも含めるとこの端末の先にはB.A.B.E.L並の最先端テクノロジーが使われている」
「おいおい、ウチは世界有数の最先端機関だぜ! それに匹敵するテクノロジーって、いったいどんな組織だよ、<インビジブル>は?!」
「<インビジブル>がそんな力を備えているんじゃなくて、別の組織がそれを提供したんだと思う」
「つまり、某エスパー派遣会社‥‥ とか」賢木は行き着く結論に顔をしかめる。
全貌は未だ知られていないが、某エスパー派遣会社ことブラック・ファントムは犯罪組織という枠には収まりきれない強大な力を持った怪物なのが見えてきている。非合法活動向けのエスパー斡旋など全体の中では一部門なのだろう。
「彼らにしてみれば<インビジブル>は派遣エスパーを動かすのに役立つ存在、色々と肩入れしていてもおかしくはない」
「バレットやティムも<インビジブル>で日本に入ってきたとか‥‥」
思いつきを口にした賢木だが、その蓋然性が高いことに気づく。
強力な力を持ったエスパーがその正体を隠し国に入るのは(エスパーとしては認めたくない言い方だが)兵器(超度によれば大量破壊兵器)を密輸されるのと同じ。事と次第によっては一国、いや、その地域全体の安全保障が揺らいでしまう。
そして、それが現実となった時、エスパーの存在自体が罪として糾弾される。P.A.N.D.R.Aが<インビジブル>をマークするのも当然といえる。
「ところで、<インビジブル>だが、どうしてこんなシステムを使うようにしたんだ? 確かに便利そうなんだが、同時にこいつは組織その物なんだろ。こいつを押さえられたら終わりじゃないか?」
「儲けと安全のどちらを取るかで前者を選んだということじゃないのかな‥‥」
皆本もそこはよく分からないと口を濁すように応える。
「まあ、部外者が使えないよう厳重なセキュリティが施されているのは想像できる。たぶんハードを手に入れても意味はないはずだ。その意味で、言ったようにこの情報がどんな風に役立つかは判らない。けれど情報は情報、一応は気に止めておいた方が良いと思う」
「了解だ。せいぜい、それが使える状態で落とした奴がいて、俺達が拾う可能性に賭けるとするか」
と冗談で締める賢木、言われたように頭の片隅に止めておくだけで十分の情報と分類しておく。
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続きの第1話です。時期的には、厳密に設定していません(しろよ!)が中一の1学期、P.A.N.D.R.Aが日本に戻りファントム・ドーターの存在も明らかになった頃。以後、1ヶ月ほどの時間の出来事になる予定(単行本で19〜20巻あたり)。名前等で出ますが基本、チルドレン、兵部は出ませんので、悪しからず。あと、ストーリーの背景となる部分については次回、『ほとんどオリキャラ』が登場した時点で補足させていただきます。