「ここは……?ここは一体どこだ?」
目を覚ました男の第一声がそれだった。
自分の置かれた状況に困惑し、すぐに周りを見渡す。
だが薄暗い暗闇に包まれ、目の前すら判然としない。
果たして夜の暗闇なのだろうか。
それとも、ただ暗さに目が慣れていないせいなのか。
せめて周囲の様子を探ろうと耳をすますが、音がまるで聞こえてこない。
虫の声や動物たちの立てる物音、風の音さえも。
聞こえるのは自分の息遣いのみだった。
ここで男はあることに気づく。
自分は一体誰だ?何故ここにいる?
目が暗さに慣れるまでの間、しばらくそうやってみたものの、結局周りに人はおろか生き物らしい生き物も発見できず。
ようやく目も慣れてきたことも相まって、周囲を探索してみることにした。
「なんだこれは……?」
しばらく歩いていると、目の前に衝撃的な光景が飛び込んできた。
信じられないほどの大きさの物体だ。顔らしきものが見えることから、石像だろうか?
圧巻の巨躯だった。その巨大さには威圧感すら感じられる。
まず目につくのは背中の巨大な大砲。
近寄ってみると、全身に小さな穴が無数にあるのがわかる。あれは何なのだろうか?
太い腕に太い脚、その身体はまるで人を模しているように見える。
だが、側頭部から生えた巨大な二本のツノと臀部から伸びる尻尾は人間のソレではなかった。
男が物珍しげにしばし眺めていると、何やら物音が聞こえた……気がした。
いや、もう物音というのは正しくない。
今度はハッキリと聞こえた。
足音だ。誰かが、こちらに向かって歩いてきている。
やがて足音の主が姿を表した。女だ。
「お待ちしておりました」
女は男に向かって恭しく頭を下げた。
その声を聞いて男はすべてを理解、いや……全てを思い出した。
―――――アシュタロス打倒からしばらく後 美神事務所にて
「これで今回の件は調査終了ですねー」
ヒャクメがカバン型コンピュータに入力しながら、この事件を締めくくった。
この場には美神を始め、ヒャクメ・小竜姫・ワルキューレ・ジークとあの事件の時共闘した神魔族が集まっている。
アシュタロスが反旗を翻した原因究明の見解と、パピリオ・ベスパ・土偶羅ら直属の部下たちの今後の処遇。
これら事件の事後処理のため、そして何より美神美智恵を時間移動させるためだ。
ちなみに、アシュタロスは魔物であることに耐えられなかったのではないか、というのは美神の見解である。
今この場に横島は居ない。
今頃屋根裏部屋でキヌやルシオラと共にワルキューレの持ってきたパピリオの手紙を読んでいることだろう。
美神も大体のことはワルキューレから口頭で聞いている。
パピリオは魔族の軍隊に入ったこと。
ベスパは本人の希望で小竜姫の弟子になって、修行をしながら妙神山再建を手伝っていること。
二人とも成長出来るようになったらしいので、将来のために色々とやっていること。
特にベスパは修行に力を入れているらしい。
最もアシュタロスの近くにいた者として、色々と思うところがあるのだろう。
ルシオラの処遇については、最終的に美神事務所の保護下に入ることで決着した。
この件に関してはオカルトGメン幹部である西条が尽力したのが功を奏したようだ。無論横島の懇願もあったのだが。
悪魔アシュタロスが起こした戦いは、こうして終息した。
―――――そして現在
「私は、また死ねなかったのだな」
男の名はアシュタロス。女の名はベスパ。
かつて神族人間魔族を巻き込んで起こった争乱の中心人物である。
特にアシュタロスは、GSである美神令子と横島忠夫、そして横島と恋仲になった元部下ルシオラによって消滅させられたはずであった。
そのはずだったのだが……
「……はい。結局アシュ様が復活するまでの時間が多少伸びただけに終わりました」
コスモプロセッサを用いた大規模クーデター。
アシュタロスにとって先の事件は、言わばおまけに過ぎない。
アシュタロスの本当の目的は、自身がこの世界から消滅することだった。
『この世界から押し付けられる悪役』
その役割から脱却するために。
それは本来許されないことだった。
この世界は神族と魔族のパワーバランスが釣り合うことで平穏が保たれている。
それゆえ、もしアシュタロス級の魔族や神族が死んだら自動的に復活されるようになっているのだ。
何度試してみても、そのシステム上アシュタロスは自ら死ぬことは出来なかった。
一旦は死んだと思ってもいつの間にか復活してしまうのだ。
全てを諦めてこの世界の悪役を受け入れるか、この世界の構造を超える悪事に賭けるか。
葛藤の末アシュタロスは後者を選んだ。
だがそれを持ってしても、アシュタロスの願いである存在の消滅までには至らなかった。
それだけ神魔のバランスにおいてアシュタロスの存在は重かったということか。
「そうか……あの場所ではなく嫁姑島に飛ばされて復活したのだな。パピリオやルシオラは?」
記憶が戻ったことで、先程からどこを彷徨っていたのかもわかった。
そしてその場所に眠るものの事も。
コスモプロセッサと並ぶ革命の切り札。究極の魔体。
だがアシュタロスが倒されたことで、結局使われることなく今もって嫁姑島にて眠り続けていた。
「パピリオは魔族の軍隊で元気にやっているようです。
ルシオラは……わかりません。最後に会ったのはいつのことだったか……」
敵味方に分かれて闘った姉妹。
アシュタロスが倒れて全てが決着した後、姉妹の仲は以前通りにとはならなかった。
事件後の処理で顔を合わせる機会も何度かあったが、二人とも己の信念に殉じた以上、一度入った亀裂は結局修復されることはなかったのだ。
「あれからどのくらいの時が経った?」
答えてベスパが主に告げたのは、事件当時のことを知る人間達が皆鬼籍に入るには十分すぎるほどの時間だった。
もっとも、魔族であるベスパやアシュタロスにとっての体感ではさほど大した期間ではなかったが。
「アシュ様、今こそ本懐を遂げる時です」
「本懐?何をするというのだ。コスモプロセッサとエネルギー結晶は破壊され、魔体は肝心の動力がない。
何より前回の計画が知られすぎてしまった。神魔族には特に警戒されているだろう。以前のようにはいくまいよ」
アシュタロスが起こしたクーデター。
それは神魔界に衝撃を与えた。
一魔族の手によって世界に混乱がもたらされ、三界が振り回されたのだ。
当然ながら事件以降は、三界共に以前よりも密に連絡を取り合うようになった。
もうあのようなクーデターを起こせる隙を与えてくれるとは思えない。
「あれから私は妙神山所属となり、斉天大聖老師や小竜姫に師事しました。
魔族から神族へと転身して力を、徳を、実績を。求め続けました。
それというのもアシュ様に少しでも近づくためです」
ベスパの言う、魔族から神族への転身。
それ自体は珍しいものではない。
身近な例で言えば、一妖怪から神族になったヒャクメ、神族から魔族に堕天したワルキューレとジーク姉弟などがいる。
だがその上でアシュタロス級の実力・影響力を得ようとすると話が違ってくる。
本来なら厳しい鍛錬はもちろん、膨大な時間と時には運が必要となるはずだった。
それをベスパはやってのけたのだ。
肩を並べるとまではいかなくとも、それに近い力を手に入れるために。
「今更力を求めて何になる?私にはもう何も残されていない。私は、……負けたのだ」
「いいえ、意味はあります!」
そう、ベスパは言い切った。
アシュタロスが消滅出来なかったのは、“もし消滅してしまったら神魔のバランスが崩れてしまうから”。その一点につきる。
ならばそれを解消させてやれば良い。
先の事件の時はアシュタロス含む魔族=神族の構図だったため出来なかったが、今は違う。
あれから力をつけ、対極の位置にてアシュタロスに迫らんとするベスパ。
彼女にしか出来ない方法がある。
いや、「出来ない」というより「やろうと思わない」方法と言った方が正しいか。
「ベスパ……まさかお前は」
要はアシュタロス一人で消滅しようとするから問題なのだ。
神族側からも、アシュタロスに匹敵する影響力を持つ者を消滅させればよい。
だが「アシュタロスの為に死んでやろう」などという者は現れないだろう。大半の神族は現状に満足しているのだから。
ただ一人、彼女を除いて。
「私はアシュ様のために……死ぬために生きてきたのです」
事件終息後どんな謗りを受けようと生き延び、神族に転身し、妙神山で修行を積んだのは。
彼女をここまで衝き動かしたのは、全て。
「さあ、逝きましょう。共に」
彼女の修練は全て、この時のために。
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再逝編 ―――――――
「アシュ様……どこまでもお供いたします」
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