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ふつうの

「ふつうの女のコに戻ります」

 美神さんがそんなことを言い出したのは、夏休みの終わりごろ。
 おキヌちゃんが実家から帰って来てしばらくしてからだった。

「へーへー、それもいいんじゃないすか」

「ふつうってふつうのことですよね?」

「美神殿は今まで、異常な女のコだったのでござるか?」

「なにそれ、美味しいの?」

 事務所の面々の反応はそんな感じだった。
 遊びに来ていた母親に至っては。

「ふつうは良いと思うけど、いまさら女の子は無理だと思うわよ。令子」

 などと、汗など流してみたり。
 ……原因は大体わかっている。
 ルポライターに取材を受けて週刊誌に特集記事が書かれたのだが、まあなんというか。
 酷かったのだ。

『有得ない守銭奴』
『強欲、冷血、残忍、これがNo1GSの正体だ!!』
『肉親が語る、非道の数々』
『実録、学生達を使い倒す違法スレスレの雇用実態』

 うん、まあ。
 記者の腕がやたらに良く。
 何一つ嘘を書いていない、というのが割と致命的だった。
 三日間、怒りに燃え。
 三日間、八つ当たりしまくり。
 一週間目に、さっきの宣言が出た。

「なによっ、あんたら、他に言い方ないの?」

「ミカミさん、GSヲヤメルナンテトンデモナイッスヨ、スリル&ビッグマネーガマッテイマスヨ」

 や、本心なんだけどな。
 美神さんがGS以外の職に就くなんて考えられないし。
 自分で儲けられなくなっただけで寝込む人なのだ。
 さっきの宣言だって、一時的にキレただけというのは目に見えていたし。

「よーこーしーまーっ!!」

 あー、からかいすぎた。と、俺は軽い反省をしたのだが。
 記事の中で彼女の非道を赤裸々に語っていた肉親が、空気を読まず俺に乗ってきた。

「そうよ令子、無理しちゃいけないわ。社会性皆無でオカルトGメンすら勤まらない貴方が他の仕事なんか出来るわけ無いじゃない」

 ねー、ひのめ、と、わざと長女から目を逸らし、挑発。

「でっ、出来るわよっ」

「だって貴女家事とかはおキヌちゃんまかせじゃない。レジの行列に並んでお買い物とか想像もつかないわ」

「だー、うー」

 ……ひのめちゃん、意味がわかっているように頷く。

「ひーのーめっ、0歳児ほっぽって仕事に行ってるお母さんと仕事の最中でもちゃんと預かってあやして上げるあたしとどっちの味方なのよ」

「あー、だー」

 詰め寄った美神さんを無視して、ひのめちゃんが手を伸ばすのは、俺。

「まあ、預かってもらってる時に遊んでくれるのは横島君がメインだもんね」

 ぐぬぬって言いやがりましたよ。美神さん。
 彼女の名誉のために言っておくと、隊長が来るタイミングで俺が遊んでる場合が多いだけで、美神さんだってひのめちゃんの面倒を見ている時間は少なくない。
 オムツ換えとかも最近じゃまったく躊躇ないし、十分に『良いお姉ちゃん』してるわけだが。

「ま、令子が普通の女の子になって、主婦やる姿なんか想像も出来ないし、あんたはGSを続けるべきだと思うわ」

 隊長の挑発的発言に頷くのはシロとタマモ。
 おキヌちゃんはしょうがないなぁって感じの苦笑。
 俺は手を伸ばしてきたひのめちゃんを抱きかかえつつ。
 美神さんがオカルトGメンに行った時を思い出したりしていた。

「俺も無理はしないほうがいいと思いますよ」

「むっ、無理じゃないもんっあたしだって主婦業ぐらい出来るわよっ、見てなさいっ」

 ぶんむくれて言い放つ美神さん。

「じゃ、やってみればー」

「やるわよっ!」

 売り言葉に買い言葉。そして、にまぁと笑う隊長。……マジでこの人、ひとがわりぃ。
 まあ、こんな風にして美神さんの『普通の女の子』ならぬ『普通の主婦』生活がはじまったりした。
 既に論点がすり替わってる時点で、結論は見えていた……かに思えたのだが。



「おかえりー、横島君。どうだった?」

 翌日から、美神さんは頑張った。
 チョー、頑張った。
 基本的な除霊の作業を俺とおキヌちゃんで回し、家事全般が美神さんの担当。
 シロとタマモがお手伝いする事はあっても、割と普通に日常が回ってしまったのだ。

「問題なく解決っす。料金は振込み確認まで終ってます。再発防止に後日見回ることになりましたけど、多分完全駆除できてます」

「ん、サンキュー。夕ご飯はもうすぐ出来るから。先にシャワーでも浴びとく?」

「いいっすか?すんません。立ち回りあったんでちょっと汗かいちゃって」

「あ、湯船にお湯張ってないから、浸かりたかったらちょっと待ってて」

 ……ナンダコレ?
 いや、元々色々有能な人なのだ。
 料理上手であることは、前の事務所で何度もご馳走になってるから知っているし、中学生からほぼ一人暮らしをしていた経験があるのも理解はしていた。
 しかし。
 エプロンをつけて、家事を完璧にこなす彼女の姿は俺の知っている美神さんと違いすぎて。

「いやシャワーで十分っす」

「遠慮はいらないからねーっとと、お鍋見てくるから」

 パタパタと台所に走る後姿。
 相変わらずコンシャスな格好をしてるもんだからプリプリのお尻が揺れたりする。
 ……うぁ。と、滾るリビドーが生唾を飲ませたが、なぜか飛び掛ることが出来ず。

「ナンダコレ?」

 などと呟きつつシャワー室に向かうことになる始末。



 ふつうの女のコ宣言をしてから、除霊が被らない限り夕飯は揃って取っていた。
 俺の後に帰宅したおキヌちゃんが配膳の手伝いをしつつ、美神さんと楽しげにおしゃべりをしている。
 洗濯物を干す時のひと手間の話とか。
 最近の流行のファッションについてとか。
 ある意味、俺が一番戸惑うのは、そういう時で……なんというか。
 それでも美神さんなのだ。
 例の週刊誌に書かれた『守銭奴、強欲、冷血、残忍、非道』と言ったキャッチフレーズから遠のいても。
 除霊現場でバリバリ悪霊をシバキ倒さなくても。

「えー、だってちゃんと歩けばヒール高い靴でも平気よ。可愛いなら気にしないで買っちゃえばいいのに」

「わたし歩き方に癖があるんですかねー。カカト斜めになっちゃうんですよぅ」

 おキヌちゃんが街で見かけた可愛いサンダルについての話題。
 楽しげに交わす言葉は姉妹のようで。

「アンタそのニヤケ顔、気持ち悪いわよ」

 などとタマモに指摘されてしまう。

「シロー、タマモー、座ってないで自分の分だけでもご飯よそって。あと鉢持ってって」

「あ、俺も手伝います?」

「お仕事帰りの人はいいわよって、……おキヌちゃんもよね、ごめん」

 穏やかな歓談と美味しい食事。

「ちょっとお味噌汁味濃いかも。わかめの塩ヌキ浅かったかな」

 とかいって、軽く首を傾げたりする美神さんは。……ヤバい。



「性欲だと思ってたんだがなー」

 一週間。
 あの状態が一週間。
 つまり、美神さんに愛あるスキンシップを求めて飛び掛ることが出来なくなって一週間が過ぎていた。
 あのチチシリフトモモは健在だし、触りまくって揉み倒したいという要求が消えたわけではない。
 ただ。
 なんだろう。
 おキヌちゃんに飛び掛れないのと同じっつーか。
 あの美神さんに襲い掛かるのは、犯罪的過ぎるっつー事か?

「可愛いんじゃボケッ」

 知ってた。
 おう、知っていたとも。
 除霊現場や意地を張る姿が真っ先に浮かぶけれど。
 油断したり、気を抜いている時の美神さんってのは、本気で。物凄く。ヤバいほどに。
 ……可愛いのだ。

「どーすんだこれ」

 健全、健康たる男子高校生として。
 あんだけエロイ体した可愛いお姉さんが、穏やかにかつ甲斐甲斐しくお世話してくれる状況下で。
 美神さんをおかずに出来ないというのは、マジで由々しき事態ではないか。

「霊能力大丈夫なのか、俺」

 以前おキヌちゃんによって押入れの奥にしまわれた、マイフェイバリット達を取り出したら、割とすぐ元気になった。
 よっしゃー、とその勢いでイメージを膨らませて自家発電に挑もうとしたら、脳裏に美神さんが浮かんで、変な罪悪感が襲い掛かってきた。
 いや、ちゃんと最後までいきましたよ?
 しかもいつもより気持ちよかった気すらしますよ?
 しかし、なぜか後悔の賢者タイム。
 試してみたら、文珠も見事に生成できる辺りが本気で訳判らなくなって。
 無理やり布団を被って寝る事にした。



「じゃあ、今日は横島君とおキヌちゃんは一緒の現場ね?夜遅くなるようなら電話頂戴」

 夕方、学校帰りに事務所にて。
 仮にも責任者という事で、俺達の仕事状況は把握しているけれど、それ以上の口出しも無く、美神さんが俺達を送り出す。

「あ、はい、んじゃいってきまーす」

「おキヌちゃん、横島君に襲われない様に気をつけなさいねー」

 ひのめちゃんを抱っこして手を振る姿。
 家庭的にすら見えてくる。

「なんかすっかり、ふつうの主婦……やれてますよね。美神さん」

 現場へ向かう道すがら、吐息と共に言ったのはおキヌちゃん。

「こんな続くとは思わなかったな、確かに」

 駅まで歩いて電車で移動。……来年になったら免許取るか。最低バイク買うかしたいなーなんて事を考える。
 今の所、除霊の仕事は順調だった。
 手に負えなそうな依頼が来たら、美神さんに相談しよう。と、決めていたけれど。
 それほど大きな依頼はめったに無いもので、意思のあるタイプはおキヌちゃん中心に。
 急ぎや荒事が予想できるタイプは俺がシロとタマモを連れて。
 依頼主との折衝や除霊後の対応などの方がよほど面倒くさいくらいで、まるで問題は無い。
 その問題の無さが問題な気もする。

「このままゴーストスイーパーを辞めちゃったり……しないですよね」

 おキヌちゃんの呟きはそのまんま俺の不安でもあった。
 けれど寂しそうな表情に同調するわけにも行かず。

「いやいや、ありえない。美神さんがGSじゃなきゃこの漫画終るだろ」

 なんて笑って……ちょっと沈黙。そうだった。……連載は終っていたのだ。

「はじめは、無理してるのかなって思ったんです。美神さん」

 とりあえずメタメタな会話をおキヌちゃんは流すことにしてくれたらしい。

「でも……ふつう、なんですよね。ゴーストスイーパーをやってなくても美神さんは美神さんで」

「まあ、そうだよな」

 俺がバイト始めてから2ヶ月で合流したおキヌちゃん。
 生き返ってから少しのプランクはあるけれど、美神さんとの付き合いの長さは似たようなものだ。まして女同士の絆ってのもあって、おキヌちゃんは俺よりよっぽど美神さんを知っているとも言える。

「おキヌちゃんは、元に戻って欲しいと思う?」

 口をついて出たのは、ずるい質問だった。
 今の俺には答えられない問い掛け。
 おキヌちゃんにとっても難問だったようで、

「そう、ですね。戻って欲しい気がします」

と、軽く目を伏せる。

「けど、どうして戻って欲しいのか、判らないんです。美神さんは今は楽しそうだし。お仕事を横島さんと二人でこなせているって事は誇らしいですし」

 吐息。やっぱおキヌちゃんは可愛いなぁ、とその表情を見つめる。
 そして少しだけ判ったこと。

「俺もさ戻って欲しいとは思うんだ。でも俺達から頼んで戻ってもらっても違うんだよな」
 俺とおキヌちゃんの共通のひっかかり。
 それはたぶん『ふつうの女のコ宣言』の理由にあるのだと思う。

「美神さんがさ、今回『ふつうの女のコ』とか言い出したのって、あの記事と隊長の言葉からだろ。そこがやっぱり美神さんらしくないんだと思う」

「そう、ですね」

 今回の出来事がどうにもすっきりしないのは、始まりが彼女らしくなかったから……そう思うと、色々な事が腑に落ちた。

「横島さんが記憶喪失になったことあったじゃないですか。……覚えてます?」

 それはまた、難しい質問だった。
 ……いや、ま、実は丸々覚えている。
 記憶を失って、自分らしくなくなった事。
 おキヌちゃんが『オレらしい』状態を望んでくれたこと。
 でもなんというか、覚えているのがずるい気がして『記憶喪失中』の事を覚えていることは誰にも言っていない。

「あの時、わたし、今までのわたし達じゃなくなってしまうのが恐かったんです。しっかりと真面目な横島さんも横島さんだって、受け入れようとする美神さんと違って、変わっていくのを恐がってたんです。……今回も同じなのかな……」

 最後は独り言のように。
 おキヌちゃんのそんな感覚はなまじ理解できるだけに、少し胸が痛い。

「今の美神さんは記憶喪失って訳じゃないしなー」

 頭をかく。視線を逸らす。

「でも俺は、嬉しかったんだよね。おキヌちゃんが『らしい俺』を望んでくれてさ。今までの俺で良いんだって思えて」

 それはルシオラから貰った言葉でもある。
 俺が俺のままで居ること。
 難しい話だ。
 美神さんが美神さんで居続けるのも難しいことなのかも知れない。



「このGS横島がっ、極楽にいかせてやるぜっ」

 以前、美神さんから除霊に文珠を使いすぎるなと指示を受けたことがある。
 文珠は俺の霊気の結晶なので、生成直後や使用時にかなり霊的に隙が大きくなるのだそうだ。
 だから基本的には常に一個か二個生成できるぐらいの霊力の余裕を以って除霊に当たれ、という教えだ。
 文珠を一個か二個って気軽に言われたが、普段そんなに作り出せる物ではない。
 つまり、通常の除霊では使うなって事だったのだが。

「浄!!」

 なぜか霊力的に満ち溢れている今、文珠の余力を一個か二個残しても除霊に文珠用いるのにまったく問題なかった。
 本日の除霊は、民家の地鎮の儀式を邪魔しに現れた悪霊。
 核となる悪霊をおキヌちゃんが成仏させたあと、集まる原因となる気の溜まりと残った意思の強めの悪霊を浄化させる。最後に澱む空間の形をお札を使って通気させてやれば基本的には除霊は終了。

「横島さん、こっち終りました」

 最近のおキヌちゃんはネクロマンサーの笛だけでなく玉串もお祓いに利用するようになった。学校で使い方を習っているらしい。
 本来は巫女でなく神職の人が使うものらしいけれど、まあおキヌちゃんも巫女という訳でなく、何でもアリなのだそうだ。

「こっちもOK。霊道の見落としだけチェックして貰って良いかな」

 美神さんの所での経験だけでほぼ独学の俺と違い、おキヌちゃんは最近メキメキと力をつけている。
 普通の女のコっぽかった彼女だけれど、今年のGS資格試験にはすぐにでも合格できるだろう。学校の方針で在学中は受けさせないという話もあるのだけれど。

「はい、横島さんもこっちのチェックお願いしますね」

 美神さんの目指す普通の女のコはもしかしたら、おキヌちゃんなのかもしれない。
 いつもニコニコして、でもやるべきことはしっかりとして。

「大丈夫みたいですね。……報告は後日、でしたっけ?」

「ああ、一応明後日までは現場封印かな再発もなさそうだけど」

 少し気が重くなる書類仕事。
 あと報酬の振込み確認の電話をクライアントに入れて、本日の作業は完了する。



「うん、問題ないと思うわ。文珠は一個?」

 事務所に帰り、報告書の確認をしてもらう。
 普通の女のコを名乗っていても、事務所の責任者は美神さんだから、それだけは勘弁してくれと、隊長に見逃してもらっている作業。

「はい、今は後二個ぐらい生成出来るんで、使いました」

 浄化をお札と印章などで行う手もあるのだが、それだと経費が数百万加算される。
 必要以上に文珠の節約をする意味もないからまあ妥当なところだろう。

「了解。報告書にも問題はないわ。クライアントへの連絡は?」

「済ませてあります。振り込み確認も帰りにしてきました」

 さすがに事務所の元々の口座は俺が管理するわけにも行かない。
 今回の体制に当たって、新たに作られた通帳に振り込まれた金額を確認してもらう。

「……やっぱり、あんた達、相性いいわね」

 通帳を俺に手渡して。
 美神さんは立ち上がった。
 すらりと伸びた太腿が目の前に。
 くー、いい足してやがる。

「??俺とおキヌちゃんって事すか?」

 気もそぞろになりつつ、言葉を返して見上げると美神さんは表情を隠すように歩き出す。

「うん、護る能力の高いあんたと成仏させる力の強いおキヌちゃん。二人で普通の除霊なら滞りなさそうじゃない?」

「まあおキヌちゃんが物凄く実力伸ばしてますからね。ちゃんと勉強してるってやっぱすごいっす」

 少しの沈黙。
 返事のないまま開けられる扉。

「……あんたもよ」

 美神さんが呟いた言葉が俺の脳に届くまでに、少し長い時間が必要だった。



「そろそろかなって思ってたの。ただ上手いきっかけが無くて」

 皆出揃った晩飯。
 美神さんが切り出したのは事務所の今後についてだった。

「でもこの一ヶ月除霊をあんた達に任せてみて、決心がついたわ」

 大皿のレバニラ炒めをテーブルの上に。
 美神さんが席について箸を取る。

「横島君、あんた独立しなさい。この一ヶ月でやった仕事の報酬はあんたの独立資金にするから」

 それから、頂きます。と手を合わせ。
 何事も無くお味噌汁を口にする。

「え?」

 おキヌちゃんとシロが固まる。
 ちょっと首を傾げて。
 タマモがレバニラに手を伸ばす。

「マジスカ?」

「うん、ちょっと遅かったぐらいよね。ゴメンネ」

 美神さんの箸の先はちょっと震えていた。

「前のデジャブーランドの時にね。ちょっと反省したの。あたしがアンタに頼りすぎてるのかなって」

「……美神さん」

 名前を呼んで、おキヌちゃんが言葉を止めたのは、美神さんが微笑んだから。

「あたしは普通の女のコ、やれてたでしょ?次は一人のGSに戻るわ、だからおキヌちゃんも横島君についていってあげて」

「拙者は、拙者は反対でござる。美神殿とせんせいは一緒に居る方が良いでござる」

 シロ。
 茶碗を持ったまま、俯く。

「じゃ、あたしは賛成に回っておくわね」

 吐息して告げるタマモ。
 さっきからレバーのみ取っている、が、咎めるタイミングじゃないな。

「俺、できますかね」

「大丈夫。あんたあたしの弟子だもん」

 水餃子を見つめる事になったのは、それが目の前にあったからだ。

「独立、しないといけませんか?」

 泣いて見捨てないでくれ、と縋るべきかとも思ったのだけれど。

「あんたはもう一人前よ。卒業まで待つのも考えたけど。あたしがこれ以上あんたに頼りたくないの」

 これが美神さんの決断なのは明白で。

「たまには晩飯食いに来ても良いですか?」

 手を伸ばした水餃子はちとしょっぱかった。

「うん。手土産持参ならね」

 なんていいながら、美神さんが食べてるレバニラも多分、ちょっとしょっぱかったのだと思う。



「ふつうのゴーストスイーパーに戻ります」

 美神さんがそんな事を言ったのは、前の宣言から一ヵ月後。

「じゃ、いってくるから。横島君もさっさと事務所決めなさいよ」

 シロとタマモを連れて。
 楽しそうに除霊現場へと向かっていく。

「へーい」

 もうここに来てもバイト代出さないわよ、と言われているけれど。
 俺は相変わらずこの事務所に来てしまっている。

「ふつうって何だろな」

 苦笑しながら見ていたら、おキヌちゃんは少し困ったような微笑で。

「ちゃんとしてるって意味なのかも知れませんね」

 なんて告げる。

「そっか。うん、そうだな」

 かすかに潤む視線につられそうになりつつ。
 大きく息を吸って。

「じゃ、ふつうに事務所決めるか」

 なんて笑ってみた。



 それから。
 俺はふつうに独立して。
 新しい、ふつうの毎日がはじまる。
……最終巻での『妙に頼りがいのある横島君』と巻末折り返しからの妄想。
令子ちゃんはまだまだ『女の子』でイケルト思ってマス。

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