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卒業式

式の間は電源を切っていた携帯が、電源を入れた瞬間に震えた。メールや。
新着メール1件。誰やろ。
そう思って受信BOXを開くと、こんなメールが飛び込んできた。




件名 今日は
こんにちは葵ちゃん。黒木です。
今日は卒業式だったよね。いい天気みたいでよかった。
僕は2年前に終わってしまったけど、今でも懐かしく思い出します。
卒業おめでとう。
君にとってもいい式になっているといいな。




「マメやなぁ」

皆本はんみたい。うちは卒業式について一言もメールせぇへんかったのに、どうやって知ったんやろ。
そこが黒木くんらしくて何となくうちはふっと笑ってしまった。
ああ、そういえばあれも卒業式やったっけ。
黒木くんとメールアドレス交換して、ブログ見始めたんは。

うちはふと思い出した。
あれは黒木くんは6年生で卒業生、そしてうちはまだ在校生の4年生やった。
自分が卒業するやなんて、まだまだ想像出来へんかった時。
今日みたいに晴れて、桜が満開で、いい卒業式やった。

「野上さん」
「あ、黒木くん」
「よかった、見つかって」

卒業式で大勢の人がうろうろしてる中で、うちは黒木くんに声をかけられた。
ほんまに偶然、薫達とは別行動してた時やった。上級生の卒業式でごたごたしとって、先生にちょっと雑用を頼まれた帰り。
振り向いた先には黒木くんがいた。少しかっちりとしたジャケットと、そこに付けられた「黒木大」と書かれた花のついた名札を見て、うちは黒木くんが卒業するんやってことを思い出した。

「あ、そや、卒業おめでとう!」
「うん、ありがとう」

黒木くんは何か言いたげやった。
もしかして、とうちは思った。また言われるんちゃうやろうかって。
一度だけデートしてから、時たま廊下ですれ違ったらふっと微笑まれたりはしたし、軽く手を振ったりはしたけど、うちは薫達とずっと一緒におったし、向こうは6年生、こっちは4年生で接触はそんな多くなかった。ちゃんと話すのはほんまにしばらくぶりやった。でも多分、向こうの気持ちは変わってないんちゃうやろかって、態度とかで何となくわかった。
こういう時、何を話せばいいんやろ。
「好きなんです!」とあんな風に言われたんは正直初めてやったし、うちが特務エスパーやって知った後でも全然気にせえへんかったし、それが嬉しくないわけやなかった。一度だけしたデートも、その時にした話も楽しかった。
せやけどまだ、そういう気持ちがあるんかって言われたら首を横に振るしかない。もし今、あの時みたいに言われても、うちはやっぱりそれに応えられへんやろう。
「薫と紫穂が何より大事」それは相変らず変わってへんし。
でも黒木くんが言ったのはそういうことやなかった。

「あの、突然こんなこと言うと変な気がするんだけど、僕、最近ブログ始めたんだ。もし良かったら、見てくれないかな」
「ブログ?」
「うん、宇宙とか、科学とか、自分に関心のある分野について、調べて、皆に伝えてみたくて。でも難しく書きすぎたら読んでもらえないし、他の人からどう見えるのか知りたくて。色々感想を聞かせてくれたら、嬉しいなと思って」

うちは内心驚いた。
何となく「卒業したらおわり」やと思ってて、関わり続けるってことを想像したことなかった。黒木くんには今考えると失礼やけど。
「迷惑、かな」と少し不安げな黒木君に、「ええよ。面白そうやもん」とうちは笑って首を横に振った。

「感想ってどうすればええん?」
「ブログのコメント欄に書いてくれてもいいし……もしよかったら……」

黒木くんは少し恥ずかしそうな顔をして言いよどんだ。

「黒木くん?」

うちが名前を呼ぶと、黒木くんは決意したように言った。

「その、もしよかったら、君のメールアドレス、教えてくれないかな。卒業したらこうして会えなくなるし」
「あ、そうやんな。今日で、卒業…なんやもんね」
「うん、でも僕は、これでおわりって嫌なんだ」

黒木くんは真面目な顔をしていた。
その顔は相変らずうちのことを特別に見てくれてるんやってわかって、それでもってうちの気持ちがそれについていってへんことも黒木くんはわかっていて、それでも繋がっていたいと言われているような気がした。
その時はじめて、「好き」とか「恋愛」とかそういう関係やなくても、ちゃんと繋がり続けることが出来るんやということに気がついて、うちは少しわくわくしていたんを覚えてる。目から鱗やったって言ってもいい。

「うん、ええよ。ブログのアドレスも、メールで送ってもろた方が、わかりやすいもん」

黒木くんは嬉しそうに笑って「ありがとう」と言った。うちも何となく釣られて笑ってしまった。
そしてそのままメールアドレスを交換して、「またね」と言って別れた。
その後、これからもよろしくという言葉と、ブログのアドレスが書かれた丁寧なメールが、うちの携帯に届いた。

あれから黒木くんとは会うことはないけど、たまにメールのやりとりをして、ブログの感想を書いたりしている。
黒木くんのブログは思ったよりずっと面白かった。
中身はもうすぐ来る流星群の話や月食、日食の話みたいな身近な宇宙に関する話題が多い。あとは最近出た生命球っていう世話のいらん水槽の話みたいな、宇宙にはあんまり関係ないけど身近な科学に関わる話についても最近はよう書いてる。昔言っていたみたいに、宇宙や科学技術に関わる仕事に興味がある人やから当たり前なんやろうけど。でもどの話も身近でわかりやすいし、星の話をする時は神話の話とか言い伝えとかも混ぜてきたりして、宇宙とか科学に全然興味ない人も読んだら楽しいんちゃうやろか、と思う。うちが元々勉強が嫌いやないからっていうのもあるんやろうけど、それでも面白い。
そういうブログの文章を見ると、いつもマメで気の利く人なんやなぁと思う。自分の好きなことだけただ書いてるんやなくて、誰にでもわかりやすくて楽しい。思いやりが感じられるって言ったほうがええやろか。昔デートした時も思ったけど、そういう所は全然変わってへん。
そういう人やから、今日このタイミングでメールが来たんやろうな、と思う。

「どうかした?」

近くにいた薫がきょとんとした目で見てくる。
うちはいつの間にか携帯を見ながらぼんやりとしていたみたいやった。

もしも黒木くんからメールが、なんて言ったら、昔みたいなことになるんちゃうかなって気がする。
あの時は薫が父親みたいな嫉妬をして、暴れて、結局泣いて飛んでいったんやった。
今でもこっそりメールなんかしてるって知られたら、きっと「あたし達の葵が」なんて騒ぐに決まってる。
いや、これはうちの思い込みかもしれへん。あれからもう2年近くも経ってうちらだって成長してきたんやから。
それに今の所、黒木くんが特別ってわけやないし、男女交際するってわけやないから、やましいことがあるわけやない。向こうからの呼び名が「野上さん」から「葵ちゃん」に変わって確かに仲はようなったと思う。でも「ただのメル友や」と言ってもそれはどこにも嘘はない。それこそ紫穂に透視してもらってもええって言える程度には嘘はない。だから本当は知られてもどうってことはないんやと思う。
せやけど、いつも薫達とはべったりで、だからこそこういう小さな秘密が欲しい気がする。
うちは微笑んで首を横に振った。

「なんもない、ちょっとメールきてただけや」

後で返信しよう。薫達に気付かれへんように。難しいけど、うちだけの秘密で。
たまには、ええやんな?
そう思いながら、うちは携帯をぱちん、と閉じて、「皆で写真を撮ろうよ!」と誰かが呼ぶ声の方に駆けて行った。




件名 Re:今日は
黒木くん、メールありがとう。
うちも今日、無事卒業出来ました。
黒木くんが言うみたいに、忘れられへん日になりそうです。




個人的にチルドレンの中で葵ちゃんは一番普通人に近いエスパーだと思っています。
能力的にという意味ではなくて(能力は客観的にかなり高いと思ってます)、内面の葛藤がという意味で。
例えば三人の中で目立たない能力であるという認識、役に立たないかもという自己評価は、どちらかというと普通人がエスパーの優位性に抱く感覚に近い気がします。家族関係の「弟ばかり構ってもらって」という感情は(本人に超能力があるせいで売られたと事実と違う思い込みがあったにせよ)普通の兄弟姉妹でも抱きうる感覚だし。潔癖な部分も年頃の女の子としてあり得る感覚だけれど、超能力と直接的に関わりのある感覚ではない。
また社会的にもテレポーター自体サイコキノ、サイコメトラーに比べると、直感的に脅威に感じられにくい部分があるのじゃないかなと。物を壊す、心を読まれる、に比べると物を瞬間移動させる、というのは、よくよく考えると殺傷能力は十分あるのだけれど、それなりに想像が必要です。飛行機事故が起こるまで飛行機が実は危険性を持っていることを自覚させないというような感覚というか。性格的にも葵ちゃんは優等生タイプなので余計。
そういう意味では普通人でエスパーと無関係な黒木くんとの関係を不器用ながら続けていたのは私は納得だったし、ギャグながら「いつまでもみんな一緒ってわけにはいかへん。」とチルドレンだけの世界からの自立を少なからず意識しているのも葵ちゃんだからこそなのかな、と思っています。
その葵ちゃんが戦争に参加したのは個人的に実は意外で、葵ちゃんを巻き込むほどだからこそ、覆しがたい根深い未来なのかも。
てかここまで書いてやっぱり私、葵ちゃんにも夢見すぎな気がしてきた。葵ファンの方、お許し下さい。

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