「家宅捜索の際、暖炉で
大量の灰を押収しまして……」
美神の事務所に押し掛けたのは、厳しい表情の女性に率いられた一団だった。
「灰の表面のインクの配列を
コンピューター解析して
復元してみたところ……」
令状を読み上げる女性の言葉を耳にして。
美神は、頭を抱えながら、キーッと泣きわめいている。
せっかく燃やした裏帳簿がバレてしまい、追徴金を支払う羽目に陥ったのだ。
「か……科学なんかキライ!!
名誉なんかいらないっ!!
お金かえしてっ……!!」
だが、その名誉――ザンス国王暗殺未遂事件における功績で勲章を与えられた――のおかげで、そして首相の口利きもあって、申告もれという形にしてもらったのだ。
本来ならば、誰がどう見ても、脱税である。
「……このひとは
いっぺん逮捕されるべきじゃ……」
美神を眺める横島は、呆れたような苦笑いのような、そんな表情を浮かべていた。
彼の後ろに立つおキヌも同様の顔だが、彼女の視線の先にいるのは美神ではない。
「さっそくアソびにキましたーっ!!」
首からカメラをぶらさげて、肩にのせたラジカセをジャカジャカと鳴らす少女。
ザンス王国のお姫さま、キャラット王女である。機械に触れるのはザンス王室のタブーだったのだが、国王暗殺未遂事件を経て、開眼したらしい。
「けっこー変わり身早いんですね……」
と、つぶやくおキヌ。
少し騒がしいが、それでも平和な事務所の光景だ。
これが、一連の事件の終幕だと思われたのだが……。
ザンスの事件の後日談ざんす!「話は聞いたある!」
その日。
事務所にやって来たのは、厄珍だった。
「……何よ?」
書類とにらめっこしていた美神は、顔を上げる。
追徴金の支払いを命じられたのは、数日前の出来事である。それ以来、少しでもその額を減らそうと、彼女は努力していたのだ。
「お忙しいのに、すみません。
美神さんを助けるお話があるそうで……」
「どうせ……
ロクな話じゃないと思うんスけど」
おキヌと横島も、厄珍の後から入って来た。
部屋の空気が変わる。もう事務仕事を続ける雰囲気ではない。美神は、書類を机の端に寄せ、両手を投げ出した。
「休憩ね……。
おキヌちゃん、コーヒーお願い!」
「はーい!」
おキヌが出ていくのを見届けてから。
美神は、厄珍に向き直った。
「……で?
あんたが、私を助けてくれるって?」
「そうある!
今日は……もうけ話を持ってきたね!」
___________
美神の仲間たちも深く関わった、ザンス国王暗殺未遂事件。それは、国王の来日から始まる事件だった。
厳しい戒律のため外国の報道の前に姿を現すことのなかった国王が、精霊石の売り込みのため自ら日本を訪れ、その光景がテレビでも報道される。しかも、そのテレビ中継において、彼は、反対派――過激な原理主義者――に襲われたのだ。
「ワタシもニュース見たある!
精霊獣……すごかったね!!」
国王襲撃シーンは、何度もニュース番組で流された。当然、厄珍もそれを目にしている。
テロリスト側は精霊獣で襲いかかり、国王もSPも、やはり精霊獣を駆使して対応……。
素人目には怪獣大激突であり、大衆受けする派手な映像となっていた。だが、オカルト関係者が見れば、全く違う意味を持つ。
「なるほど……そういうことね」
厄珍の言葉から、その意図を見抜いた美神。
精霊獣とは、精霊獣石という特殊な精霊石を用いることで、そのパワーを鬼神の姿に凝縮して意のままに操る技。
美神でさえ、話に聞いたことがあっただけで、映像で見るのは初めてだった。どうやったら精霊石の力をあんな形で使えるのか、不思議で仕方なかった。
オカルト関係者ならば誰もが知りたがる、秘技中の秘技だったのだ。
だが、その後事件に深く関わったため、一時的にではあるが、美神自身も精霊獣使いとなっている。厄珍は、それをどこからか聞きつけたらしい。
「……精霊獣石のこと、
詳しく教えて欲しいある!
大量生産して……
大もうけするよろし!!」
普通ならば、即座に断るべき話かもしれない。
だが、今は、もうけ話には一枚かみたい心境だった。精霊獣には精霊石をバクバク食われるし、裏帳簿発覚で追徴金は請求されるし、とにかく大赤字の事件だったからだ。
おそらく、厄珍のことだ。こうした美神の状況も知った上で、話を持ちかけてきたのだろう。
「そーねえ……。
一応、精霊獣から直接
聞き出した情報もあるけど……」
「おおっ!?
さすが令子ちゃん!
やっぱり製造法を知ったあるね?」
「うーん……。
私が聞いたかぎりでは……。
……あ、その前に。
私の取り分なんだけどさ……」
情報を小出しにしつつ。
もうけの分け前に関して、美神は交渉を始めた。
___________
美神は、厄珍との密談モードに入ってしまった。
それを見て、壁にもたれていた横島が、ポツリと一言。
「……なんか、俺は邪魔みたいっスね」
二人は商談に夢中なようで、返事はない。邪魔どころか、無視である。
仕方がないので、ソーッと部屋を出ようとしたのだが。
「……あ」
入ってくる者がいたため、遮られる。横島は、あやうくドアにぶつかるところだった。
ちょうどおキヌが、コーヒーとケーキを持ってきたのだ。
「はい!
横島さんのぶんもありますよ?」
「ありがとう、おキヌちゃん」
立ち去るタイミングを逸した横島。別に用事があったわけではないので、それはそれで構わない。なんとなく、おキヌの行動を目で追う。
「美神さん、お客さんが来てるのですが……」
美神と厄珍の前にコーヒーやケーキを置きながら、おキヌは、美神に話しかけていた。
「……誰?」
迷惑そうな視線と共に、美神が言葉を返す。
依頼人であるならば優先させるべきであるが、おキヌの口調から、そうではないと察したのだ。仕事の依頼でないなら、帰ってもらったほうがいい。厄珍が持ち込んだ話の方が、今の美神には、重要だった。
しかし。
おキヌが答えるより早く、来客本人が部屋に入ってくる。
「イエーイ!
またアソびにキましたーっ!!」
___________
「あらっ!?
いいところに来たじゃない!!」
パッと表情を変える美神。厄珍も、サングラスに手をかけて、新たな登場人物をジーッと見つめた。
「……ん?
このお嬢ちゃん、
どこかで見たような……?」
「また来たんスか!?
事務所はお姫さまの
遊び場じゃないのに……」
「おおっ、思い出したある!
……ザンス王国のお姫さんね!?」
横島の言葉で、来客をキャラット王女だと認識した厄珍。直接会うのは初めてだが、テレビのニュースでは何度も見かけた顔だった。
「日本でオカルトグッズ売りたければ
……まずワタシと仲良くするよろし!」
ザンス王国は、オカルト技術大国だ。直接交渉できれば、様々な製品を安く仕入れることも出来るだろう。目の前の人物は王国の偉い人であり、しかも可愛い少女である。
商売上の下心と生来のスケベ心が重なって、キャラットに近づく厄珍であったが。
「おコトわりです……!
アナタ、アノ男と同じクウキします」
拒絶の態度を示されてしまった。ちなみに、キャラットが指さしているのは、当然のように横島である。
「横島さんと同類扱い……」
「ま、的確ね」
「一目で見抜くとは……」
おキヌも美神も横島も苦笑する中。
「そんなことないある!
こー見えてもワタシ、この世界では……」
厄珍は、懲りずに歩み寄る。
手を差し出したところで。
「アナタみたいなヒトは……
ソンザイそのものがタブーです!!」
ガンッ!!
思いっきり殴られてしまった。もちろん、王女自身が触れることもタブーなので、殴りつけたのは精霊獣だ。キャラットの意思に応じて、指輪の石から出てきたのだ。
だが、痛い思いをした厄珍は、頭をさすりながらも、目を輝かせていた。
「こ……これが精霊獣あるか!?」
「そ。
……で、ここはお姫さま自身に
その解説をして欲しいんだけど……」
今度は美神が、キャラットにすり寄る。
目的は、精霊獣や精霊獣石の秘密を聞き出すこと。手持ちの情報だけでは、精霊獣石を作り出すのは不可能だからだ。
ただし、直接それを聞こうとしても、教えてもらえるわけがない。それで遠回りな聞き方をしてみたのだが。
「ミカミさん……。
……そのテにはノりませんね!?
国家キミツはシャベらないです!」
世間知らずのお姫さまでも、引っかからなかったらしい。
___________
「今日はオネガいがあってキました。
アンナイをタノみたいのです……!」
キャラットは、用事もなく美神除霊事務所を訪れたわけではなかった。
だが美神は、そっけない表情を見せる。除霊仕事の依頼というわけでもないし、たった今、こちらの願いは拒絶されたばかりなのだ。
「なーに?
もう電気街への道は、
すっかりおなじみじゃないの……」
キャラットが来日のたびに秋葉原で電化製品を買い漁るのは、美神たちには周知の事実だった。しかし、どうやら今回は少し違うらしい。
「この国には……
ユウエンチなるものが
ソンザイすると聞きました。
ワタシ、イってみたいです!」
日本に限らず、遊園地など世界中にあるはずだが、ザンス王国は例外だ。
意味もなく盛り上がるお祭り騒ぎに、乗ると面白いだけの無意味な乗り物。それが遊園地である。機械がタブーな国に設立されるはずがなかった。
「オススメのユウエンチ……
オシえてください、ツれてってください」
ズイッと身を乗り出しながら、熱く語る王女。
「秋葉原通いの次は遊園地ですか」
「思いっきり……
機械文明に毒されてるじゃねーか」
おキヌと横島がポツリとつぶやく隣で、美神は考えていた。
遊びに夢中になれば、お姫さまもポロッと秘密をもらすかもしれない。
(でも……私が一緒に行くまでもないわね。
……というより、行かない方が良さそう)
精霊獣石に関する機密を美神が知りたがっているのは、キャラットにもバレている。美神が同行したら、警戒されてしまって、口をすべらすこともなくなるだろう。
それならば。
しっかり言い含めた上で、横島とおキヌに行かせればよい。どうせ駄目で元々だ。美神自身は、事務所に残って、厄珍と打ち合わせを続けよう……。
「そーねー。
デジャヴーランドなんて
……いいんじゃないかしら?」
ニンマリと笑いながら。
美神は、そう提案するのだった。
___________
___________
「こ……これがウワサの
デジャヴーランドですか……!」
園内に入って早々、目を輝かせて立ちすくむキャラット王女。
その後ろで、横島も少し興奮していた。
「今回は……
アトラクションで遊べるんだな!?」
ここを訪れるのは二回目。前回は、ペア招待券を使っての来園だった。
アパートのお隣さん――花戸小鳩――が商店街の福引きで当てたものだったが、しょせん福引きの景品。アトラクションは自腹であり、貧乏人二人では、何も乗れなかったのだ。
しかし今回は違う。VIPチケットが用意されており、何でも乗り放題になっていた。キャラットがデジャヴーランドに来たいと言い出したのは昨日だが、わずか一日で美神が手配してくれたのだ。
そして、前回との大きな違いが、もう一つ。
(……デートじゃないけど。
これって、もしかして……
両手に花ってやつじゃねーか!?)
美少女二人を連れて、遊園地に来ているのだ。
横島は、隣のおキヌに目をやる。
「私も……ちょっと楽しみです!」
彼女は、年齢相応の感激を示していた。
おキヌも二度目の来園だが、前回は、まだ幽霊だった頃だ。生きかえって女子高生となってからは、初めてである。
そして。
「あれナニっ、あれナニっ!?
ノってみたいです……!!」
突然、キャラット王女が叫び出した。
どうやら、最初の乗り物が決まったらしい。
「じゃ、行こうか……」
エスコート役の横島が少女二人を先導する形で。
三人は、歩き始めた。
___________
「この……カゴにノるのですか?」
「そうです!
これは観覧車と言って……」
「そういう話は乗ってからだ。
モタモタしてると……行っちまうぞ!」
最初に王女の目に留まったもの。それは、大観覧車だった。
ゴンドラが乗り場まで来たにも関わらず、悠長に説明しようとするおキヌ。
そんな彼女を制止して。
横島は、二人を押し込むように急かしつつ、ゴンドラに乗せた。
「おお!
ゆっくりマワりながら……
アがっていくのですね!?」
ゴンドラ内部は、二人がけのシートが向き合っている。
横島とおキヌが隣同士、その正面にキャラット王女という配置だ。ゆったり座ってもらおうという意図だけでなく、右側と左側の両方の風景を楽しんでもらおうという配慮でもあった。
「てっぺんまで上がると、
園内を一望できますよ!」
「ま、最初に乗るには
……いいかもしんねーな」
おキヌの言葉どおり、景色は高度と共にグングン広がっていく。
これから何に乗るか、どんなアトラクションがあるのか。全体を見渡せば、今後の予定も立てやすいだろう。
「かなりタカくまでキましたね!」
両側を見るため、右へ左へシートを滑るように移動するキャラット王女。
そのたびに、ゴンドラ全体が大きく揺れる。本来、ジッと座っていることを前提に作られているのだ。
「あんまり動くと危ないですよ……」
「少しくらいなら……平気だろ?」
心配そうな顔をするおキヌと、余裕の表情の横島。対照的な二人である。
「このトビラも……ダイジョーブですか」
「ああ、ロックされてるはずだし……」
横島の安請け合いを信じたのか、キャラットは、ゴンドラのドアに手を伸ばす。
もちろん、こんな空中で開けるつもりはなく、ちょっとした好奇心だった。だが、彼女の手が触れた瞬間。
ガタンッ!
ドアが開いてしまう。
「キャッ!?」
「……えっ!?」
「危ないっ!!」
身を乗り出すような姿勢だったため、その勢いで落ちそうになる王女。
慌てて横島が手を出して、彼女を引き上げる。そのまま横島の腕の中に倒れ込む形で、彼女は救助された。
「あああ……高貴な香り……」
横島は、ついついギューッと抱きしめて、クンクンッと匂いを嗅いでしまう。しかし当然、これは許される行為ではない。
「横島さん……!
いつまでそーしてるつもりです?」
「タスかりました、ソレは感謝します。
でも……早くハナしてクダさいっ!!
……おもいっきりタブーです!!」
王女から引き離され、王女に突き飛ばされる横島であった。
___________
「すっかりヌれてしまいました……」
水もしたたる王女さま。
大観覧車の後、いくつかのアトラクションを回った。今は、スプラッシュ・だんだん・フォールを楽しんだ直後である。
丸太を模した乗り物で沼地の風景の中を進むうちに、段々畑のような小さなアップダウンがだんだん大きくなり、最後に落差十数メートルの滝壺を落下するというアトラクションだ。
「横島さん、こういう場合は……」
「……これで暖まってもらうか」
横島が文珠を出して『乾』と文字を入れる。キャラットに渡すと、みるみる服が乾いていく。
「コレはベンリですね!
……でもアキハバラには
ここまで小さなドライヤー、
ウってませんでしたね。
ヨコシマさん……コレ、
どこでカいましたか!?
ワタシもホシイです……!!」
「いや……これ、
オカルト技術なんスけど」
と、機械の恩恵に浸りきった王女の誤解を訂正しながら。
横島は、険しい表情になっていた。
(さすがに……おかしいぞ!?)
スプラッシュ・だんだん・フォールの出口付近にいる者が少しくらい濡れていても、不自然ではない。だが、キャラットの場合『少しくらい』ではなかった。頭から水をかぶって、ビショビショになってしまったのだ。
一方、横島もおキヌも、ほとんど濡れていない。備え付けのカバーシートのおかげだ。王女の座っていた辺りにもあったのだが、なぜか上手く機能しなかった。しかも、まるで王女を狙ったかのように――鉄砲水と言えるくらいの勢いで――、局所的に大量の水が降り掛かったのだった。
(だいたい……
変なことが続き過ぎる!)
最初の大観覧車から、このスプラッシュ・だんだん・フォールまで。
いくつものトラブルに見舞われたのだ。
ふと、ここまでを振り返ってみる。
(観覧車の次が……ガリガリの海賊……)
カリブ海のセットの中を小型ボートで進む、屋内型アトラクション。かつて海賊がたむろしていた海域という設定なので、時々、物騒なもの――ガイコツのようにガリガリに痩せた海賊やその成れの果てであるガイコツなど――が飛び出してくる。少しお化け屋敷の要素も入ったイベントである。さらに、出口近くで乗り物がガタンと落ちる場所があり、絶叫マシンとは違うものの、知らずに乗ったら怖いかもしれない。
事件は、その落下するポイントで起こった。ガイコツ模型の一つが、王女に殴り掛かったのだ。
同じタイミングでボートが自然落下したため、結果的に襲撃は空振りとなるし、そういう余興なのだと勘違いして王女は大喜びするし。実害が無かったのが、不幸中の幸いである。
(それから……ジャングルぐるぐる……)
やはりボートに乗るアトラクションだが、こちらは屋外を進むもの。ジャングルを流れる大河の探検という設定だ。川辺にいる象のロボットが鼻から水を吹き出したり、恐竜のロボットがガオーッと叫んでみたり、原住民が不思議な踊りを踊ってみたり。
観客を驚かす仕掛けが満載だが、大きなヤシの実が突然落ちてくるというのは、ギミックではなくアクシデントだったはずだ。ちょうど船が急カーブする場所だったから良かったものの、もしも直進していたら、ボートに直撃して大惨事になっていたことだろう。
(そして……
イッツ・ア・マッキーズ・ワールド……)
有名なテーマ曲――世界はみんなマッキーのもの――が流れる中、世界一周の旅へ出かけるというアトラクション。子供たちの大好きなマッキーキャットとミニーキャットが世界中を統治している……そんな夢のような設定で作られており、子供に大人気のアトラクションだ。
それぞれの国で、マッキーやミニーを狂信的に崇拝する子供たち――もちろんロボット人形――が出迎えてくれるのだが、その一つに問題があった。ネジが外れていたのか、あるいは、プログラムが狂っていたのか。定位置で停止せず、そのまま弾丸のように飛んできたのだ。
とっさに横島が押し倒したのでキャラットにケガはなかったが、行動の意味を誤解された横島は、痛い目に遭ってしまった。
(……偶然とは思えねーな!?)
不審に思ったのは、横島だけではないらしい。
おキヌが、服を乾かすキャラットには聞こえないよう、小声でコソッと話しかけてきた。
「よ……横島さん、
イヤな予感がしませんか?」
「あ……ああ!
これは……何かありそうだ」
ここまで続いたのだ。この先も、まだまだ問題が発生するかもしれない。
しかし、デジャヴーランドを満喫している王女を見ていると、途中で切り上げて帰ろうとは言い出しにくい。
そもそも、美神からは、王女を気持ちよく遊ばせるようにと言われているのだ。そして可能ならば、王女の気が緩んだところで、精霊獣石の秘密を聞き出すようにとも命じられている。
「……一応、
美神さんに連絡してみましょうか?」
「うーん……。
そのほうが……いーかな?」
こういう時、要人警護のSPがいないのは不便であった。
かりにも一国の王女であるキャラットだが、彼女は、SPを連れ歩かない。国王と共に来日した際は、SPが国王警護にかかりっきりなためかとも思われたが、そうではなかったようだ。
今回は国務での来日ではないからなのか、おしのびだからなのか、自分の精霊獣に自信があるからなのか。
(ま、俺たちが警護みたいなもんか……)
そんなことを考えながら、横島は、おキヌに向かって小さく頷く。
おキヌは、園内の公衆電話へと駆けていった。
___________
「次はナニしますか?
あとナニが残ってますか……?」
三人は今、休憩所で一休み中。小さな丸テーブルが並んでおり、彼らも、その一つを使っている。
「もー全部乗ったんじゃないですか?」
少し疲れたような表情で、おキヌが、王女の言葉に応えた。
かなりのアトラクションを遊んで回ったが、スプラッシュ・だんだん・フォールの後は、特にトラブルは発生しなかった。
横島と二人で心配し、美神に電話までしたのだが、杞憂だったかもしれない。むしろ、これで美神が駆けつけて来たら文句の一つも言いそうである。
(美神さん……忙しそうだったからなあ)
電話の向こうは、かなり騒がしかった。どうやら厄珍に加えて、ドクター・カオスまで来ていたらしい。
おキヌの不安も美神には笑い飛ばされたのだが――それでも本当に危なそうなら来ると言っていたが――、美神の方が正解だったようだ。
(まー、無事に終わるなら
……それが一番ですね!!)
太陽も――まだまだ地平線までは遠いが――既に西に傾いて来ている。全て乗りつくしたのであれば、そろそろ帰るべきかもしれない。
なんだかんだ言って、今日一日、結構楽しかった……と頭の中でまとめモードに入るおキヌであったが。
「いや……まだメインが残ってる」
ポツリとつぶやいたのは、横島だった。
「メイン……ですか?」
「そう、それは……
グレート・ウォール・マウンテン!」
東京デジャヴーランド最大の人気アトラクション、グレート・ウォール・マウンテン。
最高速度350キロ、高低差1.2キロ。世界で最もすげージェットコースターという謳い文句に煽られて、かつて神様――竜神の王子――も乗りたがったという。
「おおっ!?
ソレはオモシロそうですね!
ぜひぜひイきましょう……!!」
横島の説明を聞いて、ワクワクしてきたキャラット王女。彼女は立ち上がって、横島とおキヌの腕を引っ張る。自分から横島に触れたということは、タブーのことすら頭から吹き飛んでいるのだろう。
「そんなに慌てんでも……」
「じゃあ、それを最後にしましょう!」
横島とおキヌも席を立ち、三人は歩き始めた。
グレート・ウォール・マウンテンを、最後の目的地
(ファイナル・デスティネーション)として。
___________
最近のジェットコースターは、カップル以外にも対応しているらしい。
三人席があったので、そこに座る。
「ちょっと狭いですね……」
「モンダイありません!!」
「そーそー、気にしたら負けだ」
そんな言葉がそれぞれの口から出る間に、ガタンと安全バーが下りてきて、体がシートに固定された。
(これって……たぶん
親子連れを想定してるんだろーな)
若い両親と小さな子供の三人なら良いのだろうが、横島たちには、少し窮屈だ。
しかし主賓であるキャラットに不満がない以上、騒ぎ立てる必要もない。もっとも、お姫さまが真ん中にデンと座って両隣のスペースを少し浸食しているせいで、あとの二人はいっそう狭い思いをしているのだが。
(でも……いいかも……!)
横島は、満足していた。
キャラット王女に、ギュッと密着した状態なのだ。
三人とも手は前に伸ばして、そこにあるバーを握っているのだが、それぞれの姿勢は違う。横島の位置からおキヌの様子は見えないが、キャラットは腕をピンと伸ばしていた。
一方、横島は、少し曲げている。自然、横島の上腕部は、キャラットの腕ではなく脇の部分にあたることになり……。
(このやわらかさは……チチ!!)
また、当然のように。
腰と腰も、大腿部と大腿部も、触れ合っている。
(……シリ、そしてフトモモ!!)
これだけ体と体が――しかも微妙な部位が――くっついていても、王女は文句一つ言わないのだ。
これからスタートするグレート・ウォール・マウンテンに、よほど興奮しているのだろう。王女の体は少し汗ばんでおり、それがハッキリわかるほどの密着具合だった。男の汗なら不快なだけだが、美少女のものならば話は別。そこにはフェロモンが含まれているのだ。
(なんという……天国!!)
プルルルルルル……。
発車のベルが鳴る。
すでに夢見心地の横島と、そうではないであろう人々を乗せて。
ジェットコースターは動き出した。
___________
ゴオーッ……。
「きゃーっ!」
黄色い歓声と共に、コースターは滑走する。
そんな中。
(ま……こんなもんだよな)
現在の状況を楽しみつつも、グレート・ウォール・マウンテンそのものに対しては少し冷めた感想を持ってしまう横島。
もう彼は、絶叫マシンを素直に楽しめる男ではないのだ。
(たしかに、すげー高低差だが……)
落下時のフワッという恐怖感。
しかし、そのポイントも見えているし、遊具としての安全性も保証されているのだ。
御呂地の山中の崖を、心の準備もなく突然、ロープ一本くくり付けた状態で突き落とされた時と比べれば……。恐くもなんともない。
(たしかに、すげー重力だが……)
ループや急カーブでは、強烈なGがかかる。
しかし、あくまでも危険がない程度に設定されたものなのだ。
カオスと某国の合作という、安全性の配慮が欠けたロケットで宇宙に飛び出した時のGと比べれば……。全然たいしたことない。
(でも、こーしてお姫さまと
触れ合ってるのは気持ちいいから……。
……まっ、いーか)
ちょっと腕を動かしてみた。
ムニュムニュッと伝わってくる反応があり、男の本能が刺激される。
(……おっ?)
深く、あるいは浅く、シートに座り直してみた。
モゾモゾと腰や太腿を擦り付ける形になり、やはり男の本能が刺激される。
(おおっ……!!)
こんなセクハラが許されてしまうのか!? イエス!! ヤー!! ウイ!!
キャラット王女はキャーキャー楽しんでいるだけで、隣の男のことなど眼中にないのだ。横島とは別の意味で、興奮しているらしい。
(さすが……
グレート・ウォール・マウンテン!)
ジーンと感動する横島。
しかし、こうして意識を王女に向けて、様子を窺っていたのが幸いした。彼女の言葉に、即座に反応できたのである。
「おおっ!?
この先……レールありませんね!
このままソラにトビダすのですか?」
「……え?」
___________
「スゴいシカケですね!
さすが、この国のキカイです!!」
「そんなわけねーだろ!?」
慌てて前方を見る。
キャラット王女の言うとおり、少し先の部分で、レールの一部が欠落していた。
ほとんどの乗客は、まだ気づいていないようだが。
「……横島さん!」
王女の向こう側から、声がする。おキヌも、状況を理解したのだろう。
「おうっ、まかせとけ!」
おキヌに答えてから、文珠を出そうとする横島。
このアトラクションのおかげで、煩悩パワーはフルチャージだ。
あっというまに文珠が出てきた。
しかし。
「えーっと……
なんて入れたらいいんだ?
文字が思いつかねーっ!!」
霊力とは違う意味で、少し問題があった。焦れば焦るほど、頭が混乱する。これでは、間に合わない……!
そんな横島を見て、王女も察したらしい。
「これはアクシデントなのですか?
それなら……ワタシが……!
イデよ、我ガ精霊獣!!」
指輪が光って、王女の精霊獣が出現。
そうこうしているうちにも、彼らを乗せた車両は走行を続け、問題の箇所へ差し掛かった。
ダンッ!!
走ってきた勢いのまま空中へ飛び出してしまったが、見事、精霊獣が虚空でキャッチ。
ジェットコースターの列車全体を、続きのレールの部分へ。
ドッ……シャーッ……!
何事もなかったかのように、走り抜けるグレート・ウォール・マウンテン。
「助かった……」
横島は、ホッと胸をなで下ろす。
乗客の中には、今のトラブルを余興だと誤解した者も多いようだ。キャラットの精霊獣の外見がファンタジーな雰囲気にあっていたせいで、CGか何かを駆使したイベントだと思われたのだろう。
皆の夢を壊さずに済んだのだ。
「ウマくデキました……!」
横島の隣では、キャラットが満足げな笑顔を浮かべていた。
___________
「ナゼ、ニゲるのです……?
ワタシたち良いコトしたのですよ!?」
グレート・ウォール・マウンテンを降車後、横島たちは、急いでその場をあとにした。
今は、誰もいない場所に来ている。
「そりゃあ……。
面倒に巻き込まれるのはゴメンだろ?」
「一応、おしのび……なんですよね?」
わかっていない客もいたが、少なくとも遊園地側は、トラブルを認識しただろう。
軌道レールが欠けていた以上、もう今日はグレート・ウォール・マウンテンは運転中止だ。
事故を防いだことは確かに善行であるが、あのまま留まっていたら、色々と聞かれるに決まっている。王女の立場を考えて、それは避けた方がいいと思ったのだ。
「ここまで来れば……大丈夫でしょうね」
おキヌの言葉を耳にして。
あらためて周囲を見渡す横島。
広々とした草地であり、ピクニック・エリアと大きく表示されている。
イベントショーでもあれば人も集まるのかもしれないが、普通は訪れる者もいないのだろう。せっかくデジャヴーランドまで来て、こんな何もないような場所に……。
「……あれっ!?」
横島は、思い出した。
前に小鳩と共に来園した際は、乗り物チケットが買えなかったため、ここで時間を過ごしたのだ。
「あ!
あれ、マッキーキャットだわ!!」
おキヌの言葉で、横島やキャラットも、そちらへ首を向けた。
人気マスコット、マッキーキャットのぬいぐるみ。それが、横島たちの方へ歩いてくる。
普通の遊園地ならば中に人が入っているが、デジャヴーランドの場合、ぬいぐるみはロボットである。
「俺、あんまり
いい思い出ないんだけどな……」
横島を襲う、強烈な既視感。
前回も、こうしてマッキーがやってきて。
横島は蹴り飛ばされ、小鳩をさらわれたのだ。
そして、今回は。
「キャアッ!?」
「えーっ!?」
「ああっ、やっぱり……!」
いきなり、キャラット王女に殴り掛かってきた。
___________
ギュンッ!
「う……!!」
攻撃を食らい、うめき声を上げたのはマッキーキャットの方だ。
キャラットをかばうために霊気の盾――サイキック・ソーサー――を発現させた横島が、間に合わないと判断して、投げつけたのだ。
「大丈夫っスか!?」
「ケガは……!?」
横島とおキヌが、キャラットのところへ駆け寄る。
おキヌはヒーリングしようと手をかざしているが、王女にケガはないようだ。
まずは安心。だが、まだ警戒は解かずに、横島は振り返った。
「あっちは……ちょっとグロテスクか?」
爆煙で視界が遮られているが、マッキーの首がもげたことだけは確実だった。少し離れたところに――煙の外に――、頭だけゴロンと転がっているのだ。
「ロボットでよかったですね。
もしも中に人が入っていたら……」
横島と同じ方角に視線を送ったおキヌが、そうつぶやいた時。
「よくも……やってくれたな……」
モウモウとする煙の中から、声が聞こえてきた。
ゆっくりと立ち上がるマッキーキャット。だんだん煙も晴れてきて、その姿もハッキリと見えてくる。
「えっ!?」
「ナカにヒトが……!?」
「ロボットじゃ……なかったのか!」
マッキーは着ぐるみだった。
どうやら、かぶっていた頭部がスポンと外れただけだったらしい。中の人の首は無事であり、その顔も明らかとなる。
マッキーキャットに扮して、キャラット王女に襲いかかった人物。その正体は……。
「……誰?」
横島にもおキヌにもキャラットにも、まったく見覚えがない男であった。
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「よくも……やってくれたな……」
顔をしかめながら、彼は体を起こした。
ターゲットと付き人らしき二人が何か叫んだようだが、彼の耳には届いていない。
(女の方はわからんが
……男の方は手強いな!?)
先ほどの攻撃、彼は回避したつもりだったのに、それでもダメージを受けてしまったのだ。
左の脇腹がズキズキ痛む。
どの程度の傷を負ったのか、ぬいぐるみを脱がないことにはハッキリしないが、今はその時間もない。
(ここで……ケリをつけてやるっ!!)
首からぶら下げていたペンダントに、祈りを込める。
精霊の加護により、石が輝き始めて……。
「あれは……!?」
「げえっ、精霊獣!」
「ナゼ……精霊獣が……!?」
三人が慌てふためく様が、男にも見てとれた。
「いけっ、ピカッ獣!」
ニヤリと笑いながら、自分の精霊獣――ピカッと石が光って出てくるのでピカッ獣と呼んでいる――をけしかける。
ふと、男の頭の中に、これまでの苦労が浮かび上がった。それは、走馬灯のように回り始める……。
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ロイド眼鏡の似合う、チョビ髭を生やした男。少し出っ歯な部分も含めて、愛嬌のある顔立ちだが、彼は日本人ではない。
ザンス王国の原理主義者であり、過激なテロリストグループの一員。東洋人っぽい外見のために日本へと送り込まれた、組織のエージェントだった。
コードネームは、ターニィ。それが、この世界での彼の通り名にもなっていた。
「ニッポン……ですか!?」
その指令を受けた際、ターニィは少し戸惑った。だが、すぐに理解する。
日本は、国土の面積の割に人口が多く、大規模な霊障が多発する国だ。実力派GSも大勢いるという。
そして、誰もが知っているように、ザンス王国はオカルト産業で成り立っている国。日本との国交が重要なのも、当然である。
組織としても、目を光らせておく必要があったのだろう。
しかし。
「なんてひどい国だ……!!」
日本に着いてすぐ、ターニィは後悔した。その気持ちは、暮らし始めてから、さらに加速する。そこからが、本当の地獄だった。
なにしろ彼は、多くのザンス人同様、重度の機械アレルギー。技術大国ニッポンは、彼にとって、まるで機械に侵された異次元世界だったのだ。
しかも、彼の仕事は、完全に閑職。
ザンス王国大使館もスパイしてみたが、何もない。そもそも大使館の建物は、住宅街にある普通の家だった。
「もしかして……俺って左遷された!?」
そんなターニィの状況が一変したのは、国王来日が決まってからである。国王の初めての先進国訪問が日本ということで、彼に、大きなプロジェクトが回ってきたのだ。
それは、国王暗殺計画。戒律を破った国王には……死あるのみ!
「こんな……潤沢な資金が……!!」
予算もたくさん用意された。
ターニィだけでは不可能だろうということで、組織の本部からは、プロの殺し屋を雇うことを薦められる。素直にアドバイスに従い、本国から凄腕に来てもらった。
しかし。
「失敗した……だと……!?」
具体的な計画立案から作戦遂行まで、すべてプロに任せたにも関わらず。
国王暗殺は、大失敗。実行犯は、返り討ちにあって、その場で死亡。
殺し屋自身も原理主義の思想に共鳴していたせいか、あるいは死んでしまったせいか。事件は、殺し屋が単独で実行したものとして処理される。
背後関係の調査がターニィのところまで及ばなかったのは、不幸中の幸いだった。日本の警察では、バックに依頼人がいたことまでは解明できなかったらしい。
「助かった……」
一安心のターニィだったが、彼が次の策を考える暇もなく、国王は帰国してしまった。
しかし、王女は、その後も頻繁に来日する。
しかも、あろうことか、なんと機械文明の恩恵を感受するだけのために、日本に遊びに来ているのだ。
「これを……
放置しておくわけにはいかない!」
だが、あの殺し屋が下準備に金を使い過ぎたため、組織から託されたお金も、もう残り少なくなっていた。今さら新たな暗殺者を雇うのは無理。ターニィ自身の生活費も、自分でバイトして稼いでいる状態なのだ。
「ということは……。
俺自身で……やるしかないのか!?」
嘘だと言ってよターニィ。そんな言葉を、自分自身に向けたくなる。実はターニィは、実戦経験は皆無なのだ。テロリスト組織には属しているものの、武闘派ではなく、理論派だったのだ。
「どーしよう……?」
具体的な方針も思い浮かばず、とりあえず、バイトを続けるターニィ。
ところが、そうやって真面目に働いていたことが、思わぬ幸運を招いた。
ターニィのバイト先に、王女が遊びに来たのだ。
「これも……精霊のお導きだ!」
今日まで頑張った甲斐があった。涙ぐましい努力の積み重ねだったのだ。機械だらけの場所で働くうちに、機械アレルギーも克服したほどだ。
「このチャンスを活かさなきゃ
……バチが当たるぜ!!」
ターニィは、こっそり王女たちのあとをつけて、アトラクションに細工をして回る。
最初は、観覧車からの転落死を狙った。空中でドアは開いたものの、付き人に阻まれて失敗。
続いて、ガリガリの海賊では撲殺、ジャングルぐるぐるでは圧死、イッツ・ア・マッキーズ・ワールドでは衝突死を謀ったが、どれも失敗。
スプラッシュ・だんだん・フォールでは、王女に水をぶっかけて、その勢いで乗り物から落として溺死させるつもりだったが、水圧が足りなかった。王女は濡れはしたものの、あれでは、ただの嫌がらせでしかない。
そして、グレート・ウォール・マウンテン。コースのレールの一部を取り外したので、ハリウッド映画並みの大規模な事故が発生するはずだった。だが、王女が自らの精霊獣で、なんとかしてしまった。
「こうなったら……最後の手段!」
ターニィは、自ら直接、王女と対決することを心に決めた。
切り札の精霊獣石を使うのだ。心の友でもある精霊獣――ピカッ獣――を呼び出すのだ。
王女の精霊獣のほうが格上だが、グレート・ウォール・マウンテンで力を浪費して、パワーダウンしているはず。彼女の獣は、すぐに力つきるだろう。
そうなれば、ピカッ獣を止められる者はいない。精霊獣を倒せるのは、精霊獣だけなのだ。
「心配なのは……例の格言だけか。
『精霊獣使いは引かれ合う』……!!」
ザンス王国では常識のように言い伝えられている言葉であるが、ここは日本。精霊獣使いなど、いるわけがない。
「ああ……今度こそ……。
今度こそ、上手くいくぞ!」
ターニィは、勝利を信じて、王女の前に姿を現した……。
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「いけっ、ピカッ獣!」
男の言葉と同時に。
黄色い稲妻が、横島たち三人へ降り注ぐ。
しかし。
「わっ!?」
「横島さん、お願い!」
「おうっ、今度こそ!」
大丈夫、こういうケースは初めてではない。頭を使う必要もない。
月面でアンテナの魔物を相手した時と同様、文珠に『防』と文字を込める。
即席の結界が完成。
どんな文字を入れるのか、それさえ決まりきっているなら、文珠は、早くて手軽で使いやすい霊能力なのだ。
バチッ!!
敵の電撃攻撃は、全て跳ね飛ばした。
「今度は……こっちの番だぜ!」
霊波刀――ハンズ・オブ・グローリー――を出して、構える横島。
「そうはさせるか!
ずっと俺のターンだっ!!」
負けじと叫ぶ、敵の男。
「やれっ、ピカッ獣!
ボディーアタックだ!!」
男の精霊獣が、弾丸のような勢いで向かってくる。
それに対して、横島は、バッと自分の手を突き出して。
「のびろーっ!!」
霊波刀を伸ばして、相手を貫く。
自由自在に形を変えられるのが、ハンズ・オブ・グローリーの利点である。
これはカウンターが決まったと思ったのだが……。
スカッ!!
なんの手応えもなく、すり抜けてしまう。
「え……!?」
「駄目ですよ、横島さん!
相手は精霊獣です……!!」
後ろにいるおキヌの言葉で、横島も思い出す。
美神が言っていたはずだ、精霊獣を倒せるのは精霊獣だけ、と。
(あれ……?
でも、その美神さんが最後には
精霊獣なしで精霊獣をやっつけたよな?)
国王暗殺未遂事件では、美神の――「一億円出す」という言葉を受けて勢いづいた美神の――霊力をこめたコブシで、テロリストの精霊獣を二体まとめて殴り飛ばしていた。
だが、あれは例外中の例外であり、主人公補正だ。
美神令子は、金のためなら不可能を可能にする女。
彼女を基準にしてはいけない。横島は彼女の弟子にあたるGSだが、そこまで継承してはいない。
そして、こうして戦闘中に考え込んでしまうのも、師匠ならば絶対にやらないことだ。
「ぎゃ〜〜あ!!」
「横島さん……」
突進してきた精霊獣の体当たりをモロに食らって、跳ね飛ばされる横島であった。
___________
「まずは一人……。
しかも強い方の警護をやっつけたぞ!」
ザンス人らしからぬ流暢な日本語で、言い放つ男。
それに対して。
「精霊獣がアイテなら……。
イデよ、我ガ精霊獣!!」
カタコトの日本語で、王女が立ち向かう。
「アナタもカゲキなテロリストですね!?
……ユルしません!!」
「許されんのは、おまえのほうだ!
いけっ、ピカッ獣!!」
ドシュッ!! ドギャアッ!! ボシュッ!!
精霊獣と精霊獣が激突する。
そんな大迫力バトルを尻目に。
「あ〜死ぬかと思った……!」
弾き飛ばされて倒れていた横島が、スクッと起き上がった。
サッとおキヌが駆け寄り、ヒーリングを施す。横島脅威の回復力は知っているが、一応、戦闘中である。それに、この状況では自分は回復役でしかないことを、おキヌはよく理解していた。
「大丈夫ですか?」
「ああ。
サンキュー、おキヌちゃん!」
軽く礼を述べてから、横島は、周囲を見渡した。
二体の精霊獣が戦う様は、とても目立つ。ショーか何かだと勘違いして、人も集まり始めた。このままでは、巻き込まれる者も出てくるかもしれない。
「まずいな……」
だが、無関係な一般人への被害など、悠長に心配している場合ではなかった。
「きゃあっ!!
ワタシの精霊獣が……!?」
キャラット王女の悲鳴が聞こえてきたのだ。
見れば、彼女の精霊獣がピンチ。蜃気楼のように、その姿が薄くなっていく。どうやら、エネルギー不足らしい。
キャラットは、横島たちの方へ手を伸ばす。
「ヨコシマさん!
……精霊石をクダさい!!」
「そんなもん持ってるわけねーだろ!?」
ついに彼女の精霊獣は、ボフッと煙のように消えてしまった。
「ああっ!?」
「ハッハッハ……!
これで……俺の勝ちだ!」
怯える王女に向かって、ゆっくりと歩み寄る男。
ネズミをいたぶるネコのような表情が浮かんでいる。
「マッキーキャットのぬいぐるみ、
……まだ着たままですからね」
ふと、ノンキな感想を口にするおキヌであった。
___________
「……チッ!」
とりあえず、横島は、おキヌと二人で王女のもとへと走り寄る。
女のコ二人を背中にかばうかのように、両手を広げて立ち塞がり、文珠で結界も作った。
(守ることはできても……。
精霊獣がなきゃあ攻撃は無理か……)
今日の横島は、霊力が充実している。いくらでも文珠が出せそうな気分だ。
だが、技術的にレベルアップしたわけではないから、たくさん同時に制御できるわけでもない。
チラッとだけ『精』『霊』『獣』というのも考えてみたが、三つは無茶だ。間違って獣のような役立たずの精霊が出てくるのが、関の山だろう。
そんな横島の葛藤は、相手にも見抜かれていたらしい。
「ハッハッハ……!
俺のピカッ獣を倒せる者がいるか!?」
高笑いする男。
問いかける形ではあるが、返事は期待していなかったはず。
ところが。
「ここにいるわ!」
___________
「なにっ!?」
ターニィは、振り返った。
何かが、こちらに向かって飛んでくる。
夕陽を背にして大空を飛ぶ姿は、まるで太陽からの使者のようだ。
「カッコつけやがって……!
燃え立つ正義のヒーローか!?」
誰よりも速いとか、誰よりも強いとか。そんなフレーズも頭に浮かぶ。
そして。
逆光であったため、かなり近づいた段階で、ようやく姿がハッキリしてきたのだが。
「なんだ……それは……!?」
最初のイメージも、一瞬で吹き飛んでしまった。
驚愕の表情で、ターニィは叫ぶ。
「……精霊獣じゃねーぞ!?
むしろ……機械じゅ……」
それ以上言ってはいけない気がして――いや驚きのあまり――、言葉を呑み込むターニィ。
今、彼の前にスッと降り立ったもの。
それは、パッと見れば精霊獣。だが、よく見れば、機械で体中を補強された不格好な存在だった。
その肩に乗っていた女が、力強く言い放つ。
「これは……メカ精霊獣2.8号!
ザンス王国伝統のオカルト技術と
中世の魔法科学と現代の機械科学……。
それらを融合させて作った、人造精霊獣よ!!」
___________
「我らが精霊獣が……
機械文明に同化されてしまったのか!?」
ターニィは、頭がクラクラしてきた。
機械アレルギーは克服したはずだったが、これは、あまりにも衝撃的だ。
「精霊獣が……キカイに……。
うーん……」
キャラットの言葉が聞こえてきた。バタンという音もする。
気を失って倒れたのだろう。機械文明を楽しむキャラットにとっても、さすがにショックだったようだ。
「ああっ!?」
「王女さま!?」
チラッと見ると、あとの二人が王女を介護しているようだ。
ターニィだって気絶しそうだが――脇腹も再び痛み始めたが――、そうもいかない。
敵の女が、こちらに向かって、ビシッと指を突き出しているのだ。
「さあ、もう観念なさい!」
「くっ……」
気合いを入れ直すつもりで、女を睨み返す。
(たしか……この女は……)
ターニィは、女の顔に見覚えがあった。
国王暗殺計画において、殺し屋は日本GS協会の名簿を手に入れて、かなり詳しく調べている。そうした下準備も彼に全部一任してしまったため、ターニィ自身は、日本のGSの名前も顔も全然わからない――だから横島やおキヌのことも知らなかった――のだが。
そんなターニィでさえ知っている、有名な女性GS。
(ミカミレイコ……!
我らの……仇敵……!!)
テレビのニュースに映っていたのだ。
あのプロの暗殺者が、美神に倒される場面が。
厳密にはトドメをさしたのは美神ではない――日本のSPが射殺した――のだが、実質的には美神にやられたようなものだった。
そんな彼女が、インチキな精霊獣を連れてやってきたのだ。
王女よりも、美神にこそ……死の制裁を!!
「いけっ、ピカッ獣!
そんなバッタもんに負けるな!」
「誰がバッタもんよ!?」
メカ精霊獣から降りた美神は、小さな機械の箱を取り出した。アンテナやダイヤルやレバーがついているが、それらは使わず、美神は小箱に話しかけている。
「メカ精霊獣2.8号!
……やっておしまい!!」
「音声入力のリモコンか?
……フン!!
そんなものがなきゃ操れねえんじゃ、
やっぱりインチキじゃねーか!!」
ゴゴゴッと動き出すメカ精霊獣。両腕を大きく振りかぶって、それがポーズを決めているうちに。
「ピカッ獣、セーレーサンダーだ!」
お得意の電撃攻撃が炸裂。
だが。
「なにっ!?」
メカ精霊獣の腹部から何かがピュッと飛び出し、雷は全てそちらへ。
「避雷針……か!?」
「甘く見るんじゃないわ!
機械の力を前にして
……抵抗は無意味よ!!」
銀色の機械の腕を振るう、メカ精霊獣。
このスーパーパンチ一発で、あっけなく勝負は決まった。
グシャッ……!
鈍い音と共に。
ターニィの精霊獣は、見るも無惨な姿に変わったのだ。
「ああっ!?
俺の……ピカッ獣が……」
その場に崩れ落ちるターニィ。
もはや、彼に抵抗する気力は残っていなかった。
___________
こうして。
スーパーパンチによるKO勝ちで、デビュー戦を飾ったメカ精霊獣2.8号。
純正の精霊獣と同様に、精霊獣を倒せることが証明されたのだ。
やはり精霊獣と同じく、維持するには精霊石が必要だが、そんな欠点など問題にならないほどの性能である。
厄珍堂の新たな人気商品になると思われたのだが……。
___________
___________
「どーしてくれるんじゃ!?
材料費やら何やら……わしも
けっこう金使っとるんじゃぞ!
これでは今月も家賃が払えん!!」
怒鳴り立てるドクター・カオス。
美神の知識だけでは足りず、カオスの科学技術を加えることで、メカ精霊獣は完成したのだ。
初号期は原因不明の暴走を引き起こしたため廃棄。2号機に細かなバージョンアップを重ねて、最終的に2.8号がロールアウトしたわけだが……。
「話が違うじゃないの!?
バカ売れ間違いなしってことで、
大量生産まで始めちゃったんでしょ!?
……どーすんのよ!!」
美神も喚き立てる。
知識だけではなく、彼女は、資金も提供していた。
当然だがカオスと厄珍だけでは当座の現金が足りないので、彼女が立て替えているのだ。
その予算をつぎ込んで、厄珍は大々的に売り始めたのだが……。
「注文ゼロある……。
ワタシも困ってるね!」
わざわざ美神の事務所まで来て、厄珍は頭を抱えていた。
そう、バカ売れどころか、全く売れないのだ。
現在、店では、売れ残り在庫が山になっている。
「も……盲点だったある〜〜!!」
精霊獣石は無理ということで、途中から精霊獣を作る話に変わったが、それは些細なことだと思っていた。
維持費がかかることにも気づいていたが、とにかく売りつけてしまえば後のことはどうでもいいので、それも気にしていなかった。
厄珍が忘れていたのは、一番の特徴に関する部分だ。
「日本には精霊獣いないから……
こんなもの必要ないあるね!!」
精霊獣は精霊獣でしか倒せない。
精霊獣と戦う切り札として、注文が殺到するはず。
そういう皮算用だったが、よく考えてみれば、そもそも日本では精霊獣と戦う機会がないのである。
いや、日本だけではなかった。諸外国でも、ザンス王国の者が来ないかぎり、精霊獣に出番はない。
しかし逆に、ザンス王国の関係者の前では、メカ精霊獣は見せられない。彼らにとって、機械はタブーなのだ。
「どーすんだよ!?
お姫さん帰っちゃったじゃねーか!!」
横島も、厄珍に食ってかかる。
あれだけ日本の電化製品を気に入り、機械文明を楽しんでいたキャラット王女でさえ、メカ精霊獣には目を背けていた。
精霊と機械を融合するというのは、守り神である精霊に対する冒涜。それは、彼女の許容できる範囲を大きく超えていた。自分の信じる神を汚された気分だったに違いない。
「『こんなコトするヒトタチとは
もう二度とアいたくありません』って……」
涙目で騒ぐ横島。
あの様子では、気軽に事務所に遊びにくることは、もうないであろう。
もしも来日する用事があっても、横島たちの前には顔も出さないであろう。
「せっかく……」
デジャヴーランドでの思い出が――グレート・ウォール・マウンテンでの感触が――頭に浮かぶ。あんなことやら、こんなことやら……。
「……あんなに気持ちよかったのに!」
___________
ピクッ。
横島の言葉に、美神が反応する。
厄珍を非難するのは、一時中止だ。
だいたい、いつもの冷静な美神ならば、計画の問題点には早々と気づいていたはず。裏帳簿発覚の件で、少し頭が沸騰していたのだろう。
厄珍を責め立てるのも、半ば八つ当たりのようなもの。どうせ八つ当たりするのであれば……。
「……どういうこと!?
デジャヴーランドで……
特別なことでもあったのかしら。
おキヌちゃん……何か知ってる?」
顔に笑顔をはりつけて、まず、おキヌに質問する。
「さあ……?
私が見ていたかぎりでは、
特に何もなかったはずですが……」
答えるおキヌも、美神と同じくニコニコしている。
二人とも、横島のさきほどの表情から、だいたいの想像はついていた。
それでも。
「本人の口から……じっくり
説明してもらいましょうか!?」
「……そうですね!!」
ニッコリ冷たい笑顔を、横島に向ける二人。
「横島クン……?」
「横島さん……?」
「ちょ、ちょい待ちっ!!
二人とも、
俺は何もやましいことは……」
横島は、美神とおキヌに詰め寄られる。
抵抗は無意味だ。
「そ、そんな……」
結局。
ありふれた光景で、事件は幕を閉じるのであった。
(ザンスの事件の後日談ざんす! 完)
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