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突撃! 隣のおねえさん

  
「ごめんくださーい」
『はーい』
「となりの者ですけど、
 昨日お留守のあいだに届いた荷物を
 あずかってまして……」
『どーもお世話さまです』




       突撃! 隣のおねえさん




 うちの隣には、教会が建っている。
 ただし正式な教会ではないらしく、ミサなどは行われていないらしい。
 結婚式をやったこともあったようだが、それも仲間内での真似事であって、本当の結婚式ではなかったらしい。
 じゃあ何をしているところかと言えば、なんと、悪魔祓いだ。霊だとか妖怪だとか、そういう怪しげなものに関わって困った人が、救いを求めてやってくるのだという。

 教会には、神父が住んでいる。
 すでに中年と言っていいくらいの年齢で、前髪の生え際も年相応。眼鏡をかけた冴えない男だが、私の目は誤摩化されない。顔のパーツ自体は悪くないのだ。若い頃は二枚目で、きっとブイブイ言わせていたに違いない。

 そんな神父が一人暮らしをしていたのだが、いつの頃からか、住人は二人になった。
 二人目は、若い青年……いや、少年と言うべきか。高校生くらいにも見える。なんと、金髪だ。さすがキリスト教、外人と知り合う機会も多いのだろう。
 この金髪くんを初めて見た時、私は、大きく失望した。神父は、そういうシュミだったのかと思ったからだ。

(……昔の日本の寺には、
 お稚児さんっていうのがいたのよね?
 キリスト教でも、同じなのかしら?)

 だが、それは私の早とちりだった。金髪くんの同居は、そういう意味ではなかった。
 彼は、神父の弟子なのだそうだ。一人前の悪魔祓い師――正式にはGSと言うらしい――になるため、神父のもとで修業しているのだとか。

 そして、弟子と言えば。
 金髪くんが住み着く少し前から、とある若い女が、頻繁に教会に訪れるようになった。
 ゴージャスな服装をした、長い赤毛の女。
 最初は、すわ愛人か娘かと驚いたのだが、そうではなかった。この赤毛女も、神父の昔の弟子なのだそうだ。
 神父とは違って、稼ぎも良いらしい。たいてい、彼女自身の弟子だか助手だかを引き連れて、やってくる。二人いるのだが、片方は、いつも頭にバンダナを巻いた少年で、もう片方は、いつも巫女装束の少女。少女の方は、なんと幽霊である。

 この幽霊ちゃん、家政婦というか召し使いというかメイドというか、そんなような立場らしい。神父の教会においても、自身も来客であるはずなのに、彼女が客の対応をしたりしている。
 しばらく前に、預かっていた荷物――留守中に届いた荷物――を私が持っていった時も、神父や金髪くんではなく、幽霊ちゃんが応対に出た。面白くないから、サッと帰ってしまったよ、私は。
 後で聞いた話によると、あの時の荷物は、とても重要なものだったそうだ。世界を揺るがす大事件に関係するとか言ってたけど、さすがに、その表現は大げさ過ぎると思う。

 さて。
 こうして私が、色々と隣の事情に詳しいのは……。

「また、晩ごはんのお裾分けですか。
 いつもいつも、すみませんね……」
「いえいえ、お気になさらずに。
 作り過ぎちゃったんで……。
 一人では食べきれないから、
 もらって頂けたら、むしろ、
 こっちも助かるんです……!」

 時々、晩ごはんの差し入れをしているからだ。
 やりすぎると良くないと思って、あくまでも『時々』だ。だが、しばらく神父が何も食べていないのに――そういう時こそ効果的なのに――、私がそれに気づかない場合もあり、なかなかタイミングが難しい。
 ちなみに、さりげなく発言の中に独り者だというアピールも紛れこませているのだが、気づいてくれてるだろうか?


___________


「……というわけでさ。
 私の隣には、イイ男が住んでるわけよ」
「はいはい。
 その話、もう聞き飽きたわ……」

 元日。
 友人と連れ立って、女二人で初詣。
 その帰り道である。

「まあ、そう言わないでよ。
 いつも私だって、あんたの
 ノロケ話に付き合ってるんだから……。
 ……これで、おあいこでしょ?」
「いやいや。
 ダンナの話をするのと、
 隣の他人の話をするのと、
 いっしょにして欲しくないわ……」

 お正月なので、二人とも晴れ着姿。それにあわせて、私は、今日は眼鏡をしていない。友人の表情も見えにくいのだが、きっと、少し呆れたような顔なのだろう。

「それじゃ。
 ダンナが待ってるから、
 私は急いで帰るわ……。
 あんたも……がんばりなさいよ?」

 そう言って、友人は、十字路で左に曲がった。
 バイバイと手を振る彼女に、同じ仕草で応じてから。
 再び真っすぐ、私は歩き出した。


___________


「あら……?」

 かなり家の近くまで歩いたところで、ちょっとした騒動が目に入ってきた。
 公園の広場に、人が集まっている。いや、逃げていると言うべきか。
 獅子舞が来ていたようだが、肝心のシシが、見物人に襲いかかっているのだ。そういうショーなのかとも思ったが、どうやら違うらしい。逃げ惑う人々の悲鳴が、リアル過ぎる。

「新年早々、大変な話ね……」

 まだまだ距離はあるので、対岸の火事だ。
 少し遠回りになるが、大きく迂回しよう。途中で交番に寄って、この事件を知らせるのも良いかもしれない。
 そんな感じで、悠長に構えていたら。

『ガルルルーッ!!』

 怪シシが、いつのまにか、こちらに向かってきている。
 新年早々大変なのは、私だった……!

「きゃあっ!?」

 もう絶体絶命、怖くて立ちすくんで目も閉じてしまった私。
 でも、その時。

「父と子と聖霊の御名において命ずる!
 汝、性悪な妖精ボガート!
 そのものを解放せよ!!」

 恐る恐る目を開けると。
 ちょうど、何かがピカッと光った。
 シシに向けられた光だ。それを浴びて、シシも大人しくなった。
 
「大丈夫かね!?」

 私を救ってくれた男が、こちらに駆け寄ってくる。
 眼鏡無しなのでボンヤリとしか見えないが、彼の声には、聞き覚えがあった。

「はい、おかげさまで助かりました。
 ……ありがとうございます、神父様!」

 そう、それは、隣の教会の神父だった。


___________


「……おや?
 君は……どこかで……」

 最初、神父は私だとわからなかったらしい。
 ふっふっふっ、それも仕方ないだろう。私は、いつもの眼鏡もかけていないし、髪も結っているし、正月衣装なのだ。
 だが、私が名乗ると、彼の口調も変わった。
 隣人ということで、少し気さくな感じになる。

「あれは……ボガートといってね。
 日本では珍しい妖怪なんだが……」

 お祭り騒ぎにひかれて発生するから、人々の正月気分が引き寄せたのだろう、とか。
 大きなことは出来ないのだが、悪ふざけや破壊工作が趣味なのだ、とか。
 自身は非力なので、何かに取り憑いたり潜り込んだりして操ることが多い、とか。
 色々と説明してくれた。
 こういう話を聞くと、あらためて思い知らされる。やはり彼は悪魔祓いの専門家なのだ、と。

「本当に……今日は、
 どうもありがとうございました!」

 お隣同士なので。
 ごく自然に、家の前まで送ってもらう形になった。
 別れ際、もう一度頭を下げて、謝礼についても聞いてみたが。

「お金なんか、いいんですよ。
 ……晩ごはんのお裾分けも、
 何度ももらっていますからね!」
「え……でも……」
「まあ、気になるんでしたら、
 また余り物でも差し入れて下さい。
 それで、おあいこということで……」
「はい……!!」


___________


 ……それが昨日の出来事だった。
 日付も変わって、今日は一月二日。
 アメリカでは新年の祝日は一月一日だけで、二日からは普通に仕事が始まるそうだが、ここは日本。三が日という言葉があるように、日本では、三日間は正月なのだ。

(でも……。
 教会はキリスト教だから、
 違うかもしれないな……?)

 神父は『神父』だから、あんまり日本の正月には馴染まないのかもしれない。
 以前に聞いた話だが、仲間のGSが――金髪くんも含めて――たくさん同時に参加した初詣にも、神父は行かなかったらしい。

(いやいや、それとこれとは話が別。
 だいたい、神父だって日本人なんだし……)

 余計なことは考えるな、私!
 パシッと自分に気合いを入れて、私は、再び料理に専念する……。


___________


「さっそくですか!?
 すみませんね、いつもいつも……」

 腕によりをかけて作ったおせち料理を、美しく重箱に詰めて、隣の教会へ。
 今日は昨日とは違い、金髪くんもいた。
 いや、それだけじゃない。金髪くんの友人が来ているようだ。

(こっちのバンダナくんは
 ……ああ、あの赤毛女の弟子か。
 こっちの大男くんは……誰かな?)

 まあ、男四人で食べるにしても、十分な量はあるはず。
 ……と思ったのだが、考えが甘かった。

「まともな食いもんだっ!!」
「タンパク質ジャー!!」

 バンダナくんと大男くんが出てきて、かっさらうかのように受け取って。
 あれよあれよという間に、バクバクと二人で全部食べてしまった。

「ここへ来て正解でしたケンノー……」
「ピートに差し入れられる弁当が、
 やっぱり俺たちの生命線だな……」

 二人は、満足げに語り合っている。
 この二人だって、GSの関係者とか弟子とか、そういったもののはず。GSは凄くもうかるとか、高級官僚もビックリの高給取りだとか、そうした世間の噂は、しょせん噂なのだろう。

(でも……違うのよね……)

 バンダナくんの言う『ピート』は、金髪くんのこと。それくらい知っているので、つい反論したくなる。でも、口に出すのは、少し恥ずかしい。
 そんな私に対して。

「せっかく作ってくれたのに、
 なんだか……すみませんね」

 二人をチラッと見てから、苦笑する神父。
 私は、笑顔で応じる。

「いいんですよ、
 また作ってきますから!」

 そう、また今度だ。
 まだまだ機会は、あるのだから。
 今年こそ……良い一年になりますように!



(突撃! 隣のおねえさん 完)
   
 お久しぶりです。季節ものなので、こちらに投稿することにしました(もうチャットにも長らく顔を出していないので、投稿するのも少し気が引けるのですが、勇気を出して)。

 さて、とても個人的な感覚なのですが、胸当て付きズボンを女性が着こなしていると、それだけでステキに見えてしまいます。小さい頃は自分自身がそうした服装をさせられ、時々女の子と間違われることもあり、とても嫌だったのですが、着ると見るとでは大違いなのでしょう。
 そんなわけで、香港編で2コマだけ描かれていた、隣のおねえさん。彼女を主人公にしたSSを書いてみたいと前々から考えていたのですが、「お正月ものにしよう」と突然思い立ちました。
 三が日は無理でも数日遅れくらいで……と思ったのですが、これくらいの長さなら一気にサクッと書けるものですね。自分でもビックリです。
 なお、ブイブイ言わせるとか、ゴージャスな服装とか、少し古い表現だと思いつつ、敢えて使いました。原作の描かれた時代が……というだけでなく、今回は、『隣のおねえさん』の一人称ですから。原作の絵から私が感じた、『隣のおねえさん』のイメージです。
  

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