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意外な才能

「…少佐に知らせる?」
 頭にキャスケットとモモンガを乗せた、明るい色合いのトレンチコートの少女のその言葉に、ギターを抱えた男は面倒臭そうに首を横に振り、答える。
「いや……紅葉姉ありゃからかって遊んでるだけだろ」
 マフラーと丸眼鏡、そして草臥れたソフト帽で隠してはいるが、その合間から見せる表情にはわずかばかりの不満の色を覗かせて、呟く言葉にも力はない。
「それになんつーか……すげえ楽しそうじゃん。俺らといるとき、あんな顔しねーもん」

 その力ない不満がどこから来るものなのか―― 理解は出来ないが、払いのけることも出来ない。
 もどかしい思いに駆られ、手持ち無沙汰になったのだろう、ギターの男―― パンドラのエスパー・藤浦葉―― は手にしたギターを爪弾く。

 オフィス街に似つかわしくない音色が、初冬の風に乗って流れた。



 【意外な才能】



「紅葉は予定があるって言ってたな。葉はどこだ?」
 パンドラの首魁、兵部京介のその言葉に、パンドラの幹部の中でも兵部に次ぐ地位にある炭素制御能力者・真木司郎は半ばの疑問とともに返す。
「用事ですか? 桃太郎と澪が一緒なのでGPSで居場所はわかります―― が、何か緊急の用でも?」
 真木の言葉に兵部は首を横に振って、
「いや、緊急って訳でもないんだけど―― 紅葉を尾行するくらい思いつめてるんだろ?つついてやったら楽しそうじゃないか」
 浮かべた意地の悪い笑みは、あまりにも輝いていた。

 ―――― まったく、これだから少佐は……。

 『発想の行き着く先がバベルの管理官と変わらない』と続きかけた胸中の呟きを意志の力で無理やりに捻じ伏せながら、真木は手元にある端末を操作する。

 真木の走査に応じて受信機は澪の携帯端末から絶えず発信される微弱な信号を受け、程なくして澪らの位置を示す丸いアイコンが端末のディスプレイで明滅を開始した。
「……そう離れては…いないようだな」
 呟きつつ、マウスのホイールを操作―― 都心の空撮図上で明滅する発信先をさらに拡大し、光点の詳細な位置を認識した真木は、まず自らの目を疑う。

 ―― 疲れているのかな。

 苦笑とともに目頭を揉み解し、改めてディスプレイを確認する。
 だが、真木の祈りにも似た『見間違いであってほしい』という思いを嘲笑うかのように、地図は変わらず千代田区の一角―― バベル本部前で明滅する丸いアイコンを示している。

「……? どうした、真木?」
 ディスプレイを覗き込もうとした兵部の言葉に応じる声は、あまりにシンプルだった。
のバカを連れ戻しに行きます」

「じゃあ僕も行こ……」続こうとした兵部の言葉に「必要ありません!」真木ははっきりと太い釘を刺す。

 不満を述べようとする兵部ではあるが、「少佐が出たら逆にややこしくなります」兵部が口を開くより迅く放たれた真木の言葉と、それに伴う鬼気迫る迫力に気圧されたのであろう、兵部はたじろぎつつ続けるはずの言葉を抑え込むと「じ、じゃあ任せるよ」いとも容易く白紙委任状を手渡す。

「助かります」
 焦燥を孕ませた声音で簡潔に返すと、壁に掛けていたコートを羽織った真木は荒々しく扉を閉じる。
 ロビエト連邦の外交官というカヴァーを得ている今のパンドラとバベルが真正面から事を構えることは出来ない。
 だが、それはあくまでも『こちらから仕掛けない以上は』という但し書きが付く。

 真木も今すぐパンドラがバベルと事を構えても負けるとは思ってはいない。

 だが、黒い幽霊ブラックファントムの脅威を排するという目的を達した以上、バベルの切り札であるザ・チルドレンと一定以上の交流を持つ澪達パンドラの子供らが順調に浸透を続ける現状を崩すわけにはいかない。
 出来る限り穏便に、そして確実にバベルに決定的な楔を打ち込むためにも、下手に目立つような愚を冒させるわけにはいかないというのに、幹部の一人である葉がこの微妙なバランスを要する崩す切っ掛けとなるようないざこざを起こすようでは話にならない。

 形の上とはいえロビエトの外交官であるパンドラの一員が不祥事を起こすという事態が起きては、国家レベルの外交問題は発生せずとも、民間レベルでの微妙な環境のねじれは避けられない。
 そして、そのねじれの影響を最も受けるのは、パンドラの中で唯一外の世界と通じている子供達に他ならない。
 それだけは―― パンドラにとって最大の希望である子供達の未来をいかなるイレギュラーであってもこじらせるような事態だけは、何としても避けたいのだ。


 ―― 早まった真似だけはするなよ。

 消せぬ焦燥を顕わに、真木は車のキーを回した。


 * * *


「へぇ……こんな所でストリートミュージシャンだなんて、珍しいわね〜」
 手遊びに爪弾いた音色に惹かれたのであろうか――バベルの職員と思しき、庁舎の裏口から表通りに出た二人のうち、度の強い瓶底の眼差しが期待に満ちた光を帯びて向けられる。

「ちょっと!?あれどう見てもバベルの奴等よ?あんたギターなんて弾けるのッ?!」
 『バベルの関係者に怪しまれては厄介になる』―― 三年前の彼女ならば、想像することもなかったであろう発想からくるその問いを、小声でありながらもキツい口調で発する澪に、
「馬鹿にするんじゃねーよ。俺にかかればギターくらいチョロいもんだよ」
 葉は自信に満ちた態度で応じて返すと、手にした六弦を無造作にかき鳴らす。
「でもあんた単なるニートでしょ。ギターなんて……って、あれ?」
 あまりに無造作なその指運からは考えられない繊細な響きに、澪はその貌に明白な驚きの色を顕わにする。
「あんたニートじゃなかったのッ?!」
 いや、ニートでもギターは弾けるだろ。
「へへっ!どうよっ?」
 澪の反応に気をよくしたのだろう。得意気に返し、葉はさらにギターを自在に操る―― だが、澪、そして彼らの目の前に立つバベルの女性職員二名は気づいてはいなかった。


 葉の指の動きとアコースティックギターの響きには、微妙なズレが生じている、という事実には。


 ……と、いう訳で―― 説明せねばなるまいッ!!
 パンドラのエスパー、藤浦葉は念動力をベースにした合成能力者である。
 音を……特に自らの声を触媒にした振動波を操ることに長け、分子結合に干渉することで絶大なる破壊力を得ることを実現しているが、それは葉の能力の一端に過ぎない。
 音の振動を遮断することで隠密裏に行動することも出来れば、音の振動を利用して、相手の数・位置を探るというアクティブソナーにも似た効果を引き出すことも出来る。
 空気という振動を媒介する素材がある以上、葉の能力の応用範囲は飛躍的に増すのだッ!!

 そして、今現在葉が行っているものもまたその応用の一端であった。
 音の波長を自在に操ることで音そのものを変容させ、自らの望む音に変質させる―― 巧く使えば、潜入工作にも諜報活動にも活用出来る上、聞く者に心地好さを感じさせる高周波を伴わせることによって、自然と人を引き付けることすらも可能とする、天からの福音を思わせるその能力は、流石にパンドラの幹部たるに相応しい強力なものであると言える。



透視みきーれっなはぁぁ〜〜い♪ 時代の〜キャァァッオース!!」

「すご〜い、何この女声〜?!」
「キモーイ!でもおもしろーい!!」
 だが―― 強力な能力であっても、この様に使い方を誤ればただの宴会芸である。

 その宴会芸にいつしか出来た黒山の人だかり。
「声真似だけでも凄いってのに、一人でハモってるよあの人!」
「あ、俺知ってる!これって確かホーミーって言うんだろ!?」
 超能力に携わる特務機関の一員でありながら、目の前で行われているのが超能力の濫用である、という疑いを抱くことなく芸と信じ――

「「「おーばー・ざ・ふゅーちゃー・わ〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」」」
 挙句の果てに大合唱である。

 バベルの皆さんのボンクラっぷりは、想像以上に深刻であった。

 * * *


 道端に停まった黒塗りのセダンに最初に気付いたのは、澪だった。
 
「お前達……一体――」
 人だかりの中心に心配そうに駆け寄る真木に向けて手を振ると、陽性の笑みをこぼれんばかりに向けて一言。
「ほらほら、見てよ見てよ。
 ―― おひねりがこんなに」


 昼休みを楽しく過ごしたバベル職員達のやんやの大喝采を背に受けて、ずっしりと重いギターケースを手に得意気にする二人の様に、「…何をしてるんだ何を」真木は力なくツッコミを入れる。

 ―― 心配して来てみれば……紅葉の様子を見に来ていたんじゃないのか、お前ら。

 そう問い質したい衝動を恐るべき自制心で抑え込みながら、真木はズキズキと痛む頭を押さえた。


 真木の気苦労は、そうそう終わりそうになかった。
 ヽ(。∀゚)ノ  わ〜〜〜〜〜〜〜♪(挨拶)
 というわけで、すがたけです。

 今年の投稿は元日、そして大晦日という二本に留まりました。年の初めと終わりのみという、いわゆるキセル投稿です。
 元々が大したものでもありませんが、今年に入っての腕の錆びっぷりは深刻です。どなたか錆び止めをぷりぃず。

 2011年にはもう少し投稿数が……小ネタを捻じ込めるだけの隙間が増えたらいいなぁ。

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