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Paint It Black


10月31日
―今日は任務が無く普通の一日だった。普通とは、何と素晴らしい響きだろうか。
普通こそが、世を成す普遍の原理であるはずなのだ。
しかし、今この世には、普通でないモノが溢れかえっている。
奴らは、平穏を求める我々普通の人にとっての脅威だ。降りかかる火の粉は、払わなければならない。
なぜなら我々は、「普通の人々」なのだから。


11月8日
―任務失敗。
また、あの特務エスパーとやらのせいだ。
あいつらと関わり始めてから1年以上経つが、思えばロクな事が無い。
たかが小娘3人と侮ったのがいけなかった。奴らは今までのエスパーとは、根本的に何かが違うのだ。
それに、外見がかわいいだけに、余計タチが悪い。
全く、最近の子供は発育ばかりが良くて困る。。。


11月16日
―任務失敗。
今度は特務エスパー1人だけだったにも関わらず、歯が立たなかった。
あの眼鏡の小娘め。人を首から下だけ道路に埋め込むとは。
ノーマルはいくら死んでもかまわないとでもいうのか。
それに、いつもいつも特務エスパーと行動している、あの優男は何なんだ。
ノーマルのくせに、エスパーに肩入れするとは。
止むを得ない。ノーマル同士心苦しいが、今度は奴から仕留めるのが得策と見た。
そうすれば、特務エスパー共は統制を欠くに違いない。


11月22日
―阿佐ヶ谷支部の工作員が、特務エスパーの餌食になったらしい。
いつぞやは、自身の恥ずかしい過去を暴露された者がいたが、今度のは、無理矢理エスパーへの
服従を誓わされたそうだ。
奴ら3人は、早急に排除しなければならない。成長するにしたがって、ますますその能力は増大し、
悪辣な知恵も身に付け始めている。
このまま放っておいては、いずれ奴らは全ノーマルの敵となるだろう。
私の「普通の人々」としての勘がそう告げているのだ。
急がなければ。。。


11月29日
―今日は惜しかった。思ったとおり、優男を行動不能したら特務エスパー共の能力は著しく低下した。
だが、あともう1歩というところで、想定外の邪魔が入った。
しかも、今度も優男だ。あの学ラン野郎め、あと一歩のところで忌々しい。
それにしても、あまりにもタイミングが良すぎたように思う。
エスパー同士、我々の知らないコネクションでもあるのだろうか。
もしそうだとすれば、少々厄介な事になるな。これは、本腰を入れて調査する必要がありそうだ。


12月2日〜3日
―じい様の法要で田舎に帰る。相変わらず何も無い、普通の田舎だ。
帰る日になって、じい様の遺品を整理していたら、1枚の写真が出てきた。
写真には、旧陸軍の制服を着た連中が数人映っていた。
そうだ。確か昔、親父から見せられた写真だ。
確か、戦死したうちのじい様が、昔所属していた部隊だったとか言ってたな。
不可解な事に、写真の中に、この前の学ラン野郎らしき者がいた。
あの底冷えのするような冷たい目つきとは違うが、顔形は瓜二つだ。
しかし、奴はどう見ても20代前半だった。
戦時中の写真に映っているはずがないが、なぜか気になって仕方が無かった。
写真をもらってきたから、諜報部に調査を依頼する事にしよう。


12月8日
―どうやったかは知らないが、驚いた事に、奴からコンタクトを取ってきた。
『兵部』と名乗った男は、やはりあの写真に写っていた男と同一人物だった。
そして、昔じい様と同じ部隊に所属していたそうだ。
奴は恥知らずにも、私を奴の組織に勧誘してきた。じい様の孫だから、私にもエスパーの素質があるという。
パンドラだかゴンドラだか知らんが、私がエスパー共の片棒を担ぐとでも思ったのか。バカめ。


12月13日
―部下がけしからん遊びをしていたので注意してやった。
裏返しにしたトランプの束の、一番上のカードを当てるというものだ。
そういえば昨日、テレビでやっていたな。
ただのくだらない遊びだとは分かっているが、「普通の人々」がエスパーの真似事をするのは関心しない。
、、、部下を追い払ったあとこっそり試してみたが、3回連続で的中した。
偶然だ。バカバカしい。


12月17日
―『兵部』に会ってからというもの、私の頭の中は靄(もや)がかかったようにすっきりしない。
奴に会うべきではなかったと後悔しているが、もはや後の祭りだ。
それに、夕方頃から頭が痛くなってきた。きっと、一日中考え事をしていたせいだ。
今日はもう寝よう。


12月19日
―朝から頭痛が酷い。一昨日あたりから頭痛はしていたが、今日は一番辛い。
さいわい非番だったから助かったが、こんな頭痛は初めてだった。
昨日は同僚と浴びるほど酒を飲んだが、二日酔いにしては酷すぎる。
しかし、外の声がうるさくて、おちおち寝ていられなかった。
人の話し声が頭の中に響いて、頭が割れそうだ。勘弁してくれ。。。


12月25日
―やっと頭痛が止んで、任務に復帰する事ができた。
復帰早々、エスパーを1人退治したのは出来すぎというものだろうか。
『兵部』とまた顔を合わせたのは気に喰わないが。
奴ら、「ブラック・ファントム」とか名乗っていたな。まるで小学生のごっこ遊びのような名前だ。
暗殺者気取りらしいが、このような悪ふざけを放っておくわけにはいかない。
明日から気持ちも新たに、エスパー退治に励む事にしよう。
それにしても、頭痛が無くなってから、急に勘が鋭くなったような気がする。
まるで、エスパーにでもなった気分だ。


12月26日
―昨日は変な事を書いてしまった。この前までの頭痛といい、最近はどうかしている。
しばらく休暇を取って、どこかの温泉でのんびりしよう。
きっと、任務のこなしすぎで疲れているんだ。
しかし、昨日の『兵部』の言葉が頭から離れない。
「未来は変えられない。その時は、必ず訪れる」
私がエスパーになると、奴は本気で思っているのだろうか。
馬鹿な事を。
私は、エスパーなどには断じてならないぞ。そんな事があってたまるか。


12月27日
―年明けからの長期休暇を申請したが、上司はあまりいい気持ちではなかったようだ。
突然だったから、当然と言えば当然なのだが。
しかし、私はなぜそのように思ったのだろう。
表面上は、にこやかに私を労ってくれていたはずなのだが。


12月29日
―私は恐ろしい。あれほどまでに忌み嫌っていた「エスパー」に、私はなってしまったのかもしれない。
信じたくは無いが、しかし、今日は同僚の『声』がはっきり聞こえた。
同僚だけではない。すれ違う人の『声』が、頭の中に流れ込んできて、気が変になりそうだった。
それに加えて、ここ数週間、私の周りで起きた現象を考えれば、そう思わざるを得ない。
しかし、そんな馬鹿な話があってたまるか。私は「普通の人々」だ。
エスパーなんかであるはずがない。違う。違う。違う。違う。
誰か、違うと言ってくれ、、、




「日記はここで終わり、か。」

ぱたん、と日記帳を閉じる音がした。

「どうだい、何か分かったかい?サイコメトラーさん。」

男は、日記帳を元に戻しながら、傍らにしゃがみ込んでいる若い男に声をかけた。

「どうやらこの人は、エスパーとして覚醒しつつあったようですね。それで、、、」

「その事実を受け止めきれずに、ってわけかい。」

「ええ。錯乱状態に陥った挙句、『本当にエスパーなら、拳銃の弾丸も止められるはずだ』と。後は説明の必要も無いでしょう。」

傍らにいた鑑識員が、うなずきながら何やらメモを取っている。

2人の話し声がしばし途切れ、部屋を静寂が包む。鑑識員の靴音だけが響いている。

「やれやれ。世知辛いねぇ、全く。エスパーになるのがそんなに嫌だったのかね。」

男は、自分の顎に無造作に生えた髭をさすりながら言った。

「まあ、『普通の人々』なんてやっているくらいですから、そりゃあ嫌でしょうね。」

方膝を立てて、床に横たわる亡骸に視線を向けたまま、若い男が言った。

「違いない。今の時代、厄介者と書いてエスパーと読むって感じだからなぁ。」

男は軽い口調で言うと、部屋の入り口に向かって歩き出した。

「もう終わりですか?」

「ああ。俺たちの仕事はここまでだな。後は鑑識にまかせようや。」

「わかりました。僕はもう少しここに残ってから、署に戻って報告書をまとめます。」

「頼むわ。じゃ、良いお年を。」

男は短く返事をすると、ゆっくりとした足取りで部屋を出て行った。

「う〜、さぶっ。今日は一段と冷えるなぁ。」

外にでると、冷たい風が男に吹き付けた。男は、思わず羽織っていたコートの襟を立てて、身を屈めた。

「このご時世、どこにでもいるのは『普通の人々』だけじゃないんだよなぁ。」

男は、タバコを口にくわえると、人差し指を先端に当てた。ジジ、とわずかに音がして、白い煙が男の口から漏れる。

「ホント、世知辛いねぇ。」

タバコが半分ほど無くなった時、男がつぶやいた。

そして、タバコを路上に投げ捨てると、月の無い夜の暗闇に溶けて消えていった。


Paint It Black 終
こんにちは。Black Dogです。

今年最後の投稿になります。

『普通の人々』が『超能力者』になった時に、いったいどんな反応をするんだろう、と
ぼんやり考えていたら、こうなりました。

ほんの少し、サスペンス風味を取り入れてみましたが、果たしてうまくいったのかは、
読んでくださった方々の判断にお任せします。

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