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ヒーローで女の子



薫ちゃんは大事な女の子だ。
葵ちゃんも含めて私達は大親友。
そして、薫ちゃんは私達のヒーローだった。





「なあ、薫。たまにはこーいう服着たらええんとちゃう?」

葵ちゃんは服のカタログを見ながら薫ちゃんに言った。
葵ちゃんや私の趣味とは少し違う。
葵ちゃん自身はもう少し清楚な感じの、かっちりとした感じの服が好きだ。
私はもう少し可愛いめの、ふわっとした服が好き。
葵ちゃんが指差したのは、少し露出が多めだけれど女の子らしい洋服だった。
活発でセクシーで可愛い、と言えばいいのだろうか。
きっと薫ちゃんに似合うだろうな、と私も思う。だけれどきっと返事は決まっている。

「……着てみよっかな」

薫ちゃんの返事に私と葵ちゃんは思わず顔を見合わせた。
ここ数年はずっと薫ちゃんはTシャツやズボンといったボーイッシュな格好ばかりを選んでいた。
何度かこうして勧めたことはあったけれど、「柄じゃないじゃん」と断られることがほとんどだった。

「ほんまっ?」
「やっぱ、似合わない、かな」
「そんなことあらへんって!な、紫穂!」
「そうよ!」

私と葵ちゃんはぶんぶんと首を振った。

「似合うに決まってるやん」
「絶対に可愛いわよ」
「そっかなぁ……」

薫ちゃんには女優のお母さんとモデルのお姉さんがいる。
顔立ちだって似ているんだし、十二分に可愛いんだともっと自信を持っていいのに、薫ちゃんはなかなかそれを認めようとしない。怖がっているみたいに。
カタログの写真を見ながら薫ちゃんは迷っているみたいだった。私と葵ちゃんはアイコンタクト。そしてパンッとファッションカタログを閉じてすっくりと立ち上がった。

「そうと決まれば、はよ買いにいかな」
「そうね、早いほうがいいし」
「えっ」
「皆本はんに車出してもらおっ!」
「今日任務ないしね」

そう言うと、薫ちゃんはひどく慌てた。

「ちょ、ちょっと待ってよ!皆本は関係な」
「子供だけで服買いに行けへんやん?」
「あたしは別に買うとは」
「私も自分の服見たいのよ」
「うちもや」
「薫ちゃん、一緒に来てくれないの?」
「うちら三人でチームやん?」

ここまで言えば、薫ちゃんは絶対に断らない。

「う、うん、行く」

皆本さんに服を買いに行きたいと言うと、苦笑して車を出してくれた。「女の子は着飾るのが好きだな」と笑いながら。葵ちゃんが「身だしなみは大事やろ」と言うと、「確かにね」と皆本さんは頷きながら「でもあまり買いすぎるなよ」と釘を刺すことも忘れない。そういうやり取りがごく自然に出来る。それがどれだけ奇跡のようなことなのか、私達は皆知っている。

皆本さんは特別な人だ。
サイコメトラーの私が手を握っても嫌がらない人。
他の人みたいにエスパーを恐れたりしない。

そんな皆本さんに薫ちゃんは「いかがわしい目で試着すんの見る気だな?」といつも通りげしし、と笑う。そして皆本さんに呆れた顔をされて「そんなわけあるか」と小突かれていた。だけれど私にはわかっていた。多分葵ちゃんもわかっている。薫ちゃんは少し緊張している。意識してなのか無意識なのかはわからないけれど、試着する所を多分見られたくないんじゃないかと思う。
女の子らしい服装に興味を持ったのは多分、皆本さんの影響だ。
だけれどそういう服装をすることを恐れるのもきっと皆本さんがいるからだ。
そう、皆本さんは特別な人だ。
サイコメトラーの私が手を握っても嫌がらない人。
エスパーを怖がらない人。私達の指揮官。
そして、薫ちゃんを女の子にしてくれた人。




結局店に着いても薫ちゃんは中々服を選ぼうとせず、いつも通りの服に視線をやろうとした。
葵ちゃんがそれを見てすかさず「薫、これ着てみーや」とにっこりと笑う。

「さっきあんた着てみたい言うてたやん?」

葵ちゃんが持っていたのはさっきカタログで見た服によく似ていた。
薫ちゃんは咄嗟にちらと皆本さんの方に視線をやったが、皆本さんは店の中でぼんやりしていて、こちらにはあまり注目していなかった。女の買い物に付き合う男の人ってどうしてああなんだろう。でも、それが薫ちゃんにとっては良かったらしく、ほっとした顔をした。

「ん、じゃあ着てみる」

薫ちゃんはさっと服を受け取って試着室に入っていく。


少しの時間が経って、薫ちゃんが試着室から出てきた。

「薫ちゃん可愛い!」
「すごい似合てるやん!」

ミニのスカートにキャミソールに上着。
今までの服装に比べて格段に可愛らしい。
私達はきゃあきゃあと薫ちゃんを褒める。
ズボンやTシャツも似合わないわけじゃないけれど、それは「格好いい」だ。
そういう格好だって悪いわけじゃないけれど、こうした格好だって十分に似合うのだ。
それを薫ちゃんはもっとわかっていい。
薫ちゃんは少しそわそわして「本当に?ありがと」と頭をかいた。

「決まったか?」
私達の声が聞こえたのか、皆本さんが近寄ってくる。

「あ、皆本さん」
「皆本はん」
「皆本、えっとこれ買おっかなって」

平気そうな風を装いながら、薫ちゃんは手をぎゅっと握り締めて反応を伺っている。

「似合うじゃないか」
「そ、そっか」

薫ちゃんは一瞬ほっとしたような、泣きそうな顔をした。
私はそれを見て、嬉しいような、少し寂しいような、でも本当に幸せな気分になった。
薫ちゃんはすぐにいつもの顔に戻ってにやにやと皆本さんを見た。

「皆本も、ついにあたしの魅力に気付いたなっ!」
「お前なぁ」

皆本さんは呆れた顔をした。
だけれど本当は薫ちゃんはすごく嬉しいのだ。腰に手を当てて胸を反らしているけれど、横から見ると耳が赤い。皆本さんはそういう所鈍いから全然気付いていないけど。

皆本さんは特別な人だ。
サイコメトラーの私が手を握っても嫌がらない人。
エスパーを怖がらない人。私達の指揮官。
そして、薫ちゃんを女の子にしてくれた人。
だから私は少し、本当のことを言うと、少し悔しい。
だって私も、葵ちゃんも、薫ちゃんをただの女の子に戻してあげられなかったのに。
そして私達のヒーローでいて欲しかったのに、と思わないと言ったらやっぱり嘘で。
だけど、その反面、女の子として、安心して笑って欲しかった。
だって薫ちゃんは私達を守る為にいつだって強がり続けていたんだもの。
私と葵ちゃんで、薫ちゃんを守って、きっといつかって思っていた。

(痛かったろう。なのに…よくがんばったな。)

そしてあの日、皆本さんが現れて、薫ちゃんを女の子にしてしまった。
いつの間にか恋する女の子に変えてしまった。
何年も、何年も私達はずっと薫ちゃんを女の子にしてあげたかったのに。
こんなにも簡単に皆本さんは薫ちゃんを女の子にしてしまった。
今日も私達に出来なかったことをあっさりとやってしまったのだ。

私と葵ちゃんは顔を見合わせる。多分考えていることは同じ。

皆本さんのことは、好き。
だけど、少しだけ、ライバル。
薫ちゃんを巡る、ライバル。
勿論、薫ちゃんもまた、皆本さんを巡るライバルでもあるけど。
何だか複雑。だけど、まだしばらくはこの関係でいたいの。

「ほな、次はうちらのファッションショーやな」
「そうそう、皆本さんちゃんと見ててね」
「え、まだ選ぶのか?」

私達は薫ちゃんの腕にそれぞれ手を回す。

「そやかて薫ばっかりズルイやん」
「抜け駆け禁止」

皆本さんに言ったのか、薫ちゃんに言ったのか、わからないけれど。
私達の大親友で、女の子で、だけど今はまだ私達のヒーローでいて。
だから、今は邪魔するの。



私の中で紫穂ちゃんってこんな子です。
皆本さんの取り合いとかしてるのも単純な嫉妬とかじゃなくて、どっちも大切でどっちも離れて欲しくないから、色々複雑な嫉妬してるんじゃないかとか妄想してみたり。
紫穂ちゃんに夢見過ぎだろうか、私…。

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