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相棒

 さて、どう話したらいいものかな。
 私が彼女、美神君に出会ったのはバブル経済が弾けて日本の元気がなくなり始めた頃。ヨーロッパでの生活を終えて日本に戻り、新築された教会でのことだったね。
 その時の第一印象は彼女の母、美智恵君が戻ってきたようだったよ。
 なにせ美智恵君は私の中にとんでもない衝撃と存在感を残していった人物だから、なかなか忘れようにも忘れられなかった。

 ああ、君は美智恵君と私の出会いを知らなかったね。
 美智恵君との邂逅は、時代がさらに遡ってバブル経済がまだ始まらなかった頃だ。
 その頃私は恥ずかしながら素行はあまり良い方ではなかった。
 意外かい? まぁ年をとって丸くなったのかな。
 とにかくやや自堕落な生活を送っていて、不貞腐れていた。
 しかし、美智恵君はそんな私の未来を変えたといっても過言じゃなかったよ。

 中でも美智恵君の夫である公彦君を追って空港に突貫した時、私は本気でこの世に別れを告げかけたよ。
 それと同時に、機動隊の包囲網を紙一重で突破したときには泣きながら主に感謝を述べたがね。
 まぁ今となっては良い思い出だし、当時の彼女を語る上で欠かせない武勇伝のようなモノでもある。

 話が逸れたね。とにかく美神君の出会いはそれほど印象的だった。
 それからはゴーストスイーパーを目指して修行の毎日だ。
 いやぁ、美神君の才能は素晴らしかった。
 勘がいい、とでも言うのかな。美神君はこの方面に対して天才的な感性を持っていて、それこそあっという間にメキメキと腕を上げていった。
 それに美神君にはオーラがあった。美神君は人を引きつけ魅了する不思議な雰囲気があったんだよ。

 え、いや格好があれだからという訳じゃなくて。と、当時は割としとやかで大人しい格好だったんだ!
 しかしいくらゴーストスイーパーは服装に規定が無いとはいえ、美神君も女性なのだからなるべくこう、諸々を丸出さない格好をしてくれないものかなぁ……

 が、外見はともかく美神君は個性的だが中身のある友や、君も含めた素晴らしい仲間に巡り会えているだろう。
 それも天賦の才能ってことを言いたかったんだ。
 美神君のような逸材は後にも先にも出てこないんじゃないかな。

 ん? 当時からあのような唯我独尊な性格だったか?
 君も随分とはっきり言うね。……大丈夫、美神君には内緒にしておくよ。

 まぁ、お金に関する態度は修行時代からああだったと記憶している。
 万年教会が金欠で困っていたからとはいえ、私のために何千万円もの大金を眉一つ動かさずに吹っかけたことに冷や汗をかいたこともあるよ。
 ご両親はそうでもないから、遺伝ではないのだろうが……

 しかし、美神君が世の中をみくびる高慢な自信家であるという見方は大きな偏見だ。
 あれで結構努力家だし、ナイーブな所があるんだよ。いやいや本当だ。

 美神君がGS免許を取得して仕事を受け始めた頃、少し油断して悪霊に手ひどく反撃されたことがあった。
 怪我はたいしたこと無かったが、力不足とみなされてその仕事は余所に持っていかれた。
 その時の落ち込みようは見ていられなかったよ。人とまともに口をきくのに1週間はかかったからね。

 美神君は負ける悔しさを知っている。そしてその後猛特訓をして、同じ依頼主からの仕事を見事にこなす克己心も兼ね備えている。
 地道に努力しているイメージはないが、それなりに苦労して揉まれていることを知って欲しいね。

 今の生活? それは聞くまでもないんじゃないかな。
 美神君は今最も勢いのあるゴーストスイーパーといっても過言じゃない。
 対して私はまだまだ、と言いたいが全盛期に比べたらキレが落ちていることを否定はしないよ。

 それでも、どうやら美神君はまだ私を必要としているらしい。
 普段は大事に扱ってくれるのだが、時には無茶な要求をされたりもする。
 しかしそんな無茶に付き合ったりしていると、何だか不思議と若返ったような気がしてね。
 疎遠でも畏怖でもない、遠慮無く私と接してくれていることがとても嬉しいんだよ。
 私はそんな彼女をそばで見守ることに誇りを持っている。まだまだ足が動き続ける内は現役を退かないつもりだ。

 少なくとも私はそう思っているのだが、君はどうだい?
 君もそう思っているからこそ、今まで美神君の下で働いてきたんだろう。


 人工幽霊一号君。


 ……そうか、君も私と同じだ。
 やっぱり私たちは似たモノ同士なのだな。
 今日は話せてよかったよ。さぁ、もうすぐ主が戻ってくるみたいだ。


 お互い共に主たる美神君を、これからも支えていこうじゃないか――



 ――人工幽霊一号は話が終わると、意識を教会の扉に向けた。
 すると観音開きの扉の中から、2人の人物が出てくる。

 一人はこの教会の主である唐巣神父。もう一人は人工幽霊の主人でもある美神令子その人である。

「ごめんなさい、ちょっと用事があって来ただけなのに長々と居座っちゃって」
「いやいや構わないよ。私も久々に話し込んで楽しかった」

 人工幽霊は、実は美神が特に用事が無くとも教会にちょくちょく顔を出していることを知っている。
 偶然を装って様子を見に来たりするあたり、なんだかんだで神父を慕っているのだ。
 そんな姿を見るたび、もっと素直になれば良いのでは、と人工幽霊は考える。

 入り口で見送る神父に、美神は柔和な笑みを浮かべて「ちゃんとご飯を食べてくださいよ」と言って別れ、脇の駐車場に停めてあったコブラに乗り込む。

「待たせたわね、人工幽霊一号」
『いいえ、問題ありません』

 美神はコブラに憑依させたまま待ちぼうけを食わせた人工幽霊のことを気にしていたようだが、本当に何でもなかった。
 その理由を人工幽霊はこう言った。

『私にも話し相手がいますから』
「?」

 今日は誰も乗せていないはずだけど、と美神は怪訝そうに後ろを振り返るが特に深く追求しなかった。

 そして美神はコブラのイグニッションキーをまわす。



 すると、『話し相手』のエンジンが力強くうなりを上げた。



 人工幽霊一号は暖機運転中の彼を補助しながら考える。

 私のようなモノも事務所の一員と呼べるなら、彼は美神所長に続き一番の古株だろう。
 とはいえ、その体はこまめにチェックされ良い整備も施されている。
 いつ廃車になるかわからない、なんて笑いながら製造当時より伸びのある走りを見せ、悪路もアクション映画顔負けの無茶な運転にも耐えているのだ。

 1965年に世の中に出てから、様々な紆余曲折の果てにこの終の棲家へ辿り着いたと彼は言っていた。
 悪霊に取り憑かれ誰にも走らせてもらえない苦痛から解放してもらい、今も目一杯運転してくれる美神一家には感謝しきれない、と彼は微笑む。


 暖機運転が終わり、美神はゆっくりとアクセルを踏んで発進した。
 彼は今日も素晴らしい働きをすることだろう。

 彼は最後に問うた。君は主に対してどんな思いがあるんだい? と。

 人工幽霊は問いにこう答えた。


『私が人生を持ちえるならば、それを全て我が主に捧げます』


「な、何よ急に改まって」
『何でもありません。独り言です』
 美神はますます怪訝そうな顔をするが、満更でもない表情になったのでよしとする。


 こうして美神を陰でサポートし、忠義に厚い似たモノ同士の相棒は今日もこの街を疾走するのだった。

              【終】
 めっきり寒くなりましたね、がま口です。

 今回は叙述トリックなるものに挑戦してみました。良い意味で読者様の予想を裏切れたのかなぁ、と内心ドギマギです。

 原作では一言も喋らない愛車のコブラさんですが、実はGS美神のキャラクター中でも最古参の部類。
 きっと喋れたら語るだろう、という想像がはちきれた結果がこれです(笑)
 あ、ちなみに私のコブラさんのイメージは男です。できる男はクールな外見に熱いモノを隠している、みたいな感じですね。
 ……うーん、何かエンジンの内燃熱がすごそうだ。

 普段乗る車は軽の四駆のがま口でした。

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