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【M6夏企画】夏の日 1945/2012【何を今更】

はぁ はぁ はぁ 
 町外れ、原っぱの一本道を走る少年の呼吸は荒い。

真夏の日差しの下、普通ならとうに音を上げているところだが、友達、先生の期待を背負っては足を弛めることはできない。
いや、他を持ち出す必要はない。頑張れるのは自分自身が一秒でも早く目的地に着きたいから。

 走る気力を引き出すために空を仰ぐ。見据える先にはまるで戦士を導く女神のような美しさと強さを感じさせて飛ぶ人の姿。

その姿は多くの人にとっては新聞の写真か映画館でのニュースの中の出来事。しかし自分は、幾度か本人が空から舞い降りるところを見た事があり言葉を掛けてもらった事もある。

その嬉しさを支えにこれまで取り組んできた事があるのだが、その完成を目前に”女神”の姿を見る事ができた。これは、まさに運命が機会をくれたとしか思えない。





 夏の日 1945/2012
 

1945年 7月末 関東某所 超能部隊基地

深夜に宿舎へ到着、仮眠後、外に出た不二子は、降り注ぐ日差しに顔をしかめる。
夏の日差しとして普段通りだろうが、先の作戦で負傷、しばらくは病室住まいの身としては陽光そのものがまぶしく感じられる。



 四年前に始まった戦争は終局を迎えようとしていた。
 今ある選択肢は敗戦か、完全な敗戦、あるいはより完全な敗戦か、というところ。今、この瞬間もその不毛な選択肢を巡って命が失われていく。



小さく肩をすくめ空を仰ぐ。そして地を蹴り空へ”舞う”。

 実のところ、傷は完治しておらず超能力の使用はまだ一週間ほどは禁じられているのだが、底が抜けたような夏空の開放感に気持ちが抑えきれない。

 高度にして50メートルほどで一度止まる。遮るものはなく風は通るが、真夏の日射とそれによる輻射熱は十分に暑い。さらに高度を取り風が感じられる程度までスピードを上げるとようやく涼が感じられる。
 そして、『慣らし運転』と自分に言い訳し気のむくままの”遊覧飛行”。

 秩父山系の麓、近くに一つだけある町を除けば田畑と原っぱしかない田舎に戦争の影はない。もちろん町に降りれば色々と目にするところだが、そんな無粋な事をするつもりはない。



ゆっくりと一回りして基地の上空へ。
 数棟の建物だけのこぢんまりとした−まるで小学校、もしくは小さい目の中学校にしか見えない−施設だが、けっこう懐かしいものを感じる。

 元々、ここ界隈は蕾見家の土地で超能部隊発足にあたり基地にと建物を用意し軍に提供したもの。少女頃に入隊した自分もここがスタートいなっている。

ちなみに、組織が拡張される中、ここはほぼ忘れられていたが、本土決戦における関東方面の出撃基地に指定され人が戻っている。現在、各地より残存超能部隊、実戦前のヒヨッコ、さらには素質はあるが未だ開花しない超能力者たちが集められ、訓練と再編に明け暮れている。



?! 空から見渡す内に門のところで歩哨に止められている少年に気づく。

 歳は十二・三歳。時候及び時節柄、綿のランニングにカーキ色の半ズボンと最低限度の服装だが、丸坊主の頭と真っ黒に日焼けした肌にはよく似合っている。

‘どこかで‥‥’と刺激される記憶。

 一方少年も不二子に気づき、深々と一礼をすると空へ届くようにか大きな声で
「蕾見お嬢様! ご無沙汰しております!!」と挨拶する。

 その純粋さで記憶が甦る不二子。傍らに着地
「平吉クンね? 久しぶり、最後に会ったのは戦争が始まる直前ね」
 と思い出した名前を出す。

平吉−少年の家はこの近くの町に住む代々の飾り職人。蕾見男爵家はその腕を見込み古くから出入りを許し、この子も幼児の頃から知っている。

「はい!」覚えていてくれたた事に感動した平吉は、再度、大きく頭を下げる。
「近くの畑での奉仕活動をしていたところ、空を飛ぶお嬢様をお見かけしたもので。ご挨拶をさせていただこうと、こうしてまいりました」

 少年の背伸びした言葉遣いに不二子は
「あらあら、いやに堅っ苦しい挨拶じゃない。無理しなくて良いわよ、一緒にお風呂に入った間柄なんだから」

‥‥ 思わぬゴシップ耳にした歩哨は目を丸くする。

「それって七・八年も前の話じゃないですか! それに別荘でお嬢様にお風呂に入れていただいたって話は聞いてますが(僕は)何も覚えていません!!」
顔を赤くして抗議する平吉だが、からかわれた事に気づき頬を膨らます。

‘男の子が可愛いのはこのくらいの歳までねぇ’
 不二子はそこを過ぎた”弟”を思い浮かべ微笑む。
「とにかく、わざわざ来てくれてありがと。でも、来るのに無理したんじゃないの? 今時、あなたたちの歳でも教練や奉仕で自由な時間はほとんどないって聞いているわよ」

切迫した戦況、国家上げての総動員は子どもたちの生活にも色濃く影を落としている。

「はい! でも、お嬢様と会えるのでしたらどんなことをしても時間を作ります」

「あらあら、うれしい事を言ってくれるわねぇ じゃあ、挨拶は確かに受け取ったから帰りなさい。あなたの事だからちゃんと許可は取っての事だと思うけど、長くいたら友達から白い目で見られるわよ」

「そんな事はありません! 実は、ここに来た理由の半分は、僕がお嬢様を知っているって知っている友達から、お嬢様の様子を見てきて教えろって背中を押されたからです。許可してくれた先生からして不二子さんの大ファンなんですから」

戦意高揚のために大げさにはなっているが、超能部隊のエースにして妙齢の美女不二子はまさに護国の女神という風に喧伝されている。

「そう。じゃあ、先生やお友達をそのままってわけにはいかないわよね。ヒマを見つけて訪ねるからそう言っておいて」

「ほ‥‥ 本当ですか!!」
 あこがれの女性が自分たちの元に来てくれることに平吉は感極まり涙ぐむ。

その喜びがこの国が置かれた状況の裏返しなだけに不二子は辛く思う。
 いくら隔絶した超能力があるといっても、所詮は個人。戦況を覆し、こうした人たちに安寧をもたらすなど夢の夢のそのまた夢に過ぎない。

一方、余韻の醒めやらぬ平吉は
「お嬢様、あと、以前にお話ししたことですが‥‥」と切り出す。

濁された語尾に不二子は首を傾げながら
「うん? 何かあったかしら?」

「その‥‥ 僕が職人として最初に作った作品をお嬢様に納めていただくという話です」

「そうだったわねぇ」やや大げさにうなずく不二子。
実のところ記憶はない。少年が国民学校に入った頃、飾り職人としての手ほどきを祖父から受け始めたと語った事はうっすらと覚えているが、それだけ。たぶん、その時に一緒に言った事なのだろうが気に留めなかったに違いない。
「それで、切り出したところを見ると、記念すべき第一作が完成したって事?」

「はい‥‥ でも仕上げにもう少し日が‥‥ 二日? いや三日かかるんですが」

「いいわよ。五日後、待っているから持ってきて」
不二子は頭の中で状況を点検する。
 半日先すら見えない戦時下だが、幸い未だ書類上は休養の身の上、任務復帰には最短でも一週間後。それまでなら会う余裕は十分に作れる。

「判りました。五日後、必ず持って参ります!」

「じゃあ約束」と不二子は微笑み小指を出す。

それの意味するところに気づいた平吉は湯気が出るほどに顔を真っ赤にする。半ば意識を失っているかのような感じで指切り。

指を離したところで
「約束をしたんだから、絶対に守りなさいな。不二子、約束を守れない子は嫌いよ!」

「判っています! 僕の命に代えても!!」




‘ちょっと、煽りすぎたかなぁ〜 無理しなきゃイイけど‥‥’
 不二子は自分が原因なのを棚に上げ、地に足が着かない感じで帰る少年を見送る。

もっとも、物事を深く考えない性分
『まっ、それもいいか!』と開き直る。

 このろくでもない時代、生きる張り合いがあるのは大切な事。そうして一日一日を乗り越えれば、やがて未来は開ける。

 明けない夜はない! ということだ。



1945年 7月末 北太平洋某島 コメリカ軍基地

「あれってウチの爆撃機じゃないよな?」
弾倉をカート積み上げ運んでいた兵士は知り合いの整備員に気づき足を止めた。

「ああ」と興味なさげに肯定する整備員。
 示された先、滑走路にタキシングする機体は自国のソレに比べ野暮ったいシルエットを持ち、同じ四発重爆とはいえ区別は容易だ。
「エゲレス生まれ。地球を半周、特殊任務のためにわざわざ回航してきたってわけだ」

「特殊任務‥‥ 噂の新型爆弾が使われるって聞いたが、そいつに?」

「そっちとは別口らしい。それと新型爆弾の話は気安く口にするな! 聞きつけたらMPがすっ飛んでくるぞ」

「ああ気をつける」さほど気にする様子もなくうなずく兵士。
「じゃあ何のためにあんなロートルを? 初飛行はこっちでの戦争が始まる前だろう」

「今朝持ち込まれた”怪物”を搭載できるのは爆弾庫の関係であれだけなのさ」

「”怪物”‥‥ ってあれか?」質問というよりも確認の問い。

整備士がいうのは、これも先日持ち込まれた通称『グランドスラム』と呼ばれる超大型爆弾。エウロパでは地下ドック、トンネルといった厚い岩盤で守られた重要施設をぶち壊すために使われてきた。
 重量だけなら自分たちの国が誇る最新式爆撃機で何とかなるだろうが、爆弾槽がそれに対応していない。

「しかし、あの国にアレをぶつけなきゃならんほどの代物が残っているのか? そういや、戦艦に怪物じみたヤツがあったって話だが、そいつはもう沖縄の海に沈んでいるだろ」

「ああ。しかしあの国にはまだ”怪物”はいる。そいつにかかれば我らが超高空の要塞だって無敵とはいえん」

「なるほど、奴らか! 確かに奴らは正真正銘の怪物‥‥」

「おい、また声が大きい! この基地にも怪物がいるし、そいつらは聞こえない声を聞き分けるんだぞ」

「ああ、すまん」MPを匂わされた時と異なり恐怖を露わにする兵士。

「で、情報部が奴らの巣を突き止めたんだと。そこで、こいつを使って根こそぎにするつもりらしい」




同日 深更 関東某所 超能部隊基地

「何よ! こんな深夜に呼び出して!! コメリカの本土侵攻でも始まったの?!」
寝覚めの悪さは折り紙付きの不二子は不機嫌そうに呼び出した基地司令に”噛みつく”。

階級的に三ランクほど下の者の態度としては、問題だが、頓着しない。
 当人のあけすけな性格と男爵家の家柄、何より超能部隊エースの実績が規律を黙らせる。まして、忘れられていた基地の司令という閑職に飛ばさる程度の器の軍人相手ではなおさら。

「それなんだが」と実際、無礼を咎めるどころか恐縮で汗を額に浮かべる司令。
「君のところの隊長から、極秘電報を受け取ってね、それには大至急渡すようにっての添え書きがあったんだ」

「隊長から?」と差し出された紙片を受け取る不二子。

超能部隊創設以来、実戦部隊の指揮官として自分や”弟”の上に立ってきた人物。
 本来、司令として目の前にいてしかるべきだが、今は、補給の改善等を求めて参謀本部あたりで”激戦中”。その彼からの極秘電報となればただ事ではない。

気ぜわしく紙片に目を落とすとそこには行方不明の戦友を見かけたとの情報が。それ以上は書いていないのは、正式な命令にはできないが、それが本当かを確かめろという事。

現在の超能部隊でその位置まで飛べるのは帝都防空に出向している”弟”と自分だけ。”弟”を外せないとすると自分しかない。

ちらりと、今日が平吉との約束の日である事が心を過ぎる。
 目的地との往復、そこでの捜索、会うのは無理そうだが任務を優先するのが軍人。それに戦友である以前に無二の親友である”彼”の安否は、何をおいても確かめたい気持ちも大きい。

 急いで部屋に戻り飛行服に着替える。外に出る時間も惜しみ窓から空へ、今出せる最大速で情報の地点へと向かう。





翌日 夜明け前 関東某所 防空管制基地

「敵機の侵入を確認しました。進路‥‥ 速度‥‥ 機数は1 迎撃しますか?」

報告を受けた責任者は心の内で侵入機のデータを反芻、それが少し前に上層部から手渡されたデータに一致することを確認する。
であれば答えは決まっている。上司が求めた通り
「いや、かまわん。警報の必要もない。予想進路上には大きな軍施設はないし、たった一機にいちいち対応している余裕はない」

「はあ‥‥」報告した部下は上司の判断を訝しがる。
その誰に対してか(間違いなくこちらではないだろう)判らない言い訳めいた口調もそうだが予想進路上に軍の施設がまったくないわけではない。

地図を見れば確認できるのだがコース上に帝国陸軍の超能部隊基地があった気がする。もっとも厚い機密のベールに覆われた超能部隊、その基地が取るに足りない(攻撃されても問題ない)ものであるのかもしれない。
 とにかく、軍にあっては上官の判断が全て。上官がカラスが白いと言えば白いのが軍という組織。
 自分の仕事は終えたと敬礼をして部署に戻る。

その背中を見る責任者。部下が何を感じているかはよく分かる。なぜなら、自分も同じ事を上官の前で考え、同じように振る舞ったから。

大きく目を逸らせ何の益もない思いを意識から追いやる。後、やるべきは‥‥
手元の電話の受話器を取り上げ、聞いていた番号を交換台に告げる。



同日 夜明け前 北関東山間部某所 洋館

「作戦は順調に進行中。コメリカは我々の求めに応じた行動を取っています」
受話器を置いた帝国陸軍の軍服を着た将校はそこにいる面々に報告する。

ちなみにその場にいるのは八名ほど。陸軍のだけでなく海軍の軍服姿や政治家もしくは高級官僚っぽいスーツ姿もある。

「コメリカさんも思いは同じという事か」
 五十代後半ほど、スーツ姿口元に尊大なひげをためた男がつぶやくとやや神経質に一同を見渡し
「この作戦、本当に必要だったのかね? 確かにこれで”怪物”どもは幾らか減るが、いなくなるわけでもないだろう」

「確かにそうだ」その問いに応じたのは同年配でかつ将官の階級章をつけた男。
 演技じみたゆっくりさで質問者の方を向くと重々しい声で
「しかしそれでもやらねばならない。奴らは言わば種子。やがて実をつけ数を増やす。こうして駆除できる時に駆除しておかねば、未来はより重くなる事になる」
と解説。その上で隅で佇む陸軍将校に視線を移し
「ところで、君の命令でこの作戦の成果が、部分的にではあるが損なわれてしまった。それについて弁明はあるかね?」

 指名された将校は返答に勿体をつけるように軽く眼鏡を直す。
 壁際に置かれた装置−直径40cmほどの金属球を円筒の台に乗せ何本ものチューブやパイプで相互に連結した形状−のところに歩み金属球に手を置く。
「おっしゃるように『部分的』に過ぎず、本作戦の根幹を揺るがすとは思いませんが。それに、本官としては、”未来”の確保は本作戦の100%の成功より重要と判断しました。それに問題があるとおっしゃるのならやむをえません。どのような処分も甘んじてお受けます」

開き直りにも聞こえる返答にざわめきが起こるが将官はそれを押さえ
「よかろう! 彼女には別の策(て)を打つ。君にはもう一つの、それこそ我々の目的の根幹をなす任務に当たってもらうが、そこでは今回のような事はないだろうね?」

「もちろん! 本官はこの国の未来を何よりも大切と思っております」
眼鏡の将校は完璧な、完璧すぎる敬礼を添え応える。
 自分の言葉に嘘はない、課せられた使命を果たす事が未来を作ると信じている。



同日 夜明け 関東某所 超能部隊基地

「すみません、早朝からお手間を取らせて」平吉は全身で申し訳なさを表現し謝る。

「まったくだ! たまたま俺だったから良い様なものの、薄暗いところでうろうろしてりゃ、不審者として撃ち殺されたって文句は言えねぇんだからな!」
先日のやりとりの目撃者であった兵士は少年に怒る。

「判ってます! でも、今朝までかかってようやくできあがったもので、つい! 朝になってしまうと色々あって夜になってしまうんです」

「だったら夜にしな! だいたい、今、お呼びするわけにはいかん事くらい解るだろう」

「じゃあ、預けます! 大尉に会ったところでこれを渡していただけませんか?!」
 平吉は握りしめてきた長さ20センチほどの小箱を差し出す。中にはここ数年の思いの結晶が納められている。

「それって大切なものなんだろ? 自分で渡せよ!」

少なからず迷う平吉だが、体を折るように頭を下げ
「それでもお願いします!! 今日、持ってくるって約束したんですから」

‥‥ 食い下がられた歩哨は渋面を作る。しかし少年の懇願も理解できる。

本来なら自分の手で届けたいところだろうが、昨今の状況、一日の中にも何が起こるか判らない。
 とにかく約束を一秒でも早く果たしておきたいのだと思う。

心配で追ってきたのだろう、祖父らしい老人が後ろに来ると、こちらも拝むように頭を下げている。

「しょうがねぇなぁ」歩哨は少年のために一肌脱ぐことを決意する。
 受け取ろうとした時
「ん‥‥? 爆音‥‥? 」と軽くうなじをそらせる。

そこには薄明の中に飛ぶ、黒い影。『空襲警報は?』と思うその瞬間、影から分かれただろう黒い点がこちらに大きくなりながら落ちてくる。

まるで時間がそこだけ固まったようにそれを見上げる三人。次の瞬間‥‥






2012年 7月末 関東某所 荒れ地

「うげぇぇぇ〜 空に上がればちょっとは涼しいかって思ったんだが。これじゃ両面から焼いてくれって言ってるみたいなもんじゃん」



 中空に浮かび、茂った夏草しか見えない平坦な地形を見下ろすチルドレン三人と皆本。
遮るものはなく風は通るが、真夏の日射とそれによる輻射熱は気持ちをうんざりさせるには十分だ。



「ほんまやなぁ 今ン時期、梅雨明け十日ちゅーて一番暑い時、子どもを働かせる環境やないで! 熱中症になったらどうするんや?」
と葵、額に手を当てよろけるフリをする。

「そうよ、児童虐待! だいたい任務たって、今日のは訓練でしょ。主任判断で中止にしてくれても罰は当たらないと思うんだけど」
 小学校6年生としては破格に成長した胸を”当て”ねだる仕草の紫穂。

口々の不満に皆本は
「だめだ! このところ、雨はイヤだの蒸し暑いのはイヤだの言って(訓練を)サボり気味だろう! 超能力も突き詰めてしまえば身体能力、一定の水準を維持するのは定期的な訓練は欠かせないんだ。それに環境がどうでも生命の危険が迫った任務ならやらなきゃならない。こうした厳しさも体の覚えさせるのも大事だ」

「ハイハイ! それで、今回の任務って何だよ」
 最低のテンション、いつもなら運用主任の教科書めいた答えに反発する薫も早く終わらせたいと先を促す。

「それだが」皆本は顔を首を振ることでで一帯を指し示し
「近々、この辺りを工業団地として造成することになったんだが、戦前から戦中にかけて超能部隊の基地があったんだ」

「超能部隊ってばーちゃんがいたっていうアレか?」

言うところの『ばーちゃん』とはB.A.B.E.Lの蕾見不二子管理官。影のドンと言われる彼女を『ばーちゃん』呼ばわりできるのはチルドレンだけだ。

『そうだ』とうなずく皆本。
「ここにはそこに属する基地があったそうなんだが、終戦直前、大型爆弾の直撃で地中に埋まったらしい」

「それって、この下に人とかも埋まっているってことか?」
と薫は足下の原っぱにしか見えない地をもう一度よく見る。

「でしょうね。でも六十年以上前の話なら、死体っても化石みたいなモノよ。そうなっちゃうとただのカルシウムの固まり、気にするものじゃないわ」
そこが物足りないという感じの紫穂。

‥‥ 相変わらず死に独特の距離感を持つ少女に皆本は微苦笑する。逸れた話に
「終戦後にざっと片づけたらしいけど、そういう土地なんで誰も手を出さなかったそうだ。で、造成となる掘り返したりする事になるだろ。色々と出てくるかもしれないんで調査することになったんだ」

「なるほど、”色々”と出るでしょうねぇ 他の人に見られても都合が悪いものとか」
 紫穂は訳知り顔に肩をすくめる。

旧軍が超能力研究において、六十年以上たった今でも公にできない研究や実験−以前、発見されたエスパーモモンガなど子供のいたずらに思える−をしてきたのはそれなりに知られた話であり、今なお隠蔽しなければならない情報があることも知る人は知っている。

「確かにその可能性があっての調査だが、ここにいたことがある管理官に確かめたところ、ここは宿舎みたいなところで研究とか実験をした事はないらしい」
と否定する皆本。引き受けるに当たってそこはチェックしている。
 いずれ教える必要はあるにせよ、未だ小学生のチルドレンに触れさせるつもりはない。

「ばーちゃんもいたんか?」葵が興味を見せる。

「基礎的な訓練はここで受けたそうだよ。あと終戦間近、再編のための拠点とされたんでその時にもここで過ごしたって」

「いたとして、よう爆撃で助かったで‥‥ ちゅーうか、爆撃で死ぬばーちゃんやないけど」

葵の主張に薫と紫穂が『そうそう』とうなずき合う。

自分たちが分け合った形のサイコキネシス、テレポート、サイコメトリーの三つの能力を一人で持ち、生体エネルギー吸収能力で他者のパワーを上乗せすれば瞬間最大風速的に測定不能レベル−超度7を叩き出す高超度エスパー。
 熟達したコントロール技術もあって、彼女に対抗できるエスパーは世界で数名しかいない。核の直撃すら平然とやり過ごしそうなイメージがある。

「ちょうど爆撃があった時に任務が入って不在だったって。後で基地が全滅したって聞いて驚いたそうだよ」

「それで、その調査って私たち四人でするの?」
本題に戻ろうと機材だけの風景を見ながら紫穂が尋ねる。

「まさか! 実際の調査は専門家を交えたしかるべきチームがやることになっている。ここに僕たちしかいないのは君たちの個人情報を保護するため。正式なチームや工事関係者は午後、僕たちと入れ替わる形で来ることになっている」

「へぇ〜 普段、特に気にせず顔とか出しているんだけど、今日は特別か?」

「っていうか、普段の方が特別かな。知らないだろうけど、君たちと行動した人たちの記憶なんかは広報課の特務エスパーチームが個人を特定できないように手を加えているんだ」

「それで以前あった事件の時なんかは焦ったんや」葵は電磁波義兄弟事件を思い出す。

「ああ、さすがに何百万人もの人に情報が流れると処理しきれないからな」
多少、後ろめたさを感じつつ応える皆本。
理想を言えば、人々が超度7を普通の個性として受け入れ特別視しなければそうした必要もないのだが、チルドレンを『歩く戦略兵器』とか言ってしまう政治家がいる現状では致し方ない。

「さぁ、話はこれくらいにして始めるぞ」

「「「了解!」」」と声が揃うチルドレン。
 そこは特務エスパーとしてはベテラン、必要な集中はいつでもできる。



「‥‥ 深さ30センチ ‥‥ 50センチ ‥‥ そこまでは、特に何も埋まっていないわ」
地面に手を当てた紫穂は広範囲に地中の情報を透視(よ)みとる。

「そんじゃ、いきますか! サイキックゥゥゥ、ブルドーザー!!」
薫が両手を広げると掌に赤い光が生じる。
 通常の物理法則に縛られない−高次宇宙のエネルギー現象である−超心理エネルギーの視覚的表象。その鮮やかさは超度7の面目躍如。

ずずず 見えない巨人が土いじりをするように寄せられ盛り上がる土砂。
幅40mにも及ぶ土の”波”は、超度7の”力が高性能重機十台以上に相当する事を示している。

表土を取り去ってからは、葵がメイン。再び地中の情報を透視(よ)みとる紫穂の背中に手を触れその情報をエスパーとしてのシンパシーで把握。

「位置は掴んだ! テレポーテーション奥義! 超空間発掘作業!!」
 と埋まっているあれこれを地表へと現出させる。



「これくらいかな」
 時計を見た皆本はそうつぶやくとチルドレンに作業をやめるように言う。
 もちろん、全体から言えば数パーセント分に過ぎないが、あくまでも訓練の一環として引き受けた物、時間が来れば終わって差し支えない。

ふう とため息を吐くチルドレン。
休憩を挟みつつ、あと制服に内蔵された空調システムがあるにしても炎天下で二時間程度もいれば疲労も限界に来ている。

作業をしたところから少し離れたところにしつらえられた本部兼休憩所に移動。持ち込んだクーラーから冷たい物と冷却ジェルを渡し、内と外からクールダウンさせる。その間もひとしきりブーたれるチルドレンだがそれは無視する。

 今のところ内緒だが、この後、近くの公営プールに連れて行くつもり。口は立つとはいえまだ子供、それで不満が納まることはよく知っている。



「すごいなぁ こんな事ができるなんて」

賛嘆する声にいっせいに振り返るチルドレン。

そこには手をかざし薫が作った”土手”を見る少年。
 着古されたランニングに色あせた黄土色の半ズボンという意図的なファッションとしか見えない古典的な出で立ち。丸坊主の頭や真っ黒に日焼けした膚と併せて、以前見せてもらった局長が十歳の時の写真を目の当たりにした感じだ。

「何で部外者が居るんや? 確かここは立ち入り禁止のはずやろ」
葵が少年ではなく同じく少年の出現を訝しがる皆本に尋ねる。

「そうだが‥‥ 『KEEP OUT』のテープで仕切っているだけだからな。入ろうと思えば入ってこれる」
言い訳めいた答えの皆本、少年に穏やかな口調で
「どうして入ってきたんだ? ここが立ち入り禁止だった判る歳だと思うんだが」

「すみません」とまず大きく頭を下げて少年は謝る。
「ここに僕のおじいさんが埋まっているって聞いているんです。調査があるんだったら遺品のようなものが見つかるんじゃないかって。それで来ました」

「そうか‥‥ でも君の期待に僕たちは応えられないな。僕たちは手伝いに過ぎないし政府の調査だから一人だけ特別扱いするわけにはいかない。慰めになるかどうかは知らないけど、最終的には遺品とかは関係する人には返されるはずだから、それを待った方が良い」

「そうですか」少年はがっくりと肩を落とす。

その様子に”男前”の薫が
「皆本、せっかく来たんだし、あたしたちが見つけた分の中からだけでも探すのはどうだ? 遺品ってそれぞれに大事なものなんだから」

「どうかな? 紫穂を期待しての話だろうがでも六十年以上も埋まっていたものから情報を読みとるのは難しいぞ」

「そうね。できない事はないと思うけど、これだけのものを今から調べろっていう話は勘弁して」
もう十分に仕事はしたと紫穂、葵が”掘り出した”諸々を手で示す。

「外見とか何かで、もう少し、それがお祖父さんの遺品だって限定できる情報はないかい? それがあれば絞り込んで数は減らせる」

「手がかりになるかどうかは判りませんが、おじいさんが埋まっているとすればちょうどこの辺りなんで、ここから出たものならその可能性は高いと思います」

「ここって?!」思わず足を上げる薫。

「どうして、おじいさんが亡くなったところがここだって言い切れるんだい?」

「おじいちゃんは爆撃があった少し前、用があってここを訪ねたって。別に軍人とかじゃないですからここで留められていたと思うんです」

‘なるほど’と皆本、チルドレンと同じ年格好の少年のしっかりした判断に感心する。

一応、目を通した基地の図面によると確かにちょうどこの辺りに門があった事になっている。で、当時の状況を考えれば、そう簡単に基地に入れるわけではなく、少年が言うように待っているところで爆撃に出会った可能性はある(もちろん、色々な不確定要素があるから『比較をすれば』という程度だが)。

 付け加えれば、ここは弾着点からは一番遠く、亡くなったとすれば吹き上げられた土砂に埋められた形。吹き飛ばされていないとすれば、意外にまとまった形で埋まっているかもしれない。

「試してみようぜ! 紫穂、ちょっと頼む」と考え込む主任を横目に薫。
 『下手な考え休むに似たり』というところだ。

「いいわよ。それで薫ちゃんの気持ちが済むなら」
 あくまでも薫が最優先の紫穂、膝をつき掌を地面に当てると情報の収集にかかった。

ややあって ぴくり と体を震わせる。
「うん?! そこ‥‥ 死体がある。体を丸めて‥‥」

「よっしゃ!」ここは私の出番と葵。先と同じ要領で

ひゅっ ぱっ! 空間転移により生じた実体が空気を押しのける時の特有の音。
 六十年以上の年月の中で布屑と化した服の残滓を纏った人骨が体を丸めた形で出現する。

「サイズから言えば子ども? おじいさんってどれほどの身長だった‥‥」
そう少年に尋ねようとした皆本だが、相手がいないことに気づく。
調べるのに集中して気づかなかったが、数分前までは間違いなく自分の傍らにいた。

同じ事に気づいた紫穂は掌を地面に当て情報を集める。眉をひそめ
「ここにいるのは私たちだけ‥‥ どころか、ここに私たち以外に誰かがいたって痕跡も見つからないわ!」

「この暑さに朝からのサイコメトリーで超能力がヘタったんじゃねぇのか?」
と挑発気味に煽る薫。急に顔が引きつり
「おい! 皆本! この死体、着ている服ってランニングに半ズボンだよな?!」

「そう見えるな、この時代の男の子ってみんなこんな感じのはずだ。おしゃれなんて考えられない時代だよ」
答えた皆本は薫の表情の原因を悟る。さっきまでいた少年の服も‥‥

「幽霊?!」一言、漏らすと紫穂はがくりと崩れ落ちる。

それをあわてて支える皆本。彼の背中にも、真夏日の暑さのせいではない冷たいものが浮かんでいる。

小さく頭を振り非科学的な考えを追い払う。
 唐突な出現も含め少年がテレポーターである可能性など、いなくなったについては幾らでも仮説は立てられる。
『今はそんな事よりも』と遺体に目を向ける。

「ん?! 何だ、あれは‥‥」

目に止まったのは長さ20センチほどの長方形の木箱。埋まったままに近い姿勢で転移したとすると、全身でそれを守ろうとした感じだ。

『了解!』と葵。次の瞬間、木箱は皆本の手に納まる。

「材質は桐だな? 状態はかなり良いみたいだが‥‥」皆本はその印象をそう言葉にする。

死体が抱えていたものとして、ある程度の薄気味悪さを感じてもおかしくはないのだが、どちらかといえば六十有余年の年月に耐えた”重さ”に心が粛然となる。

「表書きは、つ‥‥ ぼみ‥‥ さまへ‥‥ だな」とかすれた文字を何とか読みとる。

「蕾見って、ばーちゃんのことか?」のぞき込む葵。

「可能性は高いな。場所が場所だし蕾見って姓もそうないはずだから」

少し躊躇うが蓋を開け中身を取り出す。出てきたのはかさかさに乾いた和紙に包まれた簪。経年劣化により色とかくすんではいるもののこちらも驚くほど傷みは少ない。

「これって女の人の髪に飾るヤツだよな。てぇーことは、これってば、ばーちゃんへのプレゼントに違いない」

「『プレゼント』?!」」と耳聡く意識を戻す紫穂。
 簪に触れると、今日の中では最高の集中を見せ
「薫ちゃんの想像通りね。時間のせいで詳しくは透視(よ)めないけど管理官への強い思いは感じられる、何があってもこれを管理官に届けたいって」

「そうか、そんなに心が籠もったものを送られるってばーちゃんって幸せモンだよなぁ」
心からうらやましげな薫、 ぽん! 手を打ち
「どうだ、皆本。こればーちゃんに渡したいんだけど、構わないよな?」

‥‥ 提案を少し考える皆本。
任務的には発見されたものすべては政府の管理下にあるし、遺品ならまずこの死体の関係者を見つけるのが先決。しかし、一方、こうして送り先が明らかであれば、そちらに渡す事で遺体の身元をたぐれるかも知れない。

「良いだろ。君たちが見つけたって言えば管理官も喜ぶ」と決断。

「じゃ」「そういう」「ことで」と三人娘を代表して薫が箱を受け取る。

「ありがとうございます」とそこにほとんど聞き取れないが間違いなく耳に届く礼の言葉。

一瞬妙な顔をする皆本とチルドレンだがうなずき合うと『気にするな』と宙に手を振った。





渡された簪に怪訝な顔をする不二子。
忽然と姿を消した少年の話を聞いたところで数秒、空を仰ぐ。その後、何事もなかったかのように短い礼の言葉。

いつもの過剰な感情表現がない事で独りになりたいのだろうと判断した皆本は色々聞きたそうなチルドレンを促し外に出た。



”贈り物”を手にした不二子は窓際に向かい外の風景を見る。

この辺りも戦争の洗礼を受けたが、二世代六十有余年が過ぎた今、それを示すモノは欠片も無い。いや、この街全体でもその痕跡を見つけることは難しい。
 強いて探すなら自分に近い年齢の人の心の中か、そこには未だ消えない傷跡が‥‥





 あの日、戦友は見つからないまま偵察中の敵機と遭遇。
 本調子なら一蹴できるところが、急旋回に傷が開き退却。最近の基地にぎりぎりで滑り込み、そのまま病院に逆戻り。

数日の後、ベッドで基地が文字通り『根こそぎ』破壊されたというニュースに接する。

 生存者は0。
 集められていただけにエスパーがこれほどまとまって死んだのは戦争中でも初めて(で最後)の事。その後の”弟”や自分に降りかかった事を思うと何者かの悪意を感じないではないが、あえてそれを蒸し返そうとはしなかった。
 それが戦後、国家の再建においてエスパーがその地位を守るのに必要だと信じて。

せめてもの救いは(明け方の爆撃であったため)そこで生活する人間以外の犠牲者が少なかったという事だが、しばらく後に平吉がちょうどその場に居合わせ(祖父と共に)亡くなったという事を聞いて暗然とする。
全くの偶然とはいえ、自分の約束をしなければと悔やんでも悔やみきれない。



ふっ 
 小さな笑みを漏らす。今は過去を振り返る時ではなく、約束を果たした少年に瞑することを祈る時。

 手にした簪をかざす。
「平吉クン、最後まで気を遣ってもらってありがと! 手元に来るのが67年ほど遅くなったけどあなたの初仕事、確かにこの蕾見不二子が受け取ったわ!」
とそれを髪へと挿した。
まずはベタ遅れの参加で申し訳ありません。
 アイディア自体は9月中に思いついたのですが、特に暑い、今年の夏、9月いっぱいは書く気が起こらず、ここまで引っ張りました。
 で、ここまで引っ張った割には、何を書きたかったのか今一解らない、焦点のぼやけた作品になってしまいましたが、お読みいただき感謝します。

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