「ふ〜、やれやれ。今日の仕事もキツかったな〜。」
自宅に戻って大きな荷物を降ろした横島は、せんべい布団の上に寝っ転がってつぶやいた。
「後はやる事やって寝るだけかな。けどなぁ、何か忘れているような、、、」
『やる事』の中身はともかくとして、横島が一日の締めにとりかかろうとしていると、
ドンドンドン!ドンドンドン!!
せっかく訪れた静寂を破って、激しくドアをノックする音が聞こえた。
やがて、けたたましいノックの音が止むと、
「せんせー!『はろうぃん』でござるー。お菓子くだされー!くれないと暴れちゃうのでござる〜。」
「横島〜。いるのは分かってるから、大人しく出てきなさ〜い。」
外から、聞き慣れた人狼と妖狐の声。
暴れるんじゃなくて、イタズラだろ。横島は心の中で突っ込みつつ、仕方なくドアのほうへと歩いていく。
面倒だったが、このまま放っておいても強行突入は時間の問題だろう。
横島が面倒くさそうにがちゃり、とドアを開けると、
「横島先生、お菓子くだされ。」
「くれないと燃やすわよ。」
そこには、コスプレ姿の2人の獣娘。
2人とも、カボチャの形の帽子を被り、黒いノースリーブに黒いミニスカート。黒いマントを羽織っている。
「そんな物は無い。帰れ。」
横島は、にべも無く言い放つと、バン!と勢いよくドアを閉め、鍵をかけた。
「ああっ、先生。そんなご無体な〜。」
「このあたしが、こんな恥ずかしい格好してるっていうのに無視するわけ?いい度胸じゃない!」
がりがりと、ドアを掻き毟る音が聞こえてくる。たまに蹴りを入れたような音も。
「やかましい!時給350円で明日の食い物にも困るような奴が、菓子なんぞ持ってるわけねーだろうが!!
俺から菓子をせしめたけりゃ、美神さんに賃上げ要求してこいや!!」
いまだ外できゃんきゃん吠えている2人に、横島は言い放った。
そう。高校3年生になっても、横島はあいかわらず極貧生活を継続中だった。
両親からの仕送りは以前と変わらず、せっかく恋仲になった事務所の所長は、公私のケジメ(主として金銭面)に
これでもかという程厳しかった。
「あら、シロちゃんにタマモちゃん。もうすっかり準備完了ね。」
外の声が増えた。どうやら、小鳩が外に出てきたようだ。
「聞いてくだされ小鳩殿〜。拙者、先生に見捨てられてしまったのでござるよ〜。
拙者のこのぷりちーな姿を見ても、先生は美神殿にするように飛び掛ってくださらんのでござる。」
「そうそう。普段からさもしい生活を送っている貧乏学生のために、こんな格好までしてあげたっていうのにね。
まさか、アイツが男好きって噂は本当なのかしら。」
2人は、小鳩に向けて好き放題言いまくっている。
「あら、そうなんだ。それは残念ねぇ。ところでタマモちゃん、横島さんが男好きってホントなの?」
「ちょっと待てぇい!!」
聞き捨てならない一言が小鳩の口から飛び出した途端、横島はダッシュでドアを開けた。
「馬鹿野郎!!小鳩ちゃんに変な事教えるんじゃねぇ!!」
「あら横島さん、こんばんは。ダメですよ。あまり2人をいじめちゃ。」
小鳩は、にっこりと何事も無かったかのように、横島のほうを向いた。
「小鳩ちゃん、このバカコンビの言う事なんか、右から左にスルーしてもらえばいいから。
それよりお前ら、ハロウィンの知識なんぞどこで手にいれやがったんだ?」
小鳩の登場で、やや落ち着きを取り戻した横島は、2人にたずねた。
「何言ってるのでござる。今日は、魔鈴殿の店で『はろうぃんぱーちー』があるから、先生をお迎えにあがったのでござるよ。」
「そうよ。本当は『別の人』が迎えに行くはずだったんだけど、代わりに私たちが来てあげたのよ。感謝しなさい。」
タマモは、わざわざ『別の人』を強調して横島に言った。隣では、シロがうんうんと頷いている。
「あー、そういやそうだったな。すぐに支度するからちょっと待っててくれ。」
横島はそう言うと、今度は静かにドアを閉めて、着替え始めた。
(さっきのタマモの言い方、何か引っかかるな。まさか、俺と美神さんが内緒で付き合ってる事知ってるのか?)
横島は、タマモの言動に不信感を抱きつつも着替えを完了させた。
「お待たせ。そんじゃ行こうぜ。」
タマモ&シロを先頭に、4人は魔鈴の店に向かって歩き始めた。
しばらく歩を進めた時、
(ちょっとシロ、ごにょごにょ、、、)
(なるほど、それは面白そうでござるな。)
2人は、後についてくる横島に聞こえないよう内緒で話している。
「何だよ。2人して、何こそこそ話してんだ?」
前を進む2人の不審な行動に、横島は訝しがって声をかけた。
「な、何でも無いでござるよ。」
「そうそう。別に気にする事ないわよ。」
2人は素っ気なく答えると、すたすたと歩を進めた。
店に到着すると、毎度お馴染みのメンツが揃っていた。
「いらっしゃい。横島さんと小鳩ちゃんで最後ですよ。」
店のオーナー、魔鈴めぐみが声をかけた。
「すんません、遅くなりました。立食形式なんすね。え〜と、空いてる所はどこかなっと。」
さりげなく美神を探すが、その周囲は既に埋められていて、入り込む隙間は見当たらなかった。
仕方なく横島は、美神から離れた空いているスペースに収まった。
「さて、それじゃあ始めましょうか。ハロウィンパーティーといっても、特に形式的なものじゃないので、
気軽に楽しんでいただけたらと思います。それじゃあ、乾杯!」
魔鈴の口からパーティーの開始が告げられ、店内はあっという間に賑やかな空気に包まれた。
※※※※※※※※※※※※※
やがて宴もたけなわといった頃、唐突にタマモが声をあげた。
「そういえばシロ、さっき横島の家に行ったとき、変なニオイしなかった?」
「あ〜、そういえば。嗅いだ事の無いニオイでござったなぁ。でもあのニオイ、女子(おなご)の物であったような。
美神殿でも、おキヌ殿でも、小鳩殿でもなかったのでござる。はて、あれは一体、何だったのでござろうな。」
シロは、調子よくタマモに合わせる。
ざわざわと雑多な音に包まれていた店内が、水を打ったような静けさになった。
横島は、口にしたジンジャーエールを盛大に噴き出した。
「お、お前ら!突然何言い出すんだ!!俺の部屋に知らない女なんか来るわけな、、、」
途中まで言った横島は、左肩に異様な重さを感じた。誰かに掴まれたらしい。
「よ・こ・し・ま・く〜ん、どういう事か説明してもらえるかしらぁ〜?」
既に10杯以上のグラスワインを空にし、完全に目が座っている美神が、横島の左肩を握り潰さんばかりの力で掴んでいた。
「れい、、、美神さん。いやだな〜、誤解っすよ、誤解。俺より、あの2人のタワゴトを信じるんすか、、、」
「でも、1人や2人じゃなかったわよね。横島の彼女になる人は、これから苦労しそうよね〜。」
「そうでござるな。色々な女子(おなご)のニオイがしたのでござる。拙者たちの鼻はごまかせないでござるよ。
先生も中々隅に置けんでござるな。」
2人が好き勝手に喋っている間にも、横島の左肩は、みしみしとイヤな音を立てている。
「な〜るほど。どうやらアンタには、教育的指導が必要みたいねぇ〜。
このGS美神令子が、極楽に行かせてあげるわぁ〜。くっくっくっくっ。。。」
人間相手に使ってはいけない台詞を口にしながら、美神は横島を店の外に引きずり出した。
「み、美神さん、落ち着いて!ねっ!誤解なんですってば!あの2人のデマカセなんですよ〜!
お願いですから話を聞いてください!誤解!ごかい、アッ―――――!」
短い悲鳴を残して、横島の声が途切れた。
店中の人間の恐怖と憐憫の視線が、入り口のドアに注がれる中、
「先生、拙者たち、まだ先生からお菓子をもらっていないのでござるよ〜。」
「そうそう。『トリック・オア・トリート』ってね。お菓子くれないから、イタズラしちゃった。」
店の外に消えた横島に向かって、2人の獣娘が静かにつぶやいた。
Animals With Human Intelligence 終
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