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【M6夏企画】夏毛、始めました【大遅刻】



「あつい」


ベッドに突っ伏すように倒れ伏して、舌を突き出しながら呪詛を吐く。
空調が働いていない、というわけではない。
この家は自動的に気温が保たれるようになっている。
特に夏場は最適。ビバ幽霊屋敷。
しかし、それでも上がる体温に対しては如何ともしがたく。

「あーつーいー」

わしわしと自分の髪に手を突っ込む。
余計暑いのですぐに止めたが。
ボリュームのある冬毛が恨めしい。
数ヶ月前まではありがたさを感じていたのだが。
ばたばたと膝から下をあばれさせつつ
タマモは夏の理不尽に恨み言を投げ続けた。




―――――――――




不満を並べ立てていたタマモは、ぐったりと横たわっていた。
ただでさえ暑苦しいというのに、動き回ればより暑くもなるのが道理。
体温が上昇しまくり、動かなくても汗が流れる不快感。
拭おうとすればまた動かないといけないので、目を閉じて耐える。
うう、このまま死んじゃうのかしら、と脳裏に弱音が浮かんだ。
この気分は、まさに世を儚む薄幸の美少女。助けてアイス。よろしく哀愁。


「何やってんだ」


無意識にポーズを取ってる所を見られた。どうする? 殺すか。
ドアから顔をのぞかせる横島に、何も言うなと視線で語る。
想いを届けるポイントは、眼光に込められた殺意。まさしく微笑みの爆弾。
視線に射すくめられ、がたがた震える横島の姿、寒気でも感じたのか。
今のタマモには、そんな情けない様子でさえ恨めしくて羨ましい。
暑くて暑くて暑い今、見せ付けるように寒そうにしてるとは、喧嘩売ってんのかこの野郎。
無駄な体力と気力を使って更に体温は上昇。タマモは仰向けに倒れ伏した。
夏の怒りは身を滅ぼすからほどほどに。タマモさんとの約束だ。
部屋へと入ってきた横島は気遣うように


「ずいぶんと疲れてんな。
 タイミング悪く、シロとおキヌちゃんは里帰りって聞いてるけど
 美神さんはどーしたんだ?」

「仕事よ仕事。どーしても行かなきゃいけないってさー。
 あんたの方こそ、補修はどうしたの? 見捨てられた?」

「ありえんでもない恐ろしいことをさらりと言うな。
 補修帰りに寄ったんだっつの。
 おキヌちゃんやシロから言われてたんで気になってたんだよ。
 生え替わりの季節だから、気をつけてあげて下さいってな」


珍しい気遣いを見せる横島を半目で見て
フン、とタマモは鼻を鳴らし


「そんなの気にしてたら何時までたっても帰れなかったでしょーが」

「で、今日は美神さんも
 自分は大丈夫だからっつって仕事に行かせたわけか?」


図星だったようで口を噤む。
そんな子狐に苦笑を返しながら


「弱ってる姿を見せるのが何か恥ずかしい。
 ……って気持ちは解らんでもないけどな。
 病気の時くらい甘えても罪にはならんと思うぞ」

「病気じゃない」

「熱は立派に病気だろ」


ひょいとおでこに手を当てる。じゅぅぅぅ。


「ぬぉぉっ、手が、俺のこの手が真っ赤に焼ける!?」

「あーバーベキュー」

「物欲しげな顔で見ないでくださいませんか怖いから」


涎を垂らしながら野生の光を瞳に浮かべるタマモ。
いよいよもって、あかん子になりつつあった。
このままいけば自分に災いが降りかかるだろう。経験からいって間違いない。
不肖横島、保身には余念が無いことならば誰にも負けぬ
文珠を使ってどうにかなんねーかなー、と横島は考える。
癒? いや冬毛が残ってちゃ意味ないし。却下
冷? 冷凍タマもが出来上がりそうだな。却下
涼? 憂鬱だったり消失したり驚愕しなけりゃOK。保留。
快? 暑さを受け入れてもっと暑くなれよ? 大却下。
禿? 殺られる、間違いなく。


「よこしまー」

「お、おう、何だ?」


つるっぱげの少女に焼き尽くされる妄想から復帰した横島は
ベッドで横たわり、服の裾を引っ張っているタマモを見た。


「着替えさせてくれる?」

「ぱーどぅん?」

「あ、勉強の成果が出てるわね。
 あの横島が英語喋るだなんて」

「お前の中の横島像について
 いつかしっかりと話し合う必要がありそうだな。
 で、今なんと? 」

「着替えさせて。汗がべとべとしてて気持ち悪い
 ちょっとくらいなら見ても触ってもいいから」


熱い吐息、潤む目元、赤らんだ頬、小さく開かれた口の隙間から覗く舌。
そんな誘うように扇情的なたまもの姿を前にして横島は
ぷちぷちぷちぷち。


「あれ?」


ためらいなくボタンを外して服を脱がせ、乾いたタオルをかけてやった。


「よし、あとは自分で出来るな?」

「ちょ、ちょっと横島?
 あんまり前置きなさ過ぎて、抵抗とか反応とか出来なかったんだけど
 ここは葛藤とか妄想とかする場面じゃないの?」


じっと見下ろす。
白い肌。あせばんだ体。成長しきらぬ肢体。
じっくりと視線を滑らせる横島、軽く身をこわばらせたタマモ。
そして


「へっ」

「うわむかつく」


鼻で笑われ、たまものこめかみに怒りの井桁が浮かぶ。
しかし、横島は退かぬ媚びぬ顧みぬ。


「俺を甘く見るな!
 夏になってからというもの、シロにどれだけ散歩に連れて行かれたと思っている!
 朝っぱらからチャリこいで、フルスロットルノンブレーキ。
 返ってきてからは汗かいたんでシャワー浴びようと俺を誘う始末。
 未成熟な体をくっつけられ、顔を舐められまくる経験を経た今
 汗まみれの下着姿に今更欲情する俺ではないわ!」

「うちの馬鹿イヌがいつもご迷惑をおかけします」

「うん、慣れたんでいいぞ。
 意外と人間、毎日100km相当の距離を全速力で走っても死なんみたいだし」


それはあんただけだ人外。


「じゃぁ横島。ちょっとそこのタンスの下あけて」


言われるままに横島は動く。
そして遭遇するのは色とりどりの楽園。
小さくて薄い布、にもかかわらず鉄壁の防御を誇る神秘の品。
そう、こいつは男には決して辿り着けない理想郷。


「下着も替えてくれる?」


ぷしっ
鼻血だか鼻水だかを盛大に吹き出し、その場に横島は倒れかかった。
息も絶え絶え、視線も虚ろ。しかし気力だけは萎えさせず。
おーけい俺も男だ、きっぱりと断ろう。
男らしく後ろ向きな覚悟を内心で決めた横島にかけられる一言は


『横島さん、子供の裸に興味など無いのでしょう?
 ここで退いては敗北を認めることになるのでは』

「人工幽霊一号、お前は誰の味方だ」

『面白い方ですね。
 具体的には私は私の味方です』

「よーし、その挑戦しかと受け止めた。
 あと人工幽霊一号は後で泣かす」


やっぱり横島は退かぬ媚びぬ顧みぬ。
バンダナを引き摺り落とし、目隠しとなるように。


「ふはは、これでどうだ!
 見えなければどうということはない」

『ハイテンションでいつもの3倍ぐらいの馬鹿さ加減ですね。
 で、横島さん。その状態でどうやって着替えさすと』

「んー手探り?」


迷うことなく、そう口にした横島は、じりじりとタマモへ近づいていく。
心なしか息も若干荒い。暑いからか。
AVを連想した人に告ぐ。大丈夫あなたは正常だ。
突如えんカウントした変態という名の紳士っぽい何か。つまり横島。
立ち向かうのは勇者たまも。装備品は上下の下着。状態は夏ばて。
正義の敗北が目に見えそうなのは気のせいか。だが勝者だけが正義だ。
つまり正義とは目隠しをした変態のことだったんだよ! いやそれはない。


「よ、横島まずは落ち着いてみて。
 確かにちょっとくらいなら触ってもいいって言ったわ。
 でも、手探りで下着脱がされるとか、ちょっとどころじゃないと思うの」

「おいおいタマモ、俺は落ち着いてるぜ夏の日の過ちのように。
 あるいは、少年の日の忘れたい思い出のようにな。
 何で忘れたい記憶ほど風化してくれねーんだろ。あれか、夏のせいか」

「夏のせいじゃない?」

「夏のせいだな」


全て夏が悪いと結論づけられた。素晴らしきかな弁護士不在の弾劾裁判。
そんなわけで、横島の夏休みが補修で大半つぶれたのもみんな夏が悪いんや。
だから、これから起こることも全て夏の夜の夢。
下着姿で苦しそうに肌を紅潮させた少女に覆い被さるように
目隠しをした男が鼻息も荒く、ゆっくりと手を伸ばしてゆく。
通報されれば満場一致で逮捕確定な姿だった。
実際の所、視界が効かないのは随分なディスアドバンテージではある。
ひとたび逃げられてしまえば捕まえる術はない。
だが心配はご無用。横島には頼れる仲間が付いている。


『横島さん、右に一歩、左に三歩。
 よし! そのまままっすぐ!』

「ぐぼぁっ!?
 おいぃぃぃぃ、壁じゃねーかコラ!」

『まっすぐ行くと壁ですよって伝えたかったんですよ』

「よし、って言ったよな。言ったよな確かに」

『よして下さいの略です』

「その略はない。略しちゃいけない」

『日本語って難しいですよね。
 まさかちょっとの違いで意味が逆になるだなんて』


仲間は獅子心中の虫だった。この虫野郎、と横島が吠えても無視される始末。
なお、さっきまで怯えていた玉藻は指さしながら腹を抱えて爆笑中。芸人名利に尽きるうけっぷり。
足も無闇にばたばたさせて、はしたないと言えばこの上ないが、残念ながら見る者は無い。


『ですが、ご安心下さい横島さん。
 この人工幽霊一号、同じ失敗を繰り返す駄目な子ではありません』

「次こそは本当だろうな」

『大丈夫大丈夫、テリーを信じて』

「誰だ」

『何で知ってるかって、DVD借りて最近見ました。
 小須田部長って横島さんに並ぶぐらい人外ですよね。
 笑う犬の冒険ってタイトル見た後、横目でシロ見て吹き出して
 リアルバトル開始したのはいい思い出』

「ん? シロとリアルバトルって」

『さぁ、横島さん! インターバルはここまでですよ!
 時間は有限、無駄なことをしている暇はありません!
 まずは三時の方向に向かってハイジャンプ!』

「よっしゃー!」


ノリノリで横島インザスカイ。決まり手は開いた窓。
笑いすぎて痛いお腹をさすりつつ、開けておいた窓をいそいそと閉めるタマモ。
そして間髪いれずに、部屋へ横島リターンズ。


「殺す気かぁぁぁぁぁぁっ!!!」


なぜ死なない。しかも目隠しはしたままで帰ってきた。
人外ぶりに磨きをかける横島にタマモ戦慄


『横島さん、なんとおいたわしい姿になられて。
 いったい誰のせいでそんなことに』

「おんどれじゃぁっ!!!
 ええい埒があかん! さっさとすますぞ!」


業を煮やした横島は、獲物をを追い求める獣の本能を発揮して玉藻へと一直線。
その突然の動きで、驚きに目を丸めた玉藻に逃げる余裕は無かった。
横島が伸ばした手はしっかりと目標に到達する。たまもんゲットだぜ。
指先が触れたのはもこもことした毛。もこもこもこもこ。
おやおや、タマモさんも意外と毛深いようで。
もっさりと手のひら一杯の毛。手触り抜群で保温性もばっちり。
いやはや、全く持って一級品の毛皮ですな。って


「暑いわぁっ!!」

「ああっ、掃除がめんどくさい!」

「喧しい!」


叫びながらバンダナを引き下ろすと
そこには、爽やかに夏毛となったタマモ狐バージョンがちょこんと座っていた。
あたりには冬毛が散っている。なるほど、これは掃除がめんどくさい。
詰まるところ、間一髪のタイミングで夏毛に生え替わったようだ。
疲労と脱力感で四つん這いになっている横島を尻目に
再度下着姿に変わったタマモは、いそいそと服を着込んでいく。
それを虚ろな目で眺め、地獄のように深いため息を吐き出しながら


「結局俺は何のために苦労したんだろうなオイ」

「まーまー災い転じて服となす、っていうじゃない。
 お腹空いちゃったから、カップ麺でも食べましょ。
 それで横島のあぶらげちょうだい。代わりにネギあげるから」

「笑う門には服着たる、じゃねーのか。
 あと、お揚げはやらん」


なんだか楽しげに、あるいは疲れたように肩を落として
腹ごなしをするために、二人は階下へと降りてゆく。
と、その前に横島は天井を睨み付け


「あー、あと人工幽霊一号。
 お前は後で落書きの刑に処す。
 おとなしく、油性ペンを手にしたひのめちゃんの手にかかるがいい」


カカカカ、と悪魔超人あるいは某中華料理人の笑い声を放つ横島。


「んー、横島。何もしてない相手に罰はひどいんじゃない?
 仕事の都合で、人工幽霊一号も美神さんについていってるんだし」

「は?」


目を丸くして、横島は視線を元に戻す。
ふと思い出したのは、タマもと二度目に遭った時。
いけすかないロン毛の姿に化けた妖狐の力があれば、声まねくらいは児戯に等しく。
開いた口がふさがらない横島に流し目をくれ、人差し指を唇に当てて


『なかなか面白い見せ物でしたよ、横島さん』


人工幽霊一号の声でそう言った子狐は、実にいたずらっぽく笑った。
髪型、髪の色とも相まって、夏の太陽が笑いかけてきたようだった。

こんばんわ。豪です。

どんだけ遅れてんだお前って感じの企画投稿ですが、逆に考えてみてください。
南半球であれば、これから夏なのだと。はいごめんなさい無理がありますね。
来年まで持ち越そうかなぁ、とも思いましたが
今年の企画用に書いたもののため、折角なので投稿しました。
ギャグものは筆がノるかノらないかが肝であることを実感した次第です(=▽=

あと少し昔の話となりますが、ホームページを作り直しました。
GS美神、絶チルSSを載せているだけの体裁ではありますが
投稿した作品の大部分は読むことができるかと。
突然の消滅でご迷惑かけてしまった方々には申し訳有りませんです。


ではでは

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