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I'ts A Lovely Day Tomorrow(前編)

【1.日常】

アシュタロスの騒乱から半年あまりが過ぎて。

美神令子除霊事務所にも、ようやく普段の生活が戻りつつあった。

台風一過の後、除霊の仕事も少しずつ増えてきて、美神は収入が増える喜びを噛み締めていた。

「美神さん、テレビを付けてもいいでしょうか?」

声の主は、小竜姫だった。

アシュタロスの騒乱の後、小竜姫には、一時的に人間界のパトロールという指令が下った。

騒乱終結後の隙をついて行動を起こす、魔族の勢力が存在しないとも限らない、という理由からだった。

無論、表立って鎮圧行動に出るわけにもいかないので、主な任務は不穏分子の発見と、掃討のための後方支援であった。

だが結局のところ、今日まで魔族の不穏な動きは無く、神界上層部も問題無しとの判断を下したため、

小竜姫の任務も今日が最後となった。

そのため、おキヌの発案で半年遅れの祝勝会が、ささやかながら開かれたのだった。

先程まで開かれていた祝勝会も終わり、今はいつもの事務所メンバー+αで、宴の後の静けさの中にいた。

「いいわよ、別に。この時間に何見るの?」

美神の許可が下りると、小竜姫はテレビの電源を入れて、チャンネルを合わせた。

すると、画面にデカデカと「龍馬戦記」の文字が映った。

「ああ、大河ドラマね。この時代の事はリアルタイムで経験してるでしょうに。」

美神は、おキヌが運んできた紅茶を口にしながら呟く。

「私は、この時代も生きていましたが、ほとんどが妙神山で生活していましたから。
感覚としては、皆さんとあまり変わりないんですよ。」

小竜姫は、テレビから視線を離さずに答えた。

場面は、ちょうど薩長同盟が交わされるシーンだった。

「あ、そういえば、この時代で思い出したのねー。」

わざわざ緊迫した場面の最中、唐突にヒャクメが緊迫感のカケラもない声で言った。

ヒャクメもまた、小竜姫と共に人間界のパトロールに赴いていたのだった。

「何よ?まさか、坂本龍馬はいなかったとか言い出すんじゃないでしょうね。」

「違うのねー。そういえばこの頃、小竜姫って、かーなーり荒れてたわよねー。」

そう言うとヒャクメは、意地悪い笑みを小竜姫に向けた。

「ヒャクメ!そっ、そんな事、今言わなくてもいいでしょう!」

小竜姫は、突然自分の過去を暴露されて、顔を真っ赤にしている。

「へぇ〜、小竜姫様にも、そんな時代があったんすね〜。」

「意外ですねぇ。今のお姿からは想像もできませんよ。」

横島とおキヌが意外そうな顔で答えた。

「小竜姫ってば、相当な人間嫌いだったからねー。当時を知ってる私にしてみれば、
今こんな状況になってるほうが不思議なのよねー。」

ヒャクメは、頭の後ろで手を組み、椅子にもたれかかりながら言った。

「た、確かにそんな時期もありました。人間の言葉で言うところの『若気の至り』というものです。
妙神山に括られた時でさえ、閑職に回されたと恨めしく思っていたくらいですから。
あ、そういえば、この役者さん、どことなく坂本さんの面影がありますね。特に目元とか。」

小竜姫は、話題を逸らそうとテレビに向き直った。

画面の中では、現在人気沸騰中の俳優、副山雅治(そえやま まさはる)が、龍馬を熱演している。

「え、小竜姫様って、坂本龍馬に会った事があるんすか?」

「はい。彼が亡くなる直前に、数日間だけですが。」

小竜姫は、寂しそうに答えた。

「実は、私が人間達に対する考え方を改めるきっかけになったのが、坂本さんだったんですよ。」

「ちょっと待ってくださいよ。坂本龍馬って、京都で死んだんでしょう?どうして小竜姫様が会えたんですか?」

横島が、意外そうな声で、小竜姫に質問した。

「答えは単純です。その時、私が京の都にいたからですよ。」

小竜姫は、にこりと微笑みながら、横島の問いに答えた。

「ふぅ〜ん、面白そうな話じゃない。よかったら聞かせてもらえないかしら。」

美神は、お茶を啜る小竜姫に向かって言った。

「いいですよ。そうですね、あれは確か、私が妙神山に括られて150年ほど経った時だったでしょうか。。。」

小竜姫は、記憶の糸を手繰りつつ、ゆっくりと語りだした。


【2.指令】

「小竜姫、小竜姫はおるか?」

斉天大聖老師が、小竜姫の名前を呼びながら修行場を歩き回っている。

「はい、老師。小竜姫はここに。」

自室で読んでいた書物を伏せて、急いで小竜姫は老師の前に進み出た。

「うむ。小竜姫よ、神界からお主に通達が来ておる。詳しくは、この文を読むがよい。」

老師はそう言うと、黄金色の筒を小竜姫に手渡した。

「では、失礼致します。」

小竜姫は、筒の蓋を開け、中の手紙を取り出して読み始めた。

『於 竜神族政務執行部 宛 妙神山守護代 小竜姫

竜神族委任代表、旭龍翁と人界における神界代行者、京の都にて会談の予定、此れ有り。

ついては、旭龍翁を、京の都まで護衛せられたし。

ただし、任務については最重要機密につき、一切他言無用の事。

明日、信州は御嶽山に出動せられたし。任務についての委細は、彼の地にて説明するものとす。』

手紙を読み終えて、小竜姫はふぅ、っと一息ついた。

「明日とは、また急な話じゃのう。」

老師は、手紙を覗き込みながら言った。

「何故今頃、京の都で会談など?」

小竜姫は、手紙を筒にしまいながら、老師に尋ねた。

「ふむ、近頃、京の都では、政治情勢の乱れから霊的に不安定な状態が続いておると聞く。
それについて、人間達をどう守るかの話し合いじゃろう。」

竜神族の代表と、神界代行者、つまり人間界でいうところの天皇との会談という事のようだ。

「人間、、、ですか。人間とは、それほど価値のある者なのでしょうか。私には理解に苦しみます。」

小竜姫は、苦々しい顔で呟いた。

「彼らは脆弱で、この修行場に来る者も、初歩の修行で簡単に音を上げ倒れてしまう。
そんな者共を、我等が命がけで守護せねばならない理由とは何なのでしょう。それが我等の定めとはいえ、、、」

「小竜姫よ。お主は人間と接触する機会が、ごく限られておる。お主が今まで見てきたのは、
人間の影の部分が多かったのじゃろう。しかし、影があれば、そこには光があるという事じゃ。
人間の本当の強さとは、我等のような、身体的なものや、霊的な力といったものではない。
わしのお師匠様も、そんな強さを持った人間じゃった。」

老師は、かつて自分が仕えていた、人間の僧の話をした。

「本当の強さ?それは一体何なのです?」

小竜姫は、苛立ちが混じった声で、老師に尋ねた。

「小竜姫よ。今のお主にその話をしたところで、届きはすまいて。今のお主の心は、荒ぶる海のようじゃ。
心を静め、清く輝く鏡の如くに穏やかにせねば、わしの言葉もかき消されてしまうじゃろうて。」

そう言って老師は、廊下の向こうへと歩き出した。

「老師。。。」

小竜姫は、戸惑いながらその場に立ち尽くしていた。




【3.邂逅】


小竜姫の護衛任務は、拍子抜けするほどあっさりと、その半分が完了した。

御嶽山からの道中は、多少地縛霊や下級魔族の妨害を受けたものの、さしたる障害も無く京の都に到着してしまった。

(こんな簡単な任務なら、別に私でなくても良かっただろうに。)

帝がおわす御所に到着した時、小竜姫はあからさまに不機嫌な様子だった。

「小竜姫よ。ご苦労であったな。」

旭龍翁は、険しい顔をした小竜姫に声をかけた。

「翁、、、これしきの事、私にとっては容易い任務でした。」

小竜姫は、多少の皮肉の意味を込めて、旭龍翁に答えた。

「ふぉっふぉっふぉ。頼もしいのう。それより小竜姫、お主、俗界に降りてきたのはいつぶりじゃ?」

「正確には覚えておりませんが、ざっと100年程かと。」

小竜姫は、いまだに苛立ちが収まっていないようだった。

「そうか。わしはこれより、帝との話し合いに入る。この御所の内部におれば、大抵の妖共は近づけんじゃろうて。
その間、お主は外に出て、都の様子を観察してまいれ。日が沈む頃に戻ってくれば、どこで何をしていてもかまわんぞ。」

旭龍翁は、小竜姫とは対照的に柔和な笑みを浮かべて言った。

「そんな、このような事をして大丈夫なのですか?」

小竜姫はあわてた様子で旭龍翁に言った。

「かまわんかまわん。上のほうには、わしが後から言っておく。ふぉっふぉっふぉ。」

そう言い残すと、旭龍翁は御所の内部に姿を消してしまった。

取り残された小竜姫は、仕方なく都に出る事にした。


               ※※※※※※※


「これが京の都、、、なるほど、老師の仰る事ももっともね。あちこちで霊的なひずみが生じている。。。」

小竜姫は、都を霊視しながら散策していた。

(これだから人間というのは。京の都は霊的に計算され尽くした場所だというのに、それにも気づかず無粋な振る舞いを。)

考えれば考えるほど憂鬱な気分になってくる。これなら御所に留まっていたほうが良かっただろうか。

その時、視界の右手から、何者かがこちらに駆けてくるのが見えた。

その後ろには、4人程が遅れて走ってきている。どうやら、先頭の人間を追いかけているようだ。

「御免ちや!」

先頭の人間は、猛スピードで小竜姫の脇を通り抜けていった。

「そこな女、邪魔だ!」

後ろの人間たちは、小竜姫に向かって真っ直ぐ突っ込んできた。そして、、、

「うっ!」

「ぐわっ!」

小竜姫の脇を、同じようにすり抜けようとした人間達は、短い悲鳴を上げてその場に倒れてしまった。

小竜姫が、自ら打ち倒した人間を一瞥していると、

「いやいや、お見事じゃのう。大したもんぜよ。」

先程小竜姫の脇を駆け抜けていった人間が、一転してゆったりとした足取りで、小竜姫のほうに歩み寄ってきた。

「助かったぜよ。全くこいつらはしつこうてかなわんきに。」

近づいてきたのは、男だった。しかも身の丈六尺はあろうかという、この時代では規格外の大男だった。

「いえ、お気になさらず。」

小竜姫はそういうと、その場を立ち去ろうとする。

「あぁ、ちっくと待ってつかぁさい。助けてもろうた恩返しがしたいぜよ。」

男はそう言うと、小竜姫の腕をがっしりと掴んだ。

「ちょっ、お放しなさい!」

小竜姫は、自分を掴んだ手を離そうとするが、男の腕力は思いのほか強かった。

竜神としての力を使えば振りほどくのは造作も無いが、こんな所で堂々と力を使うわけにもいかなかった。

「ええからええから。悪いようにはせんきに、付いてきてつかぁさい。」

男は小竜姫の腕をつかんだまま歩き出した。小竜姫は、仕方なく従う事にした。

やがて、男の足が止まった。目の前には、大きな商家があった。

正面には大きく「近江屋」と書かれている。男は、慣れた様子でその商家に入っていく。

「お〜い、今帰ったぜよ。」

男が大きな声で、来訪を告げた。すると、

「お帰りなさい、坂本様。ご無事でしたか。おや、そちらの娘さんはどなたで?」

奥から、だいぶ恰幅の良い男が現れた。

「こちらは、さっき幕府の獲り方からわしを助けてくれた恩人じゃ。お礼をしたくてのう、ここまで来てもろうたがじゃ。」

「それはそれは、すんまへんでしたなぁ。ゆっくりしていっておくれやす。」

恰幅の良い男は、外見に似合わず柔らかな物腰で小竜姫に頭を下げた。

「藤吉、急ですまんが、今日は膳を2つ用意してくれんかねや。」

「かしこまりました。すぐにお持ちしますさかい、待ってておくれやす。」

藤吉は、そう言うと奥へと引っ込んでいった。

「あの〜、そろそろ手を離していただきたいのですが、、、」

小竜姫は、恐る恐る男に言った。

「おっと、これはすまんのう。ささ、上へどうぞ。」

男は手を離すと、小竜姫を2階に上がるよう促した。

小竜姫と男は、2階へあがると、8畳ほどの広さの部屋に入った。程なくして、2人分の膳が運ばれてきた。

膳には、1本づつ徳利が置いてある。

男は、猪口を小竜姫に手渡すと、徳利をずいと目の前に突き出してきた。

「ささ、まずは一献。」

そう言いながら、小竜姫の手の中にある猪口に酒を注いだ。

「おっと、そういえば、まだ名前を名乗っとらんかったのう。
わしは、土佐脱藩浪人、坂本龍馬いうもんじゃ。おんしの名は?」

「私は、しょ、、、」

小竜姫は言いかけて止めた。本名を名乗るのは得策ではないと判断し、とっさに偽名を名乗った。

「私の名は、桜花。故あって出自は明かせませんが、主君の随行で、京の都に滞在しております。」

とっさに出たため、何の捻りも無い名前になってしまったが、眼前の男は特に疑った様子も無い。

「なるほどのう。ところで、先程の身のこなしを見ると、おんしは忍の者かいのう。」

「まあ、そのようなものです。」

龍馬は、自分ひとりで納得してしまった。好都合だと思い、小竜姫も否定はしなかった。

「ところで、さっきはどういてわしを助けてくれたがじゃ。追っかけてきたのは、幕府の獲り方ぜよ?」

龍馬は、猪口に口を付けつつ小竜姫に尋ねた。

「なぜでしょうね。坂本様が、獲り方に追い立てられるような悪人には見えなかったから、
というのでは答えになっていませんか?」

実のところ、小竜姫自身にも、はっきりと何故かは分かっていなかった。

ただ、この男を助けなければいけないような気になってしまったのだった。

「ところで、坂本様は、なにゆえ幕府の獲り方に追われているのです?」

「ああ、あれかえ。まぁ、何でやち言うたら、わしは幕府転覆を目論む大悪人じゃからのう。」

龍馬は、にいっと屈託のない、人懐っこい笑みを小竜姫に見せた。

「まあ。それならば、先程は助けないほうがよかったのでしょうか。」

小竜姫は、つられて笑ってしまった。

「もうじき、この日本の仕組みは大きゅう変わるぜよ。幕府が無うなって、それに変わる新しい政府ができるがじゃ。」

龍馬は、声のトーンを抑えながら小竜姫に言った。

「幕府が無くなるって、そのような大それた事が本当に、、、」

「本当じゃ。つい数日前、将軍慶喜公に、政権を朝廷に返上するよう建白書を提出したがじゃ。
慶喜公がそれを受け入れれば、200年以上続いた徳川の世が終わる。
百姓も下級の武士も、身分に捕らわれず、本当に自分のやりたい事ができる世の中になるがじゃ。」

小竜姫は、目の前の男が語る言葉を、にわかには信じられなかった。

自分が妙神山に括られる前から続いていた徳川の治世が、もう間もなく終わるというのは、全く実感の湧かない話であった。

「いまいち信じられんゆう顔じゃのう。まあ、楽しみにしとるとええき。」

龍馬はそう言って、猪口になみなみと注がれた酒を飲み干した。

「坂本様は、なぜそのような話を私に?私が幕府の間者とは疑わないのですか?」

小竜姫は、先程から自分に対して、全く警戒感を見せない龍馬に尋ねた。

「おんしはさっき、わしの事を悪人には見えんと言うちょったじゃろう。それはわしも同じ気持ちじゃ。
わしには、おんしが裏のある人間のようには思えんきに。それに、おんしの顔を見ておると、何でか
隠し事をしてはいけんような気になってくるがじゃ。」

それは、小竜姫も同様だった。龍馬の屈託のない、人懐っこい笑顔を見ていると、なぜだか警戒感が

霧散してしまうような、不思議な感覚を感じていた。

それから2人は、しばらく話し込んでいたが、まもなく西の空が紅く染まってきた。

「もうこんな時間なのですね。名残惜しいですが、私は戻らなくては。」

小竜姫は、格子をはめ込んだ窓から、表を見て言った。

「そうかえ。それは残念じゃのう。わしはしばらく京におるきに。時間ができたら、また会い来てつかぁさい。」

龍馬は、立ち上がる小竜姫のほうを見ながら言った。

「ええ、そうさせていただきますね。」

小竜姫は龍馬に別れの挨拶をすませると、御所へと戻っていった。



I'ts A Lovely Day Tomorrow 後編へ続く
こんばんは。Black Dogです。

第3弾は、ちょっと長めの作品になりました。

詳しい事については、後編のあとがきにて。

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