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名前で呼んで

「それで、今日はどうしたんですか?」


紅茶を片手に、まるで幼子に優しく訊ねるかのような声色で話す目の前の少女に、これまで何度救われたことか。
事務所に来るまでのささくれた心が、じんわりと温かくなっていくのを、横島は紅茶を飲みながら実感していた。

きっかけは、これ見よがしにため息をついていたのをおキヌが見かねてというのは、この際関係ない。


「うーん。いやさ、中学生ぐらいの女の子って、難しいなぁというか……」
「はい?」
「いや、別に年下趣味とかそういうのではなくて!……タマモだよ」
「ああ、タマモちゃんの話ですか」


暗に年下は好みでないと言われたような気がして、一瞬心が曇ったが、キヌはそれを顔には出さなかった。
顔に出さなかった以上、この男が気付くはずもなく、話は進む。


「シロはさぁ、あの通りのやつでこっちも気安いというか、弟みたいな感じなんだよね。
見た目こそ中学生ぐらいだけど、中身はまだまだ子供だし」


加えて、あのフェンリルとも一緒に戦い、少なくない時間を過ごした仲でもある。
性格的にもカラッとしており久しぶりに再会しても、すんなり元の関係に戻れる仲間の典型と言えよう。


「タマモちゃんは違うんですか?」
「違うつーか、なんというか…… 距離感がどーも掴めないんだよなー」


聞きつつも、キヌにも思い当たる節がないわけではなかった。

美神さんとタマモちゃん。この組み合わせは根の部分が二人とも似ているのか、どこか姉妹のような雰囲気がある。実妹のひのめちゃんはまだまだ素直だしね、なんて怒られちゃうかな。
シロちゃんとタマモちゃん。言うまでもなく『ケンカするほど仲がいい』を地で行くコンビだ。きっと二人は思いっきり否定するのだろうけど。
そして、自身とタマモちゃん。出会いが原因か、私はタマモに庇護欲のようなものを今でも抱いているし、親愛の情もある。例えて言うなら、私は彼女の母親的存在?

で、肝心の横島さんとタマモちゃんはというと…… 

考えてみると、この二人がいっしょにいる時どのような会話をするのか、そういえば思いつかない。
以前オカルトGメンの捜査に協力した時も、横島さんはシロちゃんといっしょに行動してたし、この間のデジャブーランドの一件でも別行動だった。
まぁ、そのおかげで横島さんと二人きりになれたのだけど。
とにかく、具体的にどうとは言えない関係であるのはたしかだった。
今まで意識したことはなかったが、ぽっかりとそこだけ断ち切られたかのように、どちらにも相手に向かう感情の線がないとでもいえばいいのか。


「な?なんか関係ないっていうか、見えてこないだろ?俺たち」


しばらく考え込んでいたキヌを見て察したのか、苦笑しながら横島が続けた。


「でもタマモちゃんを助けたのは……」
「うん、でもあの時はおキヌちゃんもいたしさ。それに第一印象は、最悪だったんだよね。よくよく思い出すと」


タマモがこの事務所に来てそろそろ2ヶ月経つが、発端は国から受けたある依頼だった。
傾国の妖怪の復活に恐れをなした政府は、自衛隊まで動かしまがりなりにも世界を救ったGSである美神令子に退治を要請した。
保護するべきだと考える美神美智恵顧問率いるオカルトGメンは、民間の手の早さに勝てず結果後手に回ってしまい、転生したばかりの九尾はそのまま調伏……されなかった。
情にほだされたキヌと、非情になりきれない横島の手によって退治したと偽装し、美神にも秘密にして連れ帰り横島宅でかくまっていたのだ。

まぁ、そのあと文字通り色々あって、実際は美神も二人が保護することを計算した上での采配だったことも分かり、人間社会に適応する為との名目でこの事務所での超法規的措置による保護観察に相成ったというわけなのだが……


「第一印象?」
「ほら、アパートで骨折して弱ってたタマモに、俺結構ひでーこと言ってたじゃん?
油揚げに反応するあいつに『しょせんは動物だ〜』みたいなこと」
「そういえば……」


忘れよう筈もない。あの後、癇癪をおこしたタマモに幻術をかけられ、二人して風邪をひいたのだ。
あらためて思い返せば、あの夜はふたりっきりで一晩過ごしたということになる。
そう考えると、キヌの胸は少しばかり高鳴った。


「西条に化けたアイツに問答無用で斬りかかったりもしたっけ」
「タマモちゃんはそんなに根に持つタイプじゃないと思いますけど」
「そこまでわかるほど交流してないから、俺にはなんとも言えないなぁ。今日だって事務所来る前にさ……」



土曜の半ドンで終わった学校の帰り、今日はオフだと言われていたが横島は事務所へと向かった。
時給が発生するわけではないが、昼ご飯は出る。
事務所でとる食事は、彼にとって貴重な栄養源のひとつなのである。

すると道すがら、見慣れた少女が前から歩いてくるのが見えた。人並み以上の容姿と独特の髪型で、遠目からでもよく目立つのだ。

一瞬、どうしたものかと考えている自分に、ちょっと驚く。
知り合いを見かければ――特にそれが女性ならば――迷いなく声をかける自分が、だ。
この場で遭遇したのが、例えばキヌのクラスメートのツッパリ風な彼女でも、まず間違いなく声をかけるだろうに。
ひょっとすると自分はタマモに対して無意識に距離を置いて接しているのだろうか。
そうだとすれば、それはあまり良いことではないのではないか。
見れば、もうすれ違う距離に彼女が迫っていた。


「よ、よぉ。散歩か?」
「そんなとこ」


意を決した横島の覚悟はむなしく会話はそれだけで終わった。
目だけでチラとこちらを一瞥して、歩くスピードを緩めぬまま横を通り過ぎるタマモ。
傍から見れば、ナンパ男が美少女に声をかけたはいいが、反応もなく素通りされ呆然としている…… 風にしか見えない格好で。

なんだか急になにもかもがむなしくなった横島は、とぼとぼと歩き始め冒頭に続く。



「はは…… それは」
「結構へこむんだよね……」


キヌはもう苦笑いしかない。だいぶ社交的になったと、美神も自分もタマモの成長を微笑ましく思っていたが、思わぬところにそんなしわ寄せが来ていたとは。
そして、横島の言葉はまだ続く。


「それに普段だって」




最近になってタマモは、事務所の除霊作業などにも参加するようになった。彼女なりに事務所の一員になろうという気持ちの現れだと、誰しもが歓迎した。
しかし、そうなるとやはり相互のコミュニケーションは必要不可欠である。
仕事前は念入りに打ち合わせをし、各々の役割をきちんと把握する。
それは美神・横島・おキヌの3人体制の時から変わっていない。
事務所を中心に広がる、非常識な実力を持つGSチームを見慣れていると錯覚しがちだが、この仕事は常に危険と隣り合わせなのだ。

そんな命懸けの仕事を、上記のような気心の知れない者と組むなど自殺行為にも等しいのだが、そこはそれ。
横島以外の女性メンバーが緩衝材としてこれ以上ないほど機能している。
除霊道具全般の責任者的ポジションに、素人時代から拒否権などなしに収まっていた横島は、その辺に疎いシロやタマモへのレクチャーを仰せつかるのだが……


「で、この札は吸印したあと……」
「霊的廃棄物として特別な場所で処理するの。昔も似たようなもんだったんじゃない?」
「そうね」


美神越しのタマモ。


「あー……破魔札の効果は値段によって違ってくるわけだけど、おキヌちゃん?」
「目安としては、30万円のお札を基本として考えてくれればいいから」
「わかった」


おキヌを挟んでのタマモ。


「シロ、どうにも中の様子がわからん、ちょっくら、タマ―――」
「ほら、行くでござるよタマモ!拙者たちがおとりになるのでござる!」
「言われなくてもわかってるってば、引っぱらないでよ」
「ところで玉がどうかされましたか先生?」


シロに遮られるタマモへの呼びかけ。



なんと言えばいいのか、今の横島は小中高と必ずいる「友達の友達が輪に入ってくると急にギクシャクしてしまうヤツ」に成り下がっていたりする。
自分とは無縁だと思っていた確執がこんなカタチで生まれようとは。




「モノノケに好かれるアンタも妖狐相手じゃ形無しってわけね」
「美神さん?」


壁に背を預けながら、いつのまに応接間に来たのか美神令子が頭を抑えながら口を開いた。
Tシャツと曲線がはっきり出るパンツスタイルという、なかなかにラフで色気漂う姿だが、二日酔い+寝起き時の雇用主の機嫌の悪さは骨身にしみているので、下手なことはしない(出来ない)横島であった。


「おキヌちゃん、お茶入れてきてくれる?しぶいのがいいわ」
「あ、はーい」


酒が残っている朝は決まって頼まれる注文に、キヌは慣れたものですぐに立ち上がりトコトコと台所へと向かう。


「で、なんの魂胆があってタマモと仲良くしたいのよ?」
「魂胆って!というか聞いてたんですか!?」


あまりな美神の言い様に、横島は面食らってしまった。


「アンタの代わりに答えましょうか?最近除霊がやりにくいって、アンタどこか感じてるんじゃない?」
「へ?」
「GSとして成長してるってことよ。霊波の波長が合うとか、相性っていうのも一口じゃ言えないけど、持ってる能力で判断すれば、アンタとタマモのコンビはなかなか効率がいいのよね。
私はそれであんたらを組ませてるし、横島クン自身もそれを無意識に感じてるはずよ」
「そーいえば、最近は無駄な生傷が増えたような……」


図星を突かれたような、のどの奥に引っかかった骨が取れたような感覚だった。


「でも、あんたたち二人にはまだコレっていうものがないのも事実だから、結局のところおキヌちゃんかシロを一緒に行かせてるけどね。
横島クンはタマモと呼吸が合わないのを肌で感じていて、不安になってる……ってとこでしょ?」


次になにをやるかが大体見当がつく美神。
安心して後ろを任せられるキヌ。
シロは戦闘時の集中力の高さを誰よりも分かっているので、フォローに回りやすい。

ではタマモは?となると、たしかにどう行動し自分のアクションにどう反応するかがイマイチつかめていない。
居てほしい時にいなかったり、逆もまた然り。フォローをする、されるタイミングもそうだった。

美神のいう、「コレといったものがない」の「コレ」とは、言い換えれば絆や信頼といったものだ。
横島もタマモも、互いに信用はしているのだろうが、信頼にまではいたっていないと言うこと。
信用は行動で示せばある程度得られるものだが、信頼となると両者の関係がある程度進んだ先にあるもの。
二人にないものは、まさしくそれだ。


「そうかもしれないっス…… 俺が怪我するのはいつものことなんですけど
いつか美神さん達が大怪我したら大変だなぁって」
「まぁ、タマモみたいなタイプは今までアンタの周りにいなかったんでしょうから、距離感を掴みかねるのもわからないでもないけど。
こればっかりはお膳立ては出来ても、助けてはあげられないからね……
うだうだ悩んでもしょうがないし、ありのままで行くしかないんじゃない?」
「俺は俺らしく……ってことですか」


横島は、俯いたまま美神の言葉を咀嚼するように呟く。
ガラにもなく人間関係に悩む丁稚に、美神は自分も不得意な分野だと自覚しつつも、アドバイスを送った。
そんな二人の姿を、微笑ましく見守るおキヌと、なにやら深刻な雰囲気に部屋に入るタイミングを逸しているシロであった。





その後、タマモさんがご帰宅して。


「あのさ、あんたのことなんて呼べばいいわけ?」
「へっ?」


横タマ歩み寄り作戦と題して、美神やおキヌ、シロが見守る中、今度こそ!と意を決した横島に返ってきたのはそんな言葉だった。


「他のみんなはだいたい呼び方が安定してるけど、あんたはなんか…… クンだのさんだの先生だのポチだの小僧だの横っちだの、よくわかんないんだもん」
「いやぁ、お好きにどうぞというかなんというか……」


頭に大きなハテナを浮かべて真剣に訊ねてくるタマモに、横島はもうしどろもどろである。
ということはあれか?日常生活や除霊の最中でのあのリアクションの薄さやタイミングの悪さは、全部俺に対する呼称が定まってなかったからというわけか?
転校初日の子が混じった小学生のドッチボール大会じゃねえか!!


「結局、信頼云々というよりスタートラインにも立ってないってオチかい!」
「あっ、こーいうのをとらぬ狸の皮算用っていうんですよね」
「タマモって変なところで天然でござるからなぁ……」


だあああ!とすっ転んだ美神が突っ込み、ポンと手を打ちこれまたちょっとズレた反応をするおキヌ。
そして誰よりもタマモと近しいがゆえに、ああ。そーいうことかーと苦笑いのシロ。
今日も事務所は平和です。
どうも、お初です。ぐりふぉんともうします。

なんだか開拓され尽くした感のあるタマモさんでちょっと小話を書いてみました。
自分なりに原作読んだり、いろいろ考えてみたりしましたが…… この子はよくわからない(笑)
ニンゲンキライダー!とアマゾンのように生まれ、しばらくするとクールになったと言われ、でもどこか抜けてて、年下相手には相応にお姉さんになれて……
そして、最終話付近では妙に明るい(笑)

好きなんだけど、いざ書き出すと台詞が出てこない。流暢にしすぎると美神さん二世になっちゃう。
タマモさんの出が少ないのは、そういう僕の事情です。

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