「のう、小竜姫、『なつやすみ』とは何じゃ?」
竜神族の王子である天龍童子は、テレビの前で寝っ転がってポテチをつまみつつ、傍らにいた女性に尋ねた。
「夏休みというのは、人間界では一般的な、休暇の形態の一種です。
人間界の夏は、非常に気温が高くなりますから、数日間仕事を休んで心身を回復させ、
業務効率を上げる目的があるようです。」
小竜姫は、極めて説明的な口調で答えた。実のところ、小竜姫本人もよくわかっていなかったりするのだが。
「パピリオ知ってるでちゅ。毎日の過酷な仕事から解放されて浮かれた男共や女共が、ひと夏の
『あばんちゅーる』を求めて『らんちきさわぎ』を繰り返す、ただれた日々の事でちゅ。」
魔族の少女の口からは、外見とはおよそ似つかわしくない、過激な言葉が飛び出した。
こんな事を彼女に吹き込むのは、神、魔、人間界広しといえども、一人しかいない。
「パピリオ、それ誰から聞いたの?」
小竜姫は、既に120%知っている答えを聞かずにはいられなかった。
「ポチでちゅ。」
やはり。どうやら横島には、修行という名の制裁が必要なようだ。
横島フィルターを通すと、夏休みはおろか、普通の休日ですら、そう変換されてしまうだろう。
それはそうと、このワガママ王子がなぜここにいるのかというと、人間の言葉でいう「親バカ」のせいであった。
過日の誘拐騒動をきっかけに、父、竜神王は図らずも息子の本心を知ってしまった。それからというもの、
まるで人(竜?)が変わったように、竜神王は息子を溺愛するようになった。
そんな親子水入らずの現場に運悪く小竜姫が出向いたところ、竜神王より直々の依頼があり、
天龍童子を数日間、妙神山で預かる事となってしまったのだ。
竜神王は、さすがに俗界行きは許可しなかったものの、妙神山には知った顔がよく訪れるため、
多少俗界に行った気になってくれるのではないかと考えたのだった。
「なるほど、そういうことか。よくわかったぞ。」
絶対わかっていないであろう天龍童子が、扇子を広げつつ、うなずいた。
そうですか、と相槌を打つ。小竜姫は、天龍童子の口から、次に発せられるであろう言葉が
自分の予想から外れている事を祈った。が、
「のう小竜姫、余も『なつやすみ』とやらを、、、」
「絶っっっ対に、ダ・メ・で・こ・ざ・い・ま・す!!」
1点の迷いも曇りもなく、完璧過ぎる予想通りの言葉に、小竜姫は超加速で拒絶した。
「天龍童子ばっかりずるいでちゅ。パピリオも行きたいでちゅ。」
えっ、と小竜姫はパピリオを見た。こちらはさすがに予想外だったようだ。
『なつやすみ〜〜〜!!』
2人の駄々っ子の合体攻撃に、さしもの小竜姫も少しひるんだが、しかしここで甘やかしてしまうと、
取り返しのつかないことになる可能性だってある。
要求自体は非常に低レベルであったが、相手が相手のため、小竜姫は職を賭す覚悟で、天龍童子と向き合った。
「殿下、アシュタロスの騒動が治まったとはいえ、俗界はまだまだ危ないのです。
以前、俗界で危険な目に遭われたのをお忘れですか?後生でございますから、修行場で
おとなしくしていてくださいませ。」
天龍童子は、優しく諭す小竜姫からぷいっと顔を背けてしまった。
パピリオも、憮然とした表情を浮かべている。
「まったく、相変わらず小竜姫は固いのう。そんな風だから、いつまでたっても縁談の話が無いのではないか?」
びしっ!と、小竜姫は自分のこめかみが引きつる音を聞いた。
「そうでちゅ。小竜姫も『いい歳』なんでちゅから、もっと『よわたりじょうず』になるべきでちゅ。」
2人は、自分たちが地雷原に踏み込んでしまった事に気づいていなかった。
既に小竜姫の竜闘気(ドラゴニックオーラ)は臨界寸前だ。ヘアバンドを外せば、そこには
おそらく竜の形をした紋章が浮き出ているだろう。
そんな生命の危機にも気づかず、2人は地雷原を無遠慮にのし歩いていく。
「そうじゃ、小竜姫も俗界に行って、婿候補を探してみてはどうじゃ?ん?なに、古今竜神族と人間が
交わった例などいくらでもある。妥協も時には大切じゃ。」
「そうでちゅ。このままじゃ『いきおくれ』になってしまうでちゅよ。そんな女はポチも食わないでちゅ。」
あ、踏んだ。
『ポチも食わない』がトドメになったようだ。小竜姫の怒りはとうとう臨界突破、リミットブレイクを迎えてしまった。
そんな時、好き勝手話しまくっている2人に、斉天大聖老師が遅すぎる助け舟を出した。
「2人とも、後ろをみてみい。大切な者との別れは済ませたか?」
2人が恐る恐る振り向くと、そこには影法師(シャドウ)状態で臨戦態勢の小竜姫が立っていた。
ふしゅるる〜、ふしゅるる〜と女華姫ばりの効果音付きで。
「2人とも、よくわかりました。何が分かったかって?2人が行きたいのは、俗界ではなく地獄だということが、です!」
その日は日没を過ぎても、妙神山から聞こえてくる、少年と少女の悲鳴が止むことは無かったという。
数日後、横島は、一人で妙神山に来ていた。
「それで、今日はどういった御用で?」
小竜姫は、来客に茶を出しながらたずねた。
「いえ、ちょっと遅めの夏休みを取っていまして。パピリオの様子も気になったので
来てみようかな〜って。」
「「なつやすみ」」
天龍童子とパピリオは、夏休みという言葉にビクっと肩を震わせた。
「そうですか、『夏休み』ですか。それは結構ですね。ゆっくりしていってくださいな。」
小竜姫は、わざと「夏休み」の部分を強調して横島に答えた。
「あ、あの2人どうしたんすか?ちょっと様子が、、、」
「ええ、ちょっとおイタが過ぎたものですから、キツ〜いお仕置きを。うふふ。」
2人は、夏休みという単語を聞いた直後から、完全に目の光が消えて何事か呟いている。
「なつやすみ、、、なつやすみ、、、いやだぁぁッ!来るなぁっ!!」
「いやでちゅ。なつやすみ。いやでちゅ。」
小竜姫様に飛び掛るのは、今後は控えたほうがいいかもしれん。
横島は、完全に壊れた2人を見つめながら、心の中で決意するのだった。
Summertime Blues 終
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