3417

Promise You Wait

「はぁ〜〜〜」

美神令子は、その日、何度目かのため息をついた。

「またですか、美神オーナー。何か悩み事でも?」

事務所の管理人(?)人工幽霊壱号が、オーナーを案じて声をかけた。

「そうですよ、美神さん。『ため息をつくと幸せが逃げる』って言うじゃないですか。」

美神の弟子、氷室キヌも、人工幽霊壱号に同調する。

「う〜ん。分かってるわ〜〜。」

案じられた当の本人はといえば、生返事を返すだけで、特に動じた様子もない。

「美神オーナー。明日は朝から除霊の仕事が数件入っています。今日はもうお休みになられたほうが。」

「そうね、じゃあそうするわ。おやすみ、おキヌちゃん。人工幽霊壱号」

美神は、人工幽霊壱号の忠告を素直に聞き入れる事にした。

「はい、おやすみなさい。美神さん。」

そんな美神の様子を見て、おキヌも自室に引き上げようとした。

その時、ふとある物がおキヌの目に入った。

(そうかぁ。あれからもう1年も経つんだ。)

おキヌは、壁に掛けられたカレンダーを見つめて思った。

そしておキヌは、美神のため息の原因について思い当たった。




事の起こりは、1年前に遡る・・・


「令子、横島君を独立させる気はないの?」

「はぁ??」

母親の突然の言葉に、美神は眉を顰めた。

「何言ってるの?急に。私にはそんな気はないわよ。」

「横島君はもう一人前のGSよ。いつまでもあなたの手元に置いておくわけにはいかないでしょう。
それに、最近横島君の引き抜きを狙うGSが大勢いるそうよ。」

年の離れた妹、ひのめをあやしながら淡々と語る母、美智恵。

美神は内心ムっとしながら、次の言葉を待つ。

「これは横島君本人から聞いた話でもあるのよ。今では、多い時で週に3〜4回は引き抜きの話があるそうよ。」

美神は、母の告白を無言で聞いている。

「横島君は、もうあなたが思っている時給255円の頃の彼ではないの。彼の能力は、世界中のGSが
手に入れようとしているものなのよ。」

「そんな事わかってるわ。だから今は時給500円にしてるじゃないの。」

美神は、子供のような反論をした。

「問題はそこなのよ。聞いた話では、彼をスカウトにきたGSは、皆最低でも年俸数千万円を提示したそうよ。
しかし、彼は頑なにオファーを拒否し続けた。
そうなると、『美神令子は、年俸以外の何で、彼を引き止めているのか』と勘ぐる連中が出てきても不思議じゃないわ。
それに、最近では、彼の旧友にまで影響が及んでいるそうよ。
そのうち、あなたに直談判をしに来るかもね。そうなったら、あなたの仕事にまで影響が出るのよ。」

「そうだよ、令子ちゃん。この話は、君の為でもあるんだ。」

美智恵の隣に座っていた青年、西条が話を続ける。

「名目上でも、横島君を独立させておけば、少なくとも、彼を引き抜こうという口実は無くなる。
仮にそういう輩がまだいたとしても、影響は彼だけに限定されて、君にまで及ぶことはない。」

西条の場合、横島を美神から引き離したい理由はそれだけではないのだろうが。

「西条さんまで。そんな事言っても、私だって横島君に抜けられると困るのよ。」

美神は渋い表情で2人に視線を投げる。そこへ、

「美神さ〜ん、只今戻りました〜。」

話の主役が除霊の仕事から戻ってきた。

「疲れた〜、でござる。早く休みたいでござる。」

「無駄な動きが多すぎるからでしょ。フォローするこっちの身にもなりなさいよ。」

どうやら、シロとタマモも一緒のようだ。

「あれっ、隊長来てたんスか。それと、、、西条もか。」

美智恵の隣に座る西条を一瞥すると、横島はあからさまに嫌な表情になった。

「僕が来ると何か不都合でもあるのかな。まあいい。今君の話をしていたところだ。その辺に掛けたまえ。」

西条は、横島の表情にも顔色を変えず、着席を促した。

「俺の話?何すか?まさか、、、2人の女が俺を取り合ってドロドロの愛憎劇を!!!心配しなくても、2人は
ちゃ〜んと俺が面倒を見てぶっ!!!」

帰ってくるなり妄想全開で飛び掛った横島を、美神が叩き落とす。

「何言ってんのよ、バカ。ママはね、あんたを独立させろって言ってるのよ。」

地面に見事な血の華を咲かせた横島を見下ろしながら、美神は言った。

「ど、独立っすか。俺にはまだ早いような気もしますけどね〜。」

横島はフラフラと立ち上がりながらつぶやく。

「そんな事はないわ。あなたはもう一人前のGSよ。事務所の開設費用とか諸々は、しばらく面倒もみてあげるわ。どう?」

ひのめの頭をいいこいいこしながら、美智恵は横島を見据えた。

「う〜ん、独立、、、独立、、、」

言いながら横島は、さりげなく美神を見る。断れオーラが横島の全身を貫いている。

「すみません。一日だけ考えさせてもらえませんか。今ここで決めろってのはちょっと無理っす。」

「いいわ。いきなりですものね。よく考えて結論を出してちょうだい。令子もそれでいいわね。」

「。。。わかったわ。」

美神は不承々々に同意した。


そして翌日、横島が出した結論は、、、

「俺、独立します。」

こうして、横島は美神の下から離れていった。

それから横島は、美智恵のサポートで東京の郊外に小さな事務所を構え、そこに移り住んだ。

元々横島を師匠と慕い、懐いていたシロは当然ながら横島に付いて行き、なんだかんだで

横島とシロに懐いていたタマモも、そっちに行った。

こうして、美神令子除霊事務所には、年の離れた妹と、GS見習いのおキヌだけが残った。


しばらくすると、格安料金でどんな除霊も引き受ける凄腕GSの噂は、都内のみならず近隣の県にまで広がり、

予想以上に横島は多忙を極める事となった。

美神は美神で、横島という戦力と荷物持ちを失ったせいで、今までのような大口の仕事がこなせなくなってしまった。

そのため、美神とおキヌだけでできる小口の仕事を数打つ戦略に切り替えたため、こちらも

忙しさという点で、横島がいた時よりも多忙になってしまった。

「貧乏暇無しという事でしょうか。」

などど、うっかり口走ってしまった人工幽霊壱号が、あやうく除霊されかけた事もあった。

こうして、お互いに忙しさから疎遠になり、何の連絡も取り合わないまま、あっという間に1年が過ぎようとしていた。


                    ※※※※※


「はぁ〜〜〜〜」

ある、久しぶりのオフ日の昼下がり、またしてもため息をついた美神の下に、意外な来客があった。

「どうしたんですか〜美神さん、ため息なんかついちゃって〜。らしくないのよね〜。」

声の主は、神族の調査官、ヒャクメだった。

「何よヒャクメ。久しぶりに会ったと思ったらご挨拶ね。」

机に突っ伏したまま、面白くなさそうな返事を返す。

「うふふ〜。そのため息の正体はお見通しなのね〜。会えなくて寂しいのよね〜、『彼』に。」

宙に浮いたまま、ヒャクメは意地悪い笑みを浮かべている。

「違うわよっ!!私をからかいに来たんなら、あんたがサボってる事、小竜姫とサルにチクるわよ!」

サルとは、神界屈指の実力者にして妙神山の主、斉天大聖老師の事であるが、いつのまにか「サル」で通るように
なってしまった。まあ、老師本人も、そこの所はあまり気にしていないようだが。

「あら〜、そんな事言っていいのかしら。せっかくいい物を見せてあげようと思ったのに〜。」

ヒャクメは、よっこらしょとソファに腰かけた。

「何よ、いい物って。ロクなモンじゃなかったら裸にひん剥いて横島君の事務所に送りつけるからね。」

「ううっ、それはカンベンしてほしいのね〜。」

そう言いながらヒャクメは、いつものカバンをテーブルの上に広げ、中から1対のケーブルを取り出した。

美神は、そのうちの1本を自分の片目に装着する。これで、ヒャクメの遠視の映像を見ることができる。

「それじゃ、いくわよ〜。む〜〜〜〜ん」

ヒャクメが遠視を始めた。片目に装着した装置の映像も、徐々に輪郭が鮮明になってくる。

「!これは、、、」

そこに映っていたのは、紛れも無く横島だった。しかし、何か様子がおかしい。

「お仕事中だけど、はっきり言って大ピンチみたいなのね〜。」

ヒャクメは大ピンチの割りにのほほんと言った。

「何コレ、どういう事よ。何で横島君が。。。」

そこに映っていたのは、薄暗く、だだっ広い地下室のような場所で、巨大な悪霊と交戦中の横島の姿だった。

しかし、右腕から伸びるハンズ・オブ・グローリーの光は弱々しく、横島自身の呼吸も相当荒くなっている。

そんな横島の傍らには、彼の弟子の人狼と、妖狐が倒れている。息はしている様だ。

ふと、美神の視界の隅に、奇妙な模様が映った。

「ヒャクメ、もうちょい右!早く!」

「は〜い。これでどう〜?」

ヒャクメは相変わらず呑気な声で相槌を打つ。

「これは、、環霊陣!」

「かんれいじん?」

驚く美神に、ヒャクメが問いかける。

「霊を無限に呼び寄せる、タチの悪い魔法陣よ。一度発動すると、魔法陣を解析して停止させない限り、
悪霊の群れが際限なく襲ってくるの。あのバカ、事前の調査をしていなかったのかしら。」

「それ以前に、美神さんは横島さんに、魔法陣の解析の仕方を教えたのかしら〜。」

ヒャクメの言葉に、美神は黙ってしまう。

「ヒャクメ!横島君はどこにいるの!教えて!早く!」

美神は言うが早いか、出発の準備を始めている。

「え〜と、東京都のM区なのね〜。わたしが案内するわ。」

ヒャクメは、カバンにケーブルをしまい込みながら言う。

「頼むわ。急いで。人工幽霊壱号!ガレージを空けて、早く」

「既に準備完了しております。美神オーナー。」

人工幽霊壱号は、努めて冷静に応対した。

「さすが、気が利くわね。おキヌちゃんが帰ってきたら、私は外出中だと伝えてちょうだい。よろしくね。」

「了解しました、美神オーナー。お気をつけて。」

手早く用件を伝えると、美神は急いで車に乗り込み、エンジンをかける。

(横島君、、、無事でいて!)

美神とヒャクメを乗せた車は、昼間の都内を猛スピードで駆け抜けていった。



いっぽうその頃の横島は、、、

「どわ〜〜っ!!危ねぇ!!」

巨大な悪霊の攻撃を紙一重でかわすと、2、3歩後ずさりして体勢を立て直す。

「や、ヤバイなこりゃ。シロとタマモの結界もそろそろ時間切れだし、俺もガス欠になっちまう。」

環霊陣によって呼び出された悪霊の群れは、いつしか1つの形を成して横島達に襲いかかった。

最初のうちは何とか凌いでいたものの、悪霊の圧倒的な物量攻勢の前に、次第にジリ貧となり、

シロとタマモは、霊力を使い果たして戦闘不能となってしまった。

後退するタイミングを逃した彼は、文珠で作った結界でシロとタマモをガードしつつ

残った霊力で細々と反撃を試みているのであった。

しかし、彼の右手にあるハンズ・オブ・グローリーは、今にも消えそうなほど、その光がか細くなっていた。

「い、いかん。美神さんがいれば、こんな時でも煩悩パワーをチャージできるんだが、、、」

そう言って彼は、ちらりと結界のほうを見る。

タマモのスカートから、純白の下着がのぞいている。

シロの控えめな胸のふくらみが、Tシャツの隙間から見える。

「栄光の手」が少し輝きを取り戻したような気がする。

「違うんや〜〜!俺はロ○コンやない!違うんやぁッ!!

俺は、美神さんのちちしりふとももを拝みたいんやぁッ!!」

「アホかあんたはっ!!」

美神は、頭を抱えて悶える横島を後ろから蹴り倒した。

「みっ美神さん!!どうしてここに、、、」

「まったく、人が心配して来てあげればコレだ。1年経ってもやる事は同じかい!」

美神は、横島の背中を踏みつけながら言い放った。しかし、その表情はどこか嬉しそうだった。

「話は後よ。私があの魔法陣を解析するから、あんたは私のガードをよろしく。まったく、そこのデバガメ神族に感謝するのね。」

「デバガメはヒドいのね〜。」

「ヒャクメ!、、、わかりました。お願いします!」

美神は神通棍を構えつつ、魔法陣に向かって一直線に駆け出した。

横島も悪霊を牽制しつつ、手の中で、残った最後の文珠にそれぞれ「結」「界」の文字を作り、魔法陣に駆け寄る。

美神は魔法陣に取り付き解析を始めるが、ひっきりなしに霊に邪魔され、解析に集中できない。

「横島君、早くしなさい。このままじゃ埒が明かないわ!」

美神は神通棍を振り回しつつ、横島を呼ぶ。

「美神さん!お待たせしました!」

横島は、魔法陣に向かって2つの文珠を投げつけた。

周囲に眩い光が広がり、魔法陣と美神を取り囲むように結界が作られた。

「よし、これでっ!!」

美神は再び解析作業に入った。悪霊は、結界を諦め再び横島に向き直った。

「美神さんが来れば怖いものなしだ。悪霊め!このGS横島忠夫の正義の剣、喰らうがいい!」

美神(の肉体)の力を得て、横島の霊力は再び最大値近くまで上昇した。

「いつもながら不思議よね〜、横島さんって。」

シロとタマモに寄り添いながら、ヒャクメがつぶやいた。

「うおりゃあぁぁぁぁっ!!」

ハンズ・オブ・グローリーの斬撃が、悪霊を切り裂き、粉砕していく。

文珠の結界により、魔法陣に蓋をされた悪霊は補給路を絶たれ、横島の攻撃を受けるたびにその姿が小さくなっていった。

そして、、、

「よし、終わったっ!!!」

美神の声が辺りに響き渡った。

「悪霊の分際で、面倒かけてくれるじゃない。このGS美神令子が、極楽に行かせてあげるわっ!!」

美神が魔法陣の一部分に手を触れると、魔法陣の中心に大きな穴が開いた。

その穴に向かって、急激に周囲の悪霊が吸い込まれていく。

程なくして、周囲からは完全に悪霊の気配が消えていた。

               ※※※※※※


地下室から外に出ると、辺りはすっかり夕暮れの色に染まっていた。

「はぁぁ〜〜、助かった、、、」

横島は、その場にへなへなと崩れ落ちてしまった。

「ちょっと、しっかりしなさいよ。ひとまず私の事務所に戻りましょう。シロとタマモの手当てもしなきゃ。」

美神は横島を引き起こしながら言った。

「は〜、面白かったのね〜。それじゃあ美神さん、また今度ね〜。うふふ〜。」

ヒャクメはそういい残すと、さっさと帰ってしまった。

「あ、ちょっと待ちなさいよ!もう。」

「結局、ヒャクメは何しに来たんすかね。」

「知らないわよ。どうせサボりの途中で偶然あんたを見つけたんでしょ。だけど、今回はそれに助けられたわね。」

「そうっすね。」

美神、横島、シロ、タマモの4人は美神の事務所に到着した。横島にとっては、丸1年ぶりの帰還だった。

「お帰りなさいませ、横島さん。お待ちしていました。」

「ただいま、人工幽霊壱号。変わってねーな。って当たり前か。」

「そうですね。私は誕生してから、ずっとこのままです。」

懐かしい会話。それは横島にとっても、人工幽霊壱号にとっても。そして当然、この事務所のオーナーにとっても。

「おキヌちゃんは?」

美神は、人工幽霊壱号にたずねる。

「いったんはお戻りになられましたが、弓様のお宅に泊まられるとのことで、また出かけられました。」

「そう。わかったわ。横島君はそこに座ってなさい。シロとタマモは私が運ぶから。」

美神はそう言うと、狼と狐の姿になったシロとタマモを、両脇に抱えて階段を上がっていった。

横島は、ずっと無言のまま俯いていた。

しばらくして、美神が階段を降りてきた。

「何か飲む?といっても紅茶しかないけど。」

「あ、はい。じゃあそれで。」

横島は返事を返すが、いつもの元気は無かった。

「横島君、元気出しなさい。あれはあなただけのミスじゃないわ。しいて言えば、あなたに魔法陣の解析方法を
教えていなかった、私の責任でもあるわね。」

「美神さん、、、」

辺りに沈黙が広がった。ただ紅茶を淹れる音だけが響いている。

「どうぞ。おキヌちゃんじゃなくて私が淹れたから、味に自信はないけどね。」

言いながら美神も腰を下ろす。

横島はまだ俯いている。

「明日の仕事は早いの?そうでなければ、今日はココに泊まっていきなさい。空いてる部屋を使っていいから。
積もる話は明日にしましょう。」

「はい。ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えて。」

結局その日は、2人ともすぐに寝入ってしまった。

そして翌日、、、

「おはようございます、美神さん。」

「おはよう。早いのね。」

昨日あれほどの事があったというのに、2人とも朝8時前には目が覚めてしまった。

「何か、あまり寝られなくって。」

横島は、そう言って目尻を擦った。

「朝食、食べるでしょ。おキヌちゃんが用意してくれてたみたい。」

横島は、軽くあくびをしながら着席した。

朝食を食べ終わると、美神が口を開いた。

「昨日も言ったけど、あれはあんただけのミスじゃないわ。私にも責任が、、、」

「でも、事前に下調べをやっておけば、美神さんに相談もできたかもしれませんし。やっぱり、独立して
一人で仕事こなせるようになってきて、ちょっとうぬぼれてたのかもしれません。」

横島が語り終えると、ふぅ、っと一息ついて、美神が語り出した。

「人には、得手不得手があるのもしょうがないわ。あんたの場合、霊的戦闘力はもう私以上だけど、
オカルトの知識のような、オツムの部分は全然ね。
GSの生き方ってのは、人それぞれよ。私やエミのように、一匹狼で気ままにやっていくのもいるし、
自分の能力の及ばない所を、他のGSと協力して補ってもらうのも、別に悪いことじゃないわ。
あんたの場合、なまじ私の所に長く居過ぎたせいで、仕事の進め方も私に似ちゃったのね。」

一息で語ると、横島のほうを向いて続けた。

「あんたはまだGS1年生なんだから、ミスして当然といえば当然なのよ。
GSの場合、1つのミスが死に直結する事もあるけど、生き残ったのなら
そこから何かを学びなさい。そうすれば、あんたはもっと良いGSになれるわ。」

そう言って美神は、横島に笑顔を見せた。

「美神さん、、、」

横島は美神のほうを見て、、、

「それじゃあ早速、俺に足りない所を手取り足取り〜ぐはっ!」

「バカかあんたは!せっかくシリアスな雰囲気になったと思えば!」

横島渾身のダイブは、美神のコークスクリューブローの前にあえなく撃沈された。

「まったくもう。でも、そのほうがあんたらしいかもね。」

血の池に沈む横島を見下ろしながら、美神はつぶやいた。

その時、デスクの上にあった美神の携帯電話が鳴り響いた。

「誰かしら。。。おキヌちゃん?もしもし。」

電話の主はおキヌだった。昨日弓の家に泊まったおキヌは、そのまま弓と一文字と3人で

デジャヴーランドに行くという。

「わかったわ。今日もオフだから、楽しんでいらっしゃい。」

電話を切ると、美神は何事か思いついたらしく、どこかに電話を掛け始めた。

「、、はい。、、今日、、、2人、、、、」

ひとしきり電話をし終わると、復活した横島のほうを向いて言った。

「横島君、今日の夜ヒマ?ちょっと付き合いなさい。」

「はあ、一応ヒマですが。何時くらいっすか。」

「そうね。8時くらいに、またここに来なさい。それと、ちゃんとした格好で来るのよ。
そんなヨレヨレの格好で来たら、事務所から叩き出すから。」

「わ、わかりました。じゃあ8時にまた来ます。」

その後、横島は回復したシロとタマモを連れて、いったん自分の事務所へと戻っていった。

そして8時になり、横島は再び美神の事務所の前にいた。

(それにしても、いったい何なんだろ。こんな格好させて。。。)

横島は今の自分にできる精一杯の『ちゃんとした格好』で来た。

とはいっても、独立して初めての報酬で買った、ちょっと高めのスーツだが。

「美神さ〜ん、来ましたよ〜。」

事務所のドアを開けると、そこには、漆黒のロングドレスに身を包んだ美神がいた。

「早かったわね。じゃあ、早速行きましょうか。車に乗って。」

2人を乗せた車が着いた所は、都内の超高級ホテルだった。

(ホッ、、、ホテ、、、ホテ、、、ホテル、、、)「美神さんと2人っきりでホテル!!!」

「うるさいわね。聞こえてるわよ!ここのレストランに用があるのよ。ほら、行くわよ。」

美神は、未だ目がイっちゃってる横島を強引に引っ張り、ホテルに入っていった。

「いらっしゃいませ。お2人ですか?」

小奇麗な身なりのウェイターが、恭しく声をかけてきた。

「予約していた美神だけど、、、」

「お待ちしておりました。どうぞこちらへ。」

ウェイターに案内されたのは、都内の夜景を一望できるVIP専用の個室だった。

「ここは、、、」

ようやく正気を取り戻した横島がつぶやく。

「そういえば、あんたの出所、じゃなかった独立祝いをしてなかったな〜と思って。
いい機会だから、お祝いしてあげる。当然、私の奢りよ。」

「美神さんが、、、奢り、、、」

独立祝いよりも、美神の口から奢りという言葉が出た事に、横島は驚きを隠せなかった。

「何よ。嫌なら帰ってもいいのよ?」

「い、いいえっ!喜んでご好意に甘えたいと思いますっ!!」

2人は着席して、運ばれてきたワインで乾杯をした。

それからしばらく、2人は他愛も無い話をした。

独立後の横島の仕事の事、美神の近況、おキヌがGS資格を取得した時の事、等々。

「そうかぁ。おキヌちゃんもGS資格を取ったんすよね。見たかったな〜、試験。ちょうどその頃俺、沖縄で
2ヶ月くらい泊り込みで除霊の仕事だったんすよ。」

ひとしきり話し込んだ後、美神は意を決して横島のほうを向いた。

「ねえ、横島君。あんた、まだ独り身なの?」

「、、、そうっすね。『アイツ』の事もありますし。」

横島は、自分の体内に眠る『彼女』の事を思い浮かべた


「ふうん、そうなんだ。あのね、回りくどいのは好きじゃないから、単刀直入に言うわね。
私は、あなたの事が好きよ、横島君。一人の男性として、あなたを見てる。
もちろん、あなたの心の中に、まだルシオラがいる事も承知の上でよ。」

横島は、美神の告白に多少戸惑っている様子だった。

「返事を聞かせてほしいの。お願い。」

美神は、横島の目を見据える。

「美神さん、、、すいません。」

その言葉を聞いて、美神は表情を強張らせた。そして、湧き上がる感情を必死で抑えようとした。

「そう、ゴメンね。今の話は忘れて、、、」

「俺も、美神さんの事が好きです。もちろん、一人の女性として。だけど、昨日の事で思い知りました。
俺は、まだ美神さんの想いを受け止められるような男じゃないんです。」

横島は、美神の不安を悟ってか、一気にまくし立てた。

「もし良かったら!良かったらなんですけど、もう少し待っててくれませんか。いつになるかはわかりませんが、
俺、必ず美神さんに相応しい男になってみせます。約束します。」

横島の決意を聞き終わらないうちに、美神の瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。

「み、美神さん。大丈夫ですか?」

横島は、俯いて涙を零す美神に顔を近づけた。そして、唇に微かな感触を感じた。

「美神さん、今のは、、、」

美神は、横島にキスをした。軽く触れるだけの、しかし、想いを込めた優しいキス。

「今のは契約の印。待っててあげるけど、あまり待たせすぎないでね。私の気の短さは横島君がよく知ってるでしょ。
待ちくたびれたら、他の所に行っちゃうから。」

美神は、横島に優しく微笑みかけた。

「まかせてください。この横島忠夫、美神さんのためなら魔界で道場破りだってしてきます!」

「期待してるわ、横島君。」

そうして、夜は静かに更けていった。

                    ※※※※※

ある日の夜、一人の青年が、目の前に座る少年に、静かに告げる。

「10年後の世界から、女房の命を助けに来た。女房の名は美神――美神令子!」


Promise You Wait 終
こんばんは。BlackDogと申します。
初めて投稿させていただきます。皆さんの作品を読んでいるうちに、自分でも書いてみたいという欲求が
湧き上がり、居ても経ってもいられなくなってしまいました。
こういったものを書く事そのものが初めてですので、いざ書き終えてみると
反省点ばかりが目についてしまいます。
まあ、畜三郎のポエムのような扱いをされるのは覚悟の上でありますが、まだ成仏したくはありませんので、
感想のほうは、、、何卒お手柔らかにお願いします。

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]